第三十九話 疑惑

「本当に、誰もいませんよ」


「だが、浜辺で倒れていたものを、お前が運んだと聞いているぞ」


「そ、それは……」


 帝国兵達は、ルチア達の事を探っているのだろうか。

 エマは、誰も、いないと反論する。

 しかし、ルチア達を運んだ際に、目撃した者がいるようだ。

 それゆえに、帝国兵が、エマに問い詰めていたのだろう。

 不法侵入者がいるのではないかと。

 エマは、それ以上、反論できず、口ごもってしまった。


「エマッ!!」


「待て」


 ルチアは、エマを助けようとする。

 だが、クロウが、ルチアの腕をつかみ、止めたのだ。

 ルチアが、向かえば、帝国兵に気付かれてしまう。

 その事を懸念したのだろう。

 クロスも、様子をうかがっているらしい。

 ルチアも、致し方なしに、様子をうかがうしかなかった。


「だったら、何ですか?浜辺で倒れていた人を助けてはいけないんでしょうか?見殺しにしろと?貴方たちのように」


「貴様!!」


「待て」


 エマは、帝国兵達を煽る。

 助けて何が悪いと言いたいのだろう。

 帝国兵の一人が、エマに殴り掛かろうとするが、もう一人の帝国兵が、止めに入る。

 どういうつもりだろうか。

 帝国兵は、何も、言わず、エマに近寄る。

 エマは、警戒しながらも、逃げようとはしなかった。


「……もし、その者が、あのヴァルキュリアであったら、どうなるかわかっているな?」


「さあ、私は、知りませんから。あの子達が、何者なのか」


 帝国兵は、警告する。

 もし、助けた者が、ヴァルキュリアであったなら、エマは、罰を受けることになるのだろう。

 だが、エマは、ルチアが、ヴァルキュリアである事は知らない。

 だからこそ、知らないと告げたのだ。

 決して、はぐらかすことなく。


「あの子達が、元気になったら、ここから追いだしますよ。それで、いいでしょう?」


「……ヴァルキュリアで、なかったならな」


 エマは、ルチア達の事は、追いだすと告げる。

 これ以上、怪しまれないようにするためであろう。

 もちろん、本気で、追いだすつもりはない。

 かくまうつもりだ。

 たとえ、ルチア達が、何者であっても。

 帝国兵は、ヴァルキュリアでないならば、好きにしろと告げる。

 彼らは、一旦、退き上げた。

 おそらく、再び、エマの元を訪れるつもりだろう。

 ルチア達の正体を暴くために。

 エマは、深呼吸をし、心を落ち着かせる。

 ルチア達は、周囲にばれない様に、そっと、エマの元へと歩み寄った。


「エマ……」


「聞いてたのね」


「うん。その……」


 ルチアは、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 正体を明かせない上に、迷惑をかけてしまったのだ。

