最終話 救世の少女

「来てくれたんだね!!」


「おうよ!!」


 ヴィクトル達が、駆け付けてくれたと知り、喜ぶルチア。

 ヴィオレットは、あっけにとられている。

 何が起こったのか、理解できないのだろう。

 だが、赤い髪の少女達は、じっと、ヴィクトルを見つめていた。

 彼の事を知っているのだろうか。


「私達も、いますよ」


「忘れるなってのっ!!」


「間に合ったね、良かった良かった」


 ヴィクトルに続いて、フォルス、ルゥ、ジェイクが、ルチアの元へと駆け寄った。


「ありがとう!!皆!!」


 ルチアは、微笑む。

 うれしいのだろう。

 ヴィクトル達が、駆け付けに来てくれて。


「でも、どうして、皆、私達が、ここにいるってわかったの?」


「まぁ、それは、その……」


「ん?」


 ルチアは、ヴィクトル達に尋ねる。

 帝国に向かう事は、ヴィクトル達もフォウから聞いたのだろう。

 だが、帝国のどこにいるかまでは、知らないはずだ。

 ゆえに、ルチアは、疑問を抱いた。

 だが、なぜか、ヴィクトルは、歯切れの悪い返事をする。

 どう説明したらいいか、迷っているかのようだ。

 ルチアは、どうしたのかと、首を傾げた。


「みなさんの力をたどったんですよ」


「騎士とヴァルキュリアは、力をたどることができるんだっ!!」


「だから、皆が、復活した時に、わかったんだよ」


 フォルスが、ヴィクトルの代わりに答える。

 ヴィクトル達は、ヴァルキュリア達の力、つまり、赤い髪の少女達の力をたどったのだ。

 彼女達は、地水火風のヴァルキュリアだ。

 対して、ヴィクトル達は、地水火風の騎士。

 ヴァルキュリアと騎士は、お互いに力をたどることができるらしい。

 赤い髪の少女達が復活した途端、力を感じることができ、ルチア達の元へ駆け付けることができたのだろう。


「……そうだったんだ」


「まぁ、そういう事だ」


 フォルス達の話を聞いたルチアは、納得する。

 ヴィクトルも、静かにうなずいた。

 だが、揺れは、激しさを増す。 

 どうやら、立ち止まっている場合ではないようだ。


「皆、行こう!!」


 ルチアは、脱出するよう促し、クロス達と共に走り始める。

 ヴィオレット達も、ルチアの後を追った。

 王宮を抜け、地下に入ったルチア達。

 魔方陣は、もうすぐだった。


「もうすぐだ。もうすぐで、脱出できるぞ」


 クロスが、もうすぐだと告げる。

 魔方陣が目に映ったのだ。

 だが、とうとう、地下の天井が崩れ始める。

 まるで、ルチア達を飲みこむかのように。

 ルチアは、バランスを崩し、倒れかけるが、クロウが、ルチアの支え、手を握って走り始めた。


「ルチア、大丈夫か?」


「うん」


 クロウは、ルチアを気遣う。

 だが、ルチアは、大丈夫のようだ。

 ルチアは、うなずいた。

 魔方陣の元にたどり着いたルチア達。

 全員が、魔方陣の部屋に入ったのを目にしたルチアは、目を閉じる。

 ヴィオレットも、他のヴァルキュリア達もだ。

 すると、魔方陣が光り始め、ルチア達は、一瞬にして、消え去る。

 その直後、魔方陣の部屋も、一気に崩れた。

 間一髪だったようだ。



 遺跡にたどり着いたルチア達は、すぐさま、遺跡を出る。

 帝国が、どうなったのかを見る為に。

 外に出たルチア達が目にしたのは、崩れながら消滅する帝国の姿であった。


「帝国は、滅んだね」


「そうだな……」


 ルチアは、察した。

 帝国は、完全に滅んだのだと。

 ヴィオレットも、同じことを思ったようで、うなずいた。


「私は、生きていいのだろうか……」


 ヴィオレットは、うつむく。

 迷っているようだ。

 罪を犯した自分は、生きてていいのかと。

