第四章 決意と風の島

第四十九話 悪夢から抜け出せず

 ウォーティス島を出発したルチア達。

 だが、空気は、重い。

 妖魔の真相を知ってしまったからだろう。

 ルチアは、食事が喉を通らず、ただただ、呆然と、海を眺めていた。

 その日の夜、ルチアは、夢を見る。

 それは、ルチアにとって、悪夢であった。



 ルチアは、妖魔になったエマを殺してしまった夢を見ていたのだ。

 エマは、光の粒となって、消滅しかけている。

 ルチアは、ただただ、泣くばかりであった。


「ルチアちゃん、ありがとう……」


 そんな彼女に対して、エマは、穏やかな表情を浮かべている。

 まるで、救われたかのようだ。

 だが、その直後……。


「私を殺してくれて」


 不気味な笑みで、ルチアを責めた。

 


「っ!!」


 悪夢を見たルチアは、目を覚まし、すぐさま、起き上がる。 

 肩で息を繰り返し、大量の汗をかいている。

 うなされていたのだろう。

 ルチアは、エマの事を思いだし、涙ぐんだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ルチアは、涙を流し、謝罪する。

 エマに対して、そして、殺してしまった妖魔達に対して。



 早朝、ルチアは、甲板へと出た。

 だが、足取りは、重たかった。


「おはよう……」


「おはよう」


 ルチアは、挨拶を交わすが、表情が暗い。

 クロス達は、ルチアへと視線を向けるが、心配しているようだ。

 それでも、ルチアは、無理して笑っていた。

 心情を悟られないようにと。

 強い心を持たなければと、自分に言い聞かせながら。

 だが、ルチアは、目の下にクマができている。

 眠れなかったのだろう。

 そう思うと、クロスとクロウは、申し訳なく思っていた。

 同じ部屋で眠っていたというのに……。


「もう少し、休んでていいんだぞ」


「平気……一人でいる方が、怖いから……」


 クロスは、ルチアを気遣う。

 だが、ルチアは、一人になる方が怖かったのだ。

 自分が犯してしまった罪の重さに耐え切れなくなりそうになる。

 だから、誰か側にいて欲しかったのだ。

 誰でもいいから。

 クロスは、ルチアの頭を優しくなでる。

 恐怖を拭い去るように。

 クロウは、ただ、ルチアを静かに見守っていた。


「ねぇ、次は、どこに行くの?」


「風の島・ウィニ島と言うところらしい。ずっと、風が止まないところらしいんだ。その風こそが、風の大精霊・シルフの象徴なんだって」


 ルチアは、クロスとクロウに尋ねる。

 気になっているのだろう。

 次は、どの島に行くのか。

 今でも、ヴァルキュリアの務めを果たさなければならないと思っている。

 クロスは、優しく、説明した。

 次の島は、風の島なのだ。

 ずっと、風が吹いており、ウィニ島の民にとっては、風は、なくてはならないものらしい。

 なぜなら、風そのものが、風の大精霊・シルフの象徴なのだから。

 ヴィクトルは、舵をとっていると、島が見えてきた。

 あの島こそが、ウィニ島なのだろう。

 もうすぐで、着くようだ。

 その時であった。


「ん?あれは……」


「どうしたんだ?ヴィクトル」


 ヴィクトルが、難しい表情をしている。

 まるで、違和感を覚えたかのようだ。

 クロウは、ヴィクトルの表情を目にし、尋ねた。


「あんな壁、あったか?」


「いえ、ありませんでしたね……」


 ヴィクトルは、ウィニ島の変化に気付いたようだ。

 遠くからでも、わかる。

 島を覆っているあの異様な壁を。

 フォルスも、島の異変に気付いたようで、難しい表情をしている。

 まるで、警戒しているようだ。


「航路を変更するぞ」


「承知いたしました」


 ヴィクトルは、航路を変え始める。

 フォルス達も、異論はないようだ。

 船は、遠回りするかのように、左へと向き、進み始めた。



 しばらくして、ルチア達は、ウィニ島にたどり着く。

 ウィニ村からは遠い場所で船から降りて、壁を見上げた。

 遠くからでもわかる。

 ウィニ島を覆い尽くそうとしているあの異様な壁を。

 ヴィクトル達は、あの壁を見た事がないらしい。

 帝国は、何をしようとしているのだろうか。

 ルチア達は、警戒しながら、ウィニ村へとたどり着いた。

 しかし……。


「どういう事だ?」


「誰も、いない?」


 ルチア達は、呆然と立ち尽くしてしまう。

 なぜなら、村には、誰もいなかったのだ。

 人一人いない。

 全員、家の中に入っているというわけではない。

 気配すら、感じられないのだ。

 オーラを感じないと言った方が近いかもしれない。

 ゆえに、ルチア達は、戸惑っていた。


「なんでだよっ!!なんで、誰もいないんだよっ!!」


「わからない。もしかして、あの壁と関係があるのかな……」


 ルゥも、ジェイクも、困惑しているようだ。

 なぜ、島の民が、いないのか。

 おそらく、あの壁と関係があるのだろう。

 だが、それでも、真相は、不明だ。


「ターニャの家に行こう。もしかしたら、ターニャとマシェルがいるかもしれない」


