第六十三話 ただ、わかって欲しくて

「ネロウを説得?」


「そう」


 コロナは、ヤージュに問いかける。

 ネロウを説得する理由が何か、思考を巡らせているようだ。

 真剣な表情のヤージュを目にしたコロナは、ある事を思いだした。


「なるほど、ノーム様を復活させるには、彼の協力が必要不可欠だものね」


「うん。でも、ネロウは……」


「ええ。拒絶するでしょうね……」


 コロナは、ネロウの協力が必要なのだと察したのだ。

 ノームを復活させるには、シャーマンである彼の力が。

 だが、ネロウは、ジェイクを恨んでいる。

 ルチア達が、頼んだとしても、拒絶してしまうだろう。

 たとえ、彼の協力によって、島が救われるとしても。


「ネロウは、君に心を開いている。だから、説得してほしいんだ。僕では、駄目だったから……」


 ネロウは、コロナに心を開いている。

 もちろん、パートナーであるヤージュにも、心を開いていはいるが、ジェイクの話をする時だけは、拒絶するのだ。

 どうしても、許せないのだろう。

 それでも、ヤージュは、わかって欲しいのだ。

 ネロウの母親が殺されたのは、ジェイクのせいではないと。


「わかったわ。やってみます。でも、彼が協力してくれるかどうかは、わからないわ。私も、駄目だったもの……」


「うん、でも、今しかないんだ」


「わかってる」


 コロナは、決意を固めた。

 ネロウを説得する事を。

 島を救いたいと願っているのだろう。

 だが、コロナも、説得を試みたことはある。

 コロナでさえも、うまくいかなかったが、ヤージュほど、拒絶されたわけではない。

 だからこそ、ヤージュは、コロナに、懇願したのだ。

 チャンスは、今しかないのだと。

 それは、コロナも、承知の上であった。


「私に、任せてもらえないかしら?」


「本当に、いいんですか?」


「ええ」


 コロナは、ルチア達のためにも、ネロウを説得するつもりのようだ。

 だが、ルチアは、心配していた。

 コロナは、ネロウの幼馴染だ。

 もしかしたら、ネロウは、コロナを拒絶してしまうかもしれない。

 そう思うと、不安だったのだろう。

 だが、コロナの決意は固かった。


「ねぇ、貴方達は、この状況をどう思う?」


「そ、それは……」


 コロナは、ルチア達に問いかける。

 島の状況を目にしてどう思ったのか、知りたいのだろう。

 だが、ルチアは、答えるのをためらう。

 ストレートに言えないのだ。

 コロナを傷つけてしまいそうで。


「異常、だな」


「クロウ!」


 クロウは、率直な意見を述べる。

 それは、この島に住むヤージュやコロナにとって、残酷な答えだろう。

 クロスは、クロウを咎めるかのように、名を呼んだ。


「その通りよ。ここは、異常なの。だから、私は、変えてほしいと願ってるの。貴方に」


「私に?」


「ええ」


 コロナは、クロウの意見を気にも留めていないようだ。

 傷ついているわけではない。

 怒りを覚えているわけでもない。

 彼の意見に同意していた。

 それは、ヤージュも同様だ。

 この島は、異常だ。 

 どの島よりも。

 ゆえに、コロナは、変えてほしいと願っているのだ。

 ルチアに。

 もう、ルチアしか頼める者はいないのだ。


「私は、ネロウを説得するわ。だから、貴方は、妖魔を倒して」


「……うん、もちろんです」


「ありがとう」


 コロナは、ルチアに改めて、懇願する。

 ネロウを説得する代わりに、妖魔を倒してほしいと。

 もちろん、ルチアも、そのつもりだ。

 そのために、ここへ来たのだから。

 ルチアの決意を聞いて、コロナは、微笑み、お礼を述べた。

 その時であった。


「ただいま……」


 ネロウが、家に入ってくる。

 予想外の事だ。

 ルチア達は、一斉に、ネロウへと視線を向けた。


「っ!!」


「ね、ネロウ……」


 ネロウは、家に入った直後、ルチア達を目にして、驚愕する。

 信じられないと言わんばかりの表情で。


「なんで、お前達が、いるんだよ。ヤージュ、どういう事だ?」


「そ、それは……」


 ネロウは、ルチア達がいる事が理解できない。

 ゆえに、ヤージュに問いただした。

 ルチア達を連れてきたのは、ヤージュだと察しているからだ。

 だが、ヤージュは、答えられなかった。

 ためらってしまったのだ。

 ネロウは、ため息をつき、ルチア達に背を向けた。

 家から出ようとしているのだろう。


「待って!!」


 コロナは、ネロウの元へと駆け寄り、ネロウの腕をつかむ。

 ネロウは、コロナの手を払いのけることはなかったが、嫌悪感を露わにしながら、コロナの方へと振り向いた。


「お願い、話を聞いてほしいの。少しだけでいいから」


「……聞きたくない。だって、ノームを復活させてほしいって頼みたいんでしょ?」


「わかるの?」


「わかるよ。君、ヴァルキュリアなんでしょ?」


「え、あ、うん」


 ネロウは、察していたようだ。

 なぜ、ルチア達が、ここへ来たのか。

 ルチアが、何者であるのかを。

