第六十二話 ネロウを説得する為に

 少年から、金品を盗もうとした男性が、とある場所にたどり着く。

 そこは、巨大な岩がある場所だ。

 その隣に、大きな建物がある。

 誰かが住んでいるようだ。

 男性は、逃げるように、その建物に入った。

 すると、建物の中には、帝国兵達が住んでいた。


「おおっ。戻ってきたようだな。どうだ?金目の物は、盗めたか?」


「い、いや……」


「何?」


 帝国兵は、男性を見るなり、男性に迫る。

 どうやら、男性は、その金品を帝国兵に献上するつもりだったようだ。

 問いかけられた男性は、首を横に振る。

 その瞬間、帝国兵が、顔をゆがませた。 

 苛立っているようだ。


「この役立たずが!!」


「うがっ!!」


 帝国兵は、男性の顔に蹴りを入れる。

 男性は、痛みで、うめき声を上げて、倒れた。

 だが、帝国兵は、容赦なく、男性に迫り、胸倉をつかんだ。


「なぜ、できなかった?理由があるんだろうな?」


「も、もちろんだ!!」


「なら、言ってみろ。話次第で、助けてやってもいいぞ?」


 帝国兵は、男性に問いただす。

 苛立っているのだろう。 

 男性が、盗みを失敗したことに対して。

 胸倉をつかまれた男性は、何度も、うなずきながら、答える。

 彼の様子を目にした帝国兵は、理由を問いただした。

 話次第では、殺すつもりのようだ。


「こ、子供が、金目の物を持ってたから、盗もうとしたんだ。だが、ヤージュが、邪魔しやがって」


「あの精霊め。シャーマン候補のパートナーだからと言って、調子に乗っているな」


 男性は、怯えながらも、説明する。

 子供が持っていた金品を盗んだ事を。

 だが、ヤージュに邪魔されたと。

 それを聞いた帝国兵は、舌打ちをする。

 帝国兵は、ヤージュの事を邪険に扱っているようだ。

 それもそうであろう。

 ヤージュは、帝国兵の命令に従ったことはない。

 たとえ、飢えた状態でも、生き延びたほどだ。

 しかも、自分よりも、ネロウや他の島の民を優先して、食料や金貨を渡した。

 帝国兵は、それが、気に入らないようだ。


「で、でも、それだけじゃないんだ。女に蹴られそうになった」


「女?」


 さらに、男性は、理由を語り続ける。

 ルチアに蹴られた事を説明したのだ。

 女に蹴られたと聞いた帝国兵は、苛立ちを隠せず、男性に詰め寄った。

 まさか、女に蹴られそうになったからなどと言う馬鹿げた理由で逃げたのであれば、怒りが収まるはずもなかったからだ。


「あ、ああ。それも、まだ、子供だ」


「なんで、そんなガキに、しかも、女に蹴られそうになったぐらいで、失敗するんだよ!!」


「あがっ!!」


 男性は、ルチアの事を子供だと説明する。

 それを聞いた帝国兵は、怒りを爆発させた。

 女であり、子供でもあるルチアに蹴られそうになったから、逃げたなど、あり得ないと思ったからだ。

 男性の方が、女性よりも、力がある。

 しかも、大人の方が、子供よりも、力がある。

 なのに、明らかに、弱い少女に蹴られそうになったから、逃げたなど、通用するはずがない。

 帝国兵は、力任せに、男性の腹を殴りつけ、男性は、もだえた。


「そ、そんなこと言ったって、マジで、強そうだったんだ。あれは、ただ者じゃねぇ!!」


 男性は、涙ながらに、訴える。

 恐怖を感じたのだ。

 もし、あのまま、抵抗して、ヤージュに殴り掛かれば、ルチアは、男性を蹴り飛ばしていただろう。

 男性は、危険を察知したのだ。

 帝国兵は、ため息をつき、男性から離れた。


「……そのガキは、どんな奴だったんだ?」


「し、知らない奴だ。見たこともねぇ」


「……なるほど」


 帝国兵は、男性に問いただす。

 男性は、正直に答えた。

 知らない少女だったと。

 帝国兵は、それだけで、推測したらしい。 

 ルチアが、何者であるかを。

 男性を置き去りにして、ドアを開け、建物から出ようとした。


「ど、どこに行くんだよ?」


「リーダーに知らせてくるだけだ。そのガキの事をな」


 男性は、怯えながらも、帝国兵に問いかける。

 帝国兵は、リーダーに話すつもりだ。

 もちろん、その少女が、ヴァルキュリアである事は、男性も、帝国兵も、知らない。

 帝国兵は、建物から出て、帝国兵のリーダーの元へと向かった。



 ルチア達は、歩きながらネロウと会ったことをヤージュに説明する。

 そして、ジェイクを恨んでいる事も。


「そう、ネロウ、まだ、君の事を……」


「仕方がないよ。僕のせいなんだから……」


 ヤージュは、ネロウが、まだ、ジェイクを恨んでいると知り、複雑な感情を抱いているようだ。

