『白』

「おじいちゃん……?」

 淳くんに似た容姿とふんわりした空気を纏ったその男性がお祖父ちゃんだと思ったのは直感だった。だって今目の前にいるのは私の知っているお祖父ちゃんよりずっと若い男のひとだったから。

 彼はとても穏やかに微笑む。

「渡したい手紙があるんだよ」




 目覚まし時計の音で目が覚めた。

 若いお祖父ちゃんに会ったのは夢だった。

 まだ頭がぼうっとしているが、さっきの夢は鮮明に覚えている。

 お祖父ちゃんの遺した手紙があって、それを隠した場所を教えてくれた。


 左腕にちくりと痛みを感じ、パジャマの袖を捲くってみる。昨夜、吸血種の少年に噛み付かれた痕がまだくっきりとあった。


 彼は私の血を吸い、倒れた。

 一般的に吸血種に血を吸われると死んでしまうか吸血種になると思われている。だけど人間が吸血種に血を吸われて死んでしまうときは失血死やショック死なので、1度襲撃されただけで亡くなることはそれほど多くない。吸血種は催眠をかける力を大抵持っているので、吸われたひとが覚えていることはほぼない。


 吸血種に血を吸われて亡くなった人間の全てが吸血鬼になるわけでもない。なる人間とならない人間の差はわからないが、なる人間の方が圧倒的に少ない。


 だけど私の血は、吸血種を変質させてしまう。

 闇に紛れてしか動けない彼らが、私の血をほんのひと雫でも体内に取り込むと、光を浴びても活動でき、人間と同じような食事から栄養を吸収できるようになるのだ。完全に人間になるわけではなく、外見が自然に年齢を重ねることはない。


 こちらも人間が吸血鬼になるのと同じで、全ての吸血鬼が私の血を吸ったからといってそうなるわけではない。

 お祖父ちゃんは同じ力を持っていた。淳くん、眞澄くん、誠史郎さんはお祖父ちゃんの血を吸ってそうなった、元吸血種なのだ。お祖父ちゃんはみんなを『白の眷属』と呼んでいた。

 私の血を吸った少年は、できれば眷属になってもらえたら良いなと思う。


 初仕事の緊張と疲労で昨夜は家に着くなり泥のように眠ってしまったので、彼の様子を見に行こうと着替えて部屋を出る。

「おはよう」

 結界の張ってある部屋のドアを開けると床に座っている淳くんと、意識なく横たわる少年がいる。


「おはよう」

「どう……かな?」

 淳くんの隣に座る。

「多分、こちら側にくる」

 昨夜撃たれた肩の傷はすでになくなっていた。吸血種は回復力もすごい。倒すには心臓を破壊するか、首を落とすぐらいしか方法はない。


「まだ2、3日は眠ったままだと思うけど、眷属になれないものはもう灰になっているだろうから。それより」

 淳くんが不意に私の手を引いた。私は彼に背中から抱きしめられるような体勢になる。


「傷は痛まない?」

 淳くんが私の袖を捲くり、噛み跡を優しく指先でなぞる。耳朶に触れる吐息が熱い。

「う、うん……」

 頬が紅潮し、身体が固まる。


「傍にいたのに、ごめん」

「あ、淳くんは悪くないよ!私がふらふらしてたから」

 勢いよく横を向くと、鼻の頭がくっつく距離に淳くんの顔があった。私は思わず息を呑む。


「あつしー」

 廊下から眞澄くんの声が聞こえた。すると淳くんが微かに苦笑して立ち上がる。

「どうかした?」

 言いながらドアを開ける。私は急いでそちらに背を向けた。まだ頬が熱く、鼓動がうるさい。


「様子はどうかと思ってさ。あれ、みさきもいたのか」

「さ、さっき来たの」

 眞澄くんの顔を見ることができない。

「あとは彼のがんばり次第。だけど学校へ行っている間に起きられるのも困るから、今日はここに封鎖の結界を張っておこう。留守の時間に真壁さんに入り込まれても困るからね」

「そうだな」


 ふたりが部屋を離れようとする。

「誠史郎が朝メシ作ってるから、みさきも来いよ」

「あ、うん」

 自分の両手で頬を挟み気合いを入れてから、立って振り返る。そしてふたりに駆け寄った。

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