第十八話 空中帝国

「どういう事?」


「帝国の奴らが、妖魔を使役して、襲わせてるんだよ」


「どうして?」


「さあな」


 ルチアには、理解できなかった。

 帝国と言う事は、人間や精霊、そして、精霊人が、妖魔を使役しているという事なのだろうか。

 しかも、エデニア諸島の他に、島がある事は、知っていたが、帝国の話は、一切聞いていない。

 フォウの様子からして、話していないのだろう。

 ルチア達には。

 しかし、なぜ、妖魔を使役できるのか、何の目的なのかは、ヴィクトル達でさえも、不明のようだ。


「しかも、乗り込もうとしても、不可能なんですよ。まったく、困ったことをしてくれますね」


「なぜだ?」


 フォルス曰く、帝国に乗り込もうとしたことがあったらしい。

 帝国が、どういう国なのかは、不明だが、乗り込もうとするとは、やはり、海賊は、大胆かつ恐ろしいと思うほどだ。

 危険を顧みずに、敵地に乗り込もうとするのだから。

 しかし、乗り込むことは、不可能と言うのは、一体どういう意味なのだろうか。 

 クロウは、見当もつかないらしく、尋ねた。


「それも知らないのかよ。帝国は、宙に浮かんでるからだ。これ、基本だからなっ」


「は?」


 ルゥが、呆れた様子で、生意気そうに説明する。

 なんと、帝国が宙に浮いているからだというのだ。

 しかも、基本らしい。

 何を言っているのか、さっぱりだ。

 クロスは、口を大きく開け、あっけにとられていた。


「神の力で、地盤を宙に浮かせてるんだとさ。厄介、厄介」


「だから、その帝国は、空中帝国と呼ばれてるんだ」


 ジェイクが、続けて説明する。

 帝国は、地盤を神の力で、宙に浮かせているらしい。

 ゆえに、帝国自体が、空を飛んでいるという事であろう。

 移動できるかどうかは、定かではないが。

 確かに、宙に浮いているなら、飛べない限り、侵入は不可能であろう。

 ヴィクトル達は、その帝国の事を空中帝国と呼んでいるらしい。


――空中、帝国……。


 「空中帝国」と言う名を耳にしたルチアは、静かに、反応する。

 クロス達に、悟られないように。

 まるで、どこかで、聞いたかのようだ。

 自分と深い関わりがあるようにも思える。

 だが、それ以上の事は、思い出せなかった。


「しかも、神の力で、今は、空中帝国は見えなくなってるしな。乗り込むことすら不可能ってわけだ。それに、帝国の奴らは、ここに妖魔を送り込むだけでなく、帝国の橋を落下させやがった。幸い、海に落下したらしいから、被害はなかったんだがな」