 そんな彼女を目にしたルチアは、ヴィオレットの手に優しく触れる。

 ヴィオレットは、驚き、ルチアの方へと視線を移した。


「いいんだよ。大丈夫」


 ルチアは、そう言って、ヴィオレットの手を握る。

 まるで、不安を取り除くかのようだ。

 ヴィオレットは、うなずき、涙を流した。


「会えて、良かった……」


 ヴィオレットの涙を目にしたルチアも、涙を流す。

 ヴィオレットと再会を果たせたことを喜んで。

 クロス、クロウは、そんなルチアとヴィオレットを暖かく、見守っていた。



 帝国が滅んでから、一か月の月日が経った。

 ルーニ島は、以前と変わりない。

 傷ついた島の民もいるが、今では、すっかり、明るさを取り戻している。

 だが、変わった事もあるのだ。

 ヴィオレット、金髪の女性、金髪の男性が移り住んだ。

 他のヴァルキュリア達は、ヴィクトル達と共に海賊船に乗ったようだ。

 やはり、ヴィクトル達のことを知っていたようで、彼らと共に生きることを決意したのだろう。

 と言っても、他の理由もあるようだが。

 少し、寂しさを覚えるルチアであったが、いつか、彼女達と出会える日を楽しみにしている。

 もちろん、ヴィオレットと共に。

 ルチアは、以前、住んでいた家から、外に出る。

 家には、もう、アレクシアはいない。

 今、一緒に暮らしているのは、クロス、クロウ、ヴィオレットのみだ。

 金髪の女性と金髪の男性は、他の家で暮らしている。

 複雑な理由を抱えているからだ。

 それでも、ルチアは、いつか、その問題も、解決できるようにしたいと願っていた。

 ルチアは、村の中を駆けていく。

 心地よい風を感じ、穏やかな波の音を聞きながら。

 ルチアは、やっぱり、この島が、好きなのだと、改めて、感じていた。


「おはよう!ルチア姉ちゃん!!」


「おはよう!!」


 島の少年少女に声をかけられたルチアは、明るく挨拶を交わす。

 今でも、彼女は、人気者だ。

 島を救ってから、さらに、と言った方がいいのかもしれない。

 ルチアは、村の中央に建てられている精霊石の元へと急ぐ。

 その理由は、ヴィオレットが、いるからだ。

 精霊石に祈りを捧げているらしい。

 彼女のなりに、罪を償おうとしているのかもしれない。

 ルチアは、ヴィオレットが、自分を責めない日が来るようにと願うばかりであった。


「ヴィオレット!!」


 ヴィオレットを見つけたルチアは、ヴィオレットの名を呼び、駆け付ける。

 ヴィオレットは、ゆっくりと、振り向き、穏やかな表情を浮かべていた。


「クロスとクロウは?」


「巡回に行った。だが、すぐ戻ってくると言っていたぞ」


「そっか」


 ルチアは、クロスとクロウが、どこに行ったのかを、尋ねる。

 ルチアには、話さなかったようだ。

 もし、話せば、ルチアも、ついていくと言うだろう。

 クロスとクロウは、ルチアには、穏やかに暮らしてほしいと願っているのだ。

 今まで、過酷な状況の中で生きてきたのだから。

 クロスとクロウが、巡回に行ったと聞かされたルチアは、少々、残念がる。

 やはり、巡回に行きたがっていたようだ。

 そんなルチアを見たヴィオレットは、微笑んでいた。

 ルチアは、いつまでも、変わりないなと。


「ねぇ、島の暮らしには、慣れた?」


「どうだろうな。よくわからない。でも、皆、優しい」


「うん。だから、私、この島が、好きなんだ」


「そうだな」


 ルチアは、ヴィオレットに尋ねる。

 ヴィオレットが、島で暮らし始めてから、一か月が経ったからだ。

 慣れたかどうかは、ヴィオレットは、わからないらしい。

 だが、島の民が、ヴィオレットに対しても、優しく接してくれていると感じているようだ。

