第八十九話 双子とフォウ

――今のは……俺達の……過去?


 クロウは、動揺しているようだ。

 当然であろう。

 意識を失いかけた瞬間、幼い自分達が、思い浮かんだのだから。

 自分達が、命を落としかけているのか、あるいは、何かのきっかけで、思い出したのだろうか。

 ルチアのように。

 二人は、呆然としながらも、自分達の過去を思いだし始めた。



 それは、まだ、二人は、幼いときだ。

 クロスとクロウは、フォウに寄り添う。

 この時のフォウは、少しだけ若い。

 だが、暖かな表情を浮かべている。

 まるで、孫と接しているかのように。


――クロス、クロウ、どうしたんじゃ?


――剣の練習がしたい。俺達、騎士になりたいんだ。


――そうか。よし、では、特訓するとしよう。


――うん、ありがとう!!じいちゃん!!


 クロスとクロウに問いかけるフォウ。

 クロウは、騎士になるために剣の練習がしたいとせがんだのだ。

 と言っても、この頃のクロウは、少し、大人びている。

 この頃から、クールだったようだ。

 フォウは、嬉しそうに、二人の頭を撫でる。

 剣の練習に付き合ってくれるようだ。

 クロスは、嬉しそうに、微笑んだ。

 まるで、太陽のように。



 全てを思いだしたクロスとクロウ。

 だが、フォウは、容赦なく、二人に向けて魔技を発動しようとしていた。


「死ね!!」


 フォウは、魔技を発動する。

 だが、その時だ。

 クロスとクロウは、激痛に耐え、歯を食いしばって立ち上がり、固有技・レイディアント・ガードとダークネス・ガードで、魔技を防ぎきったのは。


「何!?」


 魔技を防がれたフォウは、驚きを隠せない。

 なぜ、立ち上がれる力があったというのか。


「殺される、つもりなどない……」


「貴方を元に戻すまでは……」


 一度は、あきらめかけたクロスとクロウ。

 だが、全てを思いだしたのだ。

 自分達とフォウの関係を。

 ゆえに、あきらめて、殺されるつもりなどなくなった。

 フォウを元に戻したい一心で立ち上がったのだ。


「もう、やめよう。じいちゃん」


「俺達は、こんな事、したくないんだ。じいさん」


「な、何!?」


 クロスとクロウは、フォウに語りかける。

 それも、孫として。

 呼びかけられたフォウは、動揺し、体を震わせた。


「な、なぜ……思いだしたのか?」


 フォウは、動揺を隠しきれないようだ。

 予想もしていなかったのであろう。

 まさか、クロスとクロウが、ここで、過去を思い出すとは。


「そうか、思い出したんだな……」


「そうのようですね……」


 アストラルとニーチェも、歯を食いしばり、立ち上がる。

 クロスとクロウが、過去を思いだしたのだと、悟って。

 アストラルとニーチェは、知っていたのだ。

 クロスとクロウが、フォウの孫であると。

 だが、教えようとはしなかった。

 それが、フォウの望みであったから。

 フォウは、クロスとクロウが、過去を思い出すと、再び、騎士になり、過酷な運命を背負わされるのではないかと懸念したのだ。

 だが、結局の所、クロスとクロウは、再び、騎士になった。

 それは、二人の運命なのだと、悟ったフォウは、何も言わず、二人を見守る事にしたのだ。

 帝国に支配されるまでは……。


「思いだしたよ。貴方は、俺達の家族だったんだ……」


「すまない。今まで、思い出せなくて……」


「だ、黙れ!!」


 クロウとクロスは、語る。

 それも、悲しそうに。

 今まで、思い出せなかったことを悔いているのだろう。

 フォウとの大事な思い出さえ、忘れてしまったのだから。

 だからこそ、クロウは、謝罪したのだ。

 だが、フォウは、感情任せに、魔技を発動しようとする。

 自分の事が信じられないのだ。

 クロスとクロウが、過去を思いだし、喜んでいる気がして。

 ゆえに、その感情をかき消すかのように、魔技を発動しようとしたのであった。

 だが、その瞬間、フォウの体は、ぴたりと止まった。

