第六十一話 奪い合い、傷つけ合う

 ルチア達は、ロクト村へと侵入する。

 ファイリ村と比べて、帝国兵は多いというのに、警戒心はなく、あっさり、侵入で来た。

 良かったと言いたいところではあるが、何か、裏がありそうだ。

 警戒しながら、ロクト村の様子をうかがうルチア達。

 その村の様子は、あまりにも荒れ果てていた。


「へへへ。これで、また、無事に過ごせそうだな」


 金貨を手にして、不敵な笑みを浮かべる男性。

 まるで、悪事に手を染めたかのようだ。

 だが、島の民が、そのような事をするとは、思えない。 

 ゆえに、ルチアは、信じられずにいた。


「ゆ、許して。もう……」


「駄目だ。これは、俺達の物だ」


 女性は、膝をつき、手を伸ばし、懇願する。

 何かを奪われたかのようだ。

 女性の前には、男性がたっており、果物を抱えて、不敵な笑みを浮かべている。

 まさか、女性が、手にしていた食料を奪ったのだろうか。

 にわかに信じがたい話だが、ルチアは、そう思えてならなかった。


「さあ、お金を集めてきなさい。私の為にね」


 女性は、男性達に取り囲まれている。

 だが、金品を奪われたわけではない。

 腕を組み、男性達に、命じているかのようだ。

 まるで、女王様気取りだ。

 男性達は、反論することもなく、頭を下げて、別れて行動する。

 女性の言いなりのようだ。


「なんで、島の民同士が……」


「ここまで、ひどくなっていたとは」


「え?何か、知ってるの?」


「……」


 ルチアは、今でも、理解に苦しんでいる。

 なぜ、島の民同士で、奪い合い、傷つけあっているのか。

 今までの島の民は、帝国に支配され、奴隷のように扱われていた。

 ゆえに、島の民同士が、傷つけあう事は、なかったのだ。

 ヴィクトルは、歯噛みをしながら呟く。

 まるで、何か、知っているかのようだ。

 ルチアは、問いかけるが、ヴィクトルは、答えようとしなかった。

 その時であった。


「や、やめて!」


「うるせぇ!!」


 少年の叫び声と男性の怒鳴り声が聞こえる。

 ルチア達は、声のする方へと視線を向けると。 

 少年が、男性の足をがっしりとつかみ、男性は、金貨を手にしていた。


「そ、それだけは、お願い!!」


「このガキ、放せ!!」


 少年は、男性に懇願する。

 どうやら、金貨を男性に奪われたようだ。

 男性は、苛立ち、足を動かして、暴れまわる。

 少年は、勢いよく、吹き飛ばされ、尻餅をついた。

 それでも、金貨を奪い返そうと立ち上がる。

 男性は、苛立ったのか、拳を振り上げ、少年に殴り掛かろうとしていた。


「危ない!!」


 ルチアは、少年の危機を察し、少年の元へと急ぐ。

 ヴィクトル達も、慌てて、ルチアを追った。

 だが、その時であった。

 男性が、拳を振りおろそうとしたその瞬間、背後にいた何者かが、男性の腕をつかみ、制止させたのは。

 これには、さすがのルチア達も、驚き、思わず、立ち止まった。


「やめなよ」


「や、ヤージュ!?」


 男性を止めたのは、黄色の髪の青年だ。

 どうやら、精霊のようであり、名は、ヤージュと言うらしい。

 ヤージュも、服は、ボロボロであったが、彼らのように、異常な行動を起こしているわけではなさそうだ。


「こんなことをしても、何も変わらない。いや、むしろ、滅亡するだけだよ」


「う、うるさい!!もう、どうにもならないんだよ!!」


 ヤージュは、男性を諭す。

 少年の金品を奪い、傷つけたところで、何も変化などない。

 むしろ、このような事を続けていたら、この村は、滅亡すると言いたいのだろう。

 だが、男性は、逆上して、ヤージュの手を振り払い、今度は、ヤージュに殴り掛かろうとした。


「はっ!!」


 間一髪で、ルチアが、男性に向けて、横蹴りを放つ。

 だが、寸前のところで止めた。

 男性も、危険を察して、ギリギリのところで、動きを止めた。


「手を下げてください」


「ちっ」


 ルチアは、冷静さを保ちながら、男性に手を下げるよう促す。

 傷つけるつもりは、毛頭ない。

 だが、男性が、これ以上、何か危害を加えると言うなら話は別だ。

 蹴って、気絶させてでも、男性を食い止めるつもりだろう。

 男性は、危険を察したのか、金品を投げ捨て、逃げ始めた。


「大丈夫かな?お嬢さん」


「あ、はい」


 ヤージュは、ルチアに声をかける。

 怪我は、ないか、心配したのだろう。

 だが、ルチアは、怪我をしておらず、うなずいた。


「おや、君は……」


「あ、えっと……」


 ヤージュは、何か、察したようだ。

 ルチアの顔をまじまじと見る。

 ルチアは、戸惑ってしまった。

 正体を明かすわけにもいかず。

 だが、その時であった。


「俺様達の仲間さ」


「ヴィクトル」


 ヴィクトル達が、歩み寄り、ルチアは、自分達の仲間だと告げる。

 どうやら、ヴィクトルとヤージュは、知り合いのようだ。

 ヴィクトル達が、来た事を知り、安堵した様子を見せた。


「無事か?」


「うん。この子のおかげでね」


「知り合い?」


「おうよ。ネロウのパートナー・ヤージュさ」


