第五十話 守るために、血を浴びる
「なんだと?」
「変身、できない?」
ルチアが、ヴァルキュリアに変身できない事を知り、戸惑うクロウ。
クロスも、状況が把握できないようだ。
これは、最悪の事態だ。
ルチアが、ヴァルキュリアに変身できないという事は、妖魔を倒すことすらできない。
ルチア達は、窮地に追われた。
「野郎ども!!ここは、なんとしても、戦い抜くぞ!!」
「了解しました」
帝国兵や妖魔達が、迫ってくる。
もう、ここは、戦い、生き抜くしかない。
ヴィクトルは、冷静さを取り戻し、フォルス達に告げる。
フォルス達も、覚悟を決め、地面を蹴り、帝国兵と妖魔に向かっていった。
「ルチア……」
クロスは、ルチアを心配する。
ルチアは、ショックを受けているのではないかと、推測したからだ。
ヴァルキュリアに変身できるルチアは、希望だ。
島を救う力を持っていると言っても過言ではない。
つまり、救う力を失ってしまったのだ。
ルチアが、この事実を受け入れられるとは、クロスは、到底思えなかった。
そんな二人へと視線を向けたクロウは、覚悟を決め、剣を握りしめた。
「クロス、ルチアを頼むぞ」
「え?」
ルチアの事をクロスに託したクロウは、地面を蹴る。
ルチアとクロスを守るために。
ヴィクトル達は、帝国兵と妖魔と対峙するが、劣勢を強いられている状態だ。
帝国兵に斬りかかろうとするヴィクトルであったが、妖魔が、帝国兵の前に出て、ヴィクトルに向けて魔技を放つ。
ヴィクトルは、後退し、魔技を回避した。
「やっぱり、妖魔がいると厄介だな」
さすがのヴィクトルも、下を巻く。
妖魔がいると言うだけで、苦戦を強いられているからだ。
それほど、妖魔は厄介な存在であった。
「どうしますか?妖魔を消しますか?」
「ここは、まずいってっ。ここで、消したら、復活しちまうからなっ!!」
「じゃあ、どうすれば……」
フォルスは、ヴィクトルに問いかける。
妖魔を消すしかないと思っているのだろう。
だが、ルゥが、反対した。
もし、ここで、妖魔を消せば、また、復活してしまう。
危険であることに変わりない。
だが、他に方法がなく、ジェイクは、困惑していた。
「どうした?迷っているのか?」
「誰がだよ!!」
帝国兵が、ヴィクトルを挑発する。
ヴィクトルは、その挑発に乗り、帝国兵に斬りかかった。
冷静な判断ができないほど、切羽詰まっているのだろう。
逆に、帝国兵は、冷静だ。
ヴィクトルの剣を弾き飛ばし、ヴィクトルの体勢を崩す。
その隙に、帝国兵は、ルチアとクロスの元へと向かった。
「しまっ!!」
ヴィクトルは、我に返るが、時すでに遅し。
帝国兵を止めようとするが、彼の前に、妖魔が立ち、行く手を阻んでしまう。
クロスは、ルチアを守りながら、他の帝国兵と戦っていたが、帝国兵が、自分達に迫っている事に、気付いていなかった。
気付いた時には、帝国兵は、ルチアを攫おうとしていた。
ルチアは、怯えて、動けなくなる。
帝国兵の魔の手が、ルチアに迫ろうとした。
その時であった。
「がっ!!」
「っ!!」
帝国兵の腹部を剣が貫く。
クロウが、帝国兵を剣で刺したのだ。
ルチアを守るために。
ルチアは、助かったが、未だ、怯えている。
それでも、クロウは、冷酷な表情で、剣を抜き、帝国兵は、血を流して、倒れた。
クロウは、再び、帝国兵を殺してしまったが、後悔はしていなかった。
「ルチアを渡すつもりはない。ルチアを攫うというなら、殺される覚悟で来い」
「面白れぇ、やってやれ!!」
クロウは、帝国兵達に剣を向ける。
ルチアを守るために、殺す事も、厭わないのだ。
そんな彼に対して、帝国兵は、楽しんでいるかのような態度をとり、クロウに襲い掛かった。
だが、クロウが、次々と帝国兵に斬りかかり、彼らを殺した。
ヴィクトル達も、帝国兵に斬りかかる。
クロスも、帝国兵と戦うが、クロウのように、斬る事ができなかった。
帝国兵は、次々と命を落とし、ついに、妖魔だけとなった。
「全員、殺されたのか!?」」
「クロウ、お前……」
妖魔は、驚愕する。
いつの間にか、自分だけになっていた事を。
容赦がなくなったクロウ達を目にして、邪魔する事もできなくなってしまったのだ。
自分も、斬られることを恐れて。
クロウは、妖魔に迫っていく。
まるで、彼を殺そうとしているかのようだ。
クロスは、クロウを心配していた。
また、無理をしてしまわないかと。
「ど、どうするつもりだ?俺を、殺そうって言うのか?いや、お前達は、俺を殺せない。俺を殺せるのは、ヴァルキュリアだけだ!!」
妖魔は、怯えて、後ずさりを始める。
クロウを表情を目にして、殺されると察したのだろう。
だが、クロウでは、自分を殺すことはできないのも、わかっている。
ヴァルキュリアでなければ、自分を殺せない。
そのはずなのだが、どうしても、恐怖を拭い去る事はできなかった。
クロウは、容赦なく、妖魔に迫り、妖魔の右腕を切り落とした。
「あぎゃああああああっ!!」
右腕が切り落とされ、妖魔は、絶叫を上げる。
血が流れ続け、もがき始め妖魔を見たルチアは、絶句してしまった。
元帝国の者とわかっていながら、クロウは、冷酷さを失わないのだから。
