第五十四話 小さな研究者の仮説

 ルゥは、ルチアを連れて、別の部屋へと移動する。

 入った瞬間、ソファーの上に座ったルゥ。

 ルチアも、おどおどしながらも、ルゥの隣に座った。


「んだよ、船長の奴。あんな言い方しなくたっていいじゃねぇかよっ!」


「ルゥ、ヴィクトルさんの事、責めないであげて」


「なんで?」


「私の事、気遣ってくれたんだと思う」


 ルゥは、ヴィクトルに対して、相当、怒っているようだ。

 ルチアを傷つけたことが、許せないのだろう。

 だが、ルチアは、ヴィクトルを責めないでほしいとルゥに懇願する。

 ルゥは、なぜ、ルチアが、ヴィクトルをかばうのか、理解できなかった。

 ルチアは、わかっていたのだ。

 ヴィクトルが、自分を戦いから遠ざける為に、わざと足手まといだと突き放したのだと。


「でもさ、悔しくないのかよっ。あんなこと、言われて」


「……悔しいよ。足手まといだって言われて、ターニャ様とマシェル様を守れなくて。でもね」


 ルゥは、ルチアに尋ねる。 

 わかっていても、悔しいのではないかと。

 ルチアは、悔しかった。

 自分が、足手まといである事は、わかっていた。

 実際、ターニャとマシェルを守れなかったのだから。

 それでも、ついていくと、癒えなかった理由があるのだ。


「怖いの……。妖魔を殺すってことは、人や精霊を殺すことと同じなんだよ……」


 ルチアは、恐れを抱いていたのだ。

 妖魔を殺すという事は、帝国の人や精霊、精霊人を殺すことになる。

 だからこそ、ついていきたいと言えなかった。

 迷っていたのだ。

 ルチアは、体を震わせる。

 今も、怯えているのだろう。


「確かにな。でもさ、本当にそれだけじゃないと思うぜっ」


「え?」

 

「オレさ、妖魔の事研究してんだよっ。って、そんな事は、知ってるか」


「う、うん」


 ルゥは、妖魔の真実を知り、ルチアが、その事について 恐れている事も、十分、理解している。

 だが、ルゥは、何か、妖魔について知っているようだ。

 ルチアやヴィクトル達も、知らない何かを。

 ルゥは、これでも、天才研究者だ。

 アレクシアと並ぶほどの実力がある。

 妖魔についても、調べていたのだ。

 もちろん、ルチアも、知っていた。


「オレ、ある仮説を立ててるんだよ」


「ある仮説って?」


 ルゥは、ルチアに教える。

 妖魔について、仮説を立てていたというのだ。

 ルチアは、尋ねると、ルゥは、答えず、立ち上がる。

 一体、どうしたのだろうか。


「ついて来なよ。オレが教えてやる」


 ルゥは、ルチアに、仮説を説明するために、場所を移すようだ。

 ルチアも、立ち上がり、ルゥについていく。

 ターニャの家を出た二人であったが、隣の家へと入り、さらに、地下室へと入った。


「ほら、着いたぞっ」


「ねぇ、ルゥ、ここは?」


「オレの研究所」


「え?」


 ルゥは、ルチアを自分の研究所に連れてきたようだ。

 ルチアは、驚き、目を瞬きさせる。

 まさか、ここが、ルゥの研究所だとは、思いもよらなかったのだろう。


「そっか、言ってなかったっけ?この村、オレの故郷なんだよっ」


「そうなの?」


「おう」


 なんと、ウィニ島は、ルゥの故郷だったのだ。

 ルチアは、何も知らなかったので、あっけにとられている。

 ルゥは、レージオ島の出身だとばかり思っていたから。


「知らなかった」


「だよなっ。あ、ちなみに、ヴィクトルはファイリ島出身だし、フォルスはウォーティス島出身。ジェイクは、地の島・ロクト島の出身なっ。オレら、騎士になってから、レジーオ島に移ったんだ」


「どうして?」


「それは、また、今度なっ。今は、妖魔の話をしようぜっ」


「そ、そうだね……」


 ルゥは、説明する。

 なんと、ヴィクトル、フォルス、ジェイクも、レージオ島出身ではないようだ。

 彼らは、騎士になった後、レージオ島に移り住んだらしい。

 ルチアは、ルゥに尋ねるが、ルゥは、答えない。

 自分の事よりも、妖魔のことを説明したいのだろう。

 ルチアは、恐れを抱きながらも、うなずいた。


「オレさ、ずーっと、気になってたんだ。なんで、妖魔が現れたんだってっ。それに、なんで、帝国は妖魔を使役できると思う?なんで、妖魔は、手を組んだ?考えてみれば、わからないことだらけだっ」


