第三話 摩訶不思議な女研究者
クロスとクロウを見送ったルチアは、地下室へと向かう。
地下室に、未だ、引きこもっているアレクシアを呼びに行くためだ。
階段の一つ一つを降りていくたびに、暗くなっていく。
ランタンは、設置されているが、それでも、暗い。
アレクシアは、いつも、この暗い場所で、研究を続けているようだ。
いや、アレクシアにとっては、部屋の明るさなど、どうでもいいのかもしれない。
研究さえ、できれば。
地下に降りたルチアは、アレクシアがいる地下室の扉の前に立ち、ノックした。
「アレクシアさん、いる?」
呼びかけるルチア。
しかし、アレクシアの声は聞こえない。
「アレクシアさん?」
ルチアは、首をかしげる。
おそらく、研究に没頭しており、ノックの音も、ルチアの声も聞こえていないのだろう。
ルチアは、そんなアレクシアにあきれ、ため息をつく。
いつもの事だとは、わかっていながら。
ルチアは、そっと、ドアを開ける。
だが、その時だ。
大きな爆発音が聞こえ、火花が散ったのは。
「わっ!!」
ルチアは、飛びあがり、思わず、後ずさりする。
煙は、モクモクと上がり、何も見えない。
一体、どのような、実験を行ったというのであろうか。
不安に駆られるルチア。
だが、その時であった。
煙の中から、白衣を着た女性が、現れたのは。
「あ~、失敗したぁ……」
女性は、頭をかきながら、ルチアの前に現れる。
その女性は、金髪に、眼鏡をかけている。
ダボッとした、黒いワンピースを身に着けており、その上から、白衣を羽織っていた。
彼女こそが、アレクシアなのだ。
名は、アレクシア・ラルナンタ。
希少な虹の精霊人であり、一応、ルチア達の保護者。
見た目は、30歳に見えるが、年齢は、500歳。
爆発が起こったというのに、のんきな表情を浮かべている彼女は、ようやく、自分の目の前に、ルチアがいる事に気付いた。
「あれ?ルチア?」
「何してるの?」
「実験だよ。ほら、対妖魔用の武器を作ってたところなんだ。でも、失敗したみたい。ほら」
どこまでも、マイペースな彼女に対して、ルチアは、あきれながら、問いかける。
一体、どのような実験を行えば、このような爆発が起こるのか、全くもって、理解できなかったからだ。
問いただされながらも、アレクシアは、のんびりと語る。
対妖魔用の武器を開発していたというのだ。
アレクシアは、指を指し、ルチアは、部屋の中を覗き込む。
台の上には、真っ黒になった剣が置かれていた。
一体、どのような事をすれば、爆発するのだろうか。
その説明は、一切しないため、ルチアは、呆れ、ため息をついた。
「相変わらずだね。アレクシアさんは」
「そうだね」
アレクシアは、相変わらずのマイペース。
だが、それが、彼女なのだろう。
誰に何と言われても、性格を変えるつもりなど、毛頭ない。
アレクシアも、うなずく。
もちろん、ルチアの言葉が、どのような意味を現しているのかは、想像していないのだろうが。
ルチアは、アレクシアに朝食を食べるよう勧める。
だが、アレクシアは、もう少し、研究を続けるといいだしたのだ。
部屋に戻ろうとするアレクシアを、ルチアは、強引に食い止める。
アレクシアの腕をつかみ、ダイニングまで、引っ張ってきたのだ。
一人の女性を強引にダイニングに連れてくるルチアは、実は、腕力があるのであった。
椅子に腰掛けてもらい、アレクシアに朝食を食べてもらったルチア。
その後、ルチアは、椅子に腰かけ、アレクシアに、語った。
今朝、見た夢の事を。
「そっかぁ。ヴァルキュリアの夢を」
「うん」
「ねぇ、アレクシアさんは、どう思う?」
「そうだね……」
ルチアが、ヴァルキュリアに変身して、他のヴァルキュリアの少女に、剣で、刺された事は、違和感を持ったのだろうか。
アレクシアは、思考を巡らせる。
ルチアは、不安に駆られながらも、アレクシアに尋ねた。
研究者であるアレクシアは、頭の回転が速い。
ゆえに、対妖魔用の武器を作ってしまうほどだ。
と言っても、妖魔が、侵入した事はないため、実践で使用した事は、妖獣くらいだ。
それでも、威力は抜群であり、島の人々や精霊達は、アレクシアの事を天才研究者と称していた。
少々、変人ではあるが。
アレクシアは、少し、黙って、思考を巡らせたものの、すぐに、答え始めた。
「ルチアが、ヴァルキュリアだったら、素敵だと思うよ。色々、調べられそうだし」
「もう、アレクシアさんは、いつも、研究の事ばっかりなんだから」
「仕方がないよ。研究者なんだから」
アレクシアは、楽しそうに答える。
