目覚め

 みんなで夕飯を食べて、私はリビングで眞澄くんとゲームをして遊んでからお風呂に入った。明日は学校が休みなので、英語の課題が終わっていないけれど今日はもう寝てしまおうと部屋へ戻ろうとした。


 部屋の前に行くときちんと閉めたはずのドアが開いている。誰かいるのかとそっと覗き込むと、みやびちゃんがベッドの上で丸くなって寝ていた。部屋に入ると私もベッドに潜り込む。


 ふと気になったことがあって、みやびちゃんに声をかけた。

「みやびちゃんはどうしてみんながお祖父ちゃんのところにきたか知ってる?」

「知らないわ。私が周様に会ったときはもうみんないたもの」

「そっか」


「知らない方がいいこともたくさんあるのよ」

「え?」

 私は身体を半分起こしてみやびちゃんを見る。

「みさきが何も知らないで能天気に笑ってくれるから、あっちゃんたちは穏やかに、普通の人間っぽい生活をしていられるのよ。それに、話したくなったら向こうから教えてくれるわよ。だから、みさきは何にも知らなくていーの」


 子猫にけなされているような気がしてちょっとおもしろくない。だけど反論しても言い負かされるのがオチなので黙っておいた。

「はーい。おやすみなさーい」

 がばっと勢いよく布団を被って目を閉じた。





 早く寝たせいか、休みの日なのにいつもよりかなり早く目が覚めてしまった。まだみんな眠っているのか、家中静まり返っている。あまりの冷え込みにお布団から出るのが億劫で少し悩んだけれど、やっぱり裕翔くんが気になるので見に行くことにした。


 みやびちゃんは私が動くと耳をぴくぴく動かしたけれど、まだ寝るという態度だった。

 太陽の昇っていない時間の春の朝はとても寒くて、パジャマの上にもこもこのパーカーを羽織って結界の部屋に行ってみる。


 裕翔くんはまだ目覚めていなかったけれど、昨夜見たときより成長している気がした。

 驚いて凝視していると、パチリと目が開いた。


 お互い見つめ合ったまま無言の時間が続く。裕翔くんがにこっと、とても人懐こい笑顔を見せたことでそれは終わった。

「おはよう」


 そう言って身体を起こす。やっぱり大きくなっていた。私より背が高そうだ。

「おはよう、みさきちゃん」

 明るく言って、いきなり抱きついてきた。


「んー、いい匂い」

 裕翔くんが私の髪に顔を埋める。何が起きているのかわからず硬直してしまう。すると彼が唇を私の髪に滑らせた。


「きゃああああ」

 思わず大声を出してしまった。何とか離れようと試みたけれど、力が強くてびくともしない。

「離して」

「なんで?」

 無垢な笑顔で聞かれると返答に困ってしまう。


 廊下からバタバタと足音が聞こえて、ばたんとドアが開く。

「どうした!?」

 眞澄くんと淳くんが駆けつけてくれた。ふたりとも一瞬固まったけれど、眞澄くんが私をがっちりと抱きしめていた裕翔くんを引き剥がす。


「あーん、みさきー」

 目が据わっている眞澄くんに羽交締めにされながらも裕翔くんはこちらに両手を伸ばす。

「何ですか?騒々しい」

 眼鏡をかけていない誠史郎さんが小さく欠伸をしながら現れた。


「離してよー!みさきちゃん、助けてー」

 裕翔くんは小さな子供のような目でこちらを見ている。何だかかわいそうになってきた。

「えっと……」

「みさき!絆されるんじゃない」

 本当に眞澄くんは私のことをお見通しだ。


「落ち着いてください、眞澄くん」

 やれやれと言わんばかりに誠史郎さんは首を横に振る。

「離してあげてくれないか?」

 淳くんに言われて眞澄くんは裕翔くんを解放したけれど、まだ警戒しているのがわかる。


「君は今日から裕翔と呼ばれる。それはいいかな?」

 淳くんが裕翔くんの正面に立って問いかけた。すると裕翔くんは満面の笑みで大きく頷く。


「うん。いろいろアマネに教えてもらったよ。オレは今日からユートで、ここでみんなと暮らすって。みさきちゃんを護るのが仕事で、学校にも行かなきゃいけない。だから、みんなよろしく」

「こちらこそ、よろしく。それにあたって、裕翔。まず僕らは、無闇に誰かに抱きついたり触れたりしないというのがマナーなんだ。わかってくれるかい?」

「そうなの?なんで?」

「互いに心地良く過すためだよ。余計な誤解や諍いは起こさない方がいいだろう?」


 淳くんがとても穏やかに諭すと、本当にわかったのかは怪しいが、裕翔くんは納得した様子だった。

「君の部屋へ案内するよ。まだ早い時間だし、もう少し休むといい。次に目が覚めたら、今度はたくさん話そう」


 廊下へ裕翔くんを誘導して、淳くんはこちらを振り返る。

「あとは僕に任せて」

 優しく微笑んだ。

「悪いな」

「どういたしまして」

 淳くんがぽんと眞澄くんの肩を軽く叩いてから裕翔くんを連れて去っていく。眞澄くんは大きな溜息を吐いた。


「羨ましいですか?裕翔くんが」

「はあっ!?」

 大声を出した眞澄くんは真っ赤になっていた。

「自分に正直になった方が楽になれると思いますよ」

 誠史郎さんは意地悪な微笑を眞澄くんに投げかけてからこちらを一瞥する。

「さて、私も部屋に戻ります」

 ふたりになったので眞澄くんはどうするのかと思ってそちらを見ると、ぱちりと目が合った。すると、なぜか突然眞澄くんが真っ赤になった。そして視線をそらされる。


「くそっ……!誠史郎のやつ……。みさき、悪い。俺も部屋に戻る!」

「う、うん…」

 なんだかよくわからないけれど、勢いに圧倒されてしまう。

 ひとり取り残された私は少し考えたけれど、朝食の支度をしようとキッチンへ移動した。

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