第五十一話 ターニャの決意

 ターニャとマシェルは、外に出ていた。

 外は、やけに静かだ。

 夜だからか、それとも、誰もいないからなのだろうか。

 その静けさが、少しばかり、寂しく、怖く感じた。

 ターニャとマシェルは、自分達の家から遠ざかっていく。

 少し、歩きたかったのだ。


「や、やっぱり、風、吹いてないですね……」


「そうね……」


 静かなのは、夜だからとは、誰もいないからと言うだけではない。

 風が、吹いていないのだ。

 ウィニ島は、ずっと、風が吹いていた。

 だが、帝国に支配されてから、風が止んだ。

 帝国が、核を使って、風を止ませたのだろう。

 こんなことは、初めてだ。

 だからこそ、風と共に生きたターニャとマシェルにとっては、辛い事だ。

 風が、居心地さをくれていたのだから。


「ご、ごめんなさい。マシェル。私の我がままに付き合ってくれて」


「いいのよ。謝らなくて。あたしも、眠れなかったし。ヴィクトル達には内緒にしてあげる」


「ありがとうございます」


 ターニャも、眠れず、外に出たいと思い、マシェルに付き合ってもらったのだ。

 眠れなかった理由は、恐怖が押し寄せてきたからであろう。

 自分達を助けてくれた島の民は、どうなっているのかと。

 もしかしたら、ひどい目に合っているかもしれない。

 自分達のせいで。

 そう思うと、ターニャは、眠れずにいた。

 だから、恐怖を拭い去りたくて、マシェルと共に、歩いた。


「あの子、大丈夫かしら」


「ルチアさん、ショックを受けてますよね……」


 マシェルは、ふと、ルチアの事を思い返す。

 昼間のルチアの様子を思い浮かべると、心配になってきたのだ。

 ルチアは、ヴァルキュリアに変身できず、ショックを受けていた。

 そんなルチアを見ていたターニャは、心が痛んだのだ。

 ルチアは、今も、苦悩しているのではないかと思うと。


「力になれたらいいのに……」


 ターニャは、ルチアの力になりたいと思っていた。

 ルチアは、宿命を背負っている。

 妖魔を倒せるのは、ルチアだけだから。

 だからこそ、ルチアの力になりたいとターニャは、心に決めていたのだ。

 その時、マシェルは、ターニャの肩に優しく触れた。


「支えてあげましょう。あたしたちが」


「はい」


 マシェルは、ルチアを支えようとターニャに告げる。

 ルチアの気持ちを理解し、ルチアに寄り添おうと。 

 ターニャは、うなずく。

 心の底から、ルチアの助けになりたいと思っているのだろう。

 マシェルは、微笑んだ。

 その時であった。


「あ、あれ?」


 ルチアの声が聞こえる。

 ターニャとマシェルは、振り向くと、ルチアが、家から出ていたらしく、二人の背後にいた。


「ルチアさん?」


「ターニャ様、マシェル様……」

 

 ルチアは、ターニャとマシェルと出会う。

 だが、どこか、気まずそうだ。

 もしかしたら、申し訳なくなったのかもしれない。

 自分が、ヴァルキュリアに変身できなくなったから。

 ルチアも、ウィニ島を取り戻したいのに。 


「どうしたの?こんなところで」


「眠れないんです。眠っても、あの夢が……」


「夢?」


 それでも、マシェルは、姉のように、ルチアに声をかける。

 ルチアは、正直に話した。

 しかし、夢について、聞かれると、ルチアは、答えられなくなってしまう。

 ターニャとマシェルは、まだ、知らないだろう。

 妖魔が、元帝国の者であり、ルチアは、彼らを殺していたという事実を。

 だからこそ、それが、夢として出てくるとは、到底言えなかったのだ。


「ごめんなさい。今のは、忘れてください……」

 