「誰だ?そいつらは」


「ターニャは、シャーマン候補だ。マシェルは、彼女のパートナーなんだ」


 ヴィクトルは、ターニャの家に向かおうと促す。

 しかし、クロウは、ターニャとマシェルが、誰なのかわからず、問いかけるとヴィクトルが、答えた。

 ターニャは、シャーマン候補らしい。

 そして、マシェルは、ターニャのパートナー精霊のようだ。

 二人が、まだ、村にいるかどうかは不明だ。

 だが、ここは、行ってみないことには、どうにもならないだろう。


「とにかく、急ごうぜっ!!」


 ルゥは、行こうと急かす。

 ルチア達は、うなずき、ターニャの家へと向かった。


「ターニャ、いるかっ?マシェル?」


 ターニャの家にたどり着いたルチア達。

 ルゥは、ドアを何度もたたいて、ターニャとマシェルを呼ぶが、返事がない。

 声も聞こえないのだ。


「駄目だ。誰もいない」


「どこにいったんでしょうか……」


「心配、だね……」


 ターニャとマシェルもいないと悟り落ち込むルゥ。

 フォルスも、不安に駆られているようだ。

 ジェイクも、ターニャ達を心配している。

 嫌な予感がして、胸騒ぎがするルチア。

 ターニャ達がどうか無事であってほしいと祈るばかりであった。

 その時だ。


「も、もしかして、ヴィクトルさん?」


 背後からおどおどした少女の声が聞こえる。

 ルチア達は、振り返ると黒い髪の三つ編みの少女と緑のウェーブの女性が、立っていた。


「ターニャ!!マシェル!!」


「よ、良かった。会えて……」


「ええ、本当に……」


 ヴィクトルが、安堵した様子で、二人の名を呼ぶ。

 彼女達が、ヴィクトル達が探していたターニャとマシェルのようだ。

 黒い髪の三つ編みの少女がターニャであり、緑のウェーブの女性がマシェルであった。

 ターニャとマシェルも、安堵している。

 ヴィクトル達を探していたのだろうか。


「どうした?何があったんだ?」


「そ、それは……みなさん、帝国に連れ去られたんです。は、半年前から」


「何?」


 ヴィクトルは、ターニャとマシェルに尋ねる。

 一体、何があったのだろうか。 

 ターニャは、怯えた様子で説明する。

 なんと、島の民は、皆、帝国の者に、連れ去られたというのだ。

 しかも、半年も前に。

 これには、さすがのヴィクトルも、驚きを隠せなかった。

 半年間、ヴィクトル達は、ウィニ島を何度も訪れていた。

 その時は、島の民は、村にいたのだ。

 ゆえに、ヴィクトル達は、理解に苦しんだ。

 いつ、島の民、全員が、連れ去られてしまったのか。


「なぜだ?」


「要塞を作らせるためよ。ここに誰も入らせないように……。わ、私達は、島の皆さんのおかげで、逃げていましたが……」


 クロウは、ターニャに尋ねる。

 すると、マシェルが、ターニャの代わりに、説明した。

 帝国は、要塞を島の民達に作らせているようだ。

 島の民のことを奴隷扱いしているのだろう。

 城壁を作り始めた理由は、侵入させないためだ。

 そのために、帝国兵は、少しずつ、人や精霊をさらい、奴隷として扱ってきた。

 ターニャとマシェルも、一度は、攫われたが、島の民の協力により、逃げ出せたのだ。 

 核を奪う事も、考えたが、それはできず、ヴィクトル達に助けを求める為、城壁を脱出し、村に潜んでいた。

 ルチアは、怒りを覚える。

 島の民達を奴隷扱いする帝国の者達に対して。

 だが、その時であった。


「へぇ。まだ、村にいやがるとはな」


「誰!?」


 ルチア達の背後から声が聞こえる。

 ルチアは、驚愕し、振り向くと、ルチア達の背後には、複数の帝国兵と妖魔がいた。


「帝国兵、それに……妖魔まで……」


 帝国兵と妖魔を目にしたルチアは、愕然とし、体が震え出す。

 恐怖がルチアを支配しているのだ。

 また、妖魔を殺さなければならないのかという恐怖が。


「あっれぇ?あれは、ヴァルキュリアだったな」


「捕らえなければ」


 妖魔は、ルチアを目にして、察した。

 ルチアが、ヴァルキュリアなのだと。

 帝国兵も、不敵な笑みを浮かべる。

 ルチアを捕らえようとしているようだ。

 クロス達は、古の剣を引き抜き、構えた。


――た、戦わなきゃ……。


 ルチアは、恐怖を無理やり拭い去るように、宝石を握りしめ、目を閉じる。

 ヴァルキュリアに変身するために。

 しかし、ルチアは、ヴァルキュリアに変身できなかった。

 宝石が、輝かなかったのだ。


「え?」


「どうした?ルチア」


 ルチアは、戸惑いを隠せない。

 自分が、ヴァルキュリアに変身できない事に。

 クロス達は、ルチアの異変に気付き、一斉に、ルチアへと視線を向ける。

 ルチアは、何度も、宝石の力を解放しようとするが、宝石は、輝かなかった。


「できない……」


「え?」


「変身、できない!?」


 クロス達に衝撃が走る。

 なんと、ルチアは、ヴァルキュリアに変身することができなくなってしまったのだ。

 これは、ルチア達にとって万事休すであった。

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