第六章 ヴァルキュリアの真実

第七十一話 彼女は眠りについたまま

 突如、空中帝国が姿を現し、ルチアが、気を失って倒れた直後、クロス達は、レージオ島に戻る為、海賊船に乗り、ロクト島を離れた。

 空中帝国の事も気になるが、今は、ルーニ島の事も、心配だ。

 そのため、ヴィクトルは、ノームに指示があるまで、待機していて欲しいと告げた。

 ノームもうなずき、ルチア達と自分が、島を守ると島の民に宣言し、不安を取り除いた。

 だが、それも、いつまでもつか不明だ。

 解決策は、まだ、出ていないのだから。

 海賊船は、レージオ島へと進んでいく。

 ヴィクトルは、舵を握りしめ、ただただ、進む。

 彼の隣には、フォルスが、立っていた。


「まだ、時間はかかりそうだな」


「はい」


 ロクト島を出て一日が経つ。

 だが、まだ、レージオ島には、たどり着いていない。

 本来なら、一日でたどり着ける距離だ。

 だが、空中帝国が出現した為、警戒し、海路を変更したのだ。

 帝国の襲撃を受け、船が沈没しても対応できるように、島々の近くを回っている。

 ゆえに、レージオ島にたどり着くまでは、時間がかかりそうであった。


「ルチアの様子は?」


「今、クロスとクロウが見てくれている」


 フォルスは、ルチアの様子が気になったようだ。

 ヴィクトル曰く、クロスとクロウが、見てくれているらしい。

 ルチアは、未だ、目覚めていない。

 ロクト島の医者曰く、異常なところは、ないとの事。

 だが、このまま、意識を取り戻さない可能性もある。

 体の異変はないが、魂の異変があるかもしれないのだから。

 医者も、魂の異変までは、見抜けていないのだろう。


「あの妖魔が、言った言葉、本当なのでしょうか?」


「さあな。それをルゥが、調べてくれてる。アレクシアから借りてた研究レポートを解読してるみたいだが」


 ヴィクトル達は、クロスとクロウから聞いていた。

 エモッドが、意味深な発言を残して、消滅した事を。

 ルチアの魂が消えかけているとは、一体、どういう事なのだろうか。

 いや、そもそも、真実とは、到底思えない。

 思いたくないのだ。

 そのため、ルゥが、ヴァルキュリアについて調べていた。

 実は、ルゥは、アレクシアから、研究レポートを借りていたのだ。

 自分の身に何かあるかもしれない為、ルゥに託したのだろう。

 だが、その研究レポートは、全て、暗号化されている。

 ルゥは、少しずつ、解読していたが、あまりにも、難解であり、困難を極めていた。

 それでも、ルチアの魂が消滅しかけているかもしれないと聞いたので、躍起になって調べているのだ。

 真実を知るために。


「しかし、アレクシア女史は、なぜ、レポートを暗号化したのでしょうか?」


「おそらく、帝国に見つからないようにするためだろう」


 フォルスは、気になっていた事があるようだ。

 なぜ、アレクシアは、レポートを暗号化したのだろうかと。 

 ヴィクトル曰く、帝国に見つからないようにするためだと。

 もし、奪われても、読めなければ意味はない。

 ルゥ曰く、複雑な暗号の為、天才でなければ、解読できないらしい。

 もちろん、自分のような。

 ヴィクトルとフォルスは、ルゥに任せることにした。



 ルゥは、自分の部屋に引きこもっている。

 アレクシアの研究レポートを解読している。

 だが、難解であり、あまり、進んでいなかった。


「うーん」


「はい。これ」


「おう、サンキュ」


 暗号解読が、うまくいかず、頭を悩ませるルゥ。

 さすがのルゥでも、アレクシアが作りだした暗号は、難解のようだ。

 それほど、アレクシアは、天才だったのだろう。

 素直に認めたくはないが。

 そんな彼に対して、ジェイクは、料理を差し出す。

 ルゥの為に作ったようだ。

 ルゥは、解読しながらも、ジェイクの料理を食べ始めた。


「どう?調子は?順調、順調?」


「まさか。難しすぎるっての。いくら俺が、天才でも、大変だってのっ」


「そう」


 ジェイクは、ルゥに尋ねてみるが、やはり、うまく言っていないらしい。

 天才と自称するルゥでさえも、舌を巻くほどだ。

 よほど、なのだろう。

 ジェイクは、うなずき、アレクシアの研究レポートを見せてもらうが、その文字は、あまりにも、出鱈目すぎて、何が書かれてあるのか、不明だ。

 確かに、難しいとジェイクも、納得するほどであった。


「エモッドって、帝国兵の幹部だったのかもな。ヴァルキュリアの秘密も知ってるってことは」


「だろうね。意外、意外」


 ルゥは、エモッドが、帝国兵であり、幹部だったのではないかと推測している。

 でなければ、ルチアの魂が消えかけているなどと言う言葉は、出てこないからだ。

