第五十二話 打ちのめされて

 ルチア達の前に現れたのは、風の精霊型の妖魔と女帝国兵であった。

 最悪の展開だ。

 誰も予想していなかったことだ。

 まさか、こんなにも早く帝国兵と妖魔が来るとは。

 ルチアは、今も、ヴァルキュリアに変身できない。

 だが、戦えるのは、ルチアだけであった。


「ターニャ様、マシェル様、お下がりください」


「で、ですが……」


「私なら、大丈夫ですから」


「……わかったわ。でも、援護するわよ。あたしも、ターニャもね」


 ルチアは、ターニャとマシェルを下がらせる。

 ターニャとマシェルは、ルチアの身を案じるが、ルチアが、大丈夫だと告げる。 

 マシェルは、うなずき、下がるしかなかった。

 と言っても、逃げるつもりはない。

 ルチアと共に戦うつもりだ。

 ターニャとマシェルは、構えた。


「あれ?戦えるの?ヴァルキュリアに変身できないって聞いてたけど?」


「強がってるだけじゃない?ほら、さっさと連れてくわよ」


 妖魔は、ルチアを煽る。

 やはり、ルチアが、ヴァルキュリアに変身できない事は、知っているようだ。

 女帝国兵は、妖魔に命じる。

 余裕だと言わんばかりに。

 妖魔は、ルチア達を捕らえる為に、迫ってきた。


「二人に近づくな!!」


「あら、強がっちゃって、可愛い」


 ルチアは、声を荒げる。

 だが、体は震えていた。

 恐れているのだ。

 妖魔や帝国兵を。

 女帝国兵は、ルチアの心情を察して、微笑む。

 この状況を楽しんでいるかのようだ。


「やっちゃってよ。この子」


「へいへい」


 女帝国兵は、再び、妖魔に命じた。

 妖魔は、ルチアに襲い掛かった。


「せいっ!!」


 ルチアは、蹴りを妖魔に向かって放つ。

 魔技・ブロッサム・ブレイドを発動しながら。

 オーラの刃が、妖魔を襲うが、妖魔は、素手で、魔技を消滅させてしまう。

 しかも、ルチアの足と妖魔の手が、衝突した。


「っ!!」


 ルチアは、苦悶の表情を浮かべ、後退した。

 妖魔は、迫る事はせず、不敵な笑みを浮かべている。

 本当に、余裕のようだ。


――足が、しびれる……。やっぱり、ヴァルキュリアに変身しないと……。


 逆に、ルチアは、すでに、劣勢を強いられている。

 足が、しびれているのだ。

 衝撃が、重かったのだろう。

 ヴァルキュリアに変身できれば、衝撃を軽減できる。

 いや、衝撃をなくせると言った方がいいだろう。

 今は、変身できないため、ルチアは、歯を食いしばりながら、構えた。

 だが、妖魔は、すぐさま、ルチアに迫り、ルチアの脇腹に蹴りを入れた。


「あがっ!!」


「ルチアさん!!」


 ルチアは、吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。

 わき腹に激しい痛みを感じたルチアは、歯を食いしばって起き上がった。

 妖魔は、ルチアに迫る。

 女帝国兵と対峙していたターニャは、ルチアの元に迫ろうとしていた。

 しかし……。


「来ないで!!」


 ルチアは、ターニャを制止させる。

 危険性を感じたからだ。

 もし、ターニャが、妖魔の元に近づいたら、自分のように、傷ついてしまうだろう。

 ターニャは、思わず止まってしまった。


「あくまで、私達に刃向おうってわけね。いいわ。こいつをボコボコにしちゃいなさい」


「いいのかよ。こいつも、連れてこいって、ボスに言われてるんだろ?」


 女帝国兵は、ルチアの表情を見て、察したようだ。

 たとえ、ヴァルキュリアに変身できなくとも、自分達に刃向うつもりなのだと。

 それゆえに、女帝国兵は、妖魔に命じる。

 刃向うものは、殴ってしまえと言いたいのだろう。

 だが、妖魔は、一応、問いかけたようだ。

 ルチアも、連れてくるようにとリーダーから言われている。

 それゆえに、ためらうフリをした。


「いいわよ、殺さなければ」


「なるほどな」


 女帝国兵は、ルチアが、死ななければ、問題ないと思っているらしい。

 たとえ、ルチアが、重傷を負ってもだ。

 それを聞いた妖魔は、ルチアに迫る。

 ルチアは、横蹴りを放つが、それを、妖魔に止められ、カウンターを食らった。


「かはっ!!」

 

 ルチアは、再び、吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。

 今度は、妖魔は、容赦なく、ルチアに迫り、起き上がったルチアに対して、顔に蹴りを入れる。

 だが、それだけではない。

 妖魔は、何度も、何度も、ルチアを殴りつけた。


「ほらほら、どおしたぁっ!?反撃して来いよ!!」


 妖魔は、ルチアを殴りつけながら、笑い始める。

 この状況を楽しんでいるかのようだ。

 ルチアは、歯を食いしばって、妖魔のこぶしを握りしめ、食い止めた。

 