 ヴィオレットを受け入れてくれるのだろう。

 ルチアも、同じように、受け入れてもらえたため、この島が好きなのだ。

 暖かくて、穏やかな島の民に囲まれて。

 ヴィオレットも、うなずいていた。

 同じように感じているのだろう。

 その時だ。

 クロスとクロウが、ルチア達の元へ走ってきたのが、見えたのは。


「あ、二人が、戻ってきたよ」


 ルチアが、ヴィオレットに教える。

 クロスとクロウが戻ってきたことを知り、ヴィオレットは、振り返る。

 クロスとクロウは、ルチア達の元へ駆け付けた。


「お帰りなさい」


「ただいま」


 ルチアとクロウは、互いを見て、微笑む。

 当たり前の日常だが、それは、とても、大切で、愛おしい。

 ルチアとクロウは、そう、感じているかのようだ。


「どうだった?」


「大丈夫、妖魔も、妖獣もいなかったよ」


「そう」


 ヴィオレットは、クロスに、状況を尋ねる。

 クロス曰く、妖魔は、おろか、妖獣も、いなかったらしい。

 帝国が滅んで以来、妖魔を見つけた者はいない。

 結界が張られていないレージオ島でもだ。

 帝国が、滅んだからであろうか。

 原因は、わからないが、いつまでも、穏やかな日々が続いてほしいと願うばかりであった。


「そう言えば、あの二人を知らないか?」


「あの二人?そ、そうだな……」


 ヴィオレットは、金髪の女性と金髪の男性の事を尋ねる。

 彼女達は、共に戦ってきた仲間だ。

 だからこそ、気になったのだろう。

 探しに行ったが、見つからなかったようだ。

 家にはいなかったらしい。

 クロスは、歯切れの悪い答えをしてしまった。

 どこか、複雑な感情を抱いているようだ。


「どうしたの?」


「いや、どこにいるかはな。特に、あいつは……」


 ルチアは、尋ねる。

 クロウが、代わりに答えた。

 どこにいるかは、わからない。

 特に、金髪の男性の事は、知らないようだ。

 いや、知りたくないと言っているようにルチアは、思えてならなかった。


「やっぱり、まだ、受け入れられないんだね」


「時間は、かかるだろうな」


「うん、ごめん」


 ルチアは、なぜ、クロスとクロウが、金髪の男性を受け入れられないのか、知っている。

 クロスとクロウの過去を聞いたのだ。

 記憶を失ったのは、金髪の男性が深くかかわっているらしい。

 そして、金髪の男性とシャーマン暗殺の件も。

 詳しくは聞かなかったが、ルチアは、見守っていたのだ。

 いつか、二人が、金髪の男性を受け入れる日が来るのを。

 と言っても、時間はかかる。

 クロウも、受け入れるのは、難しいようだ。

 受け入れなければとは、思っていても。

 それは、クロスも、同様であり、謝罪した。


「仕方がないと思う。私の事も、きっと……」


 ヴィオレットも、仕方がないと思っているらしく、うつむく。

 なぜなら、赤い髪の少女達に受け入れてもらえていないからだ。

 ルチアは、ヴィオレットから、赤い髪の少女達を殺したことを聞いた。

 その理由も。

 赤い髪の少女達も、知ったが、それでも、ヴィオレットのやったことは、許されるわけではない。

 だからこそ、赤い髪の少女達は、ルーニ島で暮らさず、海賊船に乗ったのだ。

 彼女達が、ヴィオレットの事を受け入れるのは、時間がかかるだろう。

 ヴィオレットは、その事をよく理解している。

 彼女達の気持ちも。

 だからこそ、クロスとクロウの気持ちもわかっていた。


「大丈夫だよ。きっとね」


 ルチアは、クロス達を励ます。

 信じているのだろう。

 クロスとクロウが、金髪の男性の事を受け入れ、赤い髪の少女達が、ヴィオレットの事を受け入れる日が来ると。

 ルチアの笑顔を見たヴィオレット達は、微笑む。

