誠史郎の家へ
伝えるタイミングを失ってしまっていたのだけど、休み時間に教室移動していると偶然廊下で誠史郎さんを見かけた。お互いにひとりだったので今しかないと誠史郎さんに駆け寄る。
「私の部屋に手紙を?」
「はい」
今朝の夢で、若いお祖父ちゃんは誠史郎さんの部屋の本棚に手紙を隠したと言っていた。
「……まったく。どうしてあの人はそういうことを……」
やれやれといった感じで小さく首を振る。
私の夢の話なのに、誠史郎さんは全く疑うことがなかった。お祖父ちゃんはどういうひとなのだろう。
「わかりました。今日はそちらにお邪魔せずに探してみます」
「あ。私も一緒に……」
ふたりで探した方が早いだろうと思ったので小さく手を挙げてそう言うと、誠史郎さんが少し驚いた顔をした。だけどすぐに眼鏡の奥の瞳が妖しく微笑む。
「そうですね。ふたりで探した方が早く見つかるかもしれません」
眼鏡のブリッジに人差し指と中指をかける。
「放課後、着替えてからいらしてください。淳くんにも眞澄くんにも秘密ですよ」
誠史郎さんは人差し指を立て唇に添えて、いたずらっぽく口角を上げる。
「17時頃に待ち合わせましょうか。誰にも見つからないように気をつけてください。私がクビになってしまいます」
そう言われてから誠史郎さんに迷惑をかけていたことに気がついた。あわあわしている私の頭を誠史郎さんは大きな手でポンポンと撫でてくれた。
「大丈夫ですよ」
優しい微笑みに私も思わずへらっと笑い返した。
学校が終わって1度自宅に戻る。
すでに眞澄くんと淳くんは帰っていて、淳くんは昨夜ほとんど眠っていないらしく、部屋で休んでいた。
眞澄くんがまだ目を覚まさない少年の様子を見てくれているので、私は制服を着替えてから買い物に行くと言って家を出て、誠史郎さんとの待ち合わせ場所にバスで向かった。
同じ学校の生徒はあまり来ないと思われる、自宅から見ると最寄り駅とは反対側にある書店だ。大きな駐車場があるのでそこで約束になったのだと思う。
医学の専門書の棚の辺りにいると連絡があったのでそちらに探しに行くと、スーツ姿の誠史郎さんが難しそうな本を手に取っていた。少し離れた場所で女性たちが誠史郎さんを意識しているのがわかるが、声をかけないわけにはいかない。
「お待たせしました」
ぺこりとお辞儀する。嫉妬の視線があちこちから飛んできていると感じるのは気のせいではないと思う。
「いえ、私も今来たところです」
誠史郎さんは本を棚に戻す。
「行きましょう」
誠史郎さんの少し後ろについて歩く。
駐車場の誠史郎さんの車のところへ行くと、誠史郎さんが助手席のドアを開けてくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お姫様扱いに嬉しさと戸惑いを抱えながらシートに腰掛ける。
考えてみると誠史郎さんの車に乗せてもらうのも、自宅にお邪魔するのも初めてだった。
「すみません。突然押しかけてしまって」
「構いません」
丁寧な運転で出発した。
10分ほどで誠史郎さんの住むマンションに到着した。
「お邪魔します」
とても綺麗に片付けられた部屋。塵ひとつ落ちていない感じがした。
「どうぞ」
誠史郎さんが荷物置きにしているという部屋に通された。そこですら掃除が行き届いている。
大きなスライド式の本棚にはたくさんの難しそうな本がぎっしり収納されていた。だけどそれも整然としている。
「さて、ここのどこに隠されたのか」
小さなため息をついて、誠史郎さんは最上段の左端の本を手に取ってパラパラとめくる。
「
周というのはお祖父ちゃんの名前だ。
どこから探せば良いものかと迷っていたのだけど、ふと下段の奥の方が気になって、誠史郎さんに断りなく動かしてしまった。
「みさきさん、そこは……!」
私たちの足もとにばさばさと音を立ててスケッチブックや画板が落ちる。
「ごめんなさい!」
慌てて拾い集めようとしゃがみ込んだけど、色褪せたスケッチたちに思わず見入ってしまった。いろいろな表情や仕草が描かれているけれど、どれも同じ女性だ。
「みさきさん」
名前を呼ばれてはっと顔を上げると、誠史郎さんが本棚に両手をついて私の行く手を阻んでいた。
大きな手が私の顎に添えられ、くいと上に向かされる。
「ふたりだけの秘密ですよ?」
切れ長の瞳が冷たい光を湛えている。
「誰かに話したらお仕置きですからね」
誠史郎さんの顔が近づく。私は驚いて身体を縮こまらせ、ぎゅっと目を閉じた。だけど何も起こらない。あれ、と思い恐る恐る目を開けると誠史郎さんが声を殺して肩を小刻みにふるわせながら笑っていた。緊張が解けてへたり込んでしまう。
「内緒ですよ。みさきさんに意地悪したことが淳くんや眞澄くんに知られると、たいへんなことになりますから」
なぜそこでふたりの名前が出てくるのだろうときょとんとしてしまう。
「……罪作りなひとですね」
頭の中はクエッションマークだらけだ。
ふと散らかった床に視線を落とすと、スケッチの中に白い封筒が混じっていることに気がついた。
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