第五話 記憶喪失を失ってから
ルチアは、自分とクロス、クロウが、祭の際に使用する精霊石に祈りと魔法を込めた。
平和が、いつまでも、続くことを願って。
全ての精霊石に、祈りと魔法を込めたルチアは、息を吐く。
長時間、魔法を発動していたため、少々、疲れたようだ。
彼女の様子をアストラルとニーチェは、見守っていた。
「これで、完璧ですね」
「はい、ありがとうございます」
アストラルは、微笑みながら、ルチアに、語りかける。
ルチアも、つられて、微笑んでいた。
だが、ニーチェは、何か、思うところがあるようで、難しい表情を浮かべる。
アストラルは、ニーチェの様子に気付いた。
「どうしました?ニーチェ」
「いや……もう、二年が経つんだなと」
「そうですね。ルチアさん達が、この島に来てから」
「……はい」
ニーチェは、ルチア達が、この島に来た時の事を思い返していたようだ。
それは、二年前の事。
ルチアは、この島に流れ着いた。
だが、島に流れ着いたのは、ルチアだけではない。
なんと、クロスとクロウも、二年前に、この島に流れ着いたのだ。
「やはり、思い出せないか?」
「はい」
「クロスとクロウも、ですか?」
「……はい。何も、思い出せないみたいです」
記憶を失ったのは、ルチアだけではない。
クロスとクロウも、同様に、記憶を失っている。
どこから来たのかも、自分が、何者なのかも。
だからこそ、記憶のないもの同士が、寄り添い、共に暮らし、アレクシアが、保護者代わりとなっている。
もちろん、一応、だが。
ルチア達は、思い出そうと努力したが、未だに、何も、思いだせていない。
アストラルも、ニーチェも、ルチア達の事を心配していた。
「……この祭をきっかけに、何か思いだせるといいな」
「そうでしょうか?去年も、祭りに参加しましたが、何も思いだせませんでしたし」
「そうですね。ですが、今年は、違いますよ。なにせ、ルチアさん達は、大役を任されたのですから」
「そうですね!」
アストラルとニーチェは、期待しているようだ。
ルチア達が、祭に参加する事で、何か、思い出せるようにと。
だが、ルチア達は、去年も、祭に参加している。
ゆえに、記憶が蘇えるとは、思えなかった。
アストラルは、ルチアに、語る。
今年は、ルチア、クロス、クロウが、大役を務めることになったのだ。
それは、フォウが、決めたことなのだが、フォウは、ルチア達が、少しでも、思い出してほしいと願って、今回、ルチア達を選んだのだ。
もちろん、強き心や力を持っているからと言う理由もあるが。
「それにしても、フォウ、遅いな」
「そうですね。何かあったのでしょうか?」
ニーチェは、外を見る。
フォウが、まだ、戻ってきていない。
巨大な精霊石に、祈りを捧げているのだろう。
それが、シャーマンの今の務めだ。
だが、それにしても、遅すぎる。
もう、一時間は経っているからだ。
アストラルも、不安に駆られている。
何か、トラブルに巻き込まれていなければと願うばかりであった。
「私、見に行ってきます」
「いいのですか?」
「はい。お二人は、まだ、やることがあるでしょうし」
ルチアが、フォウの様子を見に行くと名乗り出る。
彼女も、フォウの事を心配しているのだ。
フォウは、ルチア達の事を孫のように、接してくれるのだから。
アストラルとニーチェも、祭の準備で忙しい事を知っており、ルチアは、自分が、探しに行くことを決意した。
「可能性はないと思うが、村の外に出ているかもしれない。気をつけろ。最近は、妖獣が、頻繁に出現していると聞く」
「わかりました。行ってきます」
アストラルとニーチェは、ルチアに任せることにしたようだ。
もちろん、自分達が、見に行くべきだとわかってはいるが、大事な祭の準備がある。
今回は、ルチアに任せたほうがいいと判断したようだ。
だが、万が一、外に出ている可能性もある。
ここの所、妖獣が、頻繁に出現しているという報告も、受けているようだ。
ニーチェは、ルチアに注意するよう伝え、ルチアは、うなずき、家を出た。
ルチアは、先ほど、フォウと出会った精霊石の元まで戻る。
だが、そこには、フォウは、いなかった。
ルチアは、くまなく、村中を探したが、フォウを見かけることはなかった。
「あれ?いないなぁ……。本当に、外に出たのかなぁ?」
ルチアは、あたりを見回す。
本当に、外に出たのだろうか。
だが、外に出る時は、人間と精霊は、必ず、共に行動するようにと言われている。
精霊人は、極力と言われている。
アレクシアは、よく、一人で、外に出てしまうが。
共に行動するよう言われている理由は、妖獣から、身を守るためだ。