もし、ルチアが、ヴァルキュリアであったとするならば、研究対象になると、考えているようだ。
やはり、変人、と言ったところなのだろうか。
ルチアは、呆れて、反論する。
しかし、アレクシアは、反省するそぶりは、全く見せなかった。
「ヴァルキュリアが、剣を持って戦ったって言う話は、聞いたことがない。でも、もし、ルチアが、本当に、ヴァルキュリアに変身して、剣を持って戦えたのだとしたら、私は、興味深いと思うんだけどね」
アレクシアは、これまで、ヴァルキュリアの事を調べた事がある。
ヴァルキュリアが、剣を持って、戦ったという史実はない事も、知っている。
なぜ、剣を持たなかったのかは、不明ではあるが。
だが、もし、ルチアが、本当に、ヴァルキュリアに、変身し、剣を持って、戦うことができるのであれば、それは、実に、興味深いことなのだろう。
今までの、研究結果が、覆ることになるかもしれないのだから。
全く答えになってはいないアレクシアの回答に、ルチアは、ため息をついた。
「でも、ちょっと、不吉だね」
「だよね。夢とはいえ、刺されたんだから」
と言っても、やはり、ルチアが、刺された事は、不吉に思っているようだ。
これが、現実にならなければいいと思っている。
ルチアも、アレクシアも。
その時だ。
ルチアが、ふと、ある事を思い浮かべたのは。
「ねぇ、もしかしたら、過去の記憶、だったりするのかな?」
「過去の?」
「うん、私、記憶喪失だから」
ルチアは、夢で見たのは、自分の過去ではないかと、推測する。
なぜなら、ルチアは、記憶喪失だからだ。
二年前に、気絶した状態で、島に流れ着き、アレクシアに、保護された。
わかっているのは、名前と、種族が華の精霊人と言う事、そして、ピンクの宝石のネックレスを手に握りしめていたという事だけだ。
それ以外は、何も覚えていない。
どこから来たのか、家族が、どこにいるのか。
そして、自分の正体でさえも。
「でも、夢の中では、刺されたんでしょ?」
「うん」
「だったら、ただの夢、じゃないかな?君は、生きてるんだから」
「そう、だよね」
アレクシアは、ルチアに、問いかける。
まるで、確かめるように。
もし、仮に、ルチアの見た夢が、ルチアの過去だったとしたら、あり得ないからだ。
ルチアは、生きている。
もし、本当に自分の過去を夢で見たとしたら、ルチアは、命を落としているだろう。
つまり、ルチアが、見た夢は、ただの夢と、アレクシアは、言いたいのだ。
ルチアは、アレクシアの話を聞き、もやもやしていた気持ちが、一気に吹き飛んだ気がした。
「ありがとう、アレクシアさん」
「私は、何もしてないよ」
ルチアとアレクシアは、微笑む。
まるで、家族のように。
その直後、ルチアは、すぐに立ち上がった。
「私、ちょっと、出かけてくるね」
「どこに?」
「フォウ様のところに行ってくる。そろそろ、祭が近いし。儀式の準備をしないと」
「そうだったね」
ルチアは、アレクシアの問いに答える。
祭は、ヴァルキュリア役の少女と、騎士役の少年が、遺跡で、祈りを込める。
平和を願って。
ルチアは、ヴァルキュリア役に選ばれており、祭の準備をする為に、ルーニ村の人々や精霊の長でもあり、光と闇のシャーマンでもあるフォウの元へ行こうとしていた。
「で、アレクシアさんは、遺跡に行くんでしょ?」
「よくわかったね」
「わかるよ。昨日だって、まだ、調べ足りないって言ってたじゃない」
「そうだった」
ルチアは、アレクシアがこの後、どうするか、言い当てる。
ルチアの読み通り、アレクシアは、遺跡に行くようだ。
遺跡は、神が、作ったとされる建物であり、まだ、解明されていない部分が、多数ある。
アレクシアは、遺跡に興味を持ち、毎日のように、遺跡を調べているのだ。
アレクシアのおかげで、わかってきた部分もある。
だが、アレクシアは、まだ、調べ足りないと感じているようだ。
ルチアに、言い当てられたアレクシアは、ふと、笑みをこぼした。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ルチアは、アレクシアの元を離れる。
ぱたぱたと走って。
その直後だった。
アレクシアが、神妙な面持ちで、外を見たのは。
「そろそろ、かもしれないね」
アレクシアは、呟く。
ルチアの話を聞いて、何か、思うところがあったようだ。
「時は、満ちた。って言ったほうがいいのかな」
アレクシアは、ふと、笑みをこぼした。
まるで、何かを待ちわびていたかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます