第六話 妖獣と結界

「ふう、なんとか倒せたかな」


 ルチアは、息を吐き、心を落ち着かせる。

 妖獣との戦いは、毎回、緊張感が走る。

 妖獣は、強敵だ。

 そのため、いつ、命を落としても、おかしくはない状態の中で、生きている。

 ルチアは、そう、思っているからだ。

 もし、これが、妖魔であったら、どうなっていただろうかと思うと、ルチアは、身震いしそうになった。


――でも、こんな近くに、妖獣がいるなんて……。


 妖獣は、島全体に、張られている結界をすり抜けることができる。

 だが、村に近づくことはない。

 精霊石があるからだろうか。

 理由は、不明だが、おかげで、被害は少ない。 

 だというのに、妖獣は、村の近くで出現した。

 これは、何かの前触れなのだろうか。

 結界に、ほころびが、生じているのだろうか。

 だとしたら、危険性が、高まる。

 そう思うと、ルチアは、居てもたっても居られなくなった。

 その時であった。


「ルチア、大丈夫!?」


「サナカ様!!リリィ様!!」


 一人の女性が、ルチアに声をかける。

 ルチアは、振り向くと、一人の茶髪の女性と薄ピンクの髪の女性が、ルチアの元へ駆け付けた。

 茶髪の女性の名は、サナカ。

 華のシャーマンでもあり、東に位置し、華の大精霊を祭っている村・フーレ村の長でもある。

 薄ピンクの髪の女性の名は、リリィ。

 華の精霊であり、サナカのパートナーだ。


「どうして、お二人がここに?」


「フォウ様が、お一人で、遺跡に向かわれたと聞いて、遺跡に行こうと思ったの」


「でもぉ、ルチアが、妖獣と戦ってたから、ここに来たってわけぇ」


「そうなんですか、ありがとうございます」


 ルチアは、二人に問いかける。

 何かあったのではないかと悟って。

 サナカは、優しく答える。

 どうやら、二人も、フォウが、遺跡に向かった事を聞いたようだ。

 不安に駆られて、遺跡に向かおうとしていたのだろう。

 だが、そんな時だ。

 ルチアが、妖獣と戦いを繰り広げていたのを目にしたのは。

 それゆえに、二人は、慌てて、ルチアの元へ駆け付けたようだ。

 助太刀するために。

 ルチアは、お礼をいい、頭を下げた。


「怪我はないみたいね」


「はい」


 サナカは、ルチアに語りかける。

 そのやり取りは、まるで、姉が、妹を心配しているかのようだ。

 実際、サナカは、ルチアの事を妹のように思っているらしい。

 記憶がなく、家族がいないルチアにとっては、本当に、うれしいことであった。


「にしても、恐ろしいよねぇ。さっきも、妖獣が出現したんだよぉ」


「ええ。クロスとクロウが、倒してくれたけど。こうも、頻繁に現れるなんて」


「妖獣が、どうして……」


 リリィ曰く、妖獣は先ほども、出現したらしい。

 だが、クロスとクロウが、退治してくれたようだ。

 だとしても、すぐに、現れるのは、やはり、おかしい。 

 こうも、頻繁に現れた事は、一度もない。

 何か、起こっているのだろうか。

 ルチア達は、不安に駆られた。

 その時であった。


「おそらく、結界に綻びが生じてるからかもしれないね」


「ノーラ!ランディも!!」


 二人の男性が、ルチア達の元へと歩み寄る。

 一人は、灰色の髪に、美しい顔の青年。

 彼の名は、ノーラ。 

 雷のシャーマンでもあり、西に位置し、雷の大精霊を祭っている村・ラクラ村の長でもある。

 もう一人は、薄紫の髪に、可愛らしい顔の青年。

 彼の名は、ランディ。

 雷の精霊でもあり、ノーラのパートナーでもある。


「やぁ、麗しき女性諸君。怪我はないかな?」


「うわ。ま~た、出たよ。ノーラのナルシストキャラ。気持ち悪っ」


「ランディ?」


 ノーラは、さらりとキザなセリフを言ってのける。