 まるで、時が止まったかのように。


「なぜじゃ?なぜ、体が……」


 フォウは、信じられないようだ。

 なぜ、体が動かせないのか。

 見当もつかなかった。


「当たり前ですよ。お孫さんを殺したくないんですから」


「フォウ自身が、それを望んでいるはずがない」


 アストラルは、フォウに教える。

 クロスとクロウは、フォウの孫だ。

 ゆえに、フォウが、殺したいと願うはずがない。

 ニーチェは、それを知っているからこそ、フォウに教えた。


「嘘じゃ!!嘘じゃ!!」


 自分の事が、信じられず、フォウは、妖魔の力を暴走させてしまう。

 このままでは、フォウは、命を落としかねない。

 早急に、フォウを解放しなければならなくなった。


「お願いです。どうか、フォウ様を……」


「ああ」


「わかってる」


 アストラルは、クロスとクロウに懇願する。

 どうか、フォウを助けてほしいと。

 もちろん、そのつもりだ。

 クロウは、静かにうなずき、クロスは、微笑んで、うなずいた。

 暴走し始めたフォウを助ける為に、クロスとクロウは、同時に、地面を蹴る。

 フォウは、暴れまわるかのように、魔技を連発するが、アストラルとニーチェが、魔法で応戦し、相殺する。

 ニーチェが、再び、スピリチュアル・ファントムを発動し、クロスとクロウの姿を消す。

 これで、フォウは、クロスとクロウに向けて、魔技を発動する事は、困難になるだろう。


「いけ!!」


 ニーチェが合図し、クロスとクロウは、跳躍する。

 今度こそ、妖魔の力をかき消し、フォウを解放する為に。


「「はあああっ!!」」


 クロスとクロウは、剣で、フォウを切り裂く。

 歯を食いしばって。

 本当は、祖父を斬りたくない。

 だが、斬らなければ、解放はできない。

 ゆえに、二人は、感情を押し殺して、フォウの右わき腹と左肩を切り裂いた。


「ぐはあああっ!!」


 フォウが、絶叫を上げてのけぞる。

 その瞬間、フォウから、妖魔の力が抜け始めた。

 すると、クロスとクロウは、その妖魔の力に向かって、剣を刺す。

 まるで、妖魔の力を完全に消し去るかのように。

 剣に刺された妖魔の力は、完全に消滅し、フォウは、そのまま、仰向けになって、倒れた。


「これで、完全に……」


「元に戻せたな……」


 クロスとクロウは、確信した。

 これで、フォウを完全に戻せただろうと。

 フォウは、意識があるが、呼吸が弱弱しい。 

 自分達のせいだろう。 

 わかってはいたが、クロスとクロウは、歩み寄る。

 クロスは、魔法・スピリチュアル・リフレクションを発動して、フォウの傷を癒し始めた。


「じいさん……」


「すまんかった……わしのせいで……」


「ごめん、俺達も、思い出せなくて……」


 フォウは、クロス達に謝罪する。

 自分が、操られてしまったばかりに、傷つけてしまったからだ。

 だが、クロスも、謝罪する。

 完全に、正気に戻ったようだ。

 思い出せず、フォウを傷つけていたのではないかと。

 クロウも、静かに、涙を流した。

 まるで、自分を責めているかのようだ。


「優しいのぅ。お主らは……」


 フォウは、涙を流す。

 クロスとクロウが、思い出し、うれしく思っているのだろう。 

 それと同時に、クロスとクロウの優しさを感じ取ったのだ。 

 前と変わらず、心優しい子達だと思いながら。


「アストラル、どうか、こやつらを……」


「……はい」


 フォウは、アストラルに、懇願する。

 アストラルは、うなずき、魔法・スピリチュアル・リフレクションを発動した。

 クロスとクロウの傷は、一気に癒えていく。

 フォウは、自分の事よりも、孫を優先したのだ。


「じいちゃん、どうして……」


 クロスは、問いかける。

 なぜ、自分達を助けようとするのだろうかと。

 自分の方が、重傷を負っているはずなのに。

 アストラルも、クロスと共に、フォウに向けて、魔法・スピリチュアル・リフレクションを発動した。


