第七十二話 知りたくなかった真実

 ルチアは、まだ、目覚めない。

 時間が経つばかりだ。


「はぁ……」


 クロウは、ため息をつく。

 相当、疲れているようだ。

 だが、ルチアの為に、クロウは休むつもりはないだろう。

 それは、クロスも、同じだ。

 とはいっても、クロウの様子をうかがっていたクロウは、心が痛んだ。


「クロウ」


「クロス……」


 クロスは、クロウに呼びかける。

 クロウは、疲れ切った様子を見せながら、クロスの名を呼んだ。


「お願いがあるんだけど、ヴィクトル達に状況聞いてきてくれないか?」


「状況を?」


「ああ」


 クロスは、クロウに依頼する。

 ヴィクトル達に話を聞きに行ってほしいと。

 ヴィクトル達は、出現した空中帝国の様子もうかがいながら、レージオ島に進んでいるらしい。

 まだ、進展はないかとは思うが、状況を把握すべしと思ったのだろう。


「だが……」


「ルチアなら、俺が側にいる。だから、頼むよ」


「……わかった。頼んだぞ」


「うん」


 クロウは、ためらってしまう。

 もし、ルチアの身に異変が起こったらと思うと、動けずにいたのだ。

 それほど、ルチアを心配しているのだろう。

 だが、クロスは、ルチアの側にいると伝える。

 それに、もし、ルチアが、目覚めたらクロウに伝えるつもりだ。

 クロウは、うなずき、ルチアの事をクロスに託して、部屋を出た。


「ふぅ……」


 クロスは、息を吐く。

 心を落ち着かせるかのように。

 安堵していると言ってもいいだろう。


「ごめんな、ルチア。クロウの奴、お前の事、心配してるから……。少しでも、心を落ち着かせてやりたかったんだ……」


 クロスは、眠っているルチアに語りかける。

 クロウは、ずっと、ルチアを見守っていた。 

 おそらく、ルチアが目覚める時まで、見守るつもりだったのだろう。

 だが、ルチアは、今も目覚めない。

 時間が経つたびに、クロウは、不安に駆られていく。

 このまま、ルチアが、目覚めないのではないかと。

 エモッドの言った通り、魂が消えかけているとしたら、すでに、その状態であり、ルチアは、自分の目の前からいなくなってしまうのではないかと。

 クロウの様子を見ていたクロスは、クロウの心を落ち着かせるために、ヴィクトル達に話を聞きに行ってほしいと頼んだのだ。

 少しでも、外の空気を吸えば、心が落ち着くのではないかと推測して。


――クロウは、ルチアの事、大事だと思ってる。それは、俺も同じだ。でも、俺は、きっと、違う。俺は、ルチアの事、妹みたいに思ってるから……。


 クロスは、クロウの心情を理解している。

 ルチアは、クロウにとって、大事な存在。

 もちろん、クロスにとってもだ。

 だが、クロスは、ルチアの事を妹のように思っている。

 おそらく、クロウとは、違う愛し方ではないかと、推測しているようだ。


――あいつは、気付いてないんだろうけど。俺の心情も、自分の心情も。


 クロスは、予想している。

 クロウは、自分の気持ちに気付いていない事を。

 そして、クロスの気持ちも。



 クロウは、廊下を歩いている。

 ヴィクトル達の元へ向かう為に。

 ヴィクトルは、甲板にいるはずだ。

 ゆえに、クロウは、甲板を目指していた。


「はぁ……」


 クロウは、ため息をつく。

 何度目のため息だろうか。

 数えきれないくらいのため息をついたはずだ。

 ルチアが、目覚めないのではないかと思うと、不安でたまらないのだろう。


――ルチア、大丈夫だろうか……。


 クロウは、ルチアの事を心配している。

 常に、ルチアの事を心配していたのだ。

 ゆえに、ルチアが、巡回に行きたいと言った時は、すぐさま、断ったし、ルチアが、ヴァルキュリアに変身した時は、心底、心配した。

 自分も、ルチアの力になりたいと願って。

 クロウは、冷静さを保ってはいない。

 ただただ、ルチアの事ばかり、考えていた。

 自分でも、気付かないうちに。

 その時であった。


「本当に、そうなのか?本当に、このままだと、ルチアは」


「間違いないよ」


 ドア越しからヴィクトル達の声が聞こえる。

 クロウは、思わず、立ち止まった。

 声を聞くと、その部屋にルゥも、いるようだ。


「ヴィクトル達の声がする……いや、それよりも……」


 クロウは、ヴィクトル達が、この部屋にいる事を察した。

 だが、今、ルチアの事を話していた事が気になる。

 何か、わかったのだろうか。

 話しぶりからすると、良くないのだろう。

 クロウは、足音を立てず、静かにヴィクトル達の話を聞いた。



 その部屋では、ヴィクトル、フォルス、ルゥ、ジェイクがいる。

 ルゥが、呼び寄せたのだ。

 ルチアの事で話があると。

 その話の最中であった。


「この研究レポートに書いてあった。と言っても、まだ、半分くらいしか進んでないけどな。でも、わかったんだっ」


 ルゥは、解読した研究レポートをヴィクトル達に見せる。

 と言っても、解読したのは、半分以上だ。

