第八十五話 ヴィオレットを知る者

「ノーラ様、知ってるんですか?ヴィオレットを……」


 ルチアは、ノーラに尋ねる。

 まさか、ヴィオレットの事を知っている者がいるとは、思わなかったのだろう。

 ヴィオレットとこの地を訪れたのは、わずかな時間だけだ。

 故に、ルチアが、ヴァルキュリアとして活躍していたという事を知っている者は、少なかった。

 しかも、アレクシアが、一部の島の民に教えたからだ。

 ヴィオレットの事も、知っている者がいるとは、ルチアにとって、予想外であった。


「まぁね。彼女の両親と僕の両親は、知り合いだったから。ヴィオレットにも会ったことあるよ。幼馴染ってところかな」


 ノーラ曰く、ノーラの両親とヴィオレットの両親は、知り合いだったようだ。

 つまり、ヴィオレットも、この島の出身だったという事だ。

 しかも、ノーラは、ヴィオレットの幼馴染であったらしい。

 この事は、ルチアも知らなかった。


「そういうことわけだから。君は、ここを救って、帝国に行ってほしいんだ。勝手な願いだってことは、わかってるけどさ」


 幼馴染であるヴィオレットを連れて帰りたい。

 ノーラは、そう思っているようだ。

 彼女は、帝国にいるとノーラは、推測している。

 帝国は、危険だ。

 だからこそ、ルチアに託すしかなかった。

 身勝手で、わがままな願いだとはわかっていても。


「私も、会いたいと思ってましたから、ヴィオレットに」


 ルチアは、ノーラの願いを叶えるつもりだ。 

 ヴィオレットに会いたいと願っている。

 会って話がしたいのだ。

 だからこそ、帝国に行くことを決意した。

 真実を知り、ヴィオレットに会いに行くために。

 ルチアの話を聞いたノーラは、本当に、ありがたいと感じていた。

 自分では、困難を極めるであろうから。


「あいつは、僕が、引き付ける。だから、君は、妖魔を倒してくれるかな?」


「はい!!」


「じゃあ、任せたよ!!」


 ノーラは、自分が、ランディを引き付けると告げる。

 その間に、ルチアに妖魔を倒させるつもりだろう。

 そうすれば、ランディも、元に戻るはずだ。

 ルチアは、強くうなずいた。

 ノーラは、ルチアに、全てを託し、地面を蹴る。

 ランディは、魔法・スパーク・スパイラルを発動するが、ノーラは、あえて、雷の渦に突っ込んだ。

 しびれるような痛みが、ノーラの全身を襲う。

 それでも、ひるむわけにはいかない。 

 ランディとヴィオレットの為にも。

 雷の渦を強引に通り抜けたノーラは、そのまま、ランディの服をつかんだ。


「なっ!!」


 ノーラに捕らえられたランディは、驚きを隠せない。

 まさか、あの雷の渦に突っ込むなど、予想もしていなかったからだ。

 想定外の事で、反応ができず、ランディは、そのまま、ノーラに、取り押さえられてしまった。


「行って、ルチア!!」


 ノーラは、ルチアに行くように促すと、ルチアは、妖魔の元へと向かっていく。

 妖魔は、ルチアを殺そうとするが、クロウが、妖魔の前に立ち、妖魔を取り押さえる。

 妖魔を倒させるためだ。

 妖魔は、怒りを覚え、魔法を発動する。

 邪悪な雷のオーラが、クロウに押しかかかった。


「ぐっ!!」


 クロウは、苦悶の表情を浮かべるが、決して離そうとしない。

 このまま、離せば、ルチアは、妖魔を倒すチャンスがなくなってしまうからだ。

 ゆえに、クロウは、耐えた。


「ルチア!!やれ!!」


「やあああああっ!!」


 クロウは、痛みに耐えながらも、叫ぶ。

 それに呼応するかのように、ルチアが、跳躍し、固有技・インカローズ・ブルームを発動する。

 宝石の刃は、妖魔を貫き、妖魔は、一瞬にして、消滅した。

 ようやく、邪悪な雷のオーラから解放されたクロウは、よろめく。

 ルチアは、クロウを支えた。


「クロウ……大丈夫?」


「ああ、気にするな。よく、やったな……」


「うん」


 ルチアは、クロウの身を案じる。

 クロウは、立ち上がり微笑んだ。

 ルチアの頭を撫でながら。

 ルチアは、強くうなずいた。

 クロウに撫でられたのが、すごく、うれしかったからだ。

 心が、落ち着くほどに。


「こ、こいつら!!」


 妖魔が、倒せれ、帝国兵は、焦燥に駆られ、剣をルチアに向けようとする。

 だが、その時だ。

 クロスが、帝国兵を剣で貫いたのは。


「ぐあっ!!」


「殺させないぞ」


 クロスは、冷酷な目つきで、帝国兵をにらみ、そのまま、引き抜く。

 帝国兵の腹から、血が噴き出し、帝国兵は、ゆっくりと、仰向けになって、倒れた。

 クロスは、帝国兵を殺したのだ。

 人殺しだとわかっていても、感情を押して。

 これも、ルチア達を守るためであった。


「ランディ、大丈夫かい?」


「う、うん……」


 妖魔の支配から、解放されたランディ。

 ノーラは、ランディの身を気遣うが、ランディは、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 操られていたとは言え、自分を責めているのだろう。

