君の隣 3
「周や私たちに研究への協力を要請してきたのが、大学生だった亘理さんです。お断りしたのですが」
夕食を食べ終えて、流れで皆リビングに集まった。私は裕翔くんと透さんに挟まれてソファーに座る。ひとり掛けのソファーに腰掛けた誠史郎さんが話してくれたのは、お隣の亘理さんとの出会いだった。
亘理さんは大学で遺伝子の研究をしていたそうだ。お祖父ちゃんと眷属のみんなの遺伝子を調べさせてほしいと訪ねてきた。特に隠している訳ではないけれど、一般には知られていないことをどこで調べたのか。当時は今ほどインターネットが発達していないし、その能力に誠史郎さんたちは驚いた。真堂家で亘理さんのことを調べたけれど、祓い屋の家系というわけでもなかった。
だけど、どうも亘理さんも何らかの能力を持っていて、霊能者や祓い屋との繋がりを作って、お祖父ちゃんのところへ来たらしい。
お祖父ちゃんは科学的に知りたいと思わないと亘理さんの申し出を断ったそうだ。
「亘理さん、タンキュー心の塊やからなぁ」
透さんが伸びをしながら呟く。彼は亘理さんと知り合いだそうだ。世間は広いようで狭い。私たちが身を置く業界なら尚更かもしれない。隣に住んでいることは知らなかったけれど、遥さんと亘理さんは仲が良いそうだ。
「1年も前から、何のために隣におるんやろなー」
並んでいる眞澄くんと淳くんは気づかなかったと落ち込んでいるみたいで少し元気がない。誠史郎さんも気づいていなかったから気に病むことはないと慰めていたのだけど。
「ま、みさきちゃんらのこと知りたいんやろう」
どこか楽しそうな透さんの言葉である可能性を思い当たる。だけど確証もないのに誰かを疑うのは良くない。
「せやけど亘理さんにインキュバスを寄越す能力はないと思うんや。ま、誰かに頼んだやったら別やけど。せやけどそれやったら、近所で生活する必要感じへんしなー」
私の考えていたことが読み取られたのかと驚いた。透さんは頭の後ろで両手を組んでストレッチのような動きをしている。
「私や真壁さんに会いたくないと思う程度には疚しいことがあるのでしょう」
「俺のせい、かな」
「眞澄は悪くない!」
伏し目がちになって呟いた眞澄くんに、間髪入れず淳くんが珍しく大きな声を出した。驚いたのは私だけじゃなかったみたいで、みんなの視線が淳くんに集中する。
「……ごめん。つい……」
淳くん自身もびっくりしたみたいで、透き通りそうに白い頬に赤みが射す。
「1年も前からすぐ傍にいたのですから、眞澄くんが目的ならもっと早く行動に出ていると、私も思います」
誠史郎さんにそう言われた眞澄くんは、少し安堵した様子で小さく微笑んだ。
「今オレたちがぐだくだ考えたってどーにもなんないよ。直接聞くのが1番早い」
沈みがちになっていた空気を裕翔くんの声が一掃する。確かに彼の言う通りだと納得して私はこくこくと頷く。
「それより!シキだよ!また来るかなー?」
裕翔くんは楽しそうに足をばたつかせた。大胆不敵な笑顔だ。そのときふと、まだ遥さんからの返信が来ていないことを思い出した。
「遥さんから返事がないね」
「何や、また俺の知らんおもしろいことが増えてるんか?」
そう言えば透さんは昨日シキくんが裕翔くんに決闘を挑んできたことを知らなかった。なので私が手短に話す。
「ほんでまだ返事がないんか。遥も何考えてるんかよーわからんからなー」
「また来てくれれば何でも良いよ。オレ、あいつと戦ってみたい」
裕翔くんは好戦的に破顔する。なぜか胸の奥がざわざわした。
「裕翔くん……」
「あれー?みさき、心配してくれてる?」
猫のようなくりくりとした瞳が鼻先が触れそうな距離で、私の顔を覗きこむ。
「心配してるよ」
からかわれているような気がして、少し拗ねたような言い方になってしまう。なのになぜか裕翔くんに抱き締められてしまった。
「裕翔くん!?」
「みさきはホントかわいいなー」
頬擦りをされて、顔に全ての血液が集まってきたように熱くなる。
「抜け駆けはあかんなあ」
固まっている私を背中から透さんが抱き寄せようとした。裕翔くんは離さないと言わんばかりに腕に力を込める。
「みさきが痛いだろ」
「そっちが手ェ離したらええやん」
いがみ合うふたりになんと声を掛ければ穏便に事態を終息できるか頭をフル回転させるけれど良い案が浮かばない。
「ふたりとも離れろ」
眞澄くんが呆れた表情で私たちの前に立って、透さんと裕翔くんの頭を押した。申し訳ないけれど私に絡んでいたふたりの腕が緩んだ隙にさっと席を立つ。
「みさきさんはこちらへ」
体勢を整えるより早く、柔らかく微笑んだ誠史郎さんに後ろ手に引かれてバランスを崩してしまう。そのまま誠史郎さんの上に座ってしまった。
「ごめんなさい!」
慌てて立ち上がろうとしたけど、誠史郎さんの腕が阻む。
「……誠史郎さん?」
「どうしましたか?」
薄く妖しい微笑に混乱しながら問いかけた。でも質問で返されてしまってさらに狼狽してしまう。
「誠史郎、いたずらが過ぎるよ」
ため息混じりに淳くんは言うと、私の手を取って立たせてくれる。
「悪戯ではありませんよ」
淳くんと誠史郎さん、どちらももの柔らかな面差しをしているけれど静かに張り詰めた空気が流れる。
私がまだ答えを出せていないのがいけない。わかっているのでどうしたらこの場を収められるか考えた。
ソファーの向こう側へ移動して、唇を結んだまま鼻から大きく空気を吸う。1度目を閉じて呼吸を整える。
覚悟を決めて声を出そうとした時、私のふくらはぎにみやびちゃんが身体を擦りつけてきた。お散歩から帰ってきたらしい。
「みさき、ごはんちょうだい」
「あ、うん……」
心の中でみんなに謝りながら、みやびちゃんの後ろをついて行った。
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