第七十話 消えかけの魂

「私が、消える?」


 ルチアは、理解できなかった。

 魂が消えかけている。

 一体、どういう事なのだろうか。

 自分が、ヴァルキュリアに変身していることと何か関係があるのだろうか。


「戯言を」


「戯言ではない。私は、知っていますからね」


 クロウは、静かにエモッドに剣を向ける。

 ルチアを惑わそうとしているのだと考えたのだろう。

 だが、エモッドは、戯言ではないと否定する。

 エモッドは、元帝国の者。

 ゆえに、ルチアの異変に気付いている可能性はある。


「まぁ、いずれ、わかることですよ」


 エモッドは、笑みを浮かべながら、光の粒となって消滅した。

 重要な事は、明かさないまま。


「一体、どういう事?」


 ルチアは、息を整える。 

 苦しみは、治まったようだ。

 だが、エモッドは、意味深な発言を残したまま、消滅してしまった。

 魂が消えるなどと、信じたくもないが、自分の異変と関係しているように思えてならなかった。


「ルチア、大丈夫か?」


「う、うん」

 

 クロスは、ルチアの身を案じる。

 ルチアは、戸惑いながらも、うなずいた。

 自分の異変が不明のまま。


「そうだ!ジェイクさん達は?」


「ここにいる」


「え?」


 ルチアは、ジェイク達の身を案じる。

 彼らは、アウスと対峙していたはずだ。

 果たして無事なのだろうか。

 そう思っていた矢先、男性の声が聞こえる。

 知らない声だ。

 ジェイクでも、ネロウでも、ヤージュでもない。

 ルチアは、振り向くと、黄色の髪の男性がネロウの隣に立っていた。


「貴方は、ノーム様?」


「そうだ」


 ルチアは、男性が何者なのかを悟る。

 地の大精霊・ノームのようだ。

 よく見れば、アウスの姿はない。

 おそらく、死んだのだろう。

 ジェイクの手にしている剣から血が流れている。

 いつの間にか、ジェイクが、アウスを殺したようだ。

 彼のおかげで、ネロウは、核を取り戻し、ヤージュと共にノームを復活させたのだろう。


「ありがとう。お前達のおかげで、私は、復活できた」


「い、いえ、私は……」


 ノームは、ルチア達に感謝の言葉を述べる。

 だが、ルチアは、自分は、何もしていないと思っているようだ。

 島の民の協力やネロウ達のおかげで、ノームは復活できたと思っているのだろう。

 そんなルチアに対して、ノームは微笑んだ。

 本当に、感謝しているのだ。

 ルチア達のおかげだと。


「よくやったな。ネロウ」


「う、うん」


 ノームは、ネロウの頭を撫でる。

 彼は、ネロウが生まれた時から、側にいたのだ。

 ゆえに、ネロウの事を家族のように思っているだろう。

 それは、ネロウも同じだ。

 ネロウは、ノームが、復活し、心の底から喜んでいた。

 涙を流し、声を震わせながら。


「ありがとう、ヤージュ」


「いえ」


 ノームは、ヤージュに感謝の言葉を述べる。

 ずっと、ネロウを支えてくれたことを感謝しているのだ。

 ヤージュは、頭を下げた。

 彼も、一筋の涙を流しながら。


「さあ、私のなすべきことをしよう」


 ノームは、前に出て、力を解放する。

 結界を張ったのだ。

 結界は、瞬く間に、島を包みこんだ。



 島に結界が張られ、島の民と戦いを繰り広げていた妖魔達は、うめき声を上げながら、うずくまる。

 弱体化し始めたのだ。


「こ、これは……」


「まさか、結界が……」


 妖魔達の様子を目にした帝国兵は、察してしまう。

 結界が張られたのだと。


「に、逃げるぞ!!」


 帝国兵達は、妖魔達を連れて、急いで、村から出た。

 逃げ始めたのだ。

 こうして、ロクト島は、解放された。


「や、やった……助かった!!」


「ノーム様が、復活したんだ!!」


 逃げていく帝国兵を目にした島の民は、察する。

 ノームが復活したのだと。

 ルチアが、アウスとエモッドを倒したのだと。

 島の民達は、歓声を上げ、喜び始める。

 抱き合い、涙を流しながら。

 先ほどまで戦っていたというのに、その疲労も吹き飛んだかのようだ。


「なんとか、無事に成功したようだな」


「ですね」


「やるじゃんっ、ジェイク」


 島の民の様子を目にしたヴィクトルは、察した。

 島を救えたのだと。

 額の汗をぬぐいながら。

 フォルスも、安堵しているようだ。

 正直、ルチア達が抜けてから、戦いは続いており、苦戦を強いられそうになったのだから。

 ルゥは、手を頭の後ろに回して、微笑む。

 ジェイクが、今度こそ、守り抜いたのだと確信して。


「ありがとう」


 コロナは、あたりを見回して、微笑んでいる。

 うれしいのだろう。

 島が救われたのだと感じて。

 コロナは、涙を流して、呟いた。

 島も、ネロウも、救ってくれたルチアに対して、感謝していたのであった。



 ルチア達は、ノームを連れて、村に戻ってくる。

 ノームの姿を目にした島の民は、再び、歓声を上げ、喜びを分かち合っていた。


「これで、四つの島、全部、救えたね」


「そうだな」


 ルチアは、安堵する。

 火の島、水の島、風の島、地の島を救えたのだ。

 帝国の支配を受けていた四つの島が、解放されたのだろう。

 クロスは、うなずく。

 長いようで短いような旅だ。

 過酷ではあったが、達成感はある。

 ルチア達は、心の底から喜んでいた。


「後は、ルーニ島だけ」


 ルチアは、小声でつぶやいた。

 これで、残りは、ルーニ島だけ。

 彼女達の故郷と言える島だ。

 大精霊達の力を借りれば、ルーニ島を解放できるだろう。

 今度こそ、救えるのだ。


――そう言えば、他のヴァルキュリア達は、どこにもいなかった。私だけ、なのかな……?


