第四話 皆に愛されている彼女

 ルチアは、家を出てかけていく。

 波の音は、心地よく、響いている。

 瑠璃色の海と空は、交わり、ルチアの心を和ませた。


「おはようございます!!」


「おはよう、ルチアちゃん」


 ルチアは、浜辺で、作業をしている男性たちに声をかける。

 その男性たちも、人と精霊が、共に協力し合って作業をしている。

 漁師達だ。

 漁師達が、漁から、帰ってきたところのようだ。

 ルチアが、挨拶を交わすと、漁師達は、にこやかな表情を浮かべて、挨拶を交わした。

 ルチアは、浜辺から遠ざかる。

 ルチア達の家と同様の白い壁とオレンジの屋根が立ち並ぶ建物の間を駆け抜けた。

 途中で、ココヤシの木で遊んでいる少年達をルチアは、見かけた。


「おはよう!!」


「おはよう、ルチア姉ちゃん!」


 ルチアは、少年達にも声をかける。

 少年達も、元気そうな声で、ルチアに声をかけた。

 その少年達も、種族関係なく、人と精霊が、一緒に遊んでいる。

 本当に、共存し合っているようであった。


 

 ルチアは、村の中心でそびえたっている二つの巨大な石で立ち止まる。

 精霊石と呼ばれる石だ。

 ルーニ村は、光と闇の大精霊を祭っているため、光と闇の精霊石がそびえたっていた。

 その精霊石の前で、一人の老人が、ルチアに背を向けて、立ち止まっていた。

 祈りを捧げているようだ。


「フォウ様!」


「おお、ルチア、おはよう」


「おはようございます」


 ルチアは、老人に挨拶を交わす。

 老人は、振り向き、ルチアに、挨拶を交わした。

 彼の名前は、フォウ。

 ルクメア村の人々、精霊達の長でもあり、光と闇のシャーマンでもあり、光の精霊・アストラルと闇の精霊・ニーチェのパートナーでもあった。

 彼は、人間ではあるが、なんと、二つの属性をその身に宿しているのだ。

 本来、精霊も、人間も、そして、精霊人も、一つの属性しか、その身には宿せない。

 母親と父親の属性が、異なっても、どちらかの属性を受け継ぐ。

 しかし、偶発的に、両方の属性をその身に宿すものもいるようだ。

 と言っても、数は少ない。

 フォウの母親は、光の属性を、父親は、闇の属性をその身に宿しているため、フォウは、二つの属性をその身に宿しており、さらに、二人の精霊をパートナーにできるため、シャーマンにも、抜擢されたのであった。


