第八十話 もう一度、君の元へ

「ヴィオレットに刺された?」


「うん」


「何が、あったんだ?」


 クロスに問いかけられたルチアは、うなずく。

 それも、うつむきながら。

 姉妹のように育ってきた彼女達の間に何があったというのだろうか。

 クロウは、見当もつかず、ルチアに問いかけた。


「神魂の儀の直前、私は、帝国の皇子に、手紙をもらっていたの。聖女が、聖剣を持ってきてほしいって書かれてあった」


「聖剣をか?」


「うん。神魂の儀に使うからって手紙には、書いてあった」


 ルチアは、ゆっくりと、語り始めた。

 自身が、もう、魂が消えかけていると知り、神様に魂を捧げる為、神魂の儀を行うことが決定された。

 誰もが、喜んだが、ヴィオレットだけは、反対したようだ。

 それでも、ルチアの決意は、揺るぎなかった。

 神魂の儀の直前、ルチアの部屋に、一通の手紙があったそうだ。

 その手紙は、なんと、帝国の皇子からだった。

 ヴァルキュリアでさえも、皇子と会えることはめったにない。

 その皇子から手紙が送られたのだ。

 ルチアは、驚きつつも、手紙を読んだという。

 その手紙には、こう記されてあった。

 聖女が聖剣を持ってきてほしいと。

 帝国には、聖剣と魔剣が保管されていたようだ。

 あの神々が作った剣が。

 ヴィクトルは、不思議に思い、ルチアに尋ねた。

 なぜ、聖女は、ルチアに聖剣を持ってくるようにと依頼したのか。

 ルチア曰く、神魂の儀に使うからと言う理由だったらしい。


「私は、聖剣が封印されている地下に行ったの。聖剣は、封印されてたけど」


「封印されてたのに、持ってこいって言ったのか?」


 ルチアは、手紙に書いてあるとおりに、王宮の地下に向かった。

 王宮の地下には、聖剣が保管されていたのだ。

 それも、封印された状態で。

 クロウは、封印された状態で、どうやって持ってこいと言うのだろうかと、疑問を抱いたようだ。


「うん。でも、解いたの。方法がかかれてあったんだよ。ヴァルキュリアに変身して、聖剣に触れれば、封印は解けるって」


 ルチア曰く、確かに、聖剣は、封印されていた。

 だが、封印を解く方法が手紙には記載されていたらしい。

 ヴァルキュリアに変身して、触れれば、封印は解けるそうだ。


「私は、手紙に書かれてあるとおりに、ヴァルキュリアに変身して、聖剣に触れた。その時、封印は、解かれたの。どうしてかは、わからないけど……」


 ルチアは、聖剣の封印を解いた。

 なぜ、ヴァルキュリアが、聖剣の封印を解けるのかは、不明だ。

 神々が、消滅した際に、封印されたと言われていたのだから。

 封印を解く方法を皇子が知っていたのも、今となっては、不思議な事だ。

 だが、真相は、誰にも分らなかった。


「私は、聖剣を持って、地下を出ようとしたの。でも、その時だった。ヴィオレットも、地下に来てたの。魔剣を持って……」


 封印を解いたルチアは、聖剣を手にし、地下から出ようとした。

 神魂の儀を行う為に。

 だが、地下から出られなかった。

 ヴィオレットと遭遇したのだ。

 しかも、彼女は、魔剣を持っていたらしい。

 