 彼は、女好きなのだ。

 ゆえに、口説かずには居られない性分だという。

 だが、ランディが、さらりと罵ってしまったのだ。

 ランディは、悪戯好きであり、毒舌。

 そんなランディに対して、ノーラは、口をゆがませ、微笑み始めた。

 どう見ても、目は、笑っていないが。

 まるで、二人は、犬猿の仲のようだ。

 と言っても、これは、いつものやり取りである。

 当初、ルチアは、驚きを隠せなかったが、今では、二人のやり取りには、慣れたのであった。


「ノーラ様とランディ様は、どうして、こちらに?」


「フォウ様が、遺跡に向かわれたって聞いてね」


「だから、俺達が、様子を見に行こうかなって思ってたんだよね~」


 ノーラとランディが、笑みを浮かべて、にらみ合っている中、ルチアは、困惑もせず、さらりと尋ねる。

 ノーラとランディは、すっと、元の表情に戻り、説明した。 

 やはり、サナカ達と同様、フォウが、一人で、遺跡に向かった事を知っているようだ。

 二人も、何かあったのだと、推測しているのであろう。


「あの皆さま、ここは、私に任せてもらえませんか?皆さまは、祭の準備がありますでしょうし。皆、不安がると思います」


「確かにぃ、ここは、ルチアに任せたほうがいいと思うよぉ」


「はいはい、俺も、そう思う~」


 ルチアは、自分が、遺跡に行くと告げる。

 その方が、いいと判断したからだ。

 サナカ達は、祭の準備がある。

 妖獣も、徘徊している可能性があるため、危険だ。

 ゆえに、ルチアは、自分一人で、遺跡に行くことを決意した。

 リリィとランディも、同意見のようだ。

 ルチアの強さを見込んでのことであろう。


「なら、ルチアに任せようか」


「そうね。ルチア、気をつけてね」


「はい!」


 サナカとノーラも、ルチアの意見に賛成する。

 ルチアの事を信頼しているようだ。

 ルチアは、うなずき、遺跡へ向かう。

 サナカ達は、ルチアの身を案じ、ルチアを見送った。

 しかし、彼女達は、まだ、知らない。

 上空から、一人の男性が、島の様子をうかがっていたとは……。

 その男性は、ピンクの髪に、黒褐色の肌。 

 島では、見たことない姿だ。

 その異様さは、まるで、人間でも、精霊でも、ましてや、精霊人ではないようであった。


「へぇ、やるじゃん。あの小娘。もしかして、かな?」


 男性は、ふと、笑みを浮かべる。 

 それも、不気味な笑みを。

 まるで、ルチアの正体に気付いたかのように。



 そうとも知らないルチアは、妖獣に遭遇することなく、遺跡にたどり着いた。


「いつ見ても、すごいなぁ……」


 ルチアは、遺跡全体を見るように、顔を上げる。

 ルーニ遺跡と呼ばれた遺跡は、島全体の半分の面積であり、神秘的な力を感じる。

 所々、石が崩れている。

 ルーニ遺跡は、神が作った建物と言われている。

 いつの時代、どのような目的で建てられたかは、不明。

 地下も、あるそうで、アレクシアにとっては、興味深い建物と言ったところであろう。


「無事だといいんだけど……」


 ルチアは、フォウの無事を祈って、遺跡の中へ入る。

 遺跡の中は、薄暗く、人がいるようには、到底思えない。

 フォウは、まだ、ここに、来ていないのだろうか。

 思考を巡らせながら、進むルチア。

 だが、その時であった。


「ん?」


 ルチアは、人を発見する。

 だが、それは、どう見ても、フォウではない。

 白衣を着た女性のようだ。 

 その人物は、まさしく、アレクシアであった。


「ほう、ここは、こうなっているのか……。また、新たな発見があったね」


 アレクシアは、壁を見ながら、ぶつぶつと、独り言を呟いている。

 まさか、ルチアが、遺跡に来て、アレクシアの後ろで、立ち止まっているとは、知らずに……。


