初陣

真堂家しんどうけはいわゆる祓い屋というか、拝み屋というか、そういう『人ならざるもの』の相手を生業としている。両親もその仕事の都合で1年以上家を空けている。


 亡くなった祖父はとてつもない能力者だったみたいだけど、私の知っているお祖父ちゃんはとても優しい、温厚なひとだった。そのためか、うちの流儀はできるだけ平和的解決を図るようにしている。私も小さい頃から修行しているのだが、実戦経験がない。


 淳くん、眞澄くん、誠史郎さんにどれくらい迷惑をかけてしまうかもわからない。だけど3人は私の意思を尊重してくれた。

 真壁さんの言った『野良犬』は、おそらく吸血鬼だ。真壁さんはなかなかの武闘派らしいので有無を言わさず灰にしてしまうだろう。そんな百戦錬磨を相手に、私は出し抜くことができるのだろうか。


 緊張感を持って夜道を歩く。人気のない大きな公園に入っていった。ここまでは誠史郎さんが車に乗せてきてくれた。

 みんなはすでにこの吸血鬼騒動を小耳に挟んでいたらしく、詳しいことはすぐに調べがついた。


 この公園でこの1週間ほど、夜間、人気のない場所で何かに噛み付かれたというひとが何人も現れたのだ。

 まだ殺されてしまったひとはいない、とのことで、身柄を確保するならできるだけ早めにしてしまいたかった。


 淳くんが誠史郎さんにうちに来てほしいと言ったのは、どちらかと言うと真壁さんを警戒していたらしい。

 真堂家と戦うつもりはないだろうが、淳くんたちのことを良く思っていないかもしれない。


「大丈夫だよ」

 私の緊張に気がついたのか、眞澄くんが呟いた。

「俺たちがいるし、相手はなかなかのおバカさんみたいだからな」


 吸血鬼は痕跡を残さずヒトを襲うことが多いのだが、今回は違う。まだ吸血鬼として未熟なものが群れからはぐれてひとりで行動しているというのが淳くんと誠史郎さんの見解だった。


 だからこそ、私にもチャンスがある。

 私のような人間の存在を相手の吸血鬼が知らなければ。

 ただ、私の力は試したことがない。そして今探している吸血鬼を死なせてしまうかもしれない。もしかしたら私が倒されてしまうかもしれない。


 だけど眞澄くんの言葉は私の不安を和らげてくれた。

「ありがとう」

「みさきの剣となり、盾となるのが俺たちの役目だ」

 眞澄くんは私の右手を取り、漆黒の瞳で凝視する。そんな状況ではないのに、私はどぎまぎしてしまった。


「来たな」

 眞澄くんが退魔の刀を構えると、少し強く風が吹く。木の葉の揺れて擦れる音がする。

 次の瞬間には眞澄くんと誰かが組み合っていた。眞澄くんより身体は小さいが、力は負けていない。

使う余裕のなかった武器は足元に落ちていた。



「眞澄!」

 少し離れたところにいた淳くんと誠史郎さんが駆けつけ、眞澄くんと力比べになっているひとを取り押さえようとした。しかしそのひとはひらりと飛び上がり、私たちと距離を取る。


 一見するとかわいらしい少年だった。

 彼は怯む様子もなく、軽く地面を蹴って再びこちらに飛び込んでくる。すごいスピードだ。そこへ受けて立つのは眞澄くん。普通の人間に太刀打ちできる相手ではないが、眞澄くんはスピードは若干劣るものの、パワーでは負けていない。


「眞澄くん!」

 私の武器である対魔用の特殊な脇差で加勢しようと動いたが、淳くんが私を止めた。

「あいつの狙いは君だ!」


 誠史郎さんの鞭が風を切る音が聞こえて、少年の手首に絡みつこうとする。それをかわした彼の着地点を狙って、淳くんは私を庇いながら銀の銃弾を何発も続けて撃ち込む。しかしそれも命中しなかった。そして彼は闇に潜んでしまう。


 3人は私を背中で挟むように体勢を整える。

「ノーブレーキな感じだな」

 眞澄くんが軽口を叩いた。

「何も学ばないではぐれたのでしょう」

「言葉が通じるかもあやしいぜ」


 眞澄くんも次の攻撃に備えて太刀を構える。その横顔はどこか楽しげだ。

 私は深呼吸をした。これ以上足手まといになりたくない。


 そのとき頭上に異変を感じた。

 淳くんが冷静に放った銃弾が命中したようで、少年は体勢を崩し、そこをすかさず誠史郎さんが捕縛する。


 彼は肩を負傷して、その痛みからか非常に興奮していた。しかしこちらも解放してあげるわけにもいかない。

「落ち着いて……!」

 私は思わず少年に近づいてしまった。

「みさきさん!」

 誠史郎さんの声が聞こえたときには、少年の顔が目の前にあった。

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