第2章
夢魔 1
木の芽時は精神に不調をきたしやすい。酷いひとになるとその思念が夢魔を生み出す。インキュバス、サキュバス、リリス、いろいろな名前で呼ばれる魔物の総称が夢魔。ヒトの負の感情を好む。
日曜日の朝。みんなで朝食を済ませてリビングに集合した。
「今年からみさきさんにも夢魔の退治に加わってもらいます。裕翔くんも初めてですから説明します」
誠史郎さんから退魔符を10枚ほど渡される。
「大抵の夢魔はこの符で祓えます。取り憑かれたひとがいれば額に貼ってあげてください」
この時期は同業者さんはみんな同じことをしているそうで、この符は業界団体から支給されていて、祓った数の報酬も支払われるそうだ。
「足りないほど会うことはないと思いますが、無くなったら教えてください」
「はい!誠史郎!質問!」
裕翔くんが勢いよく手を挙げる。
「はい、何ですか?」
誠史郎さんが対応すると何だか小学校の授業みたいだ。裕翔くんの見た目は高校生ぐらいなのだけれど。
「祓えない夢魔はどうしたらいいの?」
「それはヒトの思念ではなく力を持った悪魔ですから、もっと強い護符や武器を用いて戦って退散させる方法になります。そういうものを呼び出してしまわないために、悪い芽は早めに摘んでしまおうという取り組みです」
「なるほどー」
私は手の中にある符を見て嬉しかった。戦力に入れてもらえるようになったのだ。
「みさきさん、昨日出かけている時間にお母様からお電話がありました。初めて参加してもらう旨をお伝えしたところ、張り切りすぎないようにと」
「……はい」
「いっぱい貼った方が強いの?」
ワクワクした様子で裕翔くんが問う。
「1枚で十分ですよ」
「てゆーか、どういうひとが取り憑かれてるって印なの?」
「まず、目つきが違います。それから多く場合、黒い影のようなものが見えると思います。夢魔でないものに取り憑かれていることもありますが」
「裕翔も張り切りすぎないで」
淳くんが、少し困ったような微笑みを見せる。
「大丈夫だろ」
眞澄くんは呑気に構えて、ジンジャーエールを飲み干した。
翌朝、教室の私の席に着くなり1年生の時から同じクラスの友人、
「みさき、聞いてよ!」
そう言って辺りを見回して私の耳許にしか聞こえないようなボリュームに声を落とす。
「隣のクラスの佐藤くん、また彼女チェンジしたらしいよー!」
「そ、そうなんだ……」
隣のクラスの
咲良には申し訳ないが、そう言ったゴシップにはまるで興味がなかった。
「反応うすーい」
「だって話したこともないし……」
「そりゃみさきは良いわよ。水谷先輩と武藤先輩というこの学校のツートップと親戚だったり仲良しなんだから。でも私みたいな何の接点もない子はさー」
そう言われると苦笑するしかない。私は学校では淳くんと親戚ということにしている。
「咲良は佐藤くんが好きなの?」
「そう言われると……。水谷先輩が素敵だと思うけど……。付き合いたいとかではないし……」
乙女心は複雑だ。
「真堂さんって来てる?」
教室のドアの方から聞こえた声に、私と咲良はそちらを向く。付近にいた男子生徒が私を指差して声の主に教えていた。噂をすればなんとやら、質問していたのは件の佐藤くんだった。相手に軽く礼を言ってつかつかとこちらにやって来る。
「へえ。地味だけど、水谷先輩の親戚ってだけあって間近で見るとかわいいんだね」
とても自信家なのだろうなという印象だ。そのせいか、目の前でかわいいと言われても褒められている気がしなかった。そしてどこか棘を感じる。
「真堂さんに何の用事?」
そこに割って入ってきたのは2年生になる時にクラス替えがあり、初めて同じクラスになったサッカー部のマネージャーをしている
「莉緒には関係ないだろ」
「あら、私は真堂さんとお友達になりたいって思っていたの。それをあんたに邪魔されたくないわ」
鈴木さんは私の腕に絡みついた。
「さあ、自分のクラスに帰りなさい」
しっしっと手を動かすと、佐藤くんが小さく舌打ちをして踵を返す。彼が廊下へ出るのを見送ると鈴木さんは私から離れて髪をかき上げた。
「ごめんなさいね。あいつ、こないだの試合で怪我して、ちょっとイラついてるみたいで」
「気にしてないから、大丈夫だよ」
「私が真堂さんとお友達になりたいのは本当よ。みさきって呼んでいいかしら?私も莉緒って呼んでね」
長い髪を翻して笑顔で去っていくが、横顔が一瞬翳ったように見えた。
「ふたりも?」
「うん……。なんか気になって」
私はどうも今朝の佐藤くんと鈴木さんの様子が気になっていた。そのため、帰りは眞澄くんを待って一緒に帰っている。淳くんは学級委員を押し付けられ、今日は委員会があって帰りは後になるそうだ。
「このままだと取り憑かれてしまいそうな気がするの」
「でもなあ、俺たちが介入できる問題なのか?」
「そうなんだよね……」
眞澄くんの言う通り、それほど親しいわけではないのにそれぞれの問題に口を挟めない。
「鈴木さんって子が淳のファンなら話ぐらいは聞けるかもしれないけどさ」
眞澄くんは意外と鈍感で、自身も女の子たちの注目の的だとわかっていない。
「友達になりたいって言ってくれたから、時間をかけられれば大丈夫だと思うの。だけど」
「男の方がなー」
悩みを抱えているひとはたくさんいるから、もしかしたら杞憂に終わるかもしれない。だけど関わった人が穢れに触れる可能性があって、それを未然防げるのならそうしたい。
「ただいま」
玄関のドアを開けると走ってくる足音が聞こえた。
「みさきー!おかえりー!眞澄もおかえり」
裕翔くんは来週から学校へ通い始める予定なので、今はまだ留守番だ。家でみやびちゃんに日常生活に必要な諸々を教えてもらっている。外出するときはみやびちゃんに付き添ってもらうようにお願いしている。
「今日ひとりお祓いしたよ!」
褒めて褒めてとキラキラした目で訴えてくる。
「ありがとうね」
「ありがとさん」
眞澄くんが裕翔くんの頭を撫でた。
「えー、みさきになでなでしてもらいたーい」
「文句言うな」
さらに頭を撫でまわして裕翔くんの髪が乱れてしまう。
「みさき、眞澄」
みやびちゃんが私たちを中へ入るように促した。
「夢魔が?」
「ええ。強い力持っているものが近くにいる匂いがしたわ」
みやびちゃんは猫なので、妖に対して鼻がきく。夢魔は甘い匂いがするらしい。
「厄介だな」
眞澄くんは親指を噛んだ。
「みさき、佐藤ってヤツはケガしてるんだよな?」
「そう聞いたよ」
「誠史郎になんとか接触してもらうか」
そう言って眞澄くんはスマホを手に取る。すぐに電話が繋がったようだ。
「誠史郎、面倒かけて悪いんだけどさ、サッカー部の2年の佐藤宗輔ってヤツと話してみてもらえないか?みさきがそいつが夢魔に侵されるんじゃないかって心配しててさ。みやびもこの辺りに力のあるのがいるって言ってるし。……ああ、悪いな。よろしく頼む」
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