 その事に関して、ジェイクも、意外だったようで、うなずいた。


「気合入れねぇとな」


 ルゥは、気合を入れるために、自分の頬を手でたたき、解読を再開した。


「明日の朝までには、全部、解読する。船長に伝えといてくれよ」


「了解、了解」


 ルゥは、ジェイクに頼んだ。

 全部、解読すると言っていたが、猶予はないはずだ。

 それでも、ルゥは、やり遂げようとしているのだろう。

 ヴァルキュリアの真実を知るために。

 ジェイクは、うなずき、部屋を後にした。

 ルゥの集中力が途切れないように。



 クロスとクロウは、ベッドで眠っているルチアを見守っている。 

 だが、ルチアは、目覚めない。


「本当に、魂が、消えるのか……」


「わからない。ルゥが、調べてくれてるみたいだけど……」


 クロウは、クロスに尋ねる。 

 まるで、不安に駆られているようだ。

 クロスは、ルゥがアレクシアの研究レポートを解読している事を知っている為、そう語るが、どうなるかは、不明だ。

 本当に、魂が消えかけているのかもしれない。

 そう思うと、クロスも、不安に駆られていた。

 家族のように、兄弟のように過ごしてきたルチアが、いなくなるなど、考えたくなかった。


「このまま、目覚めないってことは、ないよな……」


 クロウは、呟く。

 しかも、頭を抱えて。

 いつも、冷静である彼が、不安がるのは、クロスも、始めて見た。

 それほど、ルチアの事を大事に思っているのだろう。


「大丈夫か?」


「あ、ああ。なぜだ?」


 クロスは、クロウを気遣うが、クロウは、なぜ、クロスが自分を気遣ったか、理解できない。

 一体、どうしたのだろうかと。


「クロウ、ちょっと、不安がってる気がしたから」


「俺が?」


「うん」


 クロスは、見抜いていたのだ。

 クロウが、不安がっている事を。

 クロスとクロウは、双子だ。

 だからこそ、お互いの事を理解し、見抜くことができるのであろう。

 クロウは、自分が不安がっているとは、気付いていなかったようだ。

 そのため、あっけにとられている。

 こんな表情を見るクロウは、初めてだ。

 クロスは、静かにうなずいた。


「ほら、クロウって、いつも、ルチアの事、大事に思ってたから」


「それは、お前も、同じだろう」


「俺は……そうだな」


 クロスは、クロウが、誰よりも、ルチアの事を大事に思っている事を知っている。

 だが、クロウは、それは、クロスも同じだと告げた。

 クロスは、ためらいながらも、うなずいた。

 なぜ、ためらったのだろうか。

 クロスは、自分と同じようにルチアの事を大事に思っていると思っていたが、違うのだろうか。


「大丈夫、ルチアは、目覚めるよ。絶対にな」


「……ああ」


 クロスは、ルチアは、必ず目覚めると宣言する。

 根拠はない。

 だが、ルチアが、自分達の元を去るとは到底思えないのだ。

 クロウは、安堵したのか、穏やかな表情を浮かべて、うなずいた。

 根拠はなくとも、信じられる気がしたのだ。

 クロスの言葉は。

 双子だからかもしれない。



 時間が経ち、夜になる。

 ルゥは、解読を続けていた。

 休まずに。

 そのおかげで、解読は半分以上進んでいたのだ。

 だが、ルゥは、目を見開く。

 真実を知ったかのようだ。


「ま、まじかよ……」


「どうしたの?ルゥ」


 ルゥは、深刻そうな表情を浮かべている。

 隣で、彼を見守っていたジェイクは、驚いた様子で、ルゥに尋ねた。

 何か、わかったのだろうか。


「……ジェイク、船長とフォルスを呼んできてくれるか?」


「え?クロスとクロウは?」


 ルゥは、ジェイクに頼む。

 ヴィクトルとフォルスだけを呼んできてほしいと。

 クロスとクロウは、呼ばなくていいのだろうか。

 ジェイクは、不思議に思い、ルゥに尋ねた。


「……呼ばないほうがいいと思う」


「なんで?」


 ルゥは、二人は、呼ばない方がいいと判断したようだ。

 どうしたのだろうか。

 ジェイクは、気になり、ルゥに問いかけた。


「……妖魔が言ってたこと、本当だと思うから」


「てことは……」


「ルチアの魂は、消えかけてる……」


 ルゥが、クロスとクロウを呼ばないほうがいいと判断した理由は、ルチアの魂が消えかけている事は、本当だと知ってしまったからだ。

 それに、まだ、解読は残っている。

 二人が不安に駆られることは、目に見えて分かるからだ。

 それでも、真実だけは、語らなければならない。

 一刻も早く。

 ゆえに、ルゥは、解読の途中だが、ヴィクトルとフォルスを呼ぶことにした。

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