 正体を見抜かれたルチアは、あっけにとられている。

 まさか、こうも、やすやすと見抜かれるとは、思いもよらなかったのであろう。


「どうして、わかるのって、感じだね。だってさ、こいつらが、女を連れてやってくるってことは、そういう事でしょ?一度も、女を連れてきたことなったのに」


 ネロウは、ルチアの心情まで見抜いたようだ。

 なぜ、ネロウは、ルチアの正体を見抜き、目的まで、推測したのかだが、答えは、簡単なことだ。

 ヴィクトル達は、今まで、この村を訪れるときは、女性や少女を連れてきた事がない。

 危険だとわかっているからだ。

 ゆえに、常に、男所帯で来ていたというのに、今回は、ルチアを連れてきた。

 つまり、彼女が、ヴァルキュリアであるからこそ、ルチアを連れてきたのだと、推測したのだろう。


「ヴァルキュリアは、来たってことは、この島を救おうとしている。てことは、僕が、協力しないといけない。でも、ごめんだね」


「どうして?」


 ネロウは、ヴァルキュリアであるルチアを連れてきたという事は、この島を救おうとしていると推測したようだ。

 すなわち、自分の協力が必要不可欠であるという事も。

 ネロウにしか、ノームを復活できないからだ。

 ノームが、復活できなければ、島は、救えない。

 わかっていながらも、ネロウは、拒絶した。

 コロナは、ネロウが、なぜ、拒絶するのか、理解できず、問いかけた。


「母さんを守れなかったのに、なんで、協力しなきゃいけないんだよ。おかしいだろ?」


「……確かに、僕の責任だよ。君のお母さんを守れなかったのは、僕のせいだ。僕が、殺したんだ」


「ジェイク……」


 ネロウは、ジェイク達を恨んでいる。

 母親さえ守れなかった者達になぜ協力しなければならないのか、理解できないのだろう。

 島を守ったところで、母親が蘇えるわけでもない。

 いや、守れなかったというのに、救ってくれと懇願するのは、虫のいい話だ。

 ネロウは、そう考えているからこそ、拒絶したのだ。

 ジェイクも、責任を感じている。

 母親を守れなかったのは、自分のせいだと。

 ゆえに、ネロウが、拒絶する理由も、理解していた。

 そんな彼の様子をうかがっていたコロナは、心が痛んだ。

 ネロウの母親が殺されてから、ジェイクは、ずっと、自分を責めていたのかと思うと。

 だが、その時であった。


「そんなことないよ!!」


「ルチア……」


 ルチアが、否定した。

 ジェイクは、悪くないと言いたいのだろう。

 ネロウは、驚愕し、ジェイクは、複雑な感情を抱きながら、ルチアの方へと視線を向けた。


「ジェイクさんは、何も悪くない!!悪いのは、ネロウ様のお母さんを殺した帝国だよ!!ネロウも、わかってるんでしょ?」


 ルチアは、ジェイクは悪くないと否定する。

 ネロウの気持ちも、十分にわかっている。

 だが、ジェイクが、辛い表情を浮かべたのを目にしたルチアは、耐えられなかったのだろう。

 これ以上、ジェイクが苦しむ姿は、見ていられなかった。

 だからこそ、ルチアは、まっすぐな気持ちをネロウにぶつけた。

 現実から、目を背けてほしくなくて。


「うるさい!!何も知らないくせに!!」


「ネロウ!!」


 それでも、ネロウは、ルチアの言葉を受け入れられず、コロナの手を振り払い、家を飛び出してしまった。

 コロナが、手を伸ばすが、それすらも、受け入れられないほどに。


「ごめんなさい」


「ううん、ありがとう。ルチア」


 ルチアは、謝罪する。

 自分のせいで、ますます、ネロウが、拒絶してしまったと、察したからだ。

 感情的になり過ぎた事を反省しているのだろう。

 だが、ジェイクは、ルチアを咎めようとはしない。

 むしろ、感謝していたくらいだ。

 自分の事を大切に思ってくれていたと、改めて、感じ取ったのだから。


「彼が、戻ってきたら、もう一度、説得するわ。だから、自分を責めないでね」


「……はい」


 コロナは、ルチアに語りかける。

 もう一度、ネロウを説得するつもりのようだ。

 ネロウが、協力してくれるかどうかは、わからない。

 だが、コロナも、ルチアと同じように、自分の想いをネロウにぶつけようと覚悟を決めた。

 ぶつからなければ、わからない事もあるのだから。

 ルチアは、うなずくが、まだ、落ち込んでいた。



 ネロウは、コロナの家から遠ざかり、あの巨大な岩の前に立つ。

 母親との思い出が詰まった場所だ。

 ここに来ると落ち着くのだろう。


――なんだよ、みんなして、僕の気持ちをわかろうとしないで……。


 ネロウは、苛立ち始めた。

 ジェイクの味方をするルチア達が、許せないのだろう。

 自分の気持ちを理解していないと、勘違いしているようだ。


――絶対に許さない!あいつも、ヴァルキュリアも!!


 ネロウは、拳を握り、怒りを露わにした。

 ルチアの事も、恨んで。

 だが、ネロウは、まだ、気付いていない。

 ネロウの様子を遠くから、帝国兵が、うかがっていたなどとは。

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