「じゃ、じゃあ、どうするの?」


 ヴィクトルが、説明する。

 その空中帝国は、神の力で、見えなくなっているため、帝国がどこに浮かんでいるのかまでは、推測できないのだ。

 しかも、空中帝国は、妖魔をエデニア諸島に、送り込むだけでなく、空中帝国に設置されている帝国の柱を海中に落としたというのだ。

 幸い、島に落下したわけではないため、被害はなかったらしいが。

 それにしても、帝国のやり方は、実に卑劣と言ったところであろう。

 このままでは、エデニア諸島が、滅んでしまう。

 だが、乗り込むことが、不可能ならば、どうすることもできない。

 ルチアは、どうすればいいのかも、不明で、不安に駆られた様子で、ヴィクトルに尋ねた。


「まぁ、その事なんだが……」


 ヴィクトルは、どうやって、帝国を食い止めるかは、対策をとっているらしい。

 説明しようとするが、フォウが、ヴィクトルへと視線を向け、首を横に振る。

 今は、その話をするべきではないと言いたいのであろう。

 ヴィクトルも、悟ったらしく、静かにうなずいた。


「まっ。それは、祭が、終わってからにしようぜ」


「う、うん」


 ヴィクトルは、説明を中断し、祭が、終わってから、説明すると話した。

 それ以上は、話してはならぬとフォウは、言いたいのであろう。

 ルチアは、宿命を背負っているのだから。

 彼女は、聞きたいとは、思っていたが、フォウの気持ちを汲み取り、それ以上、尋ねる事は、なかった。


「てなわけで、祭を楽しもうぜ!」


「うん。そうだね」


 ヴィクトルは、祭を楽しみにしているらしい。

 警備をしなければならない事は、知ってはいるが、どちらかと、言うと、祭に参加したいようだ。

 もちろん、フォルス達は、呆れてはいるが、ヴィクトルの気持ちも理解している。

 ルチアも、うなずき、今は、祭を楽しもうと考えていた。

 それも、ヴァルキュリアとしての務めなのだろうと悟って。

 だが、その時であった。


「なぁ、ルチア」


「ん?どうしたの?ルゥ」


「アレクシアは、いないのかよっ」


 ルゥは、ルチアに、尋ねる。

 アレクシアがいない事が、気になっていたようだ。

 アレクシアは、ルゥも、認める天才研究者。 

 ゆえに、島では、重要な存在といっても過言ではない。

 そんな彼女が、ここにいないのは、なぜなのか。

 ルゥは、見当もつかないようだ。


「アレクシアさんは、遺跡に行ってるよ。遺跡のこと調べてる」


「マジかよっ。オレも、後でいこっ」


「待て、ルゥ。お前は、やることがあるだろ」


「ちぇ」


 ルチアは、説明する。 

 アレクシアは、遺跡にいるようだ。

 実は、アレクシアも来るようにと告げていたのだが、アレクシアは、どうしても、調べたいことがあるので、自分抜きで、話を進めてほしいと頼んだらしい。

 こんな時にまで、遺跡の調査をしているとは、さすが、マイペースであり、変人と言ったところであろうか。

 だが、ルゥは、羨ましく思っているようで、自分も、後で、遺跡に向かおうと決意した。

 ヴィクトルに止められてしまったが。

 ヴィクトル達は、巡回をする予定だ。

 ルゥも、海賊として、巡回しなければならない。

 祭が終わるまでは、お預けと言ったところなのだろう。

 ルゥは、理解はしているものの、少し、ふてくされた。


「祭が、終わったら、好きにしていいぜ」


「船長、何をのんきな事をおっしゃってるんですか」


「そうそう、僕達は、戻らないといけないんじゃなかったか?だよな?だよな?」


「少しくらいいいさ。せっかく、来たんだし。な」


 ヴィクトルは、ルゥを見かねたのか、祭が終わったら、遺跡を調べてもいいと、許可する。

 フォルスとジェイクは、呆れた様子で、ヴィクトルに問いかけた。

 海賊が、いつまでも、不在のままにしておくわけにはいかないらしい。

 それほど、ヴィクトル達は、信頼されているという事なのだろう。

 だが、ヴィクトルは、少しくらい、ルーニ島に残ってもいいのではないかと思っているらしい。

 ルゥは、喜んでいるが、フォルスとジェイクは、ため息をついた。

 彼らの様子を見ていたルチアは、微笑む。

 ヴィクトル達がいてくれる。

 これで、安心して、祭を開催できるであろうと。



 その頃、アレクシアは、遺跡の地下にいた。

