透との遭遇

「こんにちは」

 のんびりしようと午後はひとりで図書館へ出かけた。

 まさかそこで真壁さんに出会ってしまうとは思っておらず、眞澄くんに絶対にひとりで会うなと言われていたので、余計におろおろしてしまう。


「こ、こんにちは……」

 小さく会釈する。

「お勉強?」

「あ、特には……」

「ふーん。じゃあ俺に付き合う時間があるってことやね」


 失敗した、と思った。

「そしたら、行こか」

 私に拒否権はないと強引に手を繋がれて出入り口へと引きずられる。

 せめて誰か来てもらおうと携帯電話をバッグから取り出した途端、真壁さんに取り上げられた。


「せっかくふたりっきりで会えたんや。デートしよ」

 そう言って軽薄な笑みを浮かべると、真壁さんは私の携帯電話をジーンズのポケットに入れてしまった。


「返してください」

「せやなー。キスでもしてくれたら考えようかなー」

 おどけた様子に、返す気はないのだと判断して小さくため息をつく。


「するかどうか悩んでもくれへんの?」

「だって……。しても考えるだけだって……」

「思ってたより賢いな」


 意外そうな表情をされて、私はそんなにぼんやりして見えるのかと少し落ち込んだ。どうしたものかと途方に暮れたが、まずは気にかかっていたことを謝罪することにした。


「あ、あの……。先日はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」

「先日?」

「吸血鬼の……」


「あー、あれな。別に首取って持ってこい言われた訳やないから、みさきちゃんがやりたいように処理してくれて、こっちは報酬が入って、まあ良かったんちゃう」

 想像していたより怒りを買っていなかったことにほっとする。


 手を繋いだまま図書館を後にして、どこへ行くのかわからないけれど歩いている。

「で、野良吸血鬼はどうしたん?」

 答えて良いものか悩んで口ごもってしまう。


「言われへんっちゅーことは、仲間に入れたんか。真堂さんとこはもの好きやなあ」

 何も言わないのにどうしてわかってしまうのだろう。私の顔はそんなにわかりやすいのだろうか。考え込んでいると、真壁さんがくすりと笑った。


「考えてることぜーんぶ顔に書いてあるで」

 はっとして顔を上げると真壁さんは優しく微笑んでいた。

「俺はみさきちゃんみたいな子、好きやな」

 思っていたより柔和なひとなのかもしれないと、どきりとしてしまう。

「こっちにしばらくおるし、来たばっかりやからちょっと案内してや。みさきちゃんの好きなお店とか教えて」


 そう言われて、バスで移動して向かったのは私のお気に入りのケーキ屋さん。イートインスペースも併設されている。

 それぞれにケーキを選んで、コーヒーと紅茶を注文して料金を支払おうとすると真壁さんに遮られた。


「歳上の働いてるおにーさんなんやから、素直に奢られとき」

「あ……ありがとうございます」

 町のケーキ屋さんなので飛び抜けておしゃれな訳ではないけれど、アットホームな雰囲気の店内で、良心的なお値段のおいしいケーキを食べられるので私は大好きだ。


 空いている席に向かい合って座る。いただきます、と季節の果物をふんだんに載せたケーキを一口食べるともう幸せな気分だ。

「ホンマにおいしそうに食べるなあ」

「おいしいです」

「良ければ俺のも一口どーぞ」


 そう言ってフォークに一口サイズのチーズケーキを刺して私に向ける。

「はい。あーん」

 少し躊躇いはあったが、食べさせていただいた。

「ありがとうございます。良ければ、こちらもどうぞ」

 私はお返しのつもりで自分のケーキのお皿を真壁さんに差し出した。


「俺にもあーんてしてや」

 艶のある軽薄な微笑を見せて皿を私へ戻す。

「……どうぞ」

 おずおずとケーキを刺したフォークを真壁さんの口許へ運んだ。

「ありがと」

 真壁さんがぱくりとかじりつく。なぜかとても恥ずかしくなってしまった。


「初々しいなあ」

 言いながら真壁さんは悠然とコーヒーを口へ運んだ。私はまだ顔が熱い。けれどケーキは食べ続ける。


「クリームついてるで」

 指摘されてテーブルの端に置かれた紙ナプキンに手を伸ばしたけれど、それより先に真壁さんは私の口許を親指で拭って、指先についたクリームを舐めた。


「かわいらしいなあ。王子サマたちが悪いムシがつかんように用心する訳や」

 頬杖をついてこちらを見つめる。その視線に私はどうしたら良いのかわからず、ケーキに集中することにした。


「真壁さん、ごちそうさまでした」

 お店を出てから真壁さんにお礼を言ってお辞儀する。

「透でええよ。せっかくのデートなんやし、家まで送るわ」

「いえ、大丈夫です!」


 私は眞澄くんに叱られるのが嫌でそう言ったのだけど、真壁さんには当たり前だけど伝わらない。

「遠慮せんといて。返さなあかんもんもあるし」

 そう言われて携帯電話を取り上げられていたことを思い出した。


「お家の近くで返すわ」

 真壁さんは器用に目を眇めて片頬を上げた。

 自宅までの道のりで、真壁さんを透さんと呼ぶこととなり、連絡先の交換をした。

「また遊びに行こうな」

 無事に携帯電話を返却してもらい自宅に到着したけれど、なんだかどっと疲れた。

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