一人で、外に出ては、妖獣に襲われ、命を落とす可能性があるからだ。
皆、それを守ってきた。
フォウが、アストラルとニーチェを家に残して、一人で、外に出るとは、到底思えない。
だが、探しても、いないとなると、フォウは、外に出たとしか、考えられない。
ルチアは、思考を巡らせた。
その時であった。
「ルチア、何してるの?」
一人の少女が、ルチアに声をかける。
その少女は、人間だ。
呼ばれたルチアは、振り向いた。
「フォウ様を探してるの。どこに行ったか知らない?」
「フォウ様なら、一人で出かけたわよ?遺跡に行くって」
「一人で?」
「ええ、私も変だなって思ったんだけど、どうして、一人で行くのか、聞いても、答えなかったわ。すぐ戻るとしか言わなかったの」
少女曰く、なんと、フォウは、本当に、一人で外に出たらしい。
それも、遺跡に行くと言って。
少女も、違和感を覚えたのか、なぜ、一人で、外に出るのか、フォウに尋ねたという。
だが、フォウは、理由を語らず、すぐ、戻ると言って、外に出たそうだ。
何かあったのだろうか。
ルチアも、違和感を覚えた。
少女は、ふと、不安に駆られた様子を見せる。
心配なのだろう、フォウの事が。
「ありがとう。私、行ってくるね」
「ええ、でも、気をつけてね」
「うん!」
ルチアは、フォウの元へ行くために、村を出る。
少女は、ルチアに、任せることにしたようだ。
ルチアが、強い事は、島中の誰もが、知っている。
だからであろう。
――どうしたんだろう、フォウ様。あの後、何かあったのかな……。
ルチアは、遺跡へと向かっていく。
遺跡は、北の方角に位置する。
南の方角に位置するルクメア村は、遺跡から、一番遠い。
ゆえに、危険性が高まる。
ルチアは、なぜ、フォウが、一人で、外に出たのか、思考を巡らせるが、答えは、出なかった。
――考えても、仕方がないか!遺跡に行けば、わかるんだし。
ルチアは、考えたところで、答えは出ないと、悟ったようだ。
遺跡に行けば、フォウに出会える。
その時に、理由を尋ねるしかないと考えたのだろう。
だが、その時であった。
一匹の獣が、ルチアに、襲い掛かったのは。
「わっ!!」
ルチアは、慌てて立ち止まる。
彼女の前の現れたのは、黒い毛並みに赤い瞳を持つ虎のような姿の獣であった。
「よ、妖獣!?」
なんと、ルチアの目の前にいたのは、妖獣だ。
妖獣は、毛を逆立て、唸り声を上げて、ルチアをにらんでいる。
今にも、襲い掛かって来そうだ。
ルチアは、ごくりと唾を飲み、構えた。
――来る!!
ルチアは、じっと、相手を見る。
妖獣が、いつ、襲い掛かってきても、対処できるように。
突如、妖獣が、地面を蹴って駆けだし、ルチアに牙を向けた。
だが、ルチアは、妖獣の行動を見抜いていたようで、ギリギリまで、引きつけて、右へと回避する。
妖獣は、力任せに、立ち止まり、爪をルチアの方へと振り上げた。
しかし……。
「はっ!!」
ルチアは、右足で、勢いよく地面を蹴り、前蹴りを放つ。
蹴りは、妖獣の顔にヒットし、妖獣は、勢いよく吹き飛ばされた。
ルチアは、手ぶらで、外に出たわけではない。
ルチアの武器は、脚力だ。
華奢な体からは、到底、想像できないほどの威力を持っている。
記憶を失っても、戦い方は覚えているようで、妖獣にも、対抗できる。
しかも、ルチアが吐いているブーツは、アレクシアが、対妖魔用に作った武器の一種だ。
ルチアの脚力も、相まって、効果は抜群だった。
ルチアは、吹き飛ばされた妖獣に向かって、駆けていく。
隙を与えないためだ。
妖獣は、怒りを露わにしたのか、暴れまわるかのように、口を開け、ルチアに噛みつこうとしていた。
「えい!!」
ルチアは、続けて、後ろ蹴りを放つ。
これも、勢いよく、妖獣にヒットし、妖獣は、吹き飛ばされた。
だが、これで終わりではない。
ルチアは、高く跳躍し、構えた。
「これで、おしまい!!」
ルチアは、右足を伸ばし、左ひざを曲げた状態で、下降する。
このまま、蹴りを放つつもりだ。
だが、それだけではない。
ルチアのブーツは、ピンク色の神秘的な力を纏い始めた。
オーラだ。
人、精霊、精霊人は、オーラをその身に宿している。
オーラは、自然の力を操る源だ。
そのため、魔法や魔技を放つ際に、扱うものであり、オーラの色で、属性がわかるというのだ。
ルチアが、放とうとしているのは、オーラを、刃と化す魔技であり、その名は、ブロッサム・ブレイドと言う。
ルチアは、そのまま、降下し、魔技を発動。
妖獣に、見事、命中し、瞬く間に、妖獣は、消滅した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます