第八話 最悪の状況の中で

 アレクシアとフォウは、ルチアを連れて、遺跡の奥へと逃げていく。

 妖魔から遠ざかるように。


「待って、アレクシア!!クロスとクロウが……」


「わかっておる。だが、今は、あれをやるしかないんじゃ」


「あれって?」


 ルチアは、アレクシアを止めようとする。

 それでも、アレクシアは、強引にルチアを手を引く。 

 まるで、ルチアを守ろうとしているかのようだ。

 フォウは、ルチアを諭す。

 クロスとクロウが、ピンチなのは、フォウも、わかっている。

 しかも、彼らを見殺しにしたも同然だ。

 フォウは、心が痛んでいた。

 だが、それでも、ルチアを奥へと連れていく必要があったのだ。

 ルチアは、状況が把握できず、困惑した。



 遺跡の奥の部屋に着いたルチア達。

 しかし、そこは、行き止まりだ。

 奥に扉があるが、固く、閉ざされている。

 開くことは、今は、不可能なのだ。

 アレクシアは、何度も、挑戦したが、結局、開けていない。

 このままでは、ルチア達は、追い詰められる可能性もある。

 しかし、重要なのは、逃げ道ではない。

 アレクシアとフォウが、ルチアを連れて、ここに来た理由は、部屋の中心に置かれている透明で巨大な石なのだから。


「これは、精霊石?」


「違うよ。神石だ」


「神石?」


 ルチアは、目の前にそびえたっている石は、精霊石ではないかと、推測したようだ。

 だが、アレクシアは、首を横に振る。

 精霊石ではなく、神石なのだと。

 だが、その「神石」と言う言葉をルチアは、耳にした事がない。

 一体、どういうものなのだろうか。


「そう、神様が残した力、だよ」


「神様?」


 アレクシア曰く、神が、残してくれたものらしい。

 つまり、神の力そのものが、石と化したと言ったほうがいいのだろう。

 ルチアは、無意識のうちに、神石に歩み寄り、触れる。

 その時だ。

 ルチアと神石に異変が起こったのは。


――あ、熱い……胸が……。


 ルチアは、胸を抑える。

 神石に触れた途端、鼓動が高まり、胸が熱くなったのだ。

 神石も、ルチアに反応し、輝き始める。

 まるで、共鳴しているかのようだ。


「やはり、共鳴しているようだね」


「どういう事ですか?」


 アレクシアは、ルチアと神石が、共鳴している事を察知する。

 だが、なぜ、自分と神石が、共鳴しているのかは、不明だ。

 記憶がないゆえに、不安に駆られ、問いかけた。


「いいかい、ルチア。落ち着いて聞くんだ」


「え?」


「君は、ヴァルキュリア、なんだよ」


 アレクシアは、衝撃的な事実をルチアに告げる。

 なんと、ルチアが、ヴァルキュリアだというのだ。

 ルチアは、目を見開き、体を硬直させた。

 真実を受け入れられずに……。


「え?今、なんて?」


「君は、ヴァルキュリアだ」


「え?」


 ルチアは、何度も、問いかける。

 自分が、ヴァルキュリアだという事が、信じられないようだ。

 当然であろう。

 いくら、記憶を失ったといえど、自分が、ヴァルキュリアだったなど、思うはずがない。

 だが、アレクシアは、いつになく、冷静に告げる。

 それでも、ルチアは、まだ、真実を受け入れられなかった。


「そ、そんな……」


「本当じゃ。お前は、記憶を失っているが、かつて、ヴァルキュリアとして、活躍していたのじゃ。今は、変身できないようじゃが」


 戸惑うルチアであったが、フォウは、ルチアに説明する。

 ルチアは、かつて、ヴァルキュリアとして、活躍していたのだと。

 と言っても、現在は、変身することは、できないようだ。

 真実を告げられたルチア。

 記憶を思いだそうとするが、やはり、思い出せない。


「じゃあ、どうして、今は……」


「記憶を失ったからかもしれない。いや、記憶と同時に、失ったのかもしれない。宝石を」


 ルチアは、問いかける。

 もし、仮に、自分が、ヴァルキュリアだったとして、なぜ、現在は、変身できないのか、理解できないからだ。

 アレクシアは、答える。

 記憶を失ったから、宝石も、失った可能性もあるし、記憶と同時に、宝石も、失った可能性がある。

 こればかりは、アレクシアも、曖昧な答えしか、出せないようだ。


「ねぇ、宝石って?」


「変身するときに使用するアイテムだよ。その宝石には、神の力が宿っていたんだ」


 ルチアは、アレクシアに問いかける。

 宝石と言われても、理解できないからだ。

 アレクシア曰く、宝石に宿っている神の力を使用して、ヴァルキュリアに変身していたらしい。


「皆、知ってたの?」


「いや、知っていたのは、私とフォウ様だけだよ」


 ルチアは、さらに、問いかける。

 アレクシアとフォウが知っていたのであれば、島の皆も、知っていたのではないかと。

 だが、アレクシアは、首を横に振る。

 知っていたのは、アレクシアとフォウのみのようだ。

 つまり、クロス、クロウも、知らなかったという事だ。