「お願いがあるのじゃ。どうか、ルチアを助けてやってほしい。そうでなければ、あの子は、利用される」


「どういう事だ?」


 フォウは、クロスとクロウに、懇願する。

 どうか、ルチアを助けてほしいと。

 ルチアは、利用されかけているのだと、告げて。

 どういう事なのか、見当もつかないクロウは、問いかけた。


「そうじゃな。まずは、わしらを操った者の名を教えよう……」


 フォウは、ゆっくりと、語り始める。

 自分達を操った帝国兵の名を。

 その名を聞いた時、クロスとクロウは、目を見開く。

 衝撃が走っているようだ。

 その名は、島中の誰もが知っている名であり、クロスとクロウ、そして、ルチアと関わりがある者の名であった。



 何も知らないルチアは、急いで地下に入った。


「やっと、着いた……」


 一呼吸しながらも、ルチアは、地下の中を歩く。

 そこには、大きな魔方陣が描かれていた。

 だが、その魔法陣は、どこか、薄気味悪く、おぞましく感じた。


――嫌な、感じ……。


 魔方陣を目にしたルチアは、寒気が走る。

 妖魔の力が、宿っているように思えたからだ。

 ゆっくりと、魔方陣へと歩み寄るルチア。

 近づいても、体に影響は出ていないようだ。

 帝国兵や妖魔達が、いないか、警戒しながら、あたりを見回すルチア。

 その時だ。

 ルチアは、右の壁に立てかけられた剣を見つけた。


「あれは、聖剣?」


 その立てかけられた剣は、他の剣とは違う。

 だが、古の剣でもない。

 あれは、間違いなく、聖剣だ。

 ルチアは、その剣を目にしたことがあるため、良く知っていた。


「あんなところに……」


 なぜ、あの剣がこの遺跡にあるのかは、不明だ。

 どこにあるかもわからなかった精悍が、まさか、地下にあるとは、思いもよらなかったようだ。

 フォウやアレクシアが、ここに隠していたのだろうか。

 思考を巡らせながら、聖剣へと手を伸ばすルチア。

 もしかしたら、この聖剣を制御できれば、より、強力な結界を張れるかもしれない。

 そう、推測した。

 その時であった。


「ルチア!!」


 ルチアの名を呼ぶ声がする。

 懐かしい声だ。

 その声の主をよく知っている。

 ルチアやクロス、クロウの保護者として、共に過ごしてきたのだから。

 ルチアは、震えながらも、恐る恐る振り返る。

 背後には、なんと、アレクシアが、立っていた。

 それも、穏やかな表情を浮かべて。

 どうやら、操られていないようだ。


「アレクシアさん?」


 ルチアは、アレクシアに恐る恐る語りかける。 

 アレクシアは、微笑むだけであった。

 それでも、ルチアは、確信を得た。

 アレクシアは、操られていないようだと。


「やっと、会えたね」


「うん!!」


 ようやく、アレクシアと再会を果たしたルチア。

 嬉しそうに、アレクシアの元へ駆け寄る。

 だが、その時だ。 

 アレクシアが、短剣をルチアに向けて誘うとしたのは。


「え?」


 ルチアは、危機を感じ、とっさに、後退して、回避する。

 幸い、刺されなかったが、何が起こったのか、不明だ。

 ルチアは、アレクシアの方へと視線を向ける。

 それも、恐る恐る。

 アレクシアは、未だ、穏やかな表情を浮かべていた。

 短剣を手にしながら。


「失敗したみたいだね」


「ど、どうして?」


「そうか、君は、まだ、わからないんだね」


 失敗したとアレクシアは、呟く。

 それも、残念そうに。

 ルチアは、体を震わせて、問いかけた。

 嫌な予感がして。

 ルチアの表情を目にしたアレクシアは、不敵な笑みを浮かべる。 

 まるで、本性を現したのように。


「私が、帝国兵のリーダーだよ、ルチア」


 アレクシアは、衝撃的な事実を突きつける。

 なんと、アレクシアは、帝国兵のリーダーだというのだ。

 この島を支配していたのは、アレクシアであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る