 地下には、魔方陣が施されている。

 それも、強い輝きを放って。

 これは、なんの魔法陣なのだろうか。

 アレクシアは、知っているようで、魔方陣をじっと見つめていた。


「状態は、良いみたいだね」


 魔方陣を見つめていたアレクシアは、微笑んでいた。

 まるで、何かを待ちわびているかのようだ。



 時間が経ち、夜になる。

 ルチア、クロス、クロウは、浜辺で海を眺めていた。

 明日の祭の事を考えながら。


「いよいよ、明日か」


「クロス、緊張してる?」


「ちょっと、な。クロウは?」


 ルチアは、からかいながらも、クロスに聞いてみる。

 緊張しているのではないかと。

 ルチアの読み通り、クロスは、緊張しているようだ。

 明日は、いよいよ、祭が開催される。

 ルチア達は、大役を務めることになったのだ。

 緊張しないわけがないだろう。

 だが、クロウは、どうだろうか。 

 彼は、常に冷静だ。

 ゆえに、クロスは、クロウに問いかけた。


「緊張していない……」


「やっぱり、お前は、すごいな。うらやましいよ」


「そうでもないと思うが……」


 クロウは、緊張していないようだ。

 さすがと言ったところであろう。

 クロスは、そんなクロウが、羨ましかった。

 同じ顔だというのに、性格は正反対。

 クロウの冷静さに、クロスは、よく、救われていた。

 だが、クロウは、否定する。

 まるで、本音を隠しているかのように。

 クロスは、その事には、気付かなかった。


「ルチアは、どうなんだ?」


「うん。ちょっと、緊張してる。でも、皆が、いてくれるから。大丈夫かな。もちろん、二人も、いてくれるし」


「そっか」

 

 クロスは、ルチアに聞いてみる。 

 ルチアも、緊張しているようだ。

 だが、島の皆やクロスとクロウが、いてくれる。

 だからこそ、心配ないと思っているのだろう。

 それを聞いたクロスは、嬉しそうに微笑んでいた。


「祭、成功すると、いいな」


「うん」


 クロウは、微笑みながらも、呟く。

 彼も、願っているのだ。

 祭が、成功するのを。

 ルチアも、微笑み、うなずいた。

 しかし……。


――ルチア……。


――え?


 どこからか、声が聞こえる。

 だが、聞いたことがない声だ。

 その声は、女性の声のようだ。

 聞いたことがある気がする。

 だが、ルチアは、思い出せなかった。

 思いだそうとすると頭痛が、起こった。

 そして……。


「っ!!」


「ルチア!!」


 ルチアは、急に、眩暈が起こり、ふらつく。

 クロスとクロウは、とっさに、ルチアを支えた。

 その時だ。

 ルチアは、ある光景を思い浮かべたのは。

 それは、ヴァルキュリアの姿をした五人の少女達が、ルチアを取り囲んで話している場面だ。

 ルチアは、荒い息を繰り返し、呆然としていた。


――あれ?今の……何?あの子達も、ヴァルキュリア?


 ルチアは、思考を巡らせる。

 彼女達は、いったい誰なのだろうか。

 だが、全く、思いだせなかった。


「大丈夫か?」


「う、うん。ごめんね」


 クロスは、ルチアに声をかける。

 ルチアは、うなずき、起き上がった。

 声が聞こえた事、眩暈がした事、ある光景が思い浮かべた事は、伏せて。


「絶対、成功させようね」


 ルチアは、二人を心配させまいと、笑顔を浮かべる。

 心配していた二人は、戸惑いながらも、うなずいた。

 何も、起こらなければと、願いながら。



 次の日の朝、祭は、行われた。

 ルチアは、祭の時に使用されるヴァルキュリアの衣装、クロスとクロウは、祭の時に使用される剣を手にして、ルクメア村、フーレ村、ラクラ村へと向かう。

 各村の民達は、踊りや歌を披露する。

 ヴァルキュリアと騎士を歓迎するかのように。

 全ての村の舞と歌を見終えたルチア達は、フォウ、アストラル、ニーチェ、サナカ、リリィ、ノーラ、ランディと共に、遺跡に向かった。


「では、これより、儀式を行う。ヴァルキュリア、騎士よ。前へ」


「はい」


 フォウは、遺跡にて、儀式を行うと宣言し、ルチアとクロスとクロウは、前に出た。

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