第七話 妖魔、現る

「な、なぜ、妖魔が、ここに……」


 フォウが、戸惑いを隠せない。

 当然であろう。

 妖魔は、結界をすり抜ける事は、不可能だったからだ。

 なぜか、妖獣は、すり抜けられたが。

 だからこそ、ルーニ島は、平和であった。

 妖魔が、出現してしまったら、終わりだ。

 なぜなら、妖魔を倒すことは、できない。

 ヴァルキュリアでなければ。

 だが、この島に、ヴァルキュリアはいない。

 今、ルチア達は、絶体絶命の状況に陥っていた。


「さて、なんでだろうな」


 フォウの問いに、一切、答えようとしない妖魔。

 余裕を見せているのであろう。

 何とも、分が悪い。

 妖獣は、理性もなく、破壊衝動に駆られた存在である。

 だからこそ、ルチアは、冷静に対処できたのだ。

 だが、妖魔は、違う。

 知性があり、妖獣を生み出すほどの存在。 

 一筋縄ではいかないのだ。

 出会ったら最後、ひとたまりもなく、命を奪われると言われている。

 逃げ切ることすら不可能だ。

 そんな種族に、ルチア達は、出会ってしまったのだ。

 妖魔は、ゆっくりと、ルチア達に近づく。

 ルチアは、アレクシアとフォウの前に立ち、構えた。


「アレクシアさん!!フォウ様を連れて、逃げて!!」


「ルチア、まさか、妖魔を相手にするつもりかい?」


「うん」


 ルチアは、アレクシアに懇願する。

 フォウを連れて、逃げるようにと。

 ルチアは、一人で、妖魔を食い止めようとしているのだ。


「無茶じゃ!!妖魔は……」


「それでもです!!」


 フォウが、慌てて、反対する。

 いくら、ルチアが、強くても、妖魔が相手では、分が悪すぎる。

 本当に、命を奪われてもおかしくないからだ。

 だが、ルチアは、叫ぶ。

 自分でも、どうにもならない事はわかっていた。


「それでも、私が、やらなきゃ……」


 ルチアが、覚悟を決めたのだ。

 命に代えても、アレクシアとフォウを守ると。

 妖魔と相打ちになっても構わないと。

 ルチアは、にらみつけ、構えた。


「へぇ、お前が、相手か?いいだろう、来いよ」


 妖魔は、ルチアに向かって、挑発する。

 自分から、襲い掛かるつもりはないようだ。

 わかっている。

 どちらにしても、妖魔に敵うわけがない。

 それでも、せめて、二人を救わなければ。

 ルチアは、そう、考えていたのだ。

 震えそうになりながらも、ルチアは、必死にこらえ、ついに、地面を蹴り、妖魔に向かって駆けだした。


「やああああっ!!」


 ルチアは、勢いよく、前蹴りを放つ。

 だが、妖魔は、いとも簡単に、ルチアの蹴りを素手で、食い止めたのだ。

 その時であった。


「っ!!」


 ルチアの足に異変が起こる。

 ルチアは、とっさに、後退し、構えた。

 冷や汗をかきながら。


――足が、しびれてる?


 ルチアは、悟ったのだ。

 妖魔に向かって、蹴りを入れたが、その際に、足が、しびれるような感覚に陥ったのを。

 ただ、妖魔は、自分の蹴りを止めただけだというのに、衝撃を受けたのだろう。

 アレクシアが作った対妖魔用のブーツは、効果を発揮するどころか、カウンターを食らってしまったのだ。

 ルチアは、妖魔をにらむ。

 それでも、妖魔は、立ち止まっているばかりで、反撃しようとしない。

 余裕と言わんばかりに。

 ルチアは、妖魔の態度が、腹立たしくて仕方がなかった。

 なめられているような気がして。

 ルチアは、もう一度、地面を蹴り、妖魔に向かっていく。

 だが、ルチアは、ブーツにオーラを纏い始めた。


「はあっ!!」


 ルチアは、刃と化したオーラを纏いながら、前蹴りを放つ。

 魔技・ブロッサム・ブレイドだ。

 どこまで、効果があるかは、不明だ。

 だが、オーラを刃と化している。

 いくら、妖魔であっても、素手で、防ぐことは、不可能だ。

 そう、推測していたルチアであった。

 しかし、妖魔は、いとも簡単に、素手でルチアの足をつかんでみせた。


「え?」

 

