第二十一話 逃げ延びた者達の心情

 ルーニ島が、邪悪なオーラの結界に覆われ、制圧されてから、一夜が明けた。

 海賊船・エレメンタル号は、島から遠ざかっていく。

 妖魔が、追いかけてきてはいない。

 だが、いつ、襲われるかもしれない状況だ。

 ヴィクトル曰く、自分達で、追い返せるとのことだが。

 クロウは、甲板に立ち、ルーニ島の方を見ている。

 朝日が、差し込んでいるというのに、ルーニ島は、今も、暗くて見えない。

 まるで、その島だけ、朝が来ていないかのようだ。

 クロスは、クロウの元へと歩み寄った。


「クロウ、大丈夫か?」


「ああ……」


 クロスは、クロウに問いかける。

 彼の身を案じて。

 ルチアの事で、責めているのではないかと、推測したのだろう。

 クロウは、うなずくが、いつもとは違う。

 クロスは、そう感じていた。


「ルチアは?」


「……」


「そうか……」


 ルチアの様子を尋ねるクロウ。

 だが、クロスは、答えられず、黙ったままだ。

 クロスは、クロウの元に来る前に、ルチアの元を訪れた。

 ルチアは、目が赤く腫れており、クマができている。

 一睡も眠れていなかったようだ。

 やはり、立ち直れていないのだろう。

 クロウは、クロスが言わなくても、悟ってしまった。


「見に行ってやらないのか?」


「俺は、行かないほうがいいだろう」


 クロスは、クロウに問いかける。

 ルチアの様子を見に行かないのかと。

 クロウは、行かないほうがいいと思っているようだ。

 自分が、強引にルチアを連れて、逃げた。

 ルチアは、島に残ろうと、最後まで、戦おうとしていたのに。

 クロスは、それ以上、何も言えなかった。


「クロス」


「ん?」


「俺は、間違ったことしたと思うか?」


 今度は、クロウが、クロスに問いかける。

 苦悩しているのだ。

 もしかしたら、自分のしたことは、間違ったのではないかと。

 自分を責めていたのだろう。


「……俺は、クロウが正しかったって思う。あのまま、残ってたら、ルチアは、妖魔に殺されてたかもしれない」


「クロス……」


 クロスは、自分なりの答えをクロウに伝える。

 もし、島に残っていたら、自分達は、殺されていたかもしれない。

 ルチアも。

 そうなれば、島は、いずれ滅んでしまうだろう。

 だが、ルチアは、今、生き延びた。

 これは、まだ、島を救うチャンスではないかと、クロスは、思っているようだ。


「俺、ルチアともう一度、話してみるよ。だから、お前も、話した方がいいぞ。ルチアは、クロウの事、責めてないと思うから……」


 クロスは、クロウに、ルチアと話すよう勧め、背を向けて去っていった。

 クロウの事を励ましながら。


「……」


 クロウは、顔を下に向け、目を閉じた。

 まだ、迷いがあるのだろう。

 ルチアの為とはいえ、自分は、ルチアを傷つけたのだから。

 だから、会す顔がないと。

 クロウは、その場から、動くことができなかった。



 ルチアは、部屋で一人、落ち込んでいる。

 膝を抱えながら。


「なんで……私、この力を手に入れても……」


 ルチアは、自分を責めていたのだ。