 ルチアは、謝罪し、二人に背を向ける。

 まるで、逃げるかのように。

 これ以上は、話せないと悟ったのだろう。 

 だが、その時であった。


「待ってください!」


 ターニャが、ルチアの元へと駆け寄り、腕をつかむ。

 無我夢中と言ったところなのだろう。 

 ルチアが、振り返ると、ターニャは、我に返ったような様子を見せた。

 ターニャは、内気な子だ。

 だから、自ら、行動することもできなかった。

 シャーマン候補になったが、自信がなかったくらいだ。

 ゆえに、マシェルは、驚いていた。

 ターニャが、自ら、動きだしたのだから。


「わ、私でよかったら、話してもらえませんか?支えに、なりたいんです……」


「でも……」


 ターニャは、ルチアに話してほしいと告げる。

 支えになりたいと願って。

 だが、ルチアは、それを拒んだ。

 もし、真実を知ったら、二人は、拒絶するのではないかと、恐れて。


「……私、知ってるんです。妖魔の真実を。その事に、苦しんでることも」


「え?」


 ターニャは、意を決して、知っている事をルチアに話した。

 実は、妖魔の正体を知っていたのだ。

 そして、その事で、ルチアが、思い悩んでいる事も。

 ルチアは、驚愕し、ターニャの方へと、視線を向ける。 

 ターニャは、真剣な眼差しで、ルチアを見ていた。


「だから、話してください。一人で、抱え込まないで」


「……はい」


 ターニャは、ルチアに懇願する。

 悩んでいる事を打ち明けてほしいと。 

 一人で抱え込んでほしくなかったのだ。

 ルチアは、涙ぐみうなずいた。



 ルチアは、静かに語り始めた。 

 ウォーティス島で、エマと言う少女に助けられ、仲良くなった事を。

 だが、彼女は、帝国兵であり、ルチアの敵であった。

 説得し、彼女は、罪を償い事を決意したが、その直後、妖魔になり、元に戻す事もできず、ルチアは、彼女を殺してしまった事を。

 そして、その夢を見てしまい、眠れなくなった事を。


「そう、そんな夢を……」


「私は、エマを殺しました。そうするしかなくて……。でも、もし、他に方法があったとしたら、私は……」


 ルチアから話を聞いたマシェルは、心が痛んだ。

 クロス達が、ルチアを支えていたとしても、ルチアにとっては、辛い事だ。

 決して、癒えることのない傷を心に負ったのだから。

 ルチアは、罪の意識に苛まれていたのだ。

 他の方法があったとしたら、元に戻す方法があったとしたら、それなのに、自分は、エマを殺してしまったのなら、自分は、とんでもない過ちを犯してしまったのではないかと。


「……妖魔のことは、今日、ヴィクトル達から聞いたわ。辛い思いをしたわね……」


「妖魔は、元に戻せないんですよね……。すごく、辛いですね……」


 ターニャとマシェルが、妖魔の真実を知っていたのは、ヴィクトルから、聞いたからだ。

 話を聞き、二人は、納得した。

 ルチアが、なぜ、妖魔を殺してしまう事を恐れて、ヴァルキュリアに変身できなくなったかを。

 ターニャは、もし、自分が、同じ状況であったら、耐えられないと思っている。

 ルチアは、今、自分達が、想像している以上に、辛い思いをしているのだろう。

 そう思うと、ターニャは、拳を握りしめた。


「私、決めました!!」


「え?」


「た、ターニャ?」


 突如、ターニャは立ち上がり、宣言する。

 ルチアは、目を瞬きさせ、マシェルでさえも、呆然としていた。

 こんな彼女を見たのは、マシェルも、初めてだ。

 一体、どうしたのだろうか。


「私が、大精霊・シルフを復活させて、契約します!!そうすれば、シルフの結界で、妖魔達は、弱まるはずです!!そうですよね?マシェル」


「え、ええ」


 ターニャは、シルフを復活させると宣言したのだ。

 これには、ルチアも、マシェルも、驚きを隠せない。

 大精霊を復活させるのは、簡単なことではない。

 だが、ターニャは、シルフを復活させれば、結界を張ることができ、妖魔を弱体化させられると考えたのだ。

 ターニャは、確認するように、問いかけると、マシェルは、戸惑いながらも、うなずいた。


「妖魔達が、弱まれば、ここから、逃げるかもしれません。そしたら、ルチアさんは、戦わなくて済むと思うです。妖魔を殺さなくて済むと思うんです」


「ターニャ様……」


 ターニャは、ルチアが、戦わなくていい方法を考えていたのだ。

 妖魔を殺さずに済むのではないかと。

 ルチアは、涙を浮かべ始める。

 ターニャが、自分の為に、考えていくれていたのだと。

 そして、同時に、自分がどれほど未熟だったかを思い知らされたのだ。


「で、ですから、私に、任せてください!」


 ターニャは、ルチアの手を握る。

 少々、手が震えているのが、ルチアも、わかった。

 それでも、ルチアを安心させたいと思っているのだろう。

 続けて、マシェルも、ルチアとターニャの手に触れた。


「私も、協力するわ。そうしましょう」


「マシェル様……」


 マシェルも、ルチアの力になると宣言する。

 ターニャも、マシェルも、ルチアの事を考えているのだ。

 ルチアが、傷つかなくて済むようにと、少しでも、背負わなくて済むようにと。

 ルチアは、涙を流しそうになった。

 だが、その時であった。

 ルチアが、殺気を感じたのは。


「下がって!!」


 ルチアは、ターニャとマシェルを押しのけ、立ち上がって、すぐさま、回し蹴りを放つ。

 魔技・ブロッサム・アローを発動しながら。

 オーラは、矢となって、向かっていく。

 だが、オーラの矢は、すぐさま、消滅したのだ。

 どうやら、誰かいるようだ。

 ルチアは、警戒し、ターニャとマシェルを下がらせた。


「ラッキー!おびき出してやろうかと思ったけど、もう、いるじゃん」


 先制攻撃を去れたというのに、余裕と言わんばかりの声で、語りかける者がいる。

 その者は、足音を響かせて、ルチア達の元へと迫っていく。

 暗くて、誰が来るのかわからない。

 足音だけが大きくなっていく。

 ターニャは、怯え始め、マシェルは、ターニャの前に立った。

 その者は、月の光で、照らしだされる。

 ルチア達の前に現れたのは、一人ではない。

 なんと、帝国兵と妖魔が、ルチア達の前に現れた。

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