第八十八話 浮かんだ光景
「ありがとう、助かった」
「おかげで、正気に戻りました」
アストラルとニーチェは、クロスとクロウにお礼を言う。
本当に、彼らは、正気を取り戻したようだ。
フォウは、体を震わせる。
まるで、今の状況が信じられないようであった。
「どういう事だ?」
「あなた達が、斬ってくれたおかげで、邪悪なオーラは、消滅したんですよ」
「我らは、妖魔の力を送りこまれて、操られていた。だが、それを消してくれたのは、お前達だ」
「もともと、送り込まれただけですから、復活することはないんですよ」
クロウも、信じられない様子で問いかける。
まさか、正気に戻るとは、思ってもみなかったのであろう。
正気に戻ってくれればとは、思っていたが、それは、薄望みだったのだ。
アストラル曰く、古の剣で切り裂かれたがゆえに、邪悪なオーラは、消滅したという。
アストラルとニーチェは、サナカやランディとは違い、妖魔が、魔法を発動して、操られていたのではなく、妖魔の力を送りこまれた上で、操られていたというのだ。
ゆえに、古の剣で、妖魔の力は消滅した。
核もないため、復活することはないのだろう。
つまり、アストラルとニーチェは、完全に、正気に戻ったという事だ。
アストラルは、魔法・スピリチュアル・リフレクションを発動して、クロス達の傷を一気に癒した。
さすが、フォウのパートナー精霊と言ったところであろう。
癒しの魔法は、全員の傷を一気に癒すのは容易ではない。
だが、アストラルは、いとも簡単にやってのけたのだ。
力がなければ、できない事であった。
「さて、フォウ様を取り戻さなければ」
「すまないが、我らのように、フォウを……」
アストラルは、フォウの方へと振り向く。
覚悟を決めたようだ。
フォウと戦うことを。
ニーチェは、申し訳なさそうに懇願する。
フォウを自分達のように斬らなければ、正気には、戻せない。
しかも、それができるのは、騎士であるクロスとクロウだけだ。
ゆえに、二人に、このような事を頼むしかない。
ニーチェは、心が痛んでいるのだろう。
「はい」
「覚悟の上だ」
クロスは、うなずく。
もう、覚悟はできているのだ。
それは、クロウも、同様である。
ゆえに、二人は、ためらいなく、フォウに向かって、剣を向けた。
フォウは、体を震わせながらも、魔技・フォトン・アローとシャドウ・アローを発動する。
だが、アストラルは、魔法・フォトン・ショットを、ニーチェは、シャドウ・ショットを発動する。
光と闇の弾は、光と闇の矢を相殺させ、フォウの攻撃を防いだ。
だが、これだけではない。
ニーチェは、魔法・スピリチュアル・ファントムを発動。
これにより、クロスの姿はフォウの目には映らなくなったのだ。
フォウは、魔技を発動しても、クロス達に命中させることは不可能となってしまった。
「今です!!」
アストラルは、合図を送る。
今が、チャンスだと。
クロスとクロウは、跳躍した。
「はあっ!!」
「せやっ!!」
クロスとクロウは、フォウに斬りかかる。
フォウは、わき腹と腕を切り裂かれた。
「ぐ、ぐはああっ!!」
フォウは、目を見開き、もだえる。
すると、フォウの体から、まがまがしい力が、抜けていったのがクロス達には、見えたのだ。
まがまがしい力が完全に抜けるとフォウは、そのまま、仰向けになって倒れた。
「戻ったか?」
「たぶん、な……」
クロスは、クロウに問いかける。
不安に駆られているのだろう。
フォウが、元に戻ったのかが。
だが、クロウは、うなずく。
推測でしかないが、フォウは、正気に戻ったのではないかと。
しかし……。
「ふふふ、あははははは!!!」
フォウが、高笑いをし始める。
それも、不気味に。
すると、突如、フォウの体から、まがまがしいオーラが、発動された。
「なっ!!」
「どういう事だ!?」
クロスとクロウは、動揺を隠せない。
確かに、まがまがしい力は、フォウの体から抜けたからだ。
そのはずなのに、フォウは、まだ、妖魔の力をその身に宿しているように見える。
アストラルとフォウも、何が起こったのか、理解ができなかった。
「わしは、アストラルとニーチェとは、違うのじゃ。残念だったのぅ」
「そんな……」
「フォウ……」
フォウは、ゆっくりと起き上がり、不敵な笑みを浮かべる。
おそらく、フォウは、妖魔に直接力を送りこまれたがゆえに、妖魔の力が抜けきれなかったのだろう。
これには、アストラルとニーチェは、愕然とする。
このままでは、救えないのではないかと、不安に駆られて。
「さあ、反撃と行こうかのぅ」
フォウは、そう言うと、一瞬のうちに、アストラルの元へと迫る。
これには、アストラルも、驚きを隠せない。
クロスやクロウでさえもだ。
まるで、魔法で移動したかのようなスピードだ。
明らかに、人間の速さとは思えなかった。
ゆえに、誰もが反応できず、フォウは、魔技・シャドウ・インパクトを発動した。
「ぐっ!!」
「アストラル!!」
