楽園世界のヴァルキュリア―救世の少女―

愛崎 四葉

第一章 再誕、華のヴァルキュリア

第一話 ヴァルキュリアに憧れる少女

 薄暗い地下の部屋の中、二人の少女が向き合い、剣をつきつけている。

 灰色のレンガで囲われた地下の部屋は、どこかのお城のようだ。

 壁にかけられたランプが、二人の少女を照らしている。

 部屋の中には、誰もいない。

 二人だけのようだ。

 一人の少女は、ピンクの髪と瞳を持つ小柄で華奢な少女だ。

 華のように美しい髪は、肩までかかっており、ハーフアップに結い上げている。

 その少女は、柄も鍔も刃も、全てが、純白に染まった剣を手にしていた。 

 しかも、戸惑いながら。

 もう一人の少女が、菫色の髪と瞳を持つ背が高い少女だ。

 ピンクの髪の少女よりも、大人びていて年上に見える。

 菫色の髪は、背中までかかっている。

 菫色の髪の少女は、冷酷な眼差しで、ピンクの髪の少女に、剣を向けていた。

 彼女が、手にしているのは、柄も鍔も刃も、全てが、漆黒に染まった剣だ。

 まるで、ピンクの髪の少女を殺そうとしているかのようであった。

 二人は、独特の衣装を身に纏っている。

 胸にシルバーの鎧を身に纏い、さらに、その上から、膝丈くらいのレースがつけられている。

 白いスカート、腕にシルバーの腕輪、鎧のブーツを身に着けていた。

 ちなみに、ピンクの髪の少女は、首にリボンをつけており、右腕の腕輪から、薄ピンクのレースの裾を身に纏っている。

 菫色の少女は、フードを身に着けており、両腕の腕輪から菫色のレースの裾を身に纏っていた。

 胸元には、それぞれ、ピンクと紫の宝石がつけられている。

 彼女達は、騎士なのだろうか。

 それとも……。

 菫色の髪の少女は、ゆっくりと、ピンクの髪の少女に迫っていく。

 ピンクの髪の少女は、体を震わせながら、後退する。

 怯えながら……。


「待って!!どうして、こんな事!!私は、戦いたくない!!」


 ピンクの髪の少女は、必死に訴える。

 なぜ、菫色の髪の少女が、剣を向けているのか、見当もつかない。

 なぜ、自分達は、戦わなければならないのだろうか。

 同じ仲間だというのに。

 ピンクの髪の少女は、必死に、思考を巡らせる。

 お互いが、剣を向け合っているい理由を。

 しかし、菫色の髪の少女は、ピンクの髪の少女の問いに答えることなく、斬りかかった。

 まるで、狂剣士のように。

 ピンクの髪の少女は、剣で受け止め、後退する。

 それでも、菫色の髪の少女は、何度も、剣を振り、その度に、ピンクの髪の少女は、剣で、受け止め、回避した。


「お願い!!――!!」


 ピンクの髪の少女は、叫ぶ。

 懇願しながら。

 おそらく、菫色の髪の少女の名を呼んでいるのだろう。

 だが、その声は、菫色の髪の少女に届いていない。

 それどころか、菫色の髪の少女は、剣で、ピンクの髪の少女を貫いた。

 顔色一つ変えることなく。

 ピンクの髪の少女は、目を見開き、手から剣を離してしまった。


「っ!!」


 衝撃を受けたのか、ピンクの髪の少女は、目を見開く。

 だが、彼女がいたのは、地下室ではない。

 一軒家の二階の一室だ。

 茶色の机とクローゼットが、置かれてある。

 彼女の部屋のようだ。

 ピンクの髪の少女は、ベッドの上で、荒い息を繰り返していた。

 どうやら、夢を見ていたようだ。

 日の光が、窓から差し込み、小鳥達のさえずりが聞こえてくる。


「び、びっくりしたぁ……」


 息を整えた少女は、起き上がる。

 少女の名は、ルチア。

 ルチア・ハロ二アと言う。

 年齢は、十五歳くらい。

 現在は、わけあって、島に住んでいる。

 ルチアは、自分の衣服を見つめるかのように、下を向く。

 ルチアが着ているのは、薄ピンクのネグリジェだ。

 鎧も、スカートも、身に着けていない。

 普段と何も、変わりはない。

 やはり、先ほど見た光景は、夢だったようだ。

 ルチアは、確信していた。


――なんだったんだろう。あの夢……。


 ルチアは、思考を巡らせる。

 見たことない場所で、知らない少女と、剣を向け合っていた。

 どこなのかも、なぜ、剣を向け合っていたのかも、少女が、誰なのかも、不明だ。

 だが、自分が、身に着けていた衣装だけは、知っている。

 あの衣装は、島中で語られている女戦士の者だけが、身に着けられる衣装だ。