 エマに何と言えばいいのか、ルチアは、言葉が見つからなかった。

 しかし、エマは、ルチアの肩に優しく触れた。


「大丈夫よ。心配しないで」


「ありがとう……ごめんね」


「謝らなくていいの」


 エマは、ルチア達の事を咎めるつもりはないようだ。

 ルチアは、感謝の言葉を述べ、同時に、謝罪する。

 それでも、エマは、ルチアを責めなかった。

 後悔していないのだろう。

 ルチア達を助け、かくまった事を。


「にしても、帝国の奴ら、無茶苦茶だな」


「ああ。やりたい放題だ」


 クロスとクロウは、怒りを露わにしているようだ。

 帝国は、好き勝手にやっている。

 相手が、女であっても。

 ゆえに、許せなかった。


「本当にね。誰か、ウンディーネ様を復活させてくれればいいんだけど……」


「そ、そうだね……」


 エマも、この生活に耐えられないのだろう。

 だからこそ、ウンディーネを誰かが復活させてくれればと願っている。

 もちろん、ルチア達は、そのつもりで、ここを訪れている。

 と言いたいところではあるが、真実を告げられず、ただただ、動揺しながら、うなずくばかりであった。

 その時だ。


「ヴィクトル、こっちだよ!!」


「早く」


「わかってるって」


 後ろから、少年と青年の声が聞こえる。

 しかも、ヴィクトルの声もだ。

 ルチア達は、振り返ると、なんと、ヴィクトル、フォルス、ルゥ、ジェイクが、黒髪の少年と青髪の青年を連れて、ルチア達の元へと駆け寄った。


「ヴィクトルさん!!」


「おお、やはり、ここに来ていたのか」


「あ、うん」


「無事でよかった」


 ルチアは、ヴィクトル達と合流する。

 ヴィクトル達は、安堵した様子を見せていた。

 心配していたのだろう。

 だが、ルチア達は、この村にいると予想していたらしい。


「よく見つけたな」


「フィスとカトラスのおかげだ。お前達を運んだ奴がいるってな」


 クロウは、気になっているようだ。

 どうやって、自分達を見つけたのか。

 ヴィクトル曰く、フィスとカトラスが教えてくれたという。

 ルチア達が、エマの家へ運ばれたのは、村中の誰もが知っている。

 フィスとカトラスもだ。

 だからこそ、ヴィクトルに教えたのだろう。

 彼らと共に駆け付けた少年と青年が、フィスとカトラスのようだ。


「やぁ、僕は、フィス。シャーマン候補だよ」


「私は、カトラス。フィスのパートナーだ」


「よろしくお願いします」


 茶髪の少年・フィスが、自己紹介をする。

 彼は、シャーマン候補だというのだ。

 隣の青い髪の青年・カトラスも、自己紹介をする。

 彼のパートナーらしい。

 ルチアは、頭を下げた。


「頼んだよ。僕の母さんの仇を討ってほしいんだ」


「私からも、頼む」


「はい。わかりました。お任せください」


 やはり、フィスの母親がシャーマンだったようだ。

 ゆえに、彼も、ウンディーネの事を知っており、彼女と契約ができるため、シャーマン候補となったのだろう。

 カトラスも、懇願する。

 フィスや島の民の為にも、救いたいと。

 当然、ルチアも、そのつもりだ。

 ルチアは、必ず、救うと誓った。


「しかし、よくご無事でしたね」


「エマが、助けてくれたんです」


「エマ?」


 フォルスは、気になった事があったようだ。

 波が静まったとはいえ、無事に、この島にたどり着けたことが、気になったのだろう。

 ルチアは、説明する。

 エマが助けた事を。

 ヴィクトル達は、首を傾げるが、エマが、一歩前に出た。


「は、初めまして。エマです」


「……」


 エマは、頭を下げる。

 少々、緊張しているようだ。

 ヴィクトル達の事を知っているのかもしれない。

 彼らは、英雄だから。

 ヴィクトル達は、少し、黙っていた。

 何があったのだろうか。

 ルチア達は、不思議に思ったが、ヴィクトルは、すぐさま、笑みをエマに見せた。


「助けてくれて、どうもありがとう。助かったよ」


「あ、い、いえ」


 ヴィクトルは、エマに感謝する。

 エマのおかげで、ルチア達は、助かったからだろう。

 エマは、まだ、少々、緊張しているようだが、笑みを見せていた。

 なごんでいるようだ。


「そう言えば、君に聞きたいことがあるんだが」


「なんでしょうか?」


「誘拐事件の事は、知ってるかな?」


「え?」


 突如、ヴィクトルは、妙な事を聞く。

 エマは、驚愕し、動揺していた。


「ヴィクトルさん達も、誘拐事件の事、知ってたんだね」


「そう、僕が、教えたんだ。最近、この村で、起きてるんだよ。何が起こってるかは、わからないけど」


 ルチアは、ヴィクトル達も、知っていた事を驚くと、フィスが、教えてくれた。

 フィスが、ヴィクトルに話したのだろう。

 真相は、不明で、ヴィクトル達に、事件を解決してほしいと、頼んでいたようだ。


「そう言えば、さっき……」