 ネロウの気持ちがわからないわけではない。

 だが、ジェイクを恨むのは、間違っている。

 ヤージュは、何度も、ネロウを説得を試みたが、ネロウは、受け入れようとしない。

 ジェイクも、仕方がないとあきらめているようだ。

 まだ、自分を責めているのだろう。

 ネロウの母親を守れなかったことを。


「でも、あの子に、協力してもらわないと、地の大精霊・ノームは、復活できないでしょ?」


「そ、そうだね……」


 ルチア達は、ネロウに協力を求めなければならないのだ。

 地の大精霊・ノームを復活させることができるのは、シャーマン候補であるネロウだけなのだから。

 だが、あのネロウが、協力してくれるとは思えない。

 そう思うと、ジェイクは、複雑な感情を抱いていた。


「もしかしたら、彼女なら、なんとかできるかもしれない」


「え?」


「彼女?」


「うん」


 ヤージュは、ネロウを説得させる方法を見つけたようだ。

 「彼女」に協力を仰ぐつもりなのだろう。

 だが、彼女とは、いったい誰なのだろうか。

 ルチアは、問いかけると、ヤージュは、うなずいた。


「ちょっと、来てくれる?」


 ヤージュは、ルチア達を連れてとある場所へ向かった。


 

 そこは、一軒家のようだ。

 ネロウとヤージュの家なのだろうか。

 ルチアは、問いかけたいところではあるが、家に入ってから、説明してくれる気がした為、問いかけなかった。

 ヤージュは、ドアをノックした。


「どなた?」


「僕だよ。ヤージュだよ」


「どうぞ」


 少女の声が聞こえる。

 ヤージュは、名を名乗ると、少女は、ヤージュを受け入れた。


「失礼します」


 ヤージュは、ルチア達を連れて、家の中に入る。

 すると、家の中には、一人の少女が、椅子に座っていた。

 ルチア達が、入ってきた途端、少女は、立ち上がる。

 少し、驚いているようだ。

 ルチア達を連れて家に入ってきたことに。


「ずいぶんと、大勢で来たのね」


「うん。君の協力が必要なんだ」


「私の?」


 少女は、すぐさま、冷静さを取り戻し、ヤージュに語りかける。

 ルチア達を警戒しているわけではなさそうだ。

 見た目は、ルチアと同じくらいの年のように思えるが、どこか、大人びた雰囲気がある。

 ヤージュは、少女に、懇願した。

 しかも、単刀直入に。

 少女は、目を瞬きさせ、ヤージュに問いかけた。

 何を協力すればいいのだろうかと、思考を巡らせながら。


「その前に、紹介するよ。彼女の事」


「彼女?」


 ヤージュは、詳しく説明する前に、ルチア達の事を紹介するつもりのようだ。

 だが、少女は、「彼女」と言われても、誰のことなのか、見当もつかず、首を傾げた。


「さあ、おいで。お嬢さん」


「は、はい」


 ヤージュは、ルチアを前に出す。

 ルチアは、少々、緊張しているようだ。


「彼女は、ルチア。ヴァルキュリアだ」


「え!?」


 ヤージュは、ルチアを紹介する。

 彼女の正体を明かして。

 ルチアの事を聞かされた少女は、驚愕し、思わず、立ち上がった。

 まさか、ヴァルキュリアが、ここを訪れるとは、思いもよらなかったのだろう。


「は、初めまして。ルチアと言います」


「初めまして。コロナと言います」


 ルチアは、頭を下げて、改めて、自己紹介をする。

 少女も、頭を下げて、自己紹介した。

 彼女の名は、コロナと言うらしい。


「コロナはね、ネロウの幼馴染なんだ」


「そうなんですか?」


「え、ええ」


 ヤージュは、コロナの事を語る。

 コロナは、ネロウの幼馴染だそうだ。

 ルチアが、尋ねると、コロナはうなずいた。

 本当のようだ。


「ねぇ、ヤージュ。なんで、ヴァルキュリア様が、ここに?」


 コロナは、ヤージュに、問いかける。

 見当もつかないのだろう。

 なぜ、ヴァルキュリアが、自分の元に現れたのか。

 いや、なぜ、ヴァルキュリアであるルチアを紹介したのか。


「島を救うために来たんだ」


「島を?」


「うん」


 ヤージュは、静かに、答えた。

 ルチア達は、ロクト島を救うために来たのだと。

 にわかに信じがたい話だ。

 ヴァルキュリアと言えど、この島を救うことは、困難を極める。

 ゆえに、コロナは、あっけにとられているが、ヤージュは、冷静に答えた。


「コロナ、お願いがあるんだ。ネロウを説得してくれないかな?」


 ヤージュは、コロナに懇願する。

 ネロウを説得してほしいと。

 コロナは、驚き、目を瞬きさせていた。

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