 ルチアは、ノーラを傷つけてしまったと。


「ごめん」


「いいよ、けど、ルチアには、謝りなよ」


 ランディは、ノーラに謝罪する。

 だが、ノーラは、ランディを責めるつもりはない。

 自分のせいで、ランディは、操られてしまったのだから。

 と言っても、ルチアを傷つけてしまった為、ルチアに謝るように、促した。


「ごめん、ルチア」


「気にしないでください。ご無事でよかったです。ランディ様」


「うん」


 ランディは、ルチアに謝罪する。

 ルチアも、ランディを責めるつもりはない。

 それどころか、ランディが、無事で安堵しているようだ。

 ランディは、ルチアの優しさを感じ取り、涙を流した。

 申し訳ないという感情とありがたいという感情が混ざり合って。



 ルチア、クロスは、クロウ達の傷を癒し、ノーラは、ルチア達に、理由を明かした。

 なぜ、ヴィオレットを連れて帰ってほしいと頼んだのか。


「そうか、帝国に聞かされたのか。ヴァルキュリアの結末を」


「うん、偶然、だけどね」


 ルチア達が、ルーニ島を離れた後、ノーラは、偶然にも知ってしまったのだ。

 ヴァルキュリアは、最終的に魂を神様に捧げなければならない事を。

 それも、帝国兵が話しているところを偶然聞いてしまったようだ。


「だから、僕は、何とかして、ヴィオレットを取り戻したいと思ったんだ。まぁ、帝国が島々を支配してるって聞かされた時から、考えてたんだけど」


 ノーラは、ヴィオレットも、死んでしまうのではないかと、推測し、ヴィオレットを助けたいと願った。

 それほど、大事に思っているのだろう。

 ヴィオレットの事を。

 自分では、帝国に乗り込んでも救うことは難しい。

 そのため、ルチアにヴィオレットの事を託そうとしたのだ。

 自分勝手な願いだとわかっていても。


「ノーラ様、ヴィオレットの事は、私に任せてもらえませんか?」


「お願いできる?」


「はい。必ず、連れて帰ります!!」


 ルチアは、自分が、ヴィオレットを連れて帰ると宣言する。

 ヴィオレットの事が心配なのだろう。 

 彼女は、今も、帝国にいるはずだ。

 自分を刺し、どうなっているかは、わからない。

 だが、それでも、ヴィオレットは、生きている。

 そんな気がしてならなかった。

 ノーラは、改めて、ルチアにお願いし、ルチアは、約束した。


「行ってきます」


「うん」


「気をつけて」


「はい、ありがとうございます」


 ルチアは、クロス、クロウと共に、先に進むつもりだ。

 ノーラとランディは、彼女達の身を案じる。

 ルチアは、うなずき、先を急いだ。

 クロス、クロウも、ルチアと共に、進み始めた。


――ヴィオレットか、どこかで、聞いたことある気がする……。


 クロスは、ずっと、気になっていた事があった。

 それは、ヴィオレットの事だ。

 ヴィオレットの名を聞いたクロスは、なぜか、懐かしい気持ちになっていた。

 どうしてかは、わからない。

 だが、会いたいと強く想っているのだ。

 ゆえに、クロスは、ヴィオレットの事を思いだそうとするが、思い出せずにいた。



 帝国兵や妖魔達を蹴散らし、ルチア達は、地下へと向かった。


「もうすぐで、地下に行けるよ!!」


 階段が見えてきた。

 もうすぐで、地下に降りられる。

 地下にいる帝国兵と妖魔を全て倒せば、結界は、張れるだろう。

 だが、その時だ。

 ルチアとクロス、クロウの間に、結界が、張られたしまったのは。


「っ!!」


 ルチアの後を追おうとしたクロスとクロウは、結界に阻まれ、進めなくなってしまう。

 ルチアは、振り向き、結界を破壊しようとするが、結界にはじかれ、破壊することができなかった。


「クロス!クロウ!」


「俺達は、大丈夫だ!」


 クロスとクロウの身を案じるルチア。

 二人は、無事のようだ。


「だが、なぜ……」


 クロウは、理解できなかった。

 なぜ、結界が張られ、行く手を阻まれたのか。

 一体、誰がこのような事をしたのか。

 ルチアも、見当がつかなかった。


「捕らえられたのは、ネズミ、二匹だけか」


 懐かしい老人の声がする。

 この声は、フォウだ。

 だが、フォウの様子がおかしい。

 クロスとクロウの事をネズミと罵ったのだから。

 嫌な予感がして、振り向くクロスとクロウ。

 彼らの目の前には、フォウ、アストラル、ニーチェがいた。 

 それも、いつの間にか。

 しかも、彼らの瞳も、光が宿っていない。

 つまり、三人共、操られているのだ。


「フォウ様、アストラル様、ニーチェ様……」


 ルチアは、愕然とした。

 まさか、フォウ達、三人までもが、操られているとは、思いもよらずに。

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