アストラルは、直撃を受け、吹き飛ばされる。
そのまま、地面にたたきつけられたアストラルは、起き上がることすらできなかった。
それほど、重傷を負ったという事だろう。
フォウの魔技は、今までとは威力が桁違いだ。
一体、何があったのか、クロス達は、未だに、理解できない。
ニーチェは、アストラルの元へ向かおうとするが、フォウは、続けて、一瞬のうちにニーチェに迫り、魔技・フォトン・インパクトを発動した。
「がっ!!」
「ニーチェ!!」
ニーチェも、直撃を受け、吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。
クロウは、ニーチェの方へと視線を向ける。
ニーチェも、起き上がることができないほど、重傷を負ってしまったようだ。
アストラルとニーチェは、一気に、戦闘不能に陥った。
「そんな、無茶苦茶だ……。あの速さは、何なんだ?」
クロスは、愕然とする。
一瞬のうちに、アストラルとニーチェが、フォウの攻撃を受けたからだ。
しかも、フォウの動きは、今までとは違う。
威力も、桁違い。
一体、何が起こったというのだろうか。
「妖魔の力を最大限に発動してる。ゆえに……」
フォウ曰く、妖魔の力を最大限に発揮しているからこそ、人間離れした速さと力を発動する事ができるのだという。
おそらく、斬られた時に、身の危険を感じたからであろう。
このままでは、本当に、フォウの命が危うい。
そう感じたクロスとクロウ。
だが、フォウは、すぐさま、クロスの元へと迫り、クロスの首をつかんだ。
「っ!」
「こう言う事もできる」
クロスは、あっけにとられた。
抵抗することもできないほど、がっしりと、首が捕まれている。
呼吸もできないほどに。
妖魔の力によって、フォウは、戦闘能力さえも、高まったのだろう。
フォウは、そのまま、一瞬のうちに、クロスを結界に押し付ける。
結界が、クロスの背中を切り刻んだ。
「ぐあああああっ!!」
「クロス!!」
クロスが、絶叫を上げる。
クロウは、クロスを救おうと、フォウの元へと迫るが、フォウは、クロスから手を離す。
解放されたクロスは、そのまま、前のめりになって倒れ込んだ。
フォウは、すぐさま、クロウの元へと迫る。
危機を感じ、クロウは、剣を構えるが、フォウは、クロウの腕と首をつかんだ。
「遅い!!」
反応ができなかったクロウに対して、罵るフォウ。
そして、そのまま、クロスと同じように、結界へとクロウを押し付ける。
結界が、クロウの背中を切り刻んだ。
「がああああああっ!!」
クロウは、絶叫を上げる。
背中に、激痛が何度も、走っているのだろう。
フォウは、クロウを投げ捨てる。
クロウは、抵抗もできず、そのまま、地面に倒れ込んだ。
だが、クロスとクロウは、歯を食いしばり、立ち上がろうとする。
痛みが走っても、それに、耐えて。
「しぶとい奴らめ!!こうしてくれる!!」
立ち上がろうとするクロスとクロウに対して、フォウは、苛立ったのか、魔技を発動する。
フォウが、発動したのは、魔技・フォトン・ブレイドとシャドウ・ブレイドだ。
オーラは、刃と化し、クロスとクロウを切り裂いた。
「「あああああああああっ!!!」」
クロスとクロウは、全身を切り刻まれ、絶叫を上げる。
そして、そのまま、血を流して倒れた。
もう、彼らは、起き上がることすらできない。
それほど、重傷を負ったのだろう。
フォウは、不敵な笑みをこぼしながら、クロスとクロウに迫った。
「さて、止めを刺そう」
フォウは、クロスとクロウに向けて、魔技を発動しようとする。
今度こそ、二人を殺すつもりだ。
アストラルとニーチェを殺さないのは、二人を操るためであろう。
人形のように。
クロスとクロウは、体を動かすこともできないほど、重傷を負っており、抵抗する事は、もう、不可能であった。
――もう、駄目なのか……。
――ここで、終わるのか……。
抵抗する力すら失ったクロスとクロウ。
もう、あきらめかけているようだ。
自分達では、フォウを救えないと。
ルチアの元へと行けないと。
――ごめん、ルチア……。
クロスは、ルチアに謝罪する。
あきらめているのだろう。
――守れなくて……。
クロウも、同様に、ルチアに謝罪していた。
守ると、誓っていたのに。
クロスとクロウは、目を閉じかける。
意識が、遠のき始めているようだ。
だが、その時であった。
ある事を思い出したのは。
――じいさん。
クロスとクロウが、思い出したのは、幼少時代の事だ。
幼い二人は、老人の元へと駆け寄る。
しかも、クロウは、「じいさん」と呼んで。
その老人は、なんとフォウであった。
――え?
クロスは、内心、驚く。
思いだしたのは、まぎれもなく、自分達の幼少時代であり、過去だったから。
そして、自分の祖父は、フォウだからであった。
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