「消すつもりはない。ここで、消したら、後で厄介だからな」
クロウは、妖魔を消すつもりはないのだ。
もし、消滅させてしまったら、復活してしまう。
その方が、厄介である事は、クロウも、知っているからだ。
ゆえに、妖魔の四肢を切り落とし、戦闘不能にしようとしていた。
「次は、左か?それとも、足がいいか?」
「ひ、ひいっ!!」
クロウは、今度は、左腕か、足のどちらを狙っている。
容赦しないようだ。
これには、さすがのヴィクトル達でさえも、驚きを隠せない。
クロウが、冷酷さを保っているのは、ルチアの為であろう。
ルチアを守るために。
あえて、汚れ役になったのだ。
妖魔は、怯えた様子を見せ、体が震えあがるのを感じた。
「こ、今回は、退いてやる。だが、後悔させてやるからな!!」
恐怖を感じた妖魔は、逃げるように去っていく。
消滅するよりも、殺されるよりも、地獄になると感じたのだろう。
クロウは、顔色一つ変えずに、古の剣を鞘に納め、ルチアの方へと振り向き、ルチアの元へ歩み寄った。
「ルチア、大丈夫か?」
「う、うん。ごめんなさい……私……なんで……」
クロウは、ルチアを気遣う。
ルチアは、うなずくが、混乱していた。
なぜ、ヴァルキュリアに変身できなくなってしまったのだろうか。
思考を巡らせるが、見当もつかない。
その時であった。
「恐れを抱いているからだ」
「え?」
ルチアの様子を目にしたヴィクトルが、答えを出す。
恐れを抱いているからと。
ルチアは、驚愕し、戸惑っていた。
「妖魔を殺してしまう事を恐れているんだ。だから、変身できない」
「そんな……」
ヴィクトルは、察していたのだ。
妖魔は、元帝国の者、自分達と同じだったのだ。
ゆえに、ルチアは、自分が、妖魔を殺す事で、人殺しになってしまうのではないかと、恐れている。
だからこそ、ヴァルキュリアに変身できなくなってしまったのだ。
ルチアは、愕然とする。
ショックを受けているのだろう。
クロスとクロウも、ルチアになんと声をかけていいかわからず、戸惑っていた。
沈黙が流れ始める。
フォルス達も、ルチアになんと声をかけていいのかわからないのだろう。
「い、一度、家に入りましょう」
「そ、そうね。ここは、危険だわ。ね?ルチア」
「……」
ターニャが、おどおどしながらも、家に入ろうと促す。
外にいれば、再び、帝国兵が、侵入する可能性が高いからであろう。
村に、自分達がいる事は、あの妖魔が、報告するだろうが、今は、体を休める場所を確保しなけばならない。
同時に、身を隠す場所も、必要であり、マシェルも、同意した。
ルチアに語りかけるマシェルであったが、ルチアは、呆然としている。
よほど、ショックだったのだろう。
ターニャとマシェルは、心が痛んだ。
「今は、体を休めるぞ」
ヴィクトルも、体を休めると告げる。
作戦会議を開くつもりはないのだろう。
ルチアの事を気遣っての事だ。
今は、休息が必要なのだと。
ターニャの家に入ったルチアは、ターニャとマシェルに部屋まで案内してもらい、部屋に閉じこもる。
クロスとクロウが、ルチアの元に寄り添うが、ルチアは、話そうとしない。
いや、話す気力さえ、失っているように、二人は、思えてならなかった。
ヴィクトル達も、ルチアの事について、思考を巡らせる。
何か、いい方法はないかと。
だが、ルチアの事を思えば、思うほど、ルチアを戦わせることは、ルチアを傷つけるだけだと、悟り、誰も、何も言えなかった。
時間が経ち、夜になる。
クロスとクロウは、ルチアが、寝静まったのを悟り、眠りにつこうとしていた。
――何も、できなかった……。俺は、クロウみたいに強くなれない……。
ルチアの様子をうかがっていたクロスは、悔やんでいる。
ルチアを守る事すらできなかったことを。
クロウがいなかったら、ルチアは、帝国兵にさらわれてしまっていたかもしれない。
クロウのように、冷静さを保つことさえできず、クロスは、あきらめかけていた。
クロウのように強くなれないと。
――ルチアに、辛い思いをさせてしまったな。俺が、あいつらを殺す度に、ルチアは、傷つく。だが、俺は……。
クロウも、ルチアの事を考えていた。
自分のしたことは、ルチアを傷つけるだけなのだと。
クロウが、帝国兵を殺す度に、ルチアは、怯え、自分も、人殺しなのだと、思い知らされてしまうのではないかと。
だが、それでも、クロウは、ルチアを守るためなら、殺しでさえも、厭わない。
自分の手が汚れてでも、守ろうとしているのだろう。
ルチアは、眠りにつくと、夢を見る。
また、あの悪夢を……。
ルチアは、妖魔になったエマを殺してしまった夢を見ていた。
「ルチア、ありがとう、私は、解放されたわ。貴方が、殺してくれたおかげで」
エマは、光の粒となって消滅しながら、不敵な笑みを浮かべた。
丸で、ルチアを責めているようだ。
「っ!!」
ルチアは、起き上がる。
何度も、肩で、息をし、大量の汗をかいている。
これで、何度目だろうか。
こんな悪夢を見たくない。
だが、罪からは、逃れられない。
ルチアは、クロスとクロウが、目覚めないように、密かに涙を流していた。
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