 ルチアは、あっけにとられている。

 あり得るはずがない。

 刃を素手でつかんでいるようなものだ。

 だが、血は出ていない。

 妖魔は、ふと、笑みをこぼした。


「無駄だ!!」


「あがっ!!」


「ルチア!!」


 妖魔は、ルチアの腹を殴りつける。

 激痛と苦しみが、同時に、ルチアを襲い、ルチアは、そのまま、吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。

 アレクシア、フォウは、ルチアの元へ駆け寄る。

 ルチアは、痛みをこらえ、起き上がった。

 しかし、絶望に陥ろうとしていた。

 これほどまでに、妖魔との力の差があったのかと、思い知らされて。

 それでも、妖魔は、容赦なく、ルチア達を見下ろした。


「知ってるんだろ?妖魔は、ヴァルキュリアしか、殺せない。ヴァルキュリアじゃないお前に、俺は、殺せない」


 妖魔は、残酷な言葉をルチア達に突きつける。

 妖魔も、わかっていたのだ。

 ここに、ヴァルキュリアはいない。

 ゆえに、自分は、倒されることはないと自負している。

 ルチアも、理解している。

 今のままでは、妖魔に打ち勝つことはできない。

 ルチアは、己の未熟さを悔やみ、歯を食いしばった。


「さて、どうやって、殺すかな?」


 妖魔は、手を自分の顔の位置まで、上げて、集中させる。

 まがまがしい気が、瞬く間に、掌に集まっていた。

 あれは、オーラだ。

 妖魔も、オーラをその身に宿していたようだ。

 だが、自分達とは違う。

 まがまがしい気も混じっている。

 まるで、邪気のようだ。

 あのオーラが、ルチアの攻撃を阻んでいたに違いない。

 このままでは、ルチア達は、殺される。

 ルチアは、そう、推測した。

 