 ヴァルキュリアの力を手に入れたというのに、誰も、助けられなかった。

 それどころか、皆を見捨てて、逃げてしまった。

 島の民のことを思うと、ルチアは、涙が、あふれ出てくる。

 自分では、止められないほどに。

 だが、その時だ。

 ノックの音が聞こえてきたのは。


「ルチア?入るよ」


 ノックをしたのは、クロスのようだ。

 クロスは、声をかけ、部屋に入った。


「クロス……」


 ルチアは、顔を上げる。

 クロスは、朝食を持ってきてくれた。

 ジェイクが、ルチアの為に作ってくれたのだ。

 クロスは、しゃがみ、ルチアの前に、朝食を差し出した。


「これ、食べたほうがいい」


「……今は」


 クロスは、ルチアに、朝食を食べるように、促すが、ルチアは、断る。

 今は、食べる気力すらないのだ。

 それほど、落ち込んでいたのであった。


「クロウの事、怒ってる?」


「え?」


 クロスは、ルチアに尋ねる。

 もしかして、クロウの事を許せないのではないかと。

 ルチアは、一度、驚くが、すぐさま、うつむいた。


「わからない……。わからないの……。クロウは、私を助けてくれた。でも……でも……」


「ルチア……」


 ルチアは、わからないのだ。

 クロウの事を怒っているのか。

 本当に、許せないのか。

 ルチアが、生き延びれたのは、クロウのおかげだ。

 だが、他にも、可能性があったのではないかと思うと、涙が止まらない。

 クロスは、ルチアをただ、優しく抱きしめた。



 フォルスは、舵を取り、船を進ませている。

 ヴィクトルは、じっと、外を眺めていた。

 何も言わず、ただ、黙っているだけであった。

 側にいるルゥも、ジェイクも。


「船長、もう、そろそろ、着きますけど」


「そうだな」


「で、どうするおつもりですか?」


「ルチアの事か?」


「ええ」


 船は、もうすぐ、島に到着する予定だ。

 ヴィクトルも、わかっている。

 だからこそ、どうにかしなければならない。

 ルチアの事を。

 ルチアの気持ちは、十分にわかっている。

 だが、ルチアは、ヴィクトル達にとって、戦力だ。

 ゆえに、ルチアには、立ち直ってもらわなければならない。

 酷なことではある事は、わかっているが。


「どうするって、あの状態じゃあ、僕達もどうすることもできないでしょ」


「本人の心、次第だからね」


 ルゥも、ジェイクも、そう簡単に立ち直れるとは、思っていないようだ。

 それほど、ルチアは、落ち込んでいる。

 ルチア自身で、立ち直らなければならない。

 だからこそ、ヴィクトル達も、悩んでいた。

 しかし、ヴィクトルが、歩き始める。

 前へ、前へと。


「どこ行くんだよ、船長」


「ルチアの所だ。あと、頼んだぜ」


 ルゥは、ヴィクトルに尋ねる。

 ヴィクトルは、ルチアのところに行くらしい。

 決意を固めたようだ。

 これは、ルチアの為でもある。

 ルチアは、生きていかなければならない。

 これから、ルチアには、残酷な現実が、待っているかもしれないのだから。



 ヴィクトルは、ルチアがいる部屋へと向かう。

 その時であった。

 クロウが、部屋の前に建っていたのは。


――ん?クロウ?