 まだ、解読していない部分もある。

 それでも、わかった事があったため、ヴィクトル達に報告していた。


「ヴァルキュリアの力を使うためには、それなりの代償が必要になる」


「それは、変身する時にですか?それとも、ヴァルキュリアの技を使う時にですか?」


 ルゥ曰く、ヴァルキュリアの力を使用するには、代償がいるというのだ。

 それは、変身した時なのだろうか。

 それとも、固有技を発動した時なのだろうか。

 フォルスは、深刻そうな表情を浮かべながら、ルゥに尋ねた。


「……どっちもだ」


「なっ!!」


 ルゥは、少々、ためらいながらも、衝撃的な言葉を告げる。

 これには、さすがのヴィクトルも、驚きを隠せない。

 変身した時か、固有技を発動した時のどちらかだと思っていたからだ。

 それが、どちらの時も、代償が必要だとは、思いもよらなかったのであろう。

 廊下で聞いていたクロウも、衝撃を受けていた。


「それで、代償って?」


「……魂だ」


「何?」


 ジェイクが、恐る恐るルゥに尋ねる。

 恐れているのだ。

 ルチアは、何を代償にしていたのだと。

 ルゥは、言いにくそうに答える。

 なんと、魂を代償にしていたのだという。

 ヴィクトルは、目を見開いた。

 驚きを隠せないのだろう。

 ルチアが、変身するたびに、固有技を発動するたびに魂を代償としていたのだ。

 この事をルチアは、知っていたのだろうかと。


「ルチアは、無意識のうちに、魂を宝石に送ってたんだと思う。これは、オレの推測でしかないんだけどな」


 ルゥ曰く、ルチアは、無意識のうちに、魂を代償にしていたのだという。

 変身する時、固有技を発動する時は、魂を宝石に送り、代わりに、神の力を得ていたのではないかと推測した。

 だが、それは、あくまでルゥの推測だ。

 ルチアが、知っていたかどうかまでは、定かではないのだから。


「このまま、ルチアが、ヴァルキュリアの力を使い続けていたら、間違いなく、魂が消える」


 魂を代償としていたのであれば、ルチアの魂が消えかけている事は紛れもない真実だ。

 もし、ルチアが、ヴァルキュリアの力を使い続けたとしたら、ルチアの魂が消えてしまうだろう。


「だが、ヴァルキュリアの力がなければ……」


「それなんだよな……」


 ヴィクトルは、葛藤し始める。

 ルチアの力は、必要不可欠だ。

 妖魔を倒せるのは、いや、魂を救えるのは、ルチアだけなのだから。

 だが、ルチアを犠牲にさせたくない。

 ルチアを守りたいのだ。

 そう思うと、ヴィクトルは、どうするべきなのかと、悩んでいるのだろう。

 それは、ルゥ達も、同じだ。

 ルーニ島を取り戻すためには、ルチアが、ヴァルキュリアに変身しなければならない。

 このまま、作戦を実行するべきか、否か、ヴィクトル達には、判断がつかなかった。


「オレ、解読を続けるよ。まだ、全部がわかったわけじゃない」


「そうだな。頼む」


「おうっ」


 ルゥは、解読を続けるとヴィクトルに伝える。

 まだ、解読していない部分もある。 

 ゆえに、全てがわかったわけではない。 

 もしかしたら、アレクシアは、魂を犠牲にしない方法を導きだしているのかもしれないのだ。

 ヴィクトル達は、ルゥに託し、部屋から出た。

 だが、ヴィクトル達は、知らなかった。

 クロウが、全てを聞いていたなどとは。

 誰も予想していなかったであろう。

 ルチアの魂が、消えると聞かされたクロウは、戸惑いながらも、歩き始める。

 もう、これ以上は、聞いていられなくなったのだ。 

 ゆえに、ヴィクトル達は、まだ、気付いていなかった。

 

「ルチアの魂が……消える?ヴァルキュリアの力を使う事で?」


 クロウは、体がふらつき、壁にもたれかかる。

 混乱しているのだろう。

 ルチアの魂が、消えてしまうかもしれないと聞かされたのだから。

 大事なルチアが死ぬかもしれないと思うと、クロウは、頭を抱えた。

 


 クロウは、ゆっくりと、部屋に戻った。

 クロスは、クロウが、戻ってきたことに気付き、振り向いた。


「クロウ、早かったな」


「あ、ああ」


 クロスは、クロウに語りかける。

 意外と早いと思ったのだろう。

 だが、クロウは、歯切れの悪い返事をしてしまった。

 明らかに様子が変であった。


「どうした?」


「……なんでもない」


 クロスは、クロウに尋ねる。

 顔色が悪いように見えるのだ。

 何かあったのだろうか。

 だが、クロウは、答えようとしない。

 答えられないほど、混乱しているのだ。 

 それでも、クロスは、クロウに尋ねようとした。

 その時であった。


「ん……」


「ルチア!!」


 ルチアの声が聞こえる。

 うめき声のようだ。

 クロスは、ルチアの方へと振り向き、クロウも、慌てて、ルチアの顔を覗き込む。

 すると、ルチアが、ゆっくりと、目を開ける。

 とうとう、意識を取り戻したのであった。

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