「ああ、村の奴らが、言っていたな」


 クロスとクロウは、島の民に聞いたことを思いだす。

 確かに、最近、人や精霊が、さらわれたらしい。

 二人は、帝国の仕業だと踏んでいるが。


「さ、さあ、私は、わかりませんので」


「そう。すまないね。変な事を聞いて」


「いえ」


 エマは、戸惑いながらも、知らないと答える。

 ヴィクトルは、謝罪するが、エマは、責めるつもりなどない。 

 だが、どこか、様子がおかしい。

 ルチアは、気付いていないようだが、ヴィクトルは、気付いていた。


「ルチア、フィスとカトラスの家に行く。そこで、今後の事を話そう」


「え?でも……」


 ヴィクトルは、ルチア達をフィスとカトラスの家に案内してくれるようだ。

 おそらく、そこを拠点とし、作戦を練るつもりなのだろう。

 だが、ルチアは、エマの事が気がかりだ。

 これ以上、エマの所にいれば、エマにも、迷惑がかかってしまう事は、わかっている。

 それでも、ルチアは、エマを一人にしておけず、心配そうにエマの方を見た。


「私の事は、気にしないで。また、遊びに来てね」


「うん。ありがとう、エマ」


 エマは、ルチアを気遣い、大丈夫だと答える。

 彼女も、少し、寂しさを感じているのだろう。

 まだ、会ったばかりの彼女の事を。

 ルチアは、また、エマと会うことを誓った。

 この戦いが、終わった後に……。



 ルチア達は、フィスとカトラスの家に入り、作戦会議を行った。

 誘拐事件の事が気がかりであったルチア達は、情報を集めるが、いつも、夜に連れ去られてしまうらしい。 

 家の中にいても、連れ去られてしまうという。

 誰なのかは不明。

 犯人は、帝国兵であることは間違いない。

 だが、救出することもできず、島の民は、不安に駆られているらしい。

 今度は、自分が、連れ去られてしまうのではないかと。

 ルチア達は、明日、帝国兵達がいる洞窟へと突入することを決意した。

 そこには、ウンディーネの核もある。

 ウンディーネの象徴とも言える水の洞窟は、帝国兵にとっても、好都合の場所だ。

 水の洞窟の中は、湖があり、岩場がいくつもある。

 海ともつながっているため、自然災害を起こす事も、侵入者を殺す事も可能だ。

 他にも、何か理由がありそうだが、ルチア達は、まだ、見当もついていない。

 明日、突入するしかなかった。

 時間が経ち、夜になる。

 ルチア、クロス、クロウは、部屋を借りて、眠りについている。

 だが、ヴィクトルとフォルスは、部屋で、対策を練っていた。


「はぁ……」


「どうされました?船長」


 ヴィクトルが、ため息をつく。

 何か、悩んでいる事があるようだ。

 フォルスは、すぐさま、ヴィクトルの心情に気付いた。


「いや、少し、考え事をな」


「エマと言う子の事ですか?」


「そうだ。わかるんだな」


「もちろん、当たり前じゃないですか」


 ヴィクトルが、何を考えているのか、フォルスには、わかるようだ。

 さすが、ヴィクトルの右腕と言ったところであろう。

 しかし、なぜ、エマの事を考えていたのだろうか。


「何か、違和感を覚える」


「私も、そう思っております」


 ヴィクトル達は、エマを疑っているようだ。

 何かを隠していると。

 おそらく、誘拐事件と関わりがあるのだろう。

 エマは、誘拐事件の事を尋ねると、動揺していた。

 わずかではあったが。

 ヴィクトルは、それを一目で見抜いたようだ。

 ヴィクトルは、突如、立ち上がった。


「どちらへ?」


「調査してくる。この事は、ルチア達には、言うなよ」


「もちろん、ですよ。それより、お気をつけて」


「わかってるさ。じゃあな」


 ヴィクトルは、調査の為、家から出るらしい。

 エマの事を調べるためであろう。

 今は、非常に危険だ。

 さらわれる可能性もある。

 だが、フォルスは、止めようとしない。

 ヴィクトルが、さらわれるなど、あるわけがないと推測しているのだろう。

 ヴィクトルは、エマを疑っている事は、ルチア達には、言うなと、フォルスに忠告する。

 もちろん、フォルスも、言うつもりはない。

 まだ、確証がないからだ。

 ヴィクトルは、別れを告げ、そのまま、背を向けて、家から出た。

 


 ヴィクトルは、足音を立てずに、エマの家に向かう。

 エマの家は、灯がついている。

 家にいるようだ

 ヴィクトルは、あたりを見回すが、気配を感じない。

 エマは、事件にかかわっていないのだろうか。

 ヴィクトルは、思考を巡らせるが、まだ、確証は得ていない。

 ゆえに、周辺を探る事にして、エマの家から遠ざかろうとした。

 しかし……。


「っ!!」


 ヴィクトルは、背後から、手刀で首を殴られ、気絶してしまった。

 なんと、彼を気絶させたのは、帝国兵らしき人物であった。

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