 人々は、彼女達の事をヴァルキュリアと呼んでいる。

 古代、世界を救い、人々を守ってきたという伝説の……。

 ルチアは、ヴァルキュリアに憧れ、なれればいいなと願っていた。

 と言っても、誰しもが、ヴァルキュリアになれるわけではない。

 選ばれし少女達のみが、なれるものなのだから。


「あの人って、誰なのかな……ヴァルキュリア、みたいだったけど……」


 考えても、考えても、少女が、何者なのか、見当もつかない。

 わかっている事は、ただ一つ、同じヴァルキュリアだったという事だけだ。

 しかし、なぜ、ヴァルキュリア同士で、戦っていたのかは、不明であった。


「憧れてたから、見たのかな。でも、刺されるなんてなぁ……」


 ルチアは、夢の中で、剣で刺された場所・お腹のあたりをさする。

 夢で、憧れのヴァルキュリアになれたとは言え、剣で刺されるなど、不吉な事だ。

 夢だから良かったものの、現実で起こっていたら、おぞましい出来事であったに違いない。

 本当に、夢でよかったと、ルチアは、心の底から、感じ、ベッドから離れ、ピンクの宝石のネックレスを首にかけ、窓を開けた。

 窓からは、海が見え、波の音が聞こえてくる。

 青く、宝石のように美しい色・瑠璃色の海が。

 その海を太陽が、照らしている。

 いつものように。


「今日も、いい天気だなぁ」


 ルチアは、外を眺める。

 その表情は、とても、明るかった。



 ルチア達が、住んでいる島々は、エデニア諸島と呼ばれている。

 南の方角に位置し、いくつもの島々で成り立っていた。

 火の島、水の島、風の島、地の島、そして、その四つの島に囲まれた島・ルーニ島とレージオ島の6つの島が、エデニア諸島だ。

 ルチアは、ルーニ島に住んでいる。

 ルーニ島は、光、闇、華、雷の大精霊がいたと言い伝えられている島であり、三つの村がある。

 ルチアが、住んでいる村は、ルクメア村。

 光と闇の大精霊が祭られている村であり、昼は、エデニア諸島の中で最も、明るく、夜は、最も、静かな村だ。

 エデニア諸島では、自然の力を刃と変えて戦う人と自然を操り、魔法を放つ精霊が共に暮らしている。

 人の髪の色は、黒や茶色、灰色と少々地味なのに対し、精霊の髪の色は、水色、黄緑と言った薄いカラフルな色である。

 人と精霊が、共存しているのは、古来からであり、当然のように、過ごしてきた。

 精霊は、長寿であり、500年は、生きられるという。

 人と精霊は、必ず、パートナーを組む。

 お互いの力を補うためだ。

 それも、同じ属性同士だ。

 人も、精霊も、光、闇、華、雷、火、水、風、地のどれかの属性をその身に宿している。

 まれに、二つの属性を宿している事もあれば、全ての属性を宿している事もあるのだという。

 全ての属性に対しては、虹属性と呼ばれている。

 と言っても、あまりいないのだが。

 人は、自然の力を刃と変えて戦う技・これすなわち、魔技と呼ばれる力を得意とし、精霊は、自然を操り、魔法を放つ力を得意とする。

 だからこそ、人と精霊は、共に助け合って、生きてきたのだ。

 その中でも、強力な力を持っているのは、大精霊、シャーマン、そして、精霊人であった。

 大精霊は、精霊達の長であり、シャーマンは、人間達の長だ。

 そして、大精霊とシャーマンは、必ず、パートナーを組む。

 大精霊は、強力な力を持っているがゆえに、暴走する時がある。

 だが、シャーマンが、パートナーとなり、契約を結ぶことで、大精霊の力を制御しているのであった。

 しかし、精霊人は違う。

 人や精霊とパートナーを組むことはない。

 なぜなら、人と精霊の力、両方の力を兼ね備えた存在だからだ。

 精霊人とは、人と精霊の間に生まれた種族。

 ゆえに、魔技も、魔法も、得意とし、力を制御することにもたけている。

 そして、精霊よりも、長寿であり、千年も、生きている者もいるという。

 人と精霊の間に子供が生まれるのは、ごくまれである。

 それゆえに、精霊人は、希少な種族であった。

 ルチアは、精霊人だ。

 華の精霊人であり、ピンクの髪と目は、その証なのだという。

 


 ルチアは、階段を下り、ダイニングにたどり着く。

 ダイニングには、二人の青年が、立っており、ルチアを出迎えた。

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