手紙

「ただいまー」

「お邪魔します」


 誠史郎さんのところにはお祖父ちゃんからの手紙が2通あった。1通は私に、もう1通は誠史郎さんに宛てたものだった。もっとも、私宛ての手紙はみんなにも見てもらうものだった。

 誠史郎さんへのそれは、内容も教えてもらえなかったし、みんなには秘密と口止めされた。


 私は車で自宅へ送ってもらった。誠史郎さんはまだしばらくうちに泊まるそうだ。

 誰かいるかと結界の張ってある部屋に行くと、眞澄くんが携帯ゲーム機で遊んでいて、少年は相変わらず意識がなかった。


「おかえり」

器用に指先を動かしながら声をかけてくれる。

「ただいま」

「お邪魔します」

 誠史郎さんは横たわる少年の傍らに膝をついて彼の手首に触れる。


 眞澄くんはゲームのスイッチを切って床に置くと、誠史郎さんの向かいへ移動する。

「起きないんだよな」

「ですが、灰になる様子もないですね」

 誠史郎さんは男の子の手をそっと床に戻すとスッと立ち上がる。


「あのね、眞澄くん。お祖父ちゃんが……」

 私はお祖父ちゃんからの手紙を眞澄くんに手渡す。

「なんだ、これ?周からの手紙ってどういう…」


 受け取った眞澄くんは誠史郎さんを見上げた。私も同じように見上げる。長身の美男子は困ったように苦笑した。

「周が私の部屋に隠してました」


「……やりそうだな」

 そう言いながら封筒を開ける。私はふと思いついて立ち上がった。

「淳くん呼んでくるね」


 私は淳くんの部屋へ行ってドアをノックする。

「眞澄?」

「あ、私……」


「どうぞ、開いてるから」

 ドアを開けると淳くんは勉強をしていたみたいだった。その足下では子猫が寝ている。この猫は猫またという妖怪で、お祖父ちゃんに懐いていた。亡くなった今もうちに住み着いている。みんな、みやびちゃんと呼んでいる。


「おかえり」

 淳くんは穏やかなで美しい微笑みを見せてくれる。

「ごめんね、邪魔しちゃって。お祖父ちゃんが誠史郎さんのところに手紙を隠してて、淳くんにも見てもらえたらって思って」

 淳くんが少し驚いた表情をした。


「よく見つかったね」

「うん……」

 詳しく話すと失言しそうなので、心苦しいけれど黙っておいた。

「ありがとう。じゃあ、行こうか」

 すっと椅子から立ち上がる。それだけの動作がとても優美で思わず見とれてしまう。


「行っちゃうの?」

 みやびちゃんがそう言いながら淳くんの足にすりすりした。

「ごめんね」

 みやびちゃんの頭を淳くんがそっと撫でる。すると納得したみたいで、淳くんのベッドに飛び乗って丸くなった。


 ふたりで結界の部屋に戻ると、眞澄くんがお祖父ちゃんからの手紙を読んでいた。

「彼のことを書いてた?」

 淳くんが尋ねる。眞澄くんは顔を上げた。


「よくわかったな」

「周らしいよ」

 そう言って眠り続ける少年を見る。

「周はどこまで見えていたんだろうね」


 手紙には、少年への名前や、明日彼の目が覚めれば諸々の手続きが完了することが記されていた。

 赤木裕翔、アカギユウト、それがお祖父ちゃんが彼に用意しておいた名前だった。


「起きたらきちんと話せるかな…」

 私が彼と話したいと言ってみんなを危険に巻き込んだのに、結局ひと言も話せずこうなってしまったことが心に引っかかっていた。裕翔くんの意思も確認しないまま眷属にしてしまって申し訳なくもある。


「大丈夫だよ」

 淳くんが優しく頭を撫でてくれた。

「みさきのおかげで彼は倒されずに済んだんだ」

「問題はアイツだな」

 眞澄くんが唇の端に皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「私たちの介入があったことは容易に想像できますからね」

「みさき、アイツにのこのこ会いに行ったりするなよ」


 私の考えそうなことなどお見通しだと、眞澄くんが頬を弱い力で引っ張った。

「お前はいろいろわかってなさ過ぎ」

 数時間前に誠史郎さんにも似たようなことを言われたが、やっぱりきょとんとしてしまう。

「とにかく、絶対にひとりで行動するなよ」

 眞澄くんの言葉に淳くんも誠史郎さんも深くうなづいていた。

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