 ルチアは、ふと、ある疑問が浮かぶ。

 それは、他のヴァルキュリア達の事だ。

 ヴァルキュリアは、自分だけではない気がしていた。

 あの菫色の瞳を持つ少女も、ルチアと同じヴァルキュリアだったのだから。

 島々を巡れば、彼女に会えるのではないかと、密かに期待していたのだ。

 もちろん、他のヴァルキュリア達も。

 だが、結果は、どの島にも、ヴァルキュリア達はいなかった。

 ヴァルキュリアは、ルチアだけなのだろうか。

 もう、どこにも、ヴァアルキュリアは、いないという事なのだろうか。

 菫色の瞳を持つ少女に会えないということかもしれない。

 不安に駆られるルチア。

 その時だ。

 地面が大きく揺れたのは。


「う、うわっ!!」


「な、なんだ!?」


 島の民は、動揺する。

 ノームは、復活したのだ。

 つまり、自然災害が起こることはない。

 だが、この揺れは、どう見ても、普通ではない。

 まさか、帝国が、何か仕掛けてきたのだろうか。

 バランスを崩し、倒れながら、島の民は、不安に駆られた。


「何が、起こっている!?」


「わからない……一体、どうしたというのだ……」


 ヴィクトルも、原因は、わからずじまいのようだ。

 ノームも動揺している。

 ノームでさえも、わからないという事なのだろうか。


「船長、あれを!!」


 フォルスは、上を見上げて、何かを発見したようだ。

 すぐさま、ヴィクトルに告げる。

 上を指さして。

 空を見上げるルチア達。

 彼女達が、目にしたのは、空中に浮かんでいる巨大な島であった。


「なんだ?」


「浮いてるのか?」


 クロスとクロウは、巨大な島の正体が、わからない。 

 それは、ルチアも同じだ。

 あの巨大な島は、一体なんだというのだろうか。


「あれは……空中帝国!?」


「え?」


 ヴィクトルは、動揺しながらも、呟く。

 宙に浮いている巨大な島こそ、空中帝国だというのだ。

 自分達を殺そうとした国が、ついに、姿を現した。


「な、なんでだよっ!!見えなかったのに」


「わからない。帝国の中で、何かがあったのかもしれない」


「何が……」


 ルゥは、動揺を隠せない。

 ずっと、今まで、見えていなかったのだ。

 帝国が、特殊な力で見えなくしていたのは、わかっている。

 だからこそ、帝国に乗り込む手段がなく、途方に暮れていたくらいだ。

 ジェイクは、帝国の中で異変が起こったのではないかと推測するが、実際の所は、不明だ。

 ルチアも、不安に駆られていた。

 その時であった。

 

「うっ!!」


「ルチア!!」


 ルチアは、苦悶の表情を浮かべて、うずくまる。

 再び、ルチアに異変が起こったようだ。

 クロスとクロウは、ルチアの元に駆け寄った。


――胸が苦しい……。


 胸が苦しく、うまく、呼吸ができない。

 痛みも混ざっているのではないかと思うほどだ。

 荒い息を繰り返しながら、ルチアは、胸を抑える。

 本当に、消えてしまうのだろうか。

 ルチアは、不安に駆られた。


――ルチア。


「え?」


 自分の名を呼ぶ声が頭に響く。

 知らない声だ。

 一体、誰の声なのだろうか。 

 思考を巡らせるルチアであったが、頭にある光景が、浮かんだ。

 それは、幼い頃、菫色の瞳を持つ少女と過ごした時の場面。

 ヴァルキュリアとして、共に戦った場面。

 そして、互いに剣を向け合い、菫色の瞳を持つ少女が、ルチアに斬りかかろうとしている場面であった。


――貴方は、誰なの?どうして、懐かしい気持ちになるの?どこにいるの?どうして、私を殺そうとしているの?


 ルチアは、苦しさを抱えながらも、思考を巡らせる。

 彼女が、誰なのかを。

 思いださなければならない気がしたからだ。

 だが、苦痛は、さらに、増していき、とうとう、意識が朦朧とし始めた。


――駄目、意識が……。


 ルチアは、意識を保とうと抵抗を試みるが、全身の力が抜けていくのが感じる。

 そして、ついに、ルチアは、意識を手放し、倒れてしまった。


「ルチア!!」


 クロス、クロウは、ルチアを支える。

 帝国が、なぜ、姿を現したのか、なぜ、ルチアの身に異変が起こっているのか、誰も、わからないまま……。

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