 ルチアが言うと本当にその通りになる気がしたのだ。

 その時であった。


「ただいま」


「あ、帰ってきた」


 金髪の男性が、ルチア達に声をかける。

 金髪の男性と金髪の女性が、帰ってきたようだ。

 ルチアは、振り返り、二人の元へと駆け寄る。

 だが、クロスとクロウは、複雑な感情を抱いている為、立ち止まったままだ。

 ヴィオレットも、クロスとクロウの心情を察していた。


「お帰りなさい」


「ただいま帰りました」


 ルチアは、金髪の女性に声をかける。 

 金髪の女性は、微笑んで、返事をした。

 こうしてみると、姉妹のようだ。

 当然であろう。

 ルチアは、彼女とも、共に過ごしたことがあったのだ。

 姉のように慕っているのだろう。


「どこに行ってたの?」


「内緒だよ」


 ルチアは、どこに行ったのか、尋ねるが、金髪の男性は、内緒だと言って答えない。

 少し、意地が悪いようだ。  

 それでも、ルチアは、尋ねてみせる。

 それも、楽しそうに。

 その時であった。

 島の民が、騒めき始めたのは。

 ルチア達も、気付いたようで、海の方へと視線を向ける。

 なんと、海賊船・エレメンタル号が、島に迫ってきていた。


「あ、来た」


 ヴィクトル達が、来た事に気付き、ルチアは、ヴィオレットの元へ駆け寄る。

 彼らが、ここに来る事を知っていたかのようだ。


「海賊船?」


「うん、私が呼んだの。皆にわかって欲しいから」


「え?」


 ルチア曰く、ヴィクトル達を呼んだのは、ルチアだという。

 これには、さすがのヴィオレットも、驚きを隠せない。

 わかって欲しいというのは、どういう意味なのだろうか。 

 他のヴァルキュリア達に自分の事をわかってもらいたいと願っているのかもしれない。

 だが、ヴィオレットは、あきらめかけていた。

 もう、わかり合うことはないのだろうと。

 それでも、ルチアは、ヴィオレットの手を握りしめた。

 ヴィオレットの不安を取り除くかのように。


「だから、私達の事も、話そう。何があったのか、真実を知ったら、皆、わかってくれると思う」


「そうかもしれない、な」


 ルチアは、お互いの過去を知り、受け入れてほしくて、ヴィクトル達を呼んだのだ。

 向き合うことで、わかり合える。

 ルチアは、そう、信じているのだろう。

 ヴィオレットも、少々、ためらいながらも、うなずいた。

 ルチアの言葉なら、信じられる気がして。


「行こう!!」


 ルチアは、ヴィオレットの手を引いて、走り始める。 

 海賊船へと向かって。

 クロス、クロウも、ルチアを追いかけた。

 ルチアは、ヴィオレットの手を離さなかった。


――大丈夫だよ、どんなに辛くても、悲しくても、受け入れるから。


 ルチアは、信じているのだ。

 何があっても、受け入れられると。

 それが、たとえ、どんなに悲しく、辛い事だったとしても。


――君と一緒なら!!


 クロス、クロウ、そして、ヴィオレットと一緒なら、過去さえも、受け入れ、乗り越えられる。

 そう、信じているのだろう。

 エデニア諸島を救った救世の少女は、ヴィオレット達の心も、救おうとしている。

 彼女なら、救ってくれるだろう。

 彼女の笑顔は、太陽のように暖かく、心を癒してくれるのだから。

 救世の少女・ルチアは、ヴィオレットの手を握りしめ、海賊船へと駆けていく。

 彼女達と共に幸せをつかむために。

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楽園世界のヴァルキュリア―救世の少女― 愛崎 四葉 @yotsubaasagiri

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