眷属になる意味

 裕翔くんが起きてきたのはもう少しでお昼になる時間だった。庭で眞澄くんに剣の稽古をつけてもらっているところにふらりと現れた。眞澄くんが毛を逆立てたネコみたいに、明らかに警戒しているのがわかる。


 中断して木刀をしまってから裕翔くんの側へ行く。

「起きて大丈夫?」

「うん。お腹空いちゃった」

 にっこりとお日様のような笑顔を見せてくれる。


「あの、ごめんなさい!」

 裕翔くんに向かって勢いよく頭を下げた。

「ちゃんとお話したいと思ってたの。なのに裕翔くんがどうしたいかも聞けなくって…」

「オレこそ、ごめんね。みさきちゃんがあまりにもいい匂いで、君の血が欲しくてたまらなくなったんだ」


 彼は腰を屈めて私の顔を覗き込んでくる。

「それがみさきの『力』だ」

 眞澄くんの声に、裕翔くんはぴょんとバネのように勢いよく姿勢を正した。


「吸血鬼の中にはみさきを疎ましく思っている者もいる。そういう連中から護るのが、俺たちの役目だ」

「本当にごめんなさい。裕翔くんの命を危険に晒して、私の事情に巻き込んでしまって。人間と同じ食事で生命維持できるから、裕翔くんが生きたいように……」


「そーんな寂しいこと言わないでよ、みさきちゃん」

 裕翔くんは人差し指を私の唇に添え、ウインクして見せる。するとすぐに眞澄くんが割って入った。また目が据わっている。裕翔くんは対照的に、にこにこして眞澄くんと腕を組んだ。


「淳に聞いたよ。君に先に出会ったから、オレは今生きてるって。ハンターが狩りに来てたんでしょ?」

「う……。それも多分、本当はいけないことで……」

 おそらく、真壁さんには依頼があって動いていたのだ。それに私が横槍を入れてしまった。


「それにさ、オレが眷属になったことを怒って殺しにくる過激な吸血種もいるんでしょ?そんな危険なところに放り出さないでよー。みんなといる方が安全だし、みさきちゃんの近くにいたいんだ。ね、いいでしょ?」


 また私の顔を覗き込んで、今度は上目遣いで見つめてくる。こくりと頷くと裕翔くんは満面の笑みを浮かべた。

「ありがとー」

 大きく腕を広げ私を抱きしめようとしたとき、すかさず眞澄くんのゲンコツが裕翔くんの頭に飛んだ。


「いったーい!ひどいよー、眞澄」

 裕翔くんは側頭部をさすりながら唇を尖らせ頬を膨らませる。

「ダメだって言ってるだろうが!」

「だって、オレみさきちゃん好きなんだもん。ぎゅーってするのは、好きなひとならいいんでしょ?淳が言ってたよ」


「ぐっ……」

 眞澄くんが言葉に詰まる。

「人前は良くない……かな?」

 私が言うと裕翔くんはしょんぼりした表情になる。

「そうなんだ……」

 なんだか幼稚園ぐらいの子供みたいな感じだ。


「あ、じゃあさ!誰も見てない時なら良いのかな?」

 とても良いことを思いついたと言わんばかりにキラキラした瞳になったけれど、すぐさま眞澄くんに否定される。


「えー、じゃあ、いつなら良いの?」

「そ、そりゃ、みさきとそういう関係になれば……」

 眞澄くんが頬赤らめながら、こちらをちらりと見た。私に助けを求められても困る。

「そういう関係って?」


 ぐいぐい責めてくる裕翔くんに気圧されて、眞澄くんは3歩退がった。

「こっ……恋人同士とか、夫婦に決まってるだろ!」

 眞澄くんはなかなか古風だ。


「なるほどー。みさきちゃんにオレを好きになってもらえば良いんだね?」

 裕翔くんはぽんと手を打ち、それまでの子供の様な表情から一変、妖艶な微笑を湛えた。

「ねぇ、みさきちゃん。どういう男が好きなの?」

 耳元で甘く囁く。その変貌ぶりと、耳に吐息が触れたことに驚いて飛び退いた。


「おーまーえーはー!」

 眞澄くんが裕翔くんに手加減した絞め技をかける。

「ちょっ!ロープロープ!」

 首を絞める眞澄くんの腕を裕翔くんが軽く叩く。


「何を騒いでいるんだい?」

「あつしー!眞澄がいじめるー」

 淳くんが現れると裕翔くんはするりと眞澄くんの腕をすり抜けて淳くんの背中に隠れた。


「虐めてない!」

 どうも眞澄くんは裕翔くんにペースを乱されるようだ。そんなふたりを淳くんは微笑ましく見つめていた。

「昼食の用意ができたから、誠史郎も呼んでみんなで食べよう。裕翔は初めてだから、食事のマナーを少しずつ覚えていこう」


 淳くんは優しいお父さんみたいだ。私の父よりしっかりしている。父は多分、異国の地で今日も母に叱られているけれど、そのことに気づかずにこにこしているのだろう。


「みさき?」

 私が両親のことを考えてぼんやりしていたので、淳くんが声をかけてきた。

「あっ!ごめんね。お父さんとお母さん、今何してるのかなって」


 メールのやり取りはしているので元気に仕事をしているのは間違いないのだけど、こんなに長い間会わないことはなかった。それだけ仕事があるのはとてもありがたいことだと理解はしているのだけど。


「そうだね……。今はイタリアにいるんだよね?それだと薫さんが観光に行きたがって、瑠美さんがたいへんだろうね」

 薫は私のお父さん、瑠美はお母さんのことだ。


「イタリア?」

 裕翔くんが興味津々といった表情をしている。

「イタリアって何?」

「それもあとで話すよ。さあ、行こう」

 淳くんに促されて、みんなでリビングダイニングへ移動した。

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