「あ、アレクシアさん?」


「おや?ルチア。なぜ、君がここに?」


 恐る恐るアレクシアに、呼びかけるルチア。

 すると、アレクシアは、ゆっくりと振り向く。

 だが、その様子は、驚きも、動揺もしていないようだ。

 その冷静さが、時には、恐ろしいと感じるルチアであった。


「フォウ様を探してたの。フォウ様が、遺跡に向かわれたと聞いたから」


「そう、だったんだね」


 ルチアは、なぜ、遺跡にいるのかを、説明する。

 フォウを探していたのだと。

 アレクシアは、反応するが、その反応が、どこか、ぎこちない。

 まるで、何かを隠しているかのようだ。


「フォウ様が、どこにいるのか、知ってるの?」


「うん。今、ね……」


「ん?」


 ルチアは、アレクシアが、フォウが、どこにいるのか、知っているのではないかと、推測して、尋ねる。

 アレクシアは、知っているようだが、どこか、歯切れの悪い。

 一体どうしたのだろうか。

 ルチアは、首をかしげる。

 その時であった。


「終わったぞ、アレクシア」


 奥から、足音が聞こえ、フォウが、現れる。

 アレクシアは、慌てて振り向くが、フォウは、ルチアがいる事に気付いた。


「おお、ルチアもいたのか」


「フォウ様、なぜ、ここに?何をなされていたのですか?」


「そ、それは……」


 ルチアは、フォウに尋ねる。

 なぜ、アストラルやニーチェに言わずに、外に出たのか。

 フォウは、何をしていたのか。

 アレクシアが、困ったような反応を見せる。

 やはり、何か、隠しているようだ。

 こんなアレクシアは、今まで、見た事がなかった。


「アレクシアよ、そろそろ、話すべきなのではないか?」


「フォウ様……」


「え?何、どうしたんですか?」


 フォウは、何かを悟ったかのように、アレクシアに、説明するよう促す。

 一体、何のことだろうか。

 ルチアには、全く、見当がつかない。

 アレクシアは、ため息をついた。


「ルチア。実はね……」


 アレクシアは、説明しようとする。

 だが、その時であった。


「っ!!」


 ルチア達が、何かに反応したかのように、はっとした顔になる。

 それも、警戒しているようだ。


――何?この感じ。何か、嫌な予感がする……。


 ルチア達は、感じ取っていた。

 背筋に悪寒が走るような感覚が、体中を巡っている事に。

 まるで、不吉な事が起こる前兆としか、思えてならない。

 ルチアは、構えた。

 いつでも、アレクシアを守れるように。

 その時であった。

 突如、まがまがしい気が、放たれ、一人の男性が、ルチア達の前に、姿を現したのは。


「いいねぇ、見つけたぜ。獲物をな」


 男性は、ルチアを見た途端、にやりと、不気味な笑みを浮かべる。

 その男性は、黒褐色の肌に、ピンクの髪。

 上空から、ルチアの様子をうかがっていた男性であった。


「貴方は、誰?」


 ルチアは、男性に問いただす。

 警戒心をぬぐえないまま。

 しかも、男性は、答えようとしない。

 にやりと、笑みを浮かべたままだ。

 黒褐色の肌の人間や精霊は、今まで、見た事がない。

 いや、いたとしたら、目立つであろう。

 精霊人というわけでもなさそうだ。

 思考を巡らせるルチア。

 すると、ある答えが、浮かんできた。

 男性から、まがまがしい気が放たれている。

 妖獣に近い気配だ。

 ゆえに、ルチアは、男性が、何者なのか、察してしまった。


「まさか、妖魔?」


 ルチアは、察してしまった。

 彼は、妖魔なのだと。

 そして、自分達の置かれている現状は、最悪だと。

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