「魔剣を手にしたヴィオレットは、魔剣に憑りつかれてた。そのせいで、私が目の間にいるって気づいてなかったの。ヴィオレットは、私を殺そうとした」


 なぜ、魔剣を持っていたのかは、ルチアには、わからない。

 わかっていた事は、一つだけ。

 ヴィオレットは、魔剣に憑りつかれていたのだ。

 まるで、獣のように、ルチアをにらんでいた。

 目の前にいるのが、ルチアだと気付いていなかったらしい。

 敵だと判断したのだろう。

 ヴィオレットは、魔剣をルチアに斬りかかった。


「私は、聖剣で、食い止めようとしたけど……。刺された」


 ヴィオレットに殺されそうになったルチアは、聖剣で、食い止めようとした。

 なんど、ヴィオレットに呼びかけて。

 だが、ヴィオレットは、正気に戻らず、ルチアを魔剣で刺してしまったのだ。


「でも、ルチアは、生きてる」


「うん、聖剣のおかげでね」


「どういう事だ?」


 話を聞いたクロスは、受け入れられないようだ。

 なぜなら、ルチアは、生きている。

 もし、魔剣で刺されたのであれば、命を落としているはずだ。

 確かに、ルチアは、今も、生きている。

 だが、それは、聖剣のおかげらしい。

 どういう事なのだろうか。

 クロウは、ルチアに問いかけた。


「魔剣で刺された後、聖剣が、光ったの。たぶん、無意識のうちに、聖剣の力を発動したんだと思う。でも、魔剣みたいに暴走したみたいだけど」


 ルチアは、魔剣で刺された直後、手にしていた聖剣が光ったと語る。

 これは、あくまで推測でしかないが、聖剣の力を発動したのだろう。

 封印が解けたのであれば、力を発動できても、おかしくはない。

 だが、制御することはできず、聖剣は、暴走した。 

 ヴィオレットが手にしていた魔剣のように。


「魔剣に刺されて、聖剣の暴走に巻き込まれた私は、記憶を失ったまま、ルーニ島に流れ着いてた」


「そうか。その時、なんらかの形で、魂が、解放されたってことか」


「うん。私も、そう思う」


 魔剣に刺され、聖剣が暴走した。

 その二つの力に、巻き込まれた事が原因で、ルチアの魂は、宝石から解放されたのだろう。

 クロウは、そう推測している。

 ルチアも、同じことを思っていたようで、うなずいた。


「じゃあ、ルチアが、祭の前に夢で見たのは……本当だったってことか……」


「うん……」


 ルチアの話を聞いたクロスは、推測する。

 祭が行われる前、ルチアは、不吉な夢を見ていた。

 それは、ヴァルキュリアに変身したルチアが、菫色の瞳を持つ少女に刺された夢だ。

 彼女も、ヴァルキュリアに変身して。

 その菫色の瞳を持つ少女が、ヴィオレットなのだろう。

 あの夢は、単なる夢ではなく、ルチアの過去だったのだ。

 ルチアも、静かにうなずく。

 確かにあの夢は、過去に起こった出来事だ。

 だが、未だに信じられないのだ。

 なぜ、ヴィオレットが、自分を殺そうとしたのか。


「あのね、帝国って、本当に、素敵な国だったんだよ。あんなことする人なんて、いなかった……。皆、優しかったの」


 ルチアは、声を震わせながら、語る。

 信じられないのは、ヴィオレットの事だけではない。

 帝国の事もだ。

 帝国に住む者達は、本当に、優しかった。

 帝国兵もだ。

 ルチアと共に戦ってきたヴィオレットも、他のヴァルキュリア達も。

 それなのに、帝国は豹変してしまった。

 気付かないうちに。

 何があったのかは、ルチアも、見当がつかなかった。


「だから、私は、真実を知りたい。もちろん、ルーニ島も救いたい」


 前の帝国を知っているからこそ、なぜ、豹変してしまったのか、ルチアは知りたいのだ。

 もちろん、ルーニ島も救いたいという気持ちは、変わらない。

 ルーニ島も、もう一つの故郷なのだから。


「それは、俺達も、同じ気持ちだ」


「一緒に、戦おう」


「うん」


 クロウも同じ気持ちを抱いているようであり、クロスも、決意を固める。

 ヴィクトル達も、同じ気持ちだろう。

 彼らがいてくれるなら、怖くない。

 どんな結末を迎えても。

 ルチアは、強くうなずいた。


「ルーニ島の遺跡から、帝国に行ける。遺跡は、エデニア諸島と帝国をつなげる道や扉の役割も、果たしてたから」


「そうらしいな」


「知ってたんだね」


「まぁな。俺達は騎士だからな」


 ルチアは、帝国へ行く方法を知っていたらしい。

 あの遺跡から、帝国に行けるようだ。

 実は、ヴィクトル達も、その事は、知っていた。

 帝国へ行く方法は、あまり、知らされていない。

 帝国の者達も、限られたものしか知らないのだ。

 ゆえに、ルチアは、驚いたが、ヴィクトル達は、騎士だ。

 騎士になった時から、聞かされていたのだろう。


「明日の朝、大精霊の力を使って、あの邪悪な結界を破壊し、ルーニ島に突入する。いいな」


「うん!!」


 ヴィクトルは、明日、決行すると告げる。

 大精霊の力を使用するらしい。

 ルチア達は、強くうなずいた。

 決意を固めて。



 翌朝、ルチア達は、海賊船に乗る。

 フランクや、レージオ島の民達が、ルチア達を見送りに来た。

 ついに、決戦の時が来たのだ。

 島の民は、ルチアに期待し、ルチアを心配しているのだろう。

 どうか、無事に戻ってくるようにと祈って。

 海賊船は、レージオ島を離れて進み始めた。


「いよいよ、決戦だな」


「ああ」


 ルチア達は、甲板に出て、海を眺めている。

 ルーニ島までは、まだ、時間がかかる。 

 それでも、船の中で待機などしていられなかった。

 大事な故郷を取り戻さなければならないのだから。

 クロスは、心を落ち着かせ、クロウは、冷静にうなずく。

 各々、強い想いを抱きながら。


「絶対に、救うからね……」


 ルチアは、静かに、呟いた。

 まるで、誓いを立てるかのように。

 強く、強く……。


――だから、待っててね、皆……。ヴィオレット……。


 ルチアは、ルーニ島の民とヴィオレットに向かって、心の中で呟いた。

 必ず、島を救い、ヴィオレットに再び、会うことを願って。

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