時間と密度と距離のカンケイ 4
淳くんと話しながら朝食の後片付けをしていると、背中に視線を感じる。
ちらりと覗き見ると、カウンターの向こうで裕翔くんが少しだけだけど唇を尖らせて頬を膨らませていた。多分ヤキモチを妬いている。
私の見ている方向に気づいた淳くんも少しだけ振り向いて、裕翔くんの表情を見て困ったような笑みを浮かべる。
「仲間に入りたいなら来れば良いじゃないか」
にっ、とちょっと悪い顔で笑った裕翔くんは、こちらへやって来て淳くんと彼で私を挟むように並ぶ。三人で仲良く食器を洗った。
今日は午後からお仕事の依頼をしたいという人が訪ねて来る予定になっていた。
誠史郎さんが応対してくれるので、私がするのはお茶を淹れることぐらいだ。そう思っていたのだけど、淳くんがやってくれるとのことで私の仕事は邪魔をしないでいることだけだった。
やって来たのは透さんより少し歳上だと思われる短髪の男性だった。
「失礼ですが、長谷部さんご所有の物件ですか?」
「あ……その、ですね……」
急に歯切れが悪くなって視線が右上を向く。どうしたのだろうと私が思ったのだから、誠史郎さんがそう思わないはずがない。だけどそんなことはおくびにも出さない。
「答え難いことをおうかがいして申し訳ありません。こちらとしても、不法侵入となっては問題ですので」
「そ、それに関しては問題ないと思います……」
にっこりと微笑む誠史郎さんを前に、長谷部さんは身体を小さく丸めておどおどと答える。語尾はほとんど聞こえなかった。
必要なやり取りをして、依頼人はお帰りになった。身分証として運転免許証を見せてもらったので、長谷部さんは偽名などではなかった。
今日来て明日結果を知りたいとは性急な印象だ。霊障は毎晩起こるとは限らないのに。
「さて、彼は……と言いますか、長谷部さんの裏で糸を引く人物は、私たちに何をさせたいのでしょうね」
誠史郎さんは形の良い顎を思案するように人差し指で撫でる。
「センセが脅おどかすから怯えとったやん」
透さんが意地悪に笑いながら茶化した。誠史郎さんは不敵な微笑みで応戦する。
「その程度の覚悟で敵陣に乗り込もうなんて甘いです」
「……亘理さんの部下には見えなかったね」
淳くんの呟きに私と眞澄くんは頷く。
本当に霊障があるのなら、夜に行かないと確かめられない。だけど念のため、お昼のうちに一度様子を見に行ってみようと長谷部さんに伝えられた住所を訪ねることにした。
大人数でぞろぞろ行っても目立つだけなので、下見のメンバーはくじ引きで決めた。結果、誠史郎さんと裕翔くんと私で行くことになった。
誠史郎さんが車を運転してくれて、近くのコインパーキングに駐車する。
指定された場所は路地奥でお店を営んでいたけれど、今は廃業してしまって誰も住んでいないように見えた。シャッターが降りている。
話を聞こうにも、周りのおうちも人が住んでいないみたいでこの一画だけどこかうら寂しい。
休日なので役所で詳細を調べられないのがもどかしいところだ。
あらかじめ用意していた住宅地図を広げて見比べる。表札もかかっていないので確証はないけれど、ここに記載されている情報は役に立ちそうにない。
相手も用意周到だ。多分、今日を狙っていた。
「……仕方ありませんね。お邪魔しましょう」
預かっていた鍵を使って誠史郎さんが玄関の扉を開ける。
「お邪魔しまーす」
まず裕翔くんが入り、私はその後ろをついていく。誠史郎さんがしんがりだ。
かなり長い間、人の住んでいないおうちみたいで、ホコリまみれになっていた。申し訳ないけど土足でお邪魔する。茶色いアイツが出没するかもしれないと警戒しながら廊下を進む。
「誰もいないねー」
裕翔くんがキョロキョロ辺りを見回してのんびり呟いた。
「ただの空き家ですからね」
誠史郎さんはため息混じりに吐き出すと眼鏡の位置を直す。
「夜はどんなホラーハウスになるのやら」
立派すぎるクモの巣が張っている。そこで蠢うごめく大きなクモに驚いて、思わず裕翔くんの腕にしがみついてしまった。
「みさき?」
「ごめんね……。ちょっと怖くて」
ぎゅっと目を閉じる。妖怪や幽霊なら平気だけど、虫は触れない。できれば視界に入れたくない。足が多いのも少ないのもダメだ。
「外で待ちますか?」
首を横に振る。夜にまた来なくてはいけないから、明るいうちに見ておいた方が安心だった。
「オレがついてるから、大丈夫」
及び腰になっている私の肩を裕翔くんはぐっと力強く抱き寄せてくれる。
「ね?」
ウインクをひとつ投げかけられた。それでカチコチになっていた身体が少し解れる。頬も緩んでしまう。
こくりと頷いて背筋を伸ばす。
背後の誠史郎さんの小さな咳払いで、裕翔くんに密着していることを思い出してパッと離れた。
クモの糸に窓から射した光が跳ねる。
それ以外に変わったところは見つけられなかった。
家に帰ると淳くんが美味しい紅茶を淹れてくれた。
「お疲れさま」
優しく微笑んでそう言ってもらって、私は虫に怯えていただけなので何だか申し訳ない気持ちになる。ちょっと気になることはあったのだけど。
向かいの席で優雅に紅茶を飲む誠史郎さんの眼鏡の奥が何か考えているように見えた。
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