 ヴィクトルは、気付かれないように立ち止まり、様子をうかがう。

 たが、クロウは、ただ、立ち止まっているばかりだ。

 動こうとしない。


「……」


 クロウは、うつむく。

 迷っているのだろう。

 ルチアと向き合って、話し合うべきなのか。

 恐れているのかもしれない。

 ルチアが、拒絶するかもしれないと思うと。

 クロウは、あきらめたような表情で、部屋から遠ざかろうとした。

 ヴィクトルは、クロウを止めようと、歩き始める。

 だが、その時であった。

 扉が、開いたのは。

 クロスが、扉を開けたようだ。


「クロス……」


「クロウ……」


 クロウは、振り向く。

 だが、二人とも黙ったままだ。

 その場の空気に耐えられなかったのか、クロウは、逃げるように去ろうとしていた。


「待って」


 クロスは、クロウの腕をつかむ。

 クロウを引き留めるように。


「ちゃんと、話した方がいい」


 クロスは、クロウを説得する。

 クロウは、逃げていると悟ったからだ。

 このままでは、クロウは、逃げてばかりで、ルチアと向き合おうとしない。

 そして、ルチアも、立ち直ろうとしない。

 これでは、誰も、前に進めない。

 クロスは、そう思ったからこそ、説得した。

 クロウは、黙ったまま、振り返り、部屋の前に立ち、ドアを開けた。


「ルチア……」


「……」


 クロウは、ルチアの名を呼ぶ。

 だが、ルチアは、呆然とクロウを見上げたままだ。 

 何も、話そうとしない。

 やはり、許してもらえないかもしれない。

 だが、ここで、逃げるわけにはいかない。

 クロウは、意を決して、ルチアの元へ歩み寄り、片膝をついた。


「すまなかった。ああするしかなかったんだ。お前を、守るために……。俺の事、許せないか?」


「わからない。でも、クロウが、悪いとも思えない……」


 クロウは、ルチアに謝罪した。

 自分のせいだと告げて。

 許せないかと尋ねるクロウ。

 だが、ルチアは、自分が、今、どう思っているのか、不明だと告げた。

 と言っても、クロウが、悪いわけではないと知っているからこそ、苦悩しているようだ。

 クロウは、悪くない。

 だが、島の民を助けだす可能性が、あったのではないかと思うと、今、どういう気持ちなのか、理解できなかったのだ。 

 ルチアは、少し、黙る。

 すると、ルチアは、涙を流し始めた。


「違う、悪いのは、私……。私なんだよ……。私が、弱かったから……」


「ルチア……」


 ルチアは、本音を打ち明ける。

 自分のせいだと、責めていたのだ。

 ヴァルキュリアの力を得たというのに、誰も助けられなかった。

 クロウは、悪くない。

 自分が、悪いのだと。

 クロウは、ルチアを抱きしめようとするが、ためらってしまう。 

 自分に、ルチアを慰める資格はないと、苦悩して。


「ごめんね。ごめん、私のせいで……」


 ルチアは、謝罪する。

 それは、クロウに対して、そして、守れなかった島の皆に対して。

 クロスも、クロウも、なんと、声をかけていいか、わからず、黙ってしまった。

 その時であった。


「誰も、ルチアが悪いとは思ってないぞ」


「ヴィクトルさん」


 ヴィクトルが、ルチアに声をかける。

 それも、部屋の前まで来て。

 ルチア達は、ヴィクトルが、近くにいたとは、気付いておらず、驚愕し、一斉に、ヴィクトルの方へと視線を向けた。

 特に、クロスは、驚きを隠せないようだ。


「ルチア、なぜ、フォウが、お前達を逃がしたと思う?」


「足手まといだから?」


 ヴィクトルは、ルチアに問いかける。

 なぜ、フォウが、ルチアを逃がしたのか。

 ルチアは、自分が、未熟で、足手まといだからと思っているらしい。 

 そんなルチアの答えをヴィクトルは、否定するかのように首を横に振った。


「違うぞ、希望だから、だ」


「希望?」


 ヴィクトルは、答えをルチアに告げる。

 ルチアは、島の民、皆の希望だと告げて。

 だが、ルチアは、その意味が、理解できなかった。

 なぜ、自分が、皆の希望なのか。


「あの島は、確かに、妖魔達に、いや、帝国に占領された。だがな、救える方法はあるんだ。お前にしかできない。だから、逃がしたんだ」


「じゃあ、どうすれば、救えるの?」


 ヴィクトル曰く、島は、帝国に占領されたが、ルチアの力で、救うことができるらしい。

 一体、どういう方法で、救えるというのだろうか。

 ルチアは、藁にも縋る思いで、ヴィクトルに尋ねた。


「簡単な事さ」


「え?」


「あの結界をぶち破ればいい」


 ヴィクトルは、ルチアに、教える。

 島を救う方法は、あの邪悪なオーラで覆われてしまった結界を破壊すればいいというのだ。

 だが、曖昧で具体的な答えではない。

 ルチアは、あっけにとられて、目を瞬きさせていた。


「それ、答えになってないぞ」


「そうか?まぁ、アバウトだったかもしれないが、それでも、やれることはある」


「本当に?」


「ああ、俺達の島に着いたら、詳しく聞かせてやる。だから、今は、これでも、食べてろ」


「うん」


 クロウが、呆れた様子で、突っ込むが、ヴィクトルは、気にも留めていない。

 島に着いたら、詳しく話してくれるようだ。

 そのためには、ルチアは、立ち直らなければならない。

 ヴィクトルは、少しでも、心が落ち着けるようにと、先ほど、クロスが、差し出した、朝食をルチアに前に出した。

 ルチアは、うなずき、朝食を口にする。

 すると、ルチアは、ぽろぽろと涙を流し始めた。


「美味しい……。美味しいよ……」


「そりゃあ、良かったぜ。ジェイクも、喜ぶ」


 ルチアは、泣きながら、朝食をほおばった。

 クロス達の温かさが伝わり、同時に、悔しさが、こみ上げてきたのだろう。

 それでも、ルチアは、自分の力で前に進もうとしている。

 そう思うと、クロス達は、安堵し、微笑んでいた。


――皆、ごめんね。絶対に、助けるからね……。


 ルチアは、島の皆に謝罪しながらも、決意を固めた。

 必ず、皆を助けると。

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