「そうだね。言われてみれば……」


「だろ?」


 ルゥは、気になっていた事があったのだ。

 それは、なぜ、妖魔が、生まれてしまったのか。

 帝国は、なぜ、妖魔を使役したのか。

 しかも、なぜ、ヴァルキュリアでなければ倒せないのか。

 考えてみれば、わからないことだらけだ。


「だから、妖魔の研究をしてたんだっ。まぁ、アレクシアには、負けるけどなっ」


 知らないからこそ、ルゥは、調べた。

 それが、妖魔が、いなくなるきっかけになるのではないかと悟って。

 ルゥは、妖魔について研究した。

 と言っても、アレクシアの事は、認めているようだ。

 悔しいため、本人に言わず、ライバル視しているのだろう。


「最初は、全然、さっぱりだったけど。わかった事があるんだっ」


「何?」


「オレの仮説によれば、妖魔となった帝国の奴らは、魂が囚われてる」


「え?どういう事?」


 ルゥ曰く、研究を続けた結果、わかった事があるようだ。

 ルチアは、尋ねると、なんと、妖魔となった帝国の者は、魂がとらわれているよいうのだ。

 これは、一体どういう事なのだろうか。

 ルチアは、理解できず、尋ねた。


「まぁ、簡単に言えば、人工的に作られた体に魂がいれられて、何らかのきっかけで、妖魔になっちまったんだっ」


「それで、魂が囚われてるってこと?」


「おうよっ」


 ルゥは、わかりやすく、説明すると、帝国の者は、人工的に作られた体の中に魂を封じ込められたのではないかと言うのだ。

 つまり、何らかのきっかけで、体から離れた魂が、何者かが、作った体に入れられたという事なのだろう。

 そして、何らかのきっかけで、彼らは、妖魔に転じてしまうのだ。

 ゆえに、ルゥは、魂が、とらわれているのではないかと悟った。

 帝国の者達は、気付いていないだけで。

 どのようなきっかけで、そうなるかは、まだ、不明のようだが。


「でも、どうして、そんな事、わかったの?」


「そりゃあ、調べたからさっ。妖魔を捕らえて」


「え?」


 ルチアは、気になる事があった。

 なぜ、ルゥは、どうやって、調べたのだろうかと。

 彼は、妖魔の生体を調べたと言っても、過言ではない。

 だが、簡単に調べられるわけがない。

 ゆえに、気になったのだ。

 ルゥ曰く、妖魔を捕らえて、調べたというのだ。

 これには、さすがのルチアも、驚きを隠せなかった。


「と言っても、ここじゃなくて、レージオ島でなっ。まぁ、逃げられちまったけどっ」


 ルゥは、このウィニ島ではなく、レージオ島で、調べたようだ。

 騎士になった事で、妖魔と互角に戦える力を得たからであろう。

 と言っても、危険であることには変わりない。 

 実際に、妖魔は、逃げ出したというのだから。

 危険と隣り合わせの状態で、ルゥは、妖魔を調べてきたのかと思うと、ルチアは、驚いていた。


「その研究レポートが、ここにあるっ」


 ルゥは、研究成果をレポートにして、まとめていたようだ。

 と言っても、レージオ島ではなく、ウィニ島のルゥの研究所に保管していた。

 レージオ島にもあるのだが、ウィニ島でも、レポートを複製して保管していたのだ。

 さすがと言ったところであろう。

 ルゥは、自分の机に歩み寄った。


「俺の仮説は正しいければ、帝国の者の魂は、囚われてる。それって、あいつらにとっては、苦しいことだろ?そしたら、お前は、もう、苦しまなくて済むんだ」


「ルゥ……」


 ルゥは、ルチアがもう、苦しまなくて済むかもしれないと考えているようだ。

 なぜなら、もし、自分の仮説が正しければ、帝国の者の魂は、囚われ続けていることになる。

 ルチアは、人殺しをしているのではなく、魂を解放しているのではないかと推測しているのだろう。

 ルチアは、涙が、出そうになる。

 ルゥは、自分を気遣って、自分の為に、話してくれるのだと、悟って。


「まぁ、研究レポートを見直さないとわからないけどなっ」


 と言っても、ルゥは、一度、研究レポートを見直そうとしているようだ。

 エマが妖魔になった事で、ルゥは、何か、わかった事があるようで、研究成果を照らし合わせようとしているのだろう。

 ルゥは、懐から鍵を取り出し、引き出しについている鍵穴に鍵をさし込み、回す。

 そして、引き出しを手前に引く。

 その引き出しの中に、レポートがあるようだ。

 重要に保管されているのだろう。

 それほど、重要と言う事のようだ。

 ルチアは、そう悟った。  

 しかし……。


「あ、あれ?」


「どうしたの?」


「ない。オレの研究レポートが……」


「え?」


 ルゥの様子がおかしい。 

 慌てているようだ。

 ルチアは、ルゥに問いかける。

 なんと、ルゥの研究レポートがないというのだ。

 ルチアは、驚く。

 なぜ、ルゥの研究レポートがないのだろうか。


「盗まれた……のか?」


 ルゥは、自分の研究レポートがない理由を悟る。

 帝国の者に、盗まれてしまったのだろう。

 妖魔に関することを知られたら、帝国にとっても、分が悪い。 

 ゆえに、ルゥの研究所に侵入して、盗んだようだ。

 これには、さすがのルゥも、参っていた。


「……わりぃ、ルチア。オレ、要塞に行ってくる。オレの研究レポートがあるかもしれない」


「……なら、私も行く。妖魔の事知らないといけないから」


「え?でも……」


 ルゥは、要塞に行くとルチアに告げる。

 研究レポートが要塞にあると推測しているようだ。

 すると、ルチアは、自分も行くと告げる。

 これには、さすがのルゥも、驚きを隠せない。

 ルチアが、行くと言いだすとは、思いもよらなかったのだろう。


「連れてって、ルゥ」


 ルチアは、改めて、ルゥに懇願する。

 真剣な眼差しで。

 ルチアの決意は、固かった。

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