「よろしく、お嬢さん」


「あ、はい。ルチアと言います。よろしくお願いします」


 ヴィクトルは、ヤージュの身を案じる。

 だが、ヤージュも、怪我をしていない。

 ルチアが、助けてくれたおかげだ。

 二人のやり取りを目にしたルチアは、尋ねる。

 ヴィクトルは、改めて、ルチア達にヤージュを紹介した。

 どうやら、あのネロウのパートナーのようだ。

 ヤージュは、頭を下げる。

 ネロウとは違い礼儀正しく。

 ヴィクトル達の事を憎んでいるわけではなさそうだ。

 ルチアは、安堵し、頭を下げた。

 その時だ。

 ルチア達の背後から物音が聞こえたのは。

 ルチア達は、振り向くと、少年は、怯えた様子で、ルチア達を見上げていた。


「君、大丈夫?」


「ひいっ!!」


 ルチアは、少年に声をかける。

 だが、ルチアが少年に歩み寄った瞬間、少年は、怯え始めた。


「だ、大丈夫、だから……来ないで……」


 少年は、ルチア達を拒絶し、金品を拾い上げ、逃げるように去っていった。

 ルチアは、心が痛んだ。

 拒絶されたからではない。

 少年は、怯えるほど、ひどい目に合ったのだと。


「相当、ひどくなってるみたいだね」


「そうなんだよね……」


 村の様子をうかがっていたヴィクトルは、察したようだ。

 前に訪れた時よりも、ひどくなっていると。

 ヤージュも、否定せず、うなずく。

 心を痛めているかのようだ。


「ねぇ、何が起こってるの?」


「この村は、完全に帝国に支配されてる」


「完全に?どういう意味だ?」


 ルチアは、ヴィクトル達に尋ねた。

 島の民同士が、奪い合い、傷つけあうという状況は、異常な光景だ。

 ゆえに、何が起こったのか、知りたいのだろう。

 ヴィクトル曰く、ロクト村は、「完全に」帝国に支配されているようだ。

 だが、「完全に」と言うのは、一体、どういう意味なのだろうか。

 クロウは、尋ねた。


「支給される食べ物や金銭は、少ないんだ。欲しかったら、奪い合うようにって、言われてる」


「そんな……」


 ヤージュが、ヴィクトルの代わりに説明する。

 ロクト村は、他の村と違って、支給される食べ物や金銭が異常に少ない。

 それゆえに、島の民は、常に、飢えた状態になっているのだ。

 帝国兵達は、島の民にある事を命じた。

 生き延びたければ、互いの金品や食料を奪い合えと。

 それを聞いたルチアは、愕然とした。

 まるで、島の民を弄んでいるかのように思えて。


「最初は、互いを傷つけあいたくなかった。それに、ヴィクトル達が、密かに支援してくれたおかげで、助かってはいたけど……」


「それでも、足りないくらいだからな」


 島の民は、帝国に命じられても、従うつもりなどなかった。

 お互いを傷つけあいたくなかったからだ。

 それに、ヴィクトル達が、支援もしてくれる。 

 彼らのおかげで、生き延びることができたようだ。

 と言っても、圧倒的に、足りない。

 ゆえに、あのような光景が起こってしまったのだろう。


「おかげで、この村は、ひどくなったんだ。飢えた島の民は、奪い合うようになった。逆らった者達もいるけど、返り討ちに合ったんだ」


「返り討ち?」


 金貨も食糧も少ない状態で生きてきた島の民は、飢えた。

 そして、生き延びる為に、奪い合うようになったのだ。

 誰かを犠牲にしてでも、生きたいと願うようになって。

 もちろん、逆らった者達もいる。

 だが、帝国に返り討ちにあったようだ。

 ルチアは、何が起こったのか、理解できず、恐る恐る尋ねた。


「……処刑された。皆の前でね」


「っ!!」


 ヤージュは、申し訳なさそうに語る。

 なんと、帝国に逆らったものは、殺されてしまったらしい。 

 処刑という形で。

 それを目にした島の民達は、逆らう事すら、奪われてしまったようだ。

 ルチアは、絶句し、言葉を失った。

 あまりにも、ひどいと感じて。


「しかも、逆らったものは、反逆者とし、捕まえろって命令された事もあったよ。捕まえれば、食料が金貨がもらえるって。皆、躍起になって、捕まえて、処刑させた」


「警備が手薄なのも、わざとだ。俺様達を捕らえれば、賞金を出すつもりなんだろうな」


 ヤージュ曰く、逆らったものは、反逆者とし、島の民に捕らえさせたこともあったようだ。

 食料と金貨がもらえると告げて。

 飢えた彼らは、餌をちらつかされたも同然であり、躍起になって、反逆者と呼ばれた者を捕らえた事もあったようだ。

 その者が処刑されるとわかっていながら。

 しかも、帝国の警備が、手薄だったのは、侵入者を島の民に捕らえさせるためだ。

 そうやって、彼らは、島の民を弄んだのだろう。


「なんで、そんな事……」


「許せない。絶対に……」


 クロスは、怒りを露わにしているようだ。

 だが、それは、ルチアも、同じ。

 ルチアは、拳を握りしめ、怒りを露わにしていた。

 だが、ルチア達は、まだ、気付いていない。

 遠くから、ネロウが、ルチア達の様子をうかがっている事に。

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