夢魔 2

「確かに、あまり良い精神状態ではありませんでしたね」

 誠史郎さんが仕事を終え帰宅して食事を済ませ、少し落ち着いたところで佐藤くんと接触した話をしてくれた。


「人間関係にも問題を抱えているようですし、足を痛めてクラブ活動も思うようにできない様子でした。学生の間はそう言ったことが全てだと思いがちですから、思い詰めてしまうこともあるかと」


「魅入られてしまうと厄介だけど、彼がそうなるとも限らないから、できるなら夢魔を押さえたいね」

 そう言ったのは淳くん。力の強い夢魔がいると、影響を受けやすい状態のひとは自分で夢魔を生み出しやすい。それがまた新たな夢魔を呼び込むという悪循環に陥ってしまう。


「具体的な居場所はわからないのか?」

 眞澄くんの質問にみやびちゃんは首を横に振った。

「みんなの通ってる学校の近くだったけど、私が気がついたことを察知したみたいですぐに気配がなくなったの」


「おや、高校に目をつけたのですか」

 誠史郎さんはどこか楽しそうだ。

「高校生男子なんて夢魔の好きそうな煩悩の塊だからな。惹かれてしまっても仕方ないか」

 眞澄くんがソファーの背もたれで伸びをしながら呟く。


「眞澄、みさきがいるのに、デリカシーなーい」

「お前が言うな」

 からかう口調の裕翔くんに眞澄くんはすかさずこめかみを拳骨でぐりぐりとする。


「私たちは基本的に事が起こってからしか動けないのですから、今はできることをしましょう。高校を狙ってくるのであれば、こちらも対処しやすいです」

「誠史郎の言う通りだよ。だから、みさきはこれから何が起こっても責任感じないように。ね?」

 淳くんが優しく微笑みかけてくれる。

「刑事事件を起こされなきゃ俺たちの勝ちさ」

 眞澄くんは不敵な笑みを唇の端に湛えた。



†††††††


 薄暗い会議室に話し声が響く。

「学生に介入して、どうするつもり?」

 そう問いを投げかけたのは30歳前後と思われる、理想のキャリアウーマンを絵に描いたような整った容姿の女性だ。


「戯れだよ、ただの。彼らの思い描きやすそうなシナリオを提供してあげようと思っただけさ。君たちは彼らの内側を知りたい。ボクも彼らに興味がある。あの白い乙女はアスモデウス様に献上すればきっとお喜びになるよ」

 返答したのは中性的な美しさの外見の者だが声色は成人男性だ。実体はなく宙を漂っている。


「私たちが用があるのは彼女ではないの。だけどあの子がいない彼らにも意味はない。勝手なことをしないで頂戴。貴方の出世の手伝いをするつもりはないの」

「なるほど。契約主がそうおっしゃるなら仕方ない。楽しいゲームになると思ったのだけど」

「そんなものは必要ないわ」

「了解したよ」


 これだから悪魔は嫌なのだと彼女は奥歯を噛み締めた。彼は十中八九余計なことをする。それで彼だけに被害ある分には構わないが、こちらまで巻き込まれてはしまうのは御免被る。

「では、良い報せを届けられるように努力してみるよ」

 そう嘯き彼は姿を消した。


「全く……」

 大きくため息を吐く。妖術師となってからの経験が浅く、契約を交わせたのは出世欲の強い、しかしながら低級のインキュバスだった自分の力不足が恨めしい。もっと力をつけねば、と彼女は細い拳を握りしめた。

 あの人の役に立ちたい。その思いだけで全てを投げ出したのだ。誰にも邪魔はさせない。

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