第五十三話 残される者、残る者

 帝国兵と妖魔が、襲撃してから一夜が明けた。

 ルチアが、気を失った後、クロスとクロウは、ルチアをターニャの家へと運び、治療したのだ。

 ルチアの傷は癒えたが、ルチアは、未だ、眠ったままだ。

 クロスとクロウは、ルチアを心配し、眠らず、ルチアが、目覚めるのを待っていた。

 ヴィクトル達は、緊急会議を開いている。

 ターニャ達を救出するために、侵入するつもりだ。

 幸い、要塞については、ターニャ達から情報を得ている。

 情報さえわかれば、作戦が立てやすい。

 ヴィクトル達は、朝まで作戦を練っていた。

 朝日が差し込み、日の光がルチアを照らし始めた。


「ん……」


 日の光で、ルチアは、目覚めたようだ。

 ゆっくりを目を開ける。

 クロスとクロウは、ルチアの身を案じて、ルチアの顔を覗き込んだ。


「ルチア」


「気がついたか」


「クロス、クロウ……。私……」


 ルチアは、ゆっくりと、起き上がり、思考を巡らせる。

 自分の身に何が起こったのか、状況を把握しようとしているようだ。


「あの後、気を失ったんだ」


「そうだ……私……」


 クロスは、ルチアに説明する。

 妖魔と戦いの後、ルチアは、気を失ってしまったのだ。

 ルチアは、はっきりと、思い出した。

 妖魔に倒れ、そのせいで、ターニャとマシェルが、連れ去られてしまった事を。

 ルチアは、ベットから降りようとする。

 だが、クロスが、ルチアを止めた。


「待て。どこに行くつもりなんだ?」


「ターニャ様とマシェル様が、攫われたの。助けないと」


 クロスは、ルチアに問いかける。

 ルチアは、ターニャとマシェルを助ける為に、要塞に乗り込むつもりのようだ。


「待て。少しは、冷静になれ」


「でも……」


 クロウも、ルチアを制止する。

 今行ったとしても、帝国に捕まるだけだ。

 最悪の場合、殺されるかもしれない。

 二人は、それを懸念したのだ。

 だが、ルチアは、焦燥に駆られていた。

 ターニャとマシェルの身を案じて。

 その時だ。

 ドアがゆっくり開いて、ルゥが、部屋に入って来たのは。


「目覚めたんだなっ」


「ああ。たった今な」


「良かった……」


 ルゥは、ルチアが、目覚めたと知り、安堵する。

 心配していたのだろう。


「……悪いんだけどさ。船長が、話したいことがあるって言うんだっ。来てくれるかっ?」


「……うん」


 ルゥは、申し訳なさそうに、ルチアにヴィクトル達がいる部屋まで来てほしいと告げる。

 作戦会議は、終わったようだ。

 ルチアは、まだ、目覚めたばかりだ。

 本当は、休んでほしいと頃ではあるが、そうも、言っていられない。

 会議が終わったら、すぐにでも、ターニャ達を救出しなければならないのだから。

 ルチアも、うなずき、クロス、クロウと共に部屋を出た。



 ルチア達は、ヴィクトルがいる部屋へと入る。

 ヴィクトル、フォルス、ジェイクが、ルチア達を待っていた。


「来たか。すまないな」


「ううん。それで、話って?」


「まぁ、焦るな。ほら、座りな」


「うん」


 ヴィクトルは、ルチアに謝罪する。

 彼も、申し訳なく思っているのだ。

 だが、ルチアは、気にも留めていない。

 それどころか、早く、話が聞きたいようだ。

 それほど、焦っているのだろう。

 ヴィクトルは、ルチアの心情を察しており、ルチアに座るよう告げた。

 ルチアは、静かに、うなずき、椅子に座る。

 クロスとクロウも、ルチアの隣に座った。


「ルチア、俺様達は、敵の陣地に乗り込むことにした」


「そうなんだね。私も、同じことを思ってたんだよ」


 ヴィクトルは、ターニャ達を救出するために、要塞に乗り込むつもりのようだ。

 元々、ターニャ達から話を聞いた時から、実行に移すつもりであったが、ルチアの心情を悟り、少しの間、休ませていたのだ。

 ルチアの事を気遣って。

 だが、事態は一刻を争う状態だ。

 ゆえに、ヴィクトル達は、乗り込むことを決意した。

 ルチアも、ヴィクトル達と共に行くつもりのようだ。

 ターニャとマシェルを助けたいと願っているのだろう。

 だが、その事を聞いた瞬間、ヴィクトルは、難しい表情をしていた。

 ヴィクトルだけでなく、フォルス、ルゥ、ジェイクも。


「その事なんだけどな。ルチア」


「うん」


「お前は、ここに残れ」


「え?」


 ヴィクトルは、ルチアに命ずる。