「せやあああっ!!」


 ルチアは、反撃に出る。

 回し蹴りを放ちながら、魔技・ブロッサム・ブレイドを発動したのだ。

 しかし、妖魔は、いとも簡単に、素手で、魔技を消滅させ、ルチアの足をつかんだ。


「っ!!」


「甘いな」


 ルチアは、目を見開き、足を下げようとするが、妖魔は、強く握り、ルチアの足を離そうとしない。

 妖魔は、不敵な笑みを浮かべながら、魔法・エビル・ストームを発動する。

 邪悪な風のオーラが、ルチアを襲い、体を切り刻んだ。


「うああああああっ!!」


「ルチアさん!!」


 ルチアは、絶叫を上げながら、吹き飛ばされ、たたきつけられる。

 ターニャとマシェルは、顔を青ざめた。

 ルチアが、敗北したと悟ったからだ。

 妖魔は、ゆっくりと、ルチアに迫っていく。

 ルチアは、起き上がろうとするが、激痛により、起き上がることすらできなくなっている。

 そんな彼女に対して、妖魔は、ルチアに迫った。

 だが、その時であった。


「やめてください!!」


「ターニャ様、マシェル様……」


 女帝国兵と対峙していたターニャとマシェルが、ルチアの前に立つ。

 ルチアを守るかのように。

 女帝国兵は、追う事もせず、二人の様子をうかがっていた。

 不敵な笑みを浮かべながら。


「どけよ。邪魔すんな」


「どきません!!」


 妖魔は、ターニャ達をにらむ。

 邪魔をされて、苛立っているのだろう。

 それでも、ターニャ達は、退こうとしなかった。


「お、お願いです!!ルチアさんを傷つけないでください!!も、もう、戻りますから……」


「私も、行くわ。だから、この子だけは、見逃してあげて」


「駄目……です……」


 ターニャは、戻るから、ルチアを助けてほしいと懇願する。

 それは、マシェルも、同じだ。

 ルチアを助ける為に、自分を犠牲にしようとしているのだ。

 ルチアは、首を横に振る。

 それでも、ターニャとマシェルの意見は、変わらなかった。


「……いいわよ。仕方がないわね」


 女帝国兵は、あっさりと、二人の懇願を受け入れる。

 妖魔は、命じられることなく、ターニャとマシェルに迫り、一瞬にして、手刀で首の後ろを殴りつける。

 ターニャとマシェルは、気絶し、妖魔は、二人を両肩で、抱きかかえた。


「さて、そろそろ、退散しましょうか」


「まって……」


 女帝国兵と妖魔は、背を向ける。

 ルチアは、立ち上がろうと、力を込めるが、力すら入らない。

 ルチアは、そんな自分を呪った。

 その時だった。

 女帝国兵が、すぐさま、踵を返し、ルチアに剣を向けたのは。


「なんて、思ったかしら?」


「っ……」


「貴方も、連れてこいって言われてるのよ。だから、来なさい」


 女帝国兵は、ルチアもさらうつもりだ。

 最初から、二人の懇願を受け入れるつもりはない。

 だからこそ、二人を気絶させたのだ。

 抵抗できないように。

 ルチアは、女帝国兵を見上げる。

 だが、意識が朦朧とし始め、気を失いかけた。

 女帝国兵は、ルチアを攫おうと、ルチアの服をつかみかけた。

 だが、その時だ。

 二つの刃が、女帝国兵に迫ったのは。


「っ!!」


 女帝国兵は、殺気を感じ、後退する。

 妖魔も、殺気を感じたのは、すぐさま、後退した。

 先ほどの二つの刃は、クロスとクロウだったのだ。

 眠っていた二人であったが、異変に気付き、駆け付けに来たのだろう。


「二人を返せ」


「クロス……クロウ……」


 クロウは、女帝国兵と妖魔をにらみつける。

 しかも、目は、殺気を宿している。

 殺すつもりなのだろう。

 ルチアは、意識が、朦朧としながらも、クロスとクロウが、駆け付けに来た事を悟り、見上げた。


「お、おい、こいつ、やばい奴だろ?」


「え、ええ」


 妖魔は、後退し始める。

 まるで、危険を察知したようだ。

 女帝国兵と妖魔は、クロウの恐ろしさを聞いている。

 妖魔の腕を容赦なく腕を斬り落としたという事を。

 しかも、多くの帝国兵を殺したことさえも。

 自分達も、同じ目に合うと察したのだろう。


「仕方がないわね。一旦、退き上げるわよ!!」


「了解!!」


 女帝国兵と妖魔は、魔法を発動する。 

 魔法で、瞬間移動しようとしているようだ。


「待て!!」


 クロウは、逃がすまいと、女帝国兵と妖魔に斬りかかろうとする。

 だが、間に合わず、女帝国兵と妖魔は、一瞬にして、姿を消し、逃げてしまった。

 しかも、ターニャとマシェルを連れて。


「逃げられたか……」


 クロウは、拳を握りしめる。

 後悔しているのだろう。

 もっと早く、気付いていれば、ルチアが傷つくこともなく、ターニャとマシェルも、攫われることもなかっただろう。

 そう思うと、クロウは、自分を責めた。

 クロウは、ルチアの方へと振り向く、クロスが、ルチアを抱きかかえ、魔法・スピリチュアル・リフレクションを発動し、ルチアの傷を癒し始めた。


「ルチア、しっかりしろ!!ルチア!!」


 クロスは、治療を続けながら、叫ぶが、ルチアは、未だ、意識が、朦朧としている。

 それほど、重傷を負ってしまったのだろう。

 クロウは、ルチアの手を握りしめた。

 傷を癒す事はできない。

 そのため、ルチアの為にしてやれることは、これしかない。

 それでも、ルチアにとっては、十分であった。


「クロス……ごめん、二人が……」


 ルチアは、弱弱しい呼吸を繰り返しながら、声を振り絞る。

 申し訳なく思っているのだろう。

 自分が、弱かったせいで、ターニャとマシェルを守れなかったことが。

 ルチアは、悔しさゆえに、涙を流し、そのまま、意識を手放してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る