第二話 双子の青年

 二人の青年は、テーブルにサラダやトーストが乗った皿を置き始めている。

 朝食の準備をしているようだ。

 二人の青年は、よく似ている。

 それも、当然だ。

 彼らは、双子だからだ。

 一人の青年は、白くて短い髪と白い瞳、衣服は、青いシャツに、白いジャケットを羽織り、黒いズボンを穿き、白い腰マントを巻きつけている。

 彼の表情は、とても、穏やかだ。

 彼の名は、クロス・クルステルフ。

 年齢は、十八歳であり、光の精霊人。

 ルチアと共に暮らしている。

 もう一人の青年は、黒くて長い髪と黒い瞳、衣服は、白いシャツに、黒いズボンを身に着け、その上に黒のロングコートを羽織っている。

 彼の表情は、クロスと正反対で、冷静であった。

 彼の名は、クロウ・クルステルフ

 クロスの双子の兄であり、闇の精霊人。

 彼も、ルチアと暮らしていた。


「おはよう、ルチア」


「おはよう」


 クロスは、穏やかな笑みを浮かべながら、クロウは、静かな笑みを浮かべながら、挨拶を交わす。

 本当に、二人は、正反対のようだ。

 顔は、よく似ているのだが。


「うん、おはよう……」


 ルチアも、二人に歩み寄りながら、挨拶を交わすが、どこか、表情が浮かない。

 やはり、先ほどの夢の事を考えているのだろうか。


「どうした?顔色、悪いみたいだけど」


「そ、そう?」


「ああ」


 クロスは、ルチアに、歩み寄り、心配そうにうかがっている。

 ルチアの様子に気付いたようだ。

 それでも、ルチアは、隠していたつもりであったため、動揺している。

 ルチアに、尋ねられ、クロウは、淡々とうなずく。

 ルチアは、隠したいところだが、二人が、じっと視線をルチアに向けている。

 もう、これ以上は、隠し通せない。

 そう、察したルチアは、ため息をつきながら、語り始めた。


「……実は、変な夢、見たの」


「変な夢?」


「うん。私が、ヴァルキュリアに変身して、もう一人のヴァルキュリアの女の人と戦ってるの。それも、剣持って」


「ルチアが?」


「うん」


 ルチアは、先ほど見た夢の事を語る。 

 その話を聞いた二人は、目を丸くし、驚いていた。

 実は、ヴァルキュリアは、簡単になれるものではない。

 あるアイテムを使い、変身する事で、なれるものであった。

 それも、ヴァルキュリアに変身できるのは、そのアイテムに選ばれたもののみ。

 つまり、素質のある者、強力な力を持っている者のみがなれるのだ。

 ゆえに、ルチアは、憧れた。

 ゆえに、クロスとクロウは、驚きを隠せなかった。

 ルチアは、ヴァルキュリアではないから。


「ただの夢じゃない?ヴァルキュリアは、剣を持てないって聞いたし」


「だよね」


 クロスは、ルチアが、見た夢は、ただの夢ではないかと推測している。

 なぜなら、ヴァルキュリアは、剣を持って戦ったという話は、今まで、聞いたことがない。

 もちろん、可能性がないとは、言いきれないが、これまでのヴァルキュリアの話からして、現実とは、思えなかった。

 それは、ルチアも、同じだ。

 だからこそ、ただの夢だと思いたい。

 だが、あまりにも、現実のように、思えて仕方がなかった。

 ルチアは、ただの夢ではないのではないかと、察し、考え事をしていたため、暗い表情を浮かべていたのだ。


「ねぇ、クロウは、どう思う?」


「……ただの夢だと思いたいがな。だが、アレクシアに聞いたほうがいいかもしれない」


 クロスは、クロウに問いかける。

 クロウなら、冷静で正しい答えが、出せるのではないかと。

 クロウは、見た目通り、冷静な性格だ。

 ゆえに、ルチアも、クロスも、自分達が、戸惑っているときは、常に、クロウに尋ねる。

 クロウは、ゆっくりと、答えを出した。

 ルチアの事を気遣いながら。


「そうだよな。後で、アレクシアさんに、聞いてみたらいいんじゃないかな?」


「そうだね」


 クロスも、同意見のようだ。

 アレクシアに、尋ねた方が、より、正確な答えが見いだせると判断したのだろう。

 ルチアも、うなずき、アレクシアに、尋ねることにした。

 ちなみに、アレクシアは、ルチア達と共に住んでいる女性だ。

 一応、ルチア達の保護者と言う事になっているのだが、その役割を果たせていない。

 ルチア達が、しっかりしているという事もあるが、一番の理由は、彼女の性格にあった。


「あれ?アレクシアさんは?」


「まだ、地下室にいるぞ」


「先ほど、呼んだが、後で行くと言っていた」


「相変わらずだね。アレクシアさんは」


 ルチアは、きょろきょろとあたりを見回し、アレクシアがいない事に気付く。

 アレクシアは、地下にいるのだ。

 どうやら、引きこもっているらしい。

 クロスも、クロウも、朝食を一緒に取るため、アレクシアを呼んだのだが、アレクシアは、後で行くと言って、地下室に、引きこもったままなのだ。

