二十本目 自己紹介、施設紹介

 ガチャッ、ギィー

 観音開きの大扉を開くと、そこはホテルのロビーのような広い空間があった。

 二階まで吹き抜けた高い天井から、典型的なシャンデリアが吊るされている。天井からは見るからに高級そうなソファや机、格式高そうな絵画、焼き物、西洋の甲冑などが数点、そして、世界で初めて時を刻んだかのように古い、大きな柱時計が鎮座ましましている。

 ロビーの奥には、三階まで伸びる螺旋階段、左右の壁には、恐らく廊下に続くであろう、これまた大きな扉がある。

 みんなでキョロキョロしながら中に入ると、

「私、こちらで家事手伝いのようなことをしております、椎名と申します。主を呼んでまいります、どうぞ、おかけになってお待ちください」

 門からここまで案内してくれた椎名氏が、そう告げて向かって右の扉に消えた。



 10分後

「久しぶり、凌牙。そして皆さん、はじめまして。私が依頼人の文梨柊哉です」

 優しそうな、ふくよかなおじ様といった感じの男性が向かいの席に座ったまま軽く礼する。見た目は年相応と言ったところだろうか。

「皆さんから見て右から、妻のよみ、長男の永冶ながや、長女の波音はね、次女の愛都いと、末の陣那じんなです」

 柊哉の隣に並んで座っていた五人は、自分の名前を呼ばれると会釈をした。

 暦氏は旦那さんとは違い、すらっとした端正な顔立ちのご婦人だ。だが心労からか、どことなく影が落ちているように見える。たしか柊哉や所長と同年代だが、十ほど若く見える。白い大きなペンダントをしている。

 永冶氏は背が高く、しっかりと筋肉のついた青年だ。赤く染めてワックスを付けまくった短髪のせいで怖い印象があるし、実際に遊んでいそうだ。が、お母さんによく似た美形。赤い指輪が右手の親指に光っている。

 波音氏は、お兄さんと同じく背の高い女性だ。足まで伸びた髪は黒より深い青に染められている。印象的な切れ長の目は、母親譲りだろう。その目がキツい印象を与える。青いイヤリングをつけている。

 愛都氏は小柄で華奢という感じの女の子だ。身長もそうだが、優しそうな目もお父さんに似ている。だが、俯きがちで暗いイメージを持った。紫がかったノームコアショートの髪に、紫色の花型の髪飾りを付けている。

 陣那氏は末っ子ということもあって、まだまだ子供っぽさの残った顔立ちをしている。しかし目元などからは、両親から譲り受けたであろう強かさを伺える。短く切りそろえた髪は、髪質のせいか白っぽく見える。左手首に白いリストバンドを付けている。

「さて、じゃあ早速だけど、依頼の詳しい内容を教えてくれ」

「ああ。実は、こんなものが届いたんだよ」

 そう言って柊哉氏は1枚の紙と封筒を机に置いた。3つ折りにされて入っていたであろう紙には、

『次に月隠るる日の0時ちょうどに、至宝パークを頂きに参上する

  怪盗ロールシャッハ』

「……なんというか、すごく在り来りな予告状ですね」

 誰ともなく言ったその言葉に、しかし柊哉氏は

「そう!予告状が届いたんだ!」

 いきなり大きな声を出して、前のめりになる。ちょっと怖い。

「え、えっと、この至宝パークっていうのは、あの?」

 なだめるような落ち着いた調子の声で所長は聞いた。

「そうそう。俺とお前と一緒に作った、試験的なキード強化アイテムだ。覚えてるか?」

「当たり前だ。パークが完成した直後だ、あんなことになったのは。忘れられるわけないだろ。それで、パークはどこにあるんだ?」

「この屋敷の三階に、特殊な鍵をかけて保管してある。これはすごいぞ。お前が辞めてから作ったんだ。ま、百聞は一見にしかず、だ。移動しよう、お前達も着いてきなさい。皆さんもどうぞお越しください」

 そう言うと、柊哉氏は立ち上がって、我々を先導してくれる。後ろには椎名氏も含めた、文梨家の人々が続く。





「ここだ。ここが、資料室だ」

 すごいアイテムが保存してある割には、ここに来るまでにあった扉と同じものが使われているし、壁も特別な変化はなさそうに見える。

「資料室、ですか。なぜ資料室に保管を?」

 そんな理香さんの質問に、柊哉氏はにこやかに答える。

「ええ。強化アイテムでもなんでも、我々にとっては等しく研究対象ですのでね。他のアイテムだとかキード関係のものと一緒に保管してるんですよ。それじゃ、見てもらいましょう」

