第九話 華のヴァルキュリア

――お願い!目覚めて!


――誰?誰なの?誰の声が……。


 声が聞こえる。

 だが、誰の声かは、ルチアには、わからない。

 この島いる者ではなさそうだ。

 ルチアは、体を起こそうとするが、力が入らない。

 その間にも、妖魔は、ルチアの元へと迫った。

 アレクシアは、体を起こそうとするが、一撃が重かったのか、体が重く感じ、起き上がれなかった。


「さて、止めを刺してやろうか」


 妖魔は、掌にオーラを集中させる。

 また、魔法を発動しようとしているようだ。

 ルチアの息の根を止めるために。

 まがまがしいオーラは、巨大化し、ルチアを飲みこもうとしていた。

 だが、その時だ。

 妖魔の背後から、刃が迫っていたのは。

 クロウだ。

 クロウが、妖魔を刺そうとしていたのだ。

 妖魔は、気配を察し、魔法を中断させて、刃を素手ではじく。

 とっさに、手にオーラを纏ったのだろう。

 クロウは、体勢を整える。

 続いて、クロスが、クロウの元へと駆け付けた。

 しかも、二人は、傷だらけの状態で。


「させないぞ……」


「ちっ。しぶとい奴らだな」


 クロウは、妖魔をにらみつけ、刃を向ける。

 クロスも、クロウを守るように前に出た。

 おそらく、二人は、ルチアの同じ魔法をその身に受けたのだろう。

 息が上がっており、体中から血が流れている。

 それでも、ルチアを守るために、満身創痍の状態で、ここまで来たのだ。

 仕留めたと確信していた妖魔にとっては、腹立たしく感じ、舌打ちをしていた。


「いいぜ。遊んでやるよ!!」


 妖魔は、再び、クロスとクロウに襲い掛かる。 

 今度こそ、息の根を止めるために。

 クロスとクロウは、連携を取りながら、妖魔と戦いを繰り広げていた。

 ルチアは、意識をかろうじて、保ちながら、思考を巡らせる。

 あの声の主を。


――あの声、懐かしい気がする。でも、思い出せない……。

 

 ルチアは、あの声が誰の声なのかは、はっきりと、思い出せない。

 だが、どうしてかは、不明だが、懐かしいと感じていた。

 どこかで、聞いたことがあると。

 暖かく、優しい母のような声を。

 その時だ。

 ルチアは、一瞬だけ、ある光景を思い浮かべたのは。

 その光景は、金髪の女性が、まだ、幼いルチアと楽しそうに話している場面であった。

 しかも、あの夢に出てきた菫色の髪の少女と一緒に。


――あれ?あの人は?あの子も、いる……。


 ルチアは、驚き、思考を巡らせる。

 金髪の女性は、いったい誰なのか。

 そして、菫色の髪の少女の事をも。

 あれは、ルチアの過去なのだろう。

 ルチアは、そう、確信していた。

 たとえ、思い出せなくても……。


――そうだ。思いださないと。私は、何者なのか……。あの子が、どうして……。


 ルチアは、知る必要があった。

 彼女達の事を。 

 思いださなければならない。

 なぜ、金髪の女性と菫色の髪の少女と共にいたのか。

 自分が、何者なのかを。

 そして、なぜ、自分が、菫色の少女に、刺された夢を見たのかを。

 全ては、一つにつながっているように感じた。


――何にも、思いだせていないのに。皆も、守れていないのに……。こんなところで、死ねるものか!!


 ルチアは、強く想った。

 こんなところで、死ぬわけにはいかない。

 クロスとクロウが、命がけで戦っている。

 自分は、思い出さなければならない。

 戦わなければならない。

 戦って、妖魔を倒さなければならない。

 そう思ったルチアは、強くペンダントを握りしめた。


 

 クロスとクロウは、妖魔と戦いを繰り広げていたが。

 劣勢を強いられている。

 しかも、二人は、さらに、傷を負い、もう、立つ力さえも、ない状態だ。

 クロスは、地面にうつぶせになって倒れ、クロウは、片膝をついて、荒い呼吸を繰り返していた。

 

「くっ……」


「さて、そろそろ、終わりにしてやるぜ!!」


 クロスとクロウは、もう、戦う力すら残っていない。

 このままでは、妖魔に殺されてしまうだろう。

 万事休すであった。

 そんな二人に対し、妖魔は、再び、魔法を発動しようとする。

 二人の息の根を、確実に止めるために。

 だが、その時であった。

 妖魔の背後から、ピンクの光が、天に向かって放出したのは。


「なっ!なんだ!?」


 妖魔は、光を感じ取ったのか、驚愕して、振り向く。

 そのピンクの光は、一層、強い光を発していた。


「ルチア、まさか、本当に……」


 アレクシアは、起き上がりながら、その光を見つける。

 彼女は、察していたのだ。

 ルチアが、ヴァルキュリアに変身できたのだと。

 光が止むと、ルチアが、姿を現す。

 だが、以前とは違う。

 胸にシルバーの鎧を身に纏い、さらに、その上から、膝丈くらいのレースがつけられている。

 白いスカート、腕にシルバーの腕輪、鎧のブーツを身に着けていた。

 首にリボンをつけており、右腕の腕輪から、薄ピンクのレースの裾を身に纏っている。

 しかも、くるぶしあたりにピンクの宝石が装着されていた。

 ルチアは、ヴァルキュリアに、変身できたのだ。

 しかも、光を浴びたからか、ルチアの傷は、すっかり、癒えてた。


「ルチアが……ヴァルキュリアに……」


「ルチア……」


「とうとうじゃの……」


 クロス、クロウは、目を見開く。

 まさか、ルチアが、ヴァルキュリアに変身できるとは、思いもよらなかったのであろう。

 フォウは、弱弱しい声で、待ちわびたかのように呟く。

 だが、喜びと同時に涙を流していた。

 ルチアを過酷な戦場に出さなければならなかった己の無力さを嘆いて。


「貴様が、本当に……」


「そうだよ」


 妖魔は、体を震わせる。

 信じられないのであろう。

 ルチアが、ヴァルキュリアに変身した事が。

 それでも、ルチアは、肯定し、妖魔をにらんだ。


「私は、ヴァルキュリアだ!!覚悟しろ、妖魔!!」

 

 ルチアは、自分が、ヴァルキュリアだと名乗り、構える。

 妖魔を倒すために。

 妖魔は、なお、体を震わせていたが、形相の顔で、ルチアをにらみつけた。


「ヴァ、ヴァルキュリアが何だ!!殺してやる!!絶対に!!」


 妖魔は、力任せに、ルチアに向かっていく。

 怯えているのであろう。

 ヴァルキュリアは、妖魔を倒せる唯一の存在。

 ルチアは、そのヴァルキュリアに変身したのだ。

 これにより、状況は一変してしまったと言っても過言ではない。

 それでも、妖魔は、恐怖を表に出さず、一撃でルチアを仕留めようとした。

 だが、ルチアは、立ち止まったままだ。

 よけるつもりなどなかった。

 それは、フォウを守るためだ。


「はあっ!!」


 妖魔が、ルチアに迫った瞬間、ルチアは、思いっきり地面を蹴り、横蹴りを放つ。

 蹴りは、妖魔に、ヒットし、妖魔は、吹き飛ばされ、壁に激突した。

 普通の蹴りでは、カウンターを食らっていたにも、関わらず、ヴァルキュリアに変身してからは、威力が増し、蹴りだけでも、十分なダメージを与えることに成功したのだ。

 だが、これで、終わりではない。

 ルチアは、すかさず、妖魔へと迫り、回し蹴りを放つ。

 だが、妖魔は、ギリギリのところで回避し、蹴りを放つが、ルチアは、いとも簡単に回避した。


――すごい、体が軽い。さっきまで、痛かったのに、もう、痛みもない……。


 戦っている最中、ルチアは、察した。

 ヴァルキュリアに変身している間は、自身の戦闘能力も向上しているようだ。

 おかげで、いつも以上に、威力がある。 

 ルチアは、元々、運動神経が抜群の為、それも、相まって、より、威力が上昇しているようだ。 

 妖魔は、逃げながらも、悪あがきで、魔法・エビル・ブロッサムを発動。

 だが、ルチアも、魔法を発動する。

 ルチアは、掌から、オーラの弾を生み出し、妖魔に向かって、撃ち込んだ。

 その魔法の名は、ブロッサム・ショット。

 ルチアの魔法は、妖魔の魔法を相殺し、さらに、ルチアは、壁を駆けあがった。


「このっ!!」


「ぐあああっ!!」


 妖魔の元に迫ったルチアは、壁を蹴り、ブーツにオーラを纏わせ、刃と化して、放つ。

 魔技・ブロッサム・ブレイドだ。

 魔技は、妖魔に見事、命中し、妖魔は、絶叫を上げた。

 だが、まだ、これで終わりではない。

 妖魔を確実に、仕留めなければならないからだ。

 ルチアは、もう一度、ブーツにオーラを纏わせる。

 だが、オーラは、刃と化したわけではなく、宝石へと変化した。

 これこそが、ヴァルキュリアの固有能力だ。

 宝石となったオーラで、相手を討ちこむことで、妖魔を倒すことができる。

 ゆえに、ヴァルキュリアにしか、妖魔を倒すことはできなかった。


「これで……最後だあああっ!!!」


「ぎゃあああああっ!!!」


 ルチアは、蹴りを放ちながら、固有技・インカローズ・ブルームを発動する。

 宝石は、見事、妖魔を貫き、宝石から、花びらが舞い、妖魔を切り刻んでいく。

 妖魔は、断末魔のような悲鳴を上げて、消滅していった。


「妖魔が、消滅した……」


 ルチアの戦いを目にしたクロスは、呟く。

 ルチアが、本当に、ヴァルキュリアであり、妖魔を倒したのだと、確信して。

 ルチアは、肩で息をしながら、その場に立ち尽くしていた。


――私、本当に、ヴァルキュリアだったんだ……。


 ヴァルキュリアに変身し、妖魔を倒したことで、ルチアは、確信する。

 自身は、ヴァルキュリアだったのだと。

 しかし……。


「っ!!」


 ルチアは、突如、眩暈を起こし、仰向けになって、倒れ、意識を失った。


「ルチア……」


 クロスは、手を伸ばそうとするが、とうに限界を超えており、彼も、意識を失ってしまう。

 二人を見ていたクロウも、複雑な感情を抱いたまま、意識を失った。 

 フォウも、起き上がる事が、できなかったが、アレクシアが、ゆっくりと体を起こす。

 そして、心配そうな表情を浮かべながら、ルチアの様子をうかがった。

 ルチアは、気を失っているだけらしい。

 そう悟ったアレクシアは、安堵していた。


「ようやく、始まるね……ルチア」


 アレクシアは、意味深な言葉をルチアに向けて告げた。

 ここから、ルチアの物語が、大きく動きだしたのであった。

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