「ルチア!!」


 アレクシアは、とっさに、ルチアの前に立つ。

 自分が、ルチアを守らなければ。

 そう言った強い想いに駆られていたのだ。

 妖魔は、容赦なく、ルチア達に、オーラをたたき込もうとしていた。

 その時であった。

 妖魔が、背後から、殺気を感じたのは。

 妖魔は、その殺気に気付き、右へと回避する。

 その直後、刃が、妖魔を貫こうとしていた。


「何?」


 妖魔は、驚愕し、目を見開く。

 一体、何が起こったのか。

 それは、ルチア達も、妖魔も、見当もつかなかった。

 ルチアは、腹を押さえ、立ち上がる。

 その直後、クロスが、前に出て、妖魔に斬りかかった。

 だが、刃は、妖魔に届かず、空を切る。

 妖魔は、不敵な笑みを浮かべるが、クロスは、直接、妖魔を斬ろうとしたわけではなかった。

 なぜなら、剣から、刃と化したオーラが、妖魔に向かって放たれたからだ。

 クロスは、魔技・フォトン・アローを発動したのだ。

 妖魔は、オーラで防ぎ、はじく。

 だが、続いて、クロウが、手を前に出し、詠唱する。

 その詠唱により、闇のオーラが、妖魔の周りを渦巻き、妖魔を切り刻んだ。

 魔法・シャドウ・スパイラルを発動したのだ。

 闇のオーラに巻き込まれた妖魔は、身動きが、取れなくなった。

 その間に、クロスとクロウは、ルチア達の前へと移動した。


「クロス!!クロウ!!」


「間一髪、だな」


「なんで……」


 アレクシアは、驚愕する。

 まさか、二人が、駆け付けてくれるとは、思ってもみなかったのだろう。

 クロスは、ルチア達の方を振り返り、呟く。

 現状は、最悪ではあるが、安堵しているのだろう。

 ルチア達を守れたのだから。

 ルチア達は、今頃、命を落としていたかもしれない。

 しかし、ルチアは、問いかける。

 ルチアにとっても、二人が、ここにいる事は、予想外の事だったからだ。


「遺跡から、嫌な気配を感じ取った。だから、ここに来た」


 クロウは、淡々と答える。

 だが、それは、彼なりの優しさなのだ。

 クロウは、感情を表に出す事が、苦手だ。

 ゆえに、勘違いされやすい。

 クロウは、冷たいと。 

 だが、ルチアは、知っている。

 クロウは、とても、優しいと。

 ルチアは、クロウの優しさを感じ取り、涙が込み上げてきた。

 だが、その時だ。

 闇のオーラが、消え去り、妖魔が、姿を現したのは。

 しかも、無傷の状態で。


「無傷か……」


 クロウは、舌打ちをする。

 妖魔が相手と言えど、多少は、ダメージを負うのではないかと、推測していたからだ。

 だが、その予想は、裏切られ、内心、戸惑いを隠せなかった。


「甘いな。これで、俺を倒せると思ったのか?」


 妖魔は、不敵な笑みを浮かべる。 

 これしきの事で、自分は、倒れるはずはないと、確信しているからであろう。

 いくら、クロスとクロウが、強いからと言っても。


「クロス、やれるか?」


「もちろん」


 クロスとクロウは、構える。

 妖魔と戦うつもりだ。

 命に代えても、ルチア達を守ろうとしているのだろう。


「アレクシア!ルチアとフォウ様を頼む!!」


「けど……」


 クロウは、アレクシアにルチアとフォウの事を託す。

 自分達が、引きつけている間に、ルチア達を逃がそうとしているようだ。

 だが、アレクシアは、ためらってしまった。

 このままでは、クロスとクロウが、命を落としてしまう。

 そう、推測しているからであろう。

 その時であった。


「させるかよ!!」

 

 妖魔は、オーラを発動する。

 すると、小さな猫のような黒い毛並みの妖獣が、何匹も、現れた。


「妖獣!!」


「これで、逃げられなくなったな」


 クロスは、驚愕し、妖魔は、不敵な笑みを浮かべた。

 妖獣たちは、入口をふさいでいる。

 これで、ルチア達の退路は断たれたも同然だ。

 逃げることもできず、絶望的となってしまった。


「こうなれば……」


 危機的状況に陥り、フォウは、何か、覚悟を決めたかのように呟く。

 そして、アレクシアと目を合わせ、うなずいた。

 何をしようとしているのだろうか。

 ルチアは、思考を巡らせるが、見当もつかない。

 だが、その時であった。

 突如、アレクシアが、ルチアの腕をつかんだのは。


「ルチアよ、こっちへ来るのじゃ?」


「え?」


 アレクシアとフォウは、そのまま、ルチアを連れて、奥の方へと逃げる。

 ルチアは、戸惑いながらも、立ち止まろうとするが、アレクシアは、強引に引っ張り、ルチアを奥へと連れていった。


「逃がすか!!」


 妖魔は、ルチアを逃がすまいと、追いかけようとする。

 彼の狙いは、ルチアのようだ。

 その事に気付いたクロスとクロウは、妖魔の前に立った。


「お前の相手は、俺達だ」


「覚悟しろ」


 クロスとクロウは、妖魔をにらみ、構える。

 妖魔だけでなく、妖獣も、相手にしなければならない。

 最悪の状況だ。

 だが、それでも、二人の決意は揺らがない。

 ルチアを守るためなら、命など惜しくなかったからであった。

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