十九点五本目 自分語りが楽しいのは自分だけ
「包丁で人が死んだら、鍛冶屋に文句を言うのか」
「え?なんです?」
「でた、自分語り。始まったら長いんだよねー」
彼と初めて出会ったのは、大学の入学式だった。
新たな生活に胸を踊らせ、目を輝かせる同窓生たちの中で、さっさと終われと思っていた私はふと隣を見た。するとそこには、同じくめんどくさそうな顔があった。
それが彼だった。
私は、ほんの気まぐれで彼に声をかけた。学長のクソ長い話がついに10分を超えたのに、まだハーモニカまで吹き出したこともあり、なにか暇つぶしが欲しかった。こいつは少し面白そうだと思っただけだった。
内容は覚えていない。どうせ多分、いつも通り本を読んでいただろうから、その話でもしたんだろう。覚えていないし、さして重要でも無かったんだろう。
でもその後、学部が同じ理工学部で、しかも色々と大学の事を知っていたので、彼にはすごく助けてもらった。
彼も、初日のよしみで付き合ってくれた。
学科は違ったので日中はあまり会わなかったが、サークルも立ち上げて、お互いの家に遊びに行って朝まで呑み明かしたりとかして、なんやかんや楽しく過ごしていた。
そして、それからしばらくして、その時がきた。彼との数奇な運命の歯車が、軋みを上げながら動き出した。
金星に行っていた探査機が持ち帰った鉱石の中に、新種の鉱石が含まれていた。この鉱石どのくらいすごいかと言うと、世界中の科学者を、3度はひっくり返せるような代物だ。
ちょうど所属していた研究室の教授が、その界隈では世界的に有名な方だったので、その鉱石について研究し始めた。そしてそれに、特別に参加させてもらったのだった。
こうして参加した研究だが、日本チームはどんどん功績をあげていった。各々の得意分野からの多角的アプローチが功を奏した。提出した論文はネイチャーにも掲載され、一気に日本は金星開発の最先進国に登り詰めた。
大学院も卒業して、彼と研究所を作った。所長の椅子は私が座らせてもらった。各界の専門家や先輩後輩、さらには海外の企業も協力してくれた。そうして沢山の人達に助けられて、キードシステムを完成させ特許も取得。このお金でさらに研究所を大きくできると喜んだものだ。
「ねぇ、社長、この話いつまで」
そこで、ヴィーナスインパクトが起こった。
今までせいぜい宇宙工学者か天文学者くらいしか注目していなかったのに、世界中が目を向けてきた。連日メディアが押し寄せ、解説をしてくれ、話をしてくれ、とせがんできた。あちこちに引っ張りだこになり、辟易していた。
しかし、私はこう考えた。これぞ契機と。メディアに出演し、自らのヴィーナスシステムを宣伝していく。たちまち11ケタもの寄付が集まり、研究所のみんなは目をむき、彼には商売の才能もあったようだと感心したそうだ。
その資金で、キードシステムの商品化にまで漕ぎ着けた。ほとんど社会現象と言ってもいいだろう。特許の使用料もガンガン入ってきた。
「社長ー。ダメだ聞いてない。大人しく聞き流そう」
しかし、事件は起こった。ちょうど研究所のアメリカ支部の話が出ていた頃だった。
とある通り魔事件が起こったのだった。それまでもほんの何件か犯罪にキードが使われ、キードの存在を問題視する声も上がっていたが、政府も法整備を急ぐと声明を出していたので、安心しきっていた。
何事にも代償というものは存在するもので。その事件では、犯人がキードの煙で死んだのだ。滅多なことでは出ないし、パッケージでもホームページでも説明しているし、販売代理店でも説明をお願いしていた。その危険性、発動条件、対処法を。
にも関わらず、心無い人々の大きな声は雨あられと降り注ぎ、落ち着いてきていたメディアもまた詰めかけた。やれ人殺しだの、悪魔の科学者だの、国家反逆だの。毎日毎日ご苦労なこって、特集組んでどこぞの大学教授を呼んで、その人もだいたい元競争相手の人だったから、さぞスッキリしたことだろうさ。使用者のために煙を研究をする研究所だってのに、その煙に毛ほども関係ないただ大きいだけの声に研究できなくなる研究所とは。その時は、ただただ科学の敗北を見た気がした。
そんな熱い手のひら返しによる、世論という名の大津波に一研究所が耐えられるはずもなく、所長辞任を求める声が多数。
そうして私は辞任した。
「へー」
「もうちょっと聞いてあげましょうよ」
「いらないいらない。なんの足しにもならないから」
その記者会見でのこと。ある記者は言った。
「今回の事件だけでなく、人類全員を危険に晒した訳ですが、それについてはどうお考えですか?」と。
意味が分からなかったから「………えー、どうとは」と返すと、
「こんな危険なものを作ったんですよ?そのせいで人が死んだんですよ!あなたのせいです!」なんて言った。
「ええー、まずお伺いしますが、薬には副作用というものがあることはご存知でしょうか」
「ちょっと、はぐらかさな」なにか言われそうだったので、食い気味に続けて言った。
「あれヒドイですよね!キツい薬だと髪の毛抜けたりしちゃうんですものねー」
「それは、必要なことです。それだけしないといけない病気ということで…、はっ、まさか彼らは、必要な犠牲だったとでも」
「違います、早とちりです。そんなことじゃなくて。物事には二面性があるという話です。薬は病気を治すが、使い方を間違えれば毒にもなるのですよ」
「なら、こんな猛毒はじめから」
「そうじゃなくて、用法用量を守って正しくお使いくださいってことですよ。そもそもパッケージにも特設サイトにもホームページにも書いておいたでしょう?」
「なんですかその態度!反省していないんですか?!あなたは悪魔の科学者だ!」
「はぁー、だから…………。じゃあ、こうしましょう。包丁、ありますよね」
「また話をすり替え」
「あれは料理に使うものだ」
「………ええ、知ってますよ」
「結構。ただし料理に使うためのものだと言っても、所詮は刃物だ。人を刺せば怪我をします。最悪死ぬかも」
「そうですね、当たり前です。そんなこと小学生だってきつく教えてもらっている」
「それで、包丁を使って殺人が起きたとしましょう。その時あなたは、
包丁で人が死んだら、鍛冶屋に文句を言うのか」
「いやー、その時の記者の顔は忘れられないね。畏怖と辟易と嫌悪とが混ざった顔。こんなのと話しても埒が明かないと、諦めて座ったね。それで」
「所長!」
「え、なに」
「その話もういいんで」
「ええー、聞いてよ。私の武勇伝なのに」
「嫌です」
「美浜はどう思、って寝てるし。犬斗君は」
「あはは、ちょっと、そのー、」
「ええー、悲しいなぁ。理香さん」
「あ、ごめんなさい。聞いてなかって」
「そんなぁー」
「はいはい。さっさと運転して」
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