「今日も、元気のようじゃの」


「はい!!」


「祭の日も、近い。じゃから、体には、気をつけるのじゃぞ」


「はい」


 ルチアとフォウは、何気ない会話を交わす。

 フォウは、ルチアの事を孫のように思ってくれているようだ。

 ルチアは、それが、本当にありがたい。

 だが、少し、気がかりな事があるのか、ルチアは、少々、暗い表情を浮かべる。

 何か、不安を抱えているかのようであった。


「あの、フォウ様」


「なんじゃ?」


「私で、いいのでしょうか?」


「ヴァルキュリア役が、自分でか?」


「はい。私は、ここの島の者じゃありませんから」


 ルチアは、不安に駆られているようだ。

 自分は、二年前、記憶を失った状態で、このルーニ島に、流れ着いた。

 つまり、この島のものではない。

 いや、正体不明の存在といっても、過言ではない。

 そんな自分が、大役を務めていいものなのか、適任なのかと、不安に駆られているのであろう。

 そんな彼女の不安をフォウは、くみ取ったようだ。


「この島の者が、ヴァルキュリア役を務めとると決まってはおらん。皆、ルチアが、ヴァルキュリア役になった時、喜んでおったのだぞ」


「本当ですか?」


「もちろんじゃ」


 フォウは、ルチアに、語りかける。

 ルチアをヴァルキュリア役に選んだのは、他でもないフォウだ。

 この事を島の皆に発表した時、誰も、反論などしなかった。

 むしろ、喜んでいたのだ。

 満場一致と言っても、過言ではないほどに。

 それほど、ルチアは、愛されている。

 偽りではない。

 ルチアは、恐る恐るフォウに尋ねると、フォウは、笑みを浮かべて、うなずいた。

 まるで、ルチアの祖父のように。


「じゃから、胸を張りなされ」


「はい、ありがとうございます!!」


 フォウに励まされ、ルチアの表情は、明るくなる。

 悩みが、一気に吹き飛んだかのようだ。

 これで、心置きなく、大役を果たせると言ったところであろう。

 そんなルチアの表情を目にしたフォウは、穏やかな表情を浮かべていた。


「わしの家で、アストラルとニーチェが、待っておる。儀式の準備を頼んだぞ」


「はい!行ってきます!!」


 ルチアは、頭を下げ、南の方へと駆けていく。

 フォウは、ルチアを優しく見送った。

 しかし……。


「さて……」


 ルチアを見送った後、フォウは深刻な表情を浮かべて、前を見据えた。


「私に何か用かな?アレクシアよ」


 フォウは、そこにアレクシアがいるかのように問いかける。

 すると、突如、アレクシアが、姿を現した。

 魔法を変えていたようだ。

 自分の姿を見られないように。

 ルチアとフォウのやり取りを見ていたのだろう。

 いや、ルチアが、家を出た時から、後をつけていたのかもしれない。


「はい。ルチアの事で」


「そうか……とうとう、か」


 フォウに問いかけられたアレクシアは、うなずいた。

 ルチアの事で話があるらしい。

 フォウは、何かを察したかのように、呟いた。

 まだ、何も、アレクシアは、語っていないというのに……。



 二人が、そんなやり取りをしているとは、知らないルチアは、フォウの家へたどり着き、立ち止まる。

 その建物も、白い壁にオレンジの屋根の建物のようだ。

 他の建物とは違い、少々、一回り、広く高いようだが。

 ルチアは、ドアを開け、フォウの家へと入る。 

 すると、家の中には、白い髪の青年が、立っていた。


「おはようございます、アストラル様」


「おはようございます、ルチアさん」


 フォウのパートナーでもあり、光の精霊でもある、アストラルは、ルチアと挨拶を交わす。

 それも、穏やかな表情で。

 アストラルは、テーブルの上に、色とりどりの華が置かれてある。 

 祭の時に使用するようだ。


「あの、ニーチェ様は?」


「もうそろそろ、来ますよ。材料をそろえていたところです」


 ルチアは、アストラルに問いかける。

 フォウのもう一人のパートナーであり、闇の精霊・ニーチェが、いないからだ。

 アストラルは、答える。

 ニーチェは、祭の時に使用する材料を準備していたらしい。

 ルチアは、納得すると、一人の黒い髪の青年が、現れる。

 彼こそが、闇の精霊・ニーチェであった。


「来たぞ」


「おはようございます。ニーチェ様」


「おはよう、ルチア」


 ルチアは、ニーチェと挨拶を交わす。

 ニーチェは、様々な色の石を両腕に抱え込んでいた。


「これは、精霊石ですか?」


「そうだ。祭に使う時用のな」


 ニーチェが、手にしているのは、精霊石だ。

 精霊石は、貴重なものであり、魔法を封じ込める機能がある。

 村の中心に建てられている精霊石も、強力な力を持っており、結界を張っているのだ。 

 妖獣が、村に侵入しないように。

 ニーチェが、手にしている精霊石に、ルチアが、祈りと魔法を込める。

 毎朝だ。

 その祈りと魔法が、込められた精霊石を遺跡へ運び、お供え物として、設置する事で、遺跡と精霊石が、共鳴し、さらには、村に設置されてある巨大な精霊石も、共鳴して、より、強力な結界が、張られる。

 もちろん、ルチアの祈りだけではなく、クロスとクロウの祈りと魔法、村の人々や精霊達も、踊りを踊って、参加する事で、平和を願うのだ。

 この祭は、千年から続いている伝統的な祭だ。

 本物のヴァルキュリアと騎士が、初めに行った事で、続いているという。


「ずいぶんと、多いですね」


「今年は、三人が、大役を務めるからな。多めにもらってきたらしい」


「そっか。本来なら、ヴァルキュリア役と騎士役は一人ずつ、任命されるんでしたよね?」


「そうですよ。ですが、今回は、騎士役が二人、クロスさんとクロウさんにお頼みしましたからね」


 ルチアは、覗き込みながら、語りかけ、ニーチェが、説明する。

 実は、今年の祭は、去年とは異なっているのだ。

 それは、騎士役が、二人である事。

 しかも、その役を務めるのは、クロスとクロウなのだ。

 騎士役が、二人になったケースは、ない。

 異例中の異例ではあるが、フォウが、決めたらしい。

 はじめは、ルチア達も、村の人々や精霊達も、驚いてはいたが、納得したようだ。

 クロスとクロウは、強力な力を持つ精霊人。

 ゆえに、異論はなかった。


「当然といえば、当然であろうな」


「みなさん、お二人の事、期待してるようです。もちろん、貴方も」


「あ、はい。ありがとうございます」


 島のみんなに愛され、期待されているルチア。

 ゆえに、必ず、祭を成功させたいと願っていたのであった。

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