 誰にも言わなかったらしい。

 ルチアが、ヴァルキュリアに変身できるという事は。


「本当は、宝石があれば、すぐにでも、君は、ヴァルキュリアになれる。けれど、それは、どこにもない。探したけど、見つかってないんだ」


「じゃ、じゃあ、どうすれば……」


 ルチアが、ヴァルキュリアに変身できれば、妖魔を倒すことができる。

 それは、今、アレクシアたちにとっては、最後の希望なのだろう。

 だが、肝心のヴァルキュリアに変身できるアイテム・宝石は、未だ、見つかっていない。

 ルチアが、この島に流れ着いたのであれば、あるはずなのだ。

 宝石が。

 だが、今まで、探したが、見つかっていない。

 万事休すと言ったところだろう。

 ルチアも、どうすればいいのは、わからなかった。

 その時だ。

 フォウが、透明な石をルチアに差し出したのは。


「これじゃ」


「これは……神石?」


「のカケラじゃ。これを代用すれば、ヴァルキュリアに、なれるかもしれぬ」


 フォウが、ルチアに差し出したのしたのは、神石のカケラだ。

 ルチアも、一目で、見抜いた。

 この石には、神の力が宿っている。

 宝石も、同じ、神の力が、宿っていたのだから、代用できるのではないかと、考えていたようだ。

 貴重な神の石を、フォウは、ルチアの為に、砕いてくれたらしい。


「こんなことを頼むのは、筋違いだとはわかっておる。だが、頼む。ルチア、ヴァルキュリアに変身して、妖魔を倒してほしい」


 ルチアを命の危険に晒すことはしたくない。

 だが、もう、手段が無い。

 ルチアに託すしかないのだ。

 そう思うと、フォウは、心が痛んだのだろう。

 孫のようにかわいがっていたルチアを戦場に向かわせなければならないのだから。

 これから、残酷な事が、ルチアの身に降りかかるかもしれない。

 それでも、フォウは、ルチアに託すしかなかった。

 ルチアは、フォウの気持ちが痛いほどわかる。

 だからこそ、決意した。

 ルチアは、ヴァルキュリアに変身し、皆を守ると。

 だが、その時であった。

 まがまがしい気が、部屋中に入ってきたのを感じ取ったのは。


「っ!!」


「追いかけっこは、もう、終わりか?」


 ルチアが振り向くと、部屋の入り口にあの妖魔が立っている。

 それも、にやりと不敵な笑みを浮かべたまま。

 クロスとクロウは、倒れてしまったのだろうか。

 そう思うと、怒りがこみあげてくる。

 自分の大事な家族を傷つけられたのだから。

 ルチアは、ヴァルキュリアに変身しようと力を込める。

 だが、そうは、させまいと、妖魔が、ルチアに迫ってきた。


「ルチア、ここは、私が!!」


 アレクシアが、構えて、ルチアの前に立ち、短剣を手にする。 

 それも、アレクシアが、開発した対妖魔用の武器だ。 

 妖魔に通用するとは思っていない。 

 だが、時間は、稼げるはず。

 虹の精霊人であるアレクシアなら、食い止めることぐらいなら、可能であろう。

 そう、推測していたアレクシアであった。

 しかし、妖魔は、いとも簡単にアレクシアの前に立ち、アレクシアの腹を殴りつけ、吹き飛ばした。


「がっ!!」


「アレクシアさん!!」


 吹き飛ばされたアレクシアは、地面にたたきつけられる。

 妖魔は、容赦なく、ルチアに迫ろうとしていた。


「させぬぞ!!」


「退け!ジジイ!!」


 フォウが、ルチアの前に立つ。

 どこまでも、邪魔をする彼らに対して、妖魔は、苛立ちを隠せず、右手にオーラを纏い始めた。

 ルチアは、危険を察知し、強引にフォウの前に立つ。

 だが、妖魔は、邪悪なオーラを使用した魔法・エビル・ブロッサムを発動。

 邪悪な力が宿っている花びらが、刃と化し、ルチアとフォウを切り刻んだ。


「ぐああああああっ!!!」


「ルチア!!」


 魔法に直撃したルチアが、叫び声を上げながら、フォウと共に地面にたたきつけられる。

 ルチアは、体中から、血を流し、フォウも、裂傷を負った。

 一瞬のことだった。 

 アレクシアは、目を見開く。

 まさか、一瞬で、ルチア達が、倒されてしまうとは、思ってもみなかったのであろう。

 妖魔は、不敵な笑みを浮かべた。

 勝ったと確信して。


「終わったな」


 妖魔は、ルチアに迫っていく。

 やはり、狙いはルチアのようだ。

 ルチアは、殺されまいと、抵抗しようとして、起き上がろうとしたが、激痛により、体が動かせなかった。


――駄目、力が……入らない……。ごめんね……皆……。


 体から、血が流れていくのを感じ、意識が遠のき始めるルチア。

 ルチアは、あきらめてしまった。

 もう、助からないと。

 瞼も重くなり、目を閉じようとしていた。

 だが、その時であった。


――目覚めて!


「え?」


 どこからか、声が聞こえる。

 女性の声が。

 ルチアは、それをはっきりと、聞き、目を開けた。

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