 ルチアにここに残るようにと。

 これには、クロスとクロウも、驚きを隠せない。

 ルチアは、衝撃を受けたのか、唖然としていた。


「ヴィクトルさん、どうして……」


「決まってるだろう。今は、連れていくべきじゃない」


 ルチアは、戸惑いながらも、ヴィクトルに尋ねる。

 なぜ、自分は、ここに残らなければならないのか、理解できないからだ。

 ヴィクトルは、曖昧な言葉で、答える。

 理由を知らないつもりだ。

 ルチアを気遣って。

 だが、ルチアは、どうしても、知りたいと願った。


「……私が、足手まといだから?」


「……そうだ」


 ルチアは、恐る恐る尋ねる。

 自分が、ヴァルキュリアに変身できず、ターニャとマシェルを守れなかった。

 今のルチアは、足手まといであろう。

 ヴィクトルは、表情を変えず、答える。

 わかってはいたが、ルチアは、ショックを受けた。


「ヴィクトル」


 クロウは、ヴィクトルをにらむ。

 ルチアを傷つける者は、たとえ、ヴィクトルであっても、許さないのだろう。

 ルチアが、聞いたことではあるが、許せなかったのだ。

 それでも、ヴィクトルは、表情を変えなかった。


「そう言うわけだ。船を呼ぶから、お前は、船に乗って、待機してろ。わかったな?」


 ヴィクトルは、ルチアに命じる。

 伝書鳩を使って、船をウィニ島に向かわせるつもりのようだ。

 少し、時間はかかるが、その間に、ヴィクトル達は、クロス、クロウを連れて、要塞に乗り込む。

 ゆえに、ルチアに危険が及ぶことはないだろう。

 いや、ルチアが、ターニャの家の地下にいれば、問題ないと思っているようだ。

 ルチアは、これ以上、何も言えず、ただ、黙っていた。

 クロスは、ルチアを心配し、クロウは、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 クロスとクロウは、ルチアに、残ってほしいと思っているからだ。

 複雑な感情を抱えているが。

 その時であった。


「ちょっと、待てよ」


「ルゥ、なんですか?」


「どうしたの?」


 ルゥは、立ち上がり、ヴィクトルに反論する。

 フォルスは、呆れた様子で、ジェイクは、戸惑いながらも、ルゥに尋ねた。


「やっぱさ、納得できない」


「え?」


「納得できるかって言ってんだよっ!」


 ルゥは、納得できなかったのだ。

 ルチアを残して、要塞に乗り込むことが。

 だからこそ、反論したのだろう。

 会議の最中は、ルゥは、うなずいていたが、納得などしていなかった。

 反論したが、ヴィクトルに、説得され、致し方なく承諾したのだ。

 だが、ルチアの表情を目にして、耐えられなくなったのだろう。


「ヴァルキュリアに変身できなかったら、足手まといとかひどくね?」


「仕方がないだろう。事実なんだ」


「……」


 ルゥは、ルチアが、ヴァルキュリアに変身できなくとも、戦う力がある。

 足手まといではない。

 だからこそ、連れていくべきだと主張した。

 だが、ヴィクトルは、自分の意見を曲げない。

 ルチアが、足手まといなのは、事実だと。

 ルチアは、ショックを受け、何も言い返せなかった。


「だったら、オレはここに残る」


「え?る、ルゥ?」


「もう、決めたからなっ」


 ルゥは、宣言する。

 自分は、ルチアと共に残ると。

 これには、ルチアも、驚きを隠せない。

 だが、フォルスやジェイクは、冷静さを保っていた。

 まるで、こうなる事を予想していたかのように。


「勝手にしろ」


「じゃあ、そうするよっ!」


 ヴィクトルは、ルゥを止めようとしなかった。

 それどころか、勝手にしろとまで言い出したのだ。

 ルゥも、勝手にすると言い出し、ルチアは、戸惑う。

 ヴィクトルは、それ以上何も言わず、立ち上がり、ルチアから、背を向けた。


「すぐに出発するから、準備を怠るなよ」


 ヴィクトルは、クロス達に命じる。

 すぐさま、出発するようだ。

 クロス達は、何も言えなかったが、ヴィクトルは、そのまま部屋を出た。 

 部屋の中は、気まずい雰囲気になり、静かになってしまった。


「行こうぜ」


「え、ちょ、ちょっと、ルゥ!!」


 ルゥは、ルチアの腕をつかみ、ルチアを連れて、部屋を出る。

 ルチアは、戸惑いながらも、ルゥと共に部屋を出た。

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