 とても普通の鍵を開けて中に入ると、沢山の棚に所狭しと並べられた、本や鉱物やフラスコにビーカーに、果ては何かの生物の薬品漬けまでが。よく見ると、棚の一角にキードの形に近い石が沢山置いてあるのは、研究途中の不完全品だろうか。足りなくなったら増やし、また足りなくなったら増やし、を繰り返したようで迷路のようになっている。幅はとても狭く、人がすれ違うのも大変そうだ。

 本棚の迷路を抜けると、少しだけ開けた場所に出た。と言っても2畳ほどしかないその空間の中央には、縦横50センチ前後で高さは腰くらいの、直方体型の金属の台座があった。台座の上には緑色の電気みたいな、バリアみたいな、そんな感じのもので出来た50センチ立方の箱がある。

 そしてその箱の中には、南京錠のような物が入っているが、箱の側面がバチバチとなっていてよく見えない。

「さあ、これがパークです。今開けましょう」

 そう言うと柊哉氏はキードを取り出した。よく見ると台座には鍵穴のような穴がある。おもむろにその穴にキードを差し込んだ。

「ーーーーーーッハ!」

 力を込めるような掛け声を上げた。すると、

 シュ…………ン

 と音をたてて結界は消えてしまった。

「ははは、どうだ凌牙、すごいだろう?最高だろう??天才だろう???」

「お前のそういうところ昔から変わんないよな」

「おや、嫌だったか?」

「俺はここにいるぞ」

「ふふっ、良かった。見ての通り、キードを差し込むと本当の鍵になるんだよ。一度登録したキードしか受け付けないし、登録されたキードを奪われたとしても、その持ち主が使ったときだけ開くから、セキュリティもカンペキってわけさ。ところで誰かこの箱に攻撃なり破壊なりして、中のパークを取り出してみてくださいませんか?何人でも構いません」

 柊哉氏はパークを台座の中央に据えて、キードを引き抜く。するとまた緑色の壁が発生した。

「ここは私達の出番だよね、お姉ちゃん!

「ええ、そうね、壁と聞いちゃ黙ってられないわ」

 そう頷き合うや否や、素早くキードを取り出し自らに突き立て、能力を発動させる。『壁に穴を開ける能力』を。

 しかし、緑色の壁には何も起こらない。

「あ、あれ?なんで?も、もいっかい!」

 何度やっても、針の穴どころか歪むこともない。

 痺れを切らした犬斗君も参戦するが、結果は同じ。

「そう!おまけにこの箱、物理も異能力も全部のエネルギーを吸い取ってしまうのさ、このエネルギーの壁は。まさに鉄壁!」

 勝ち誇ったような飛びっきりの笑顔を所長に向ける。

「なるほどな、なかなか考えられてる。そしてそれを実現させたその技術も相当なものだ。それも俺の手伝いも無しに。どうやら本物の天才だったらしいな」

「はっはっはっ、そうだろうそうだろう。……あー、ただ、一つだけ、欠点があってだな。この鍵、キードを使うからなんだが、使えるかどうかは、使用者の精神力に依存しているんだよ。つまり、精神が弱い人は使えなくて……」

「はい無能」

「痛烈な手のひら返し!しかし、ここで柊哉さんのアイデアが爆発。これ使用は出来なくても登録はできるんだ。この性質を利用して、次期社長を決めることにしたんだ」

「ほほう、いいじゃないか。会社に新しい風を吹き込める。やはり息子さん達から?」

「ああ、みんな「継ぎたい」と言ってくれているからな。一応社員からも募っているんだが、全然出てこない」

「ま、そうだろうな。で、誰か開けられたのか?」

「いーや、ダメだね。ピクリともしないね。でもまだ俺は引退するつもりはないし、大丈夫だよ」

 そんな言葉に、なんとなく後ろの方が暗くなる。舌打ちなんかも聞こえた気がした。

「でも、これだけしているなら安心じゃないか?どう頑張っても開けられないだろ」

「あはは、実はな、ここの屋敷には来る道が一本だけで、他は森だったり湿地だったり崖だったりで、絶対に通れないんだ。そしてその唯一の道も、監視カメラを3台設置して管理しているんだが、予告状が届いた頃は誰も通っていないんだよ。ウチ新聞取ってないし」

「なんだって?つまり……」

「そう、犯人はこの中にいる!」



「………………お、おう」

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