 二人の会話を聞いたルチアは、苦笑する。

 どうやら、彼女は、変わり者と言ったところのようだ。


「今日は、二人は、どうするの?」


「これから、巡回行ってくる。妖獣ようじゅうが、徘徊してるかもしれないからな」


 ルチアは、二人に、今日の予定を尋ね、クロスが答える。

 二人は、巡回に行ってくるようだ。

 エデニア諸島では、妖獣と言う種族が、徘徊している。

 その種族は、ルチア達にとっては、脅威だ。

 命を奪われる危険性もある。

 ゆえに、自警団が、結成された。

 クロスとクロウは、自警団に所属している。

 しかも、実力は、折り紙付き。

 彼らのおかげで、死人はおろか、けが人も、出ていない。

 人々や精霊達は、二人に感謝し、二人を頼っていた。


「精霊祭も、近いしな」


「そうだよね。妖魔が、入ってくる前に、結界を張り直さないと」


 近々、祭りも、行われる為、一層、警戒心が、強まっている。

 実は、妖獣よりも、もっと、驚異的な存在がいるからだ。

 それは、妖魔と呼ばれている。

 妖獣を生みだしているのも、妖魔だ。

 どこから、現れるのかは、不明。

 それも、妖魔を倒すことは、不可能と言われている。

 ヴァルキュリアでなければ。

 だが、ルーニ島には、ヴァルキュリアがいない。

 そのため、島には、結界が張られている。

 妖魔を侵入させないためにだ。

 大精霊祭は、結界を張る儀式そのものだ。

 大精霊に感謝を込めて、祈る。

 その祈りが届くのか、強力な結界が張られる。

 妖獣は、なぜか、通り抜けてしまうようだが。

 それでも、クロス達がいる。

 ゆえに、ルーニ島は、平穏が保たれていた。


「ふーん。じゃあ、私も」


「ルチアは、駄目だ」


「なんで?」


 ルチアも、二人についていこうとする。

 だが、クロウが、すかさず、反対した。

 なぜ、駄目なのか、理解できないルチアは、口を尖らせて、尋ねる。

 まるで、子供のようだ。


「決まっているだろう。危険だからだ」


「でも、私だって、戦えるんだよ?」


 クロウが、冷静に、半ば、呆れた様子で、答える。

 反対する理由は、もちろん。

 危険だからだ。

 だが、そんな事はない、と、反論するルチア。

 ルチアも、戦うすべを身に着けている。

 村の人々や精霊達を守った事もあるのだ。

 ルチアは、少しでも、皆の役に立ちたい。

 ゆえに、一緒についていきたいと懇願する。

 それでも、クロウが、許可することはない。

 二人は、一触即発状態になりかけたが、クロスが、二人の様子を察し、ルチアの肩に優しく触れた。


「クロウが、ルチアの事が、心配なんだよ。ここは、俺達に任せて」


「……わかった」

 

 クロスが、クロウの意見に同意する。

 クロウの気持ちを汲んで。

 クロウは、ルチアの事が心配なのだ。

 だからこそ、反対した。

 ルチアは、あきらめた様子で、承諾する。

 しかし、落ち込んでいるようだ。

 己の未熟さを痛感しているようで。

 ルチアの気持ちを察したのか、クロスは、ルチアの頭をポンポンと撫でた。

 クロスは、優しい。

 クロウは、厳しいが、それでも、ルチアの事を思っての事だ。

 それは、ルチアも、理解している。

 ゆえに、これ以上、反論する事はなかった。


 

 朝食を終え、クロスとクロウは、準備を整えた後、家を出る。

 巡回するためだ。

 ルチアも、カジュアルなピンクのチュニック、白の短パンに着替えた後、手を振って、見送った。

 しかし、二人が、去った後、ルチアは、部屋に戻り、口を尖らせ、頬を膨らませる。

 まるで、拗ねた子供のようだ。


「もう、二人して、私の事、子ども扱いするんだから」


 ルチアは、ため息交じりに呟く。

 納得がいかないのだ。

 ルチアは、妖獣と戦える力がある。 

 過去に、妖獣を一人で、倒したことだってあるのだ。

 魔技も、魔法も、得意。

 確かに、クロスやクロウには、劣るかもしれない。

 それでも、ルチアは、十分に強かった。

 なのに、二人は、いつも、ルチアを戦いから、遠ざける。

 大事にしてくれているのは、ルチアも、十分にわかっている。

 だが、ルチアは、悔しくてたまらなかった。

 未熟である自分の事が。


「私が、ヴァルキュリアに変身できたら、良かったのに……」


 ルチアは、ため息をつく。

 もし、自分が、ヴァルキュリアに、変身できたら、クロスとクロウの事も、守れるのに。

 彼らと共に、戦えるのに。

 ヴァルキュリアに、変身できず、未熟な己を、ルチアは、歯がゆく感じていた。

 だが、この時、ルチアは、まだ、知る由もなかった。

 自分が、大きな運命に巻き込まれるとは……。

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