十八本目 あなたに勇気、悪魔に魂

「美浜ぁあああ!!!」

 車内にこだまする悲鳴。そんな中、紫さんが急いで駆け寄る。

「腕がぁぁああ!私の!私の腕がぁぁぁあああ!!!」

「落ち着いて!出血が増える!タオル、タオルで圧迫止血!」

 冷静に対処する紫さん。手早く応急処置を施していく。それに対して

「貴っ様ぁ!」

 懐に飛び込んで行くが、軌道が先程と全く同じで、このままでは二の舞になる。

「同じ攻撃を受ける私ではありません」

 その時、

 ガッ

 理香さんが腕を引っ張って、特攻を止めた。

「私が行くわ、由良ちゃん」

「え?理香姉さ…」

 そこには、先程まで真っ青になって隅で震えていた理香さんは無かった。

「大切な友達を助けなきゃ。それに、妹を助けるのは、お姉ちゃんの仕事よ」

 きつく見開いたその目には、強い意思を滲ませている。

「で、でも!理香姉さんのキードは」

「大丈夫」

 そう言ってボスの前に立ちはだかる。

「よくも友達を、妹を泣かせたわね。この落とし前はつけてもらうわよ」

「汝の、キード、では、我らを倒ことなど、不可能、なり。大人しく、目を、渡せ」

 そう言って回し蹴りを、胴を狙って打ち出す。

 が、理香さんはすんでで避ける。

「ぬ、避けやがった、なら!」

 蹴りあげる足に注意を向かせつつ、右手を伸ばす。

 が、それも当たらない。

「なんだと、避けないでください、ちょこまかと」

 飛び後ろ回し蹴りを繰り出し、続けてサマーソルトキックをする。

 そしてそれも当たらない。

「なななななな」

「ラプラスの悪魔って知ってる?」

「え、ああ、知っている。世界に存在する全ての原子の位置と運動量を知ることができれば、これらの原子の時間発展を計算することができるだろうから、その先の世界がどのようになるかを完全に知ることができるという。ただ、原子の位置と運動量の両方を同時に知ることは原理的に不可能だから、出来ないらしいが。それが?」

「説明ありがとう。実は私の能力、正確には読むじゃなくて、読み取るなんだよね。ありとあらゆる情報を、全て読み取ることができる能力。その能力で、私は今五感の全てをフル動員してこの宇宙中の情報を読み取ってる。原子の位置も運動量も読み取ってる。つまり、そのラプラスの悪魔を実践してるの。すごく疲れるから滅多に使わないんだけど」

「は?原理的、不可能、なり。物理的、不可能、なり」

「何言ってるの。あなたのその左足だって物理的に不可能でしょうが」

「ふ、ふざけんな!そんな、そんなことが!」

「そんなにショック?自分では敵わないことがあることが」

「クッ、クソがー!!!舐めんな!」

 やたらめったら繰り出される、当たれば必死の攻撃を、しかし理香さんは軽々と避けてみせる。

 怒涛の連撃に疲れたボスを、ポケットから取り出したナイフよりも鋭い眼光で、射殺すように睨みつける。そのまま距離を詰め、

 ザクッ

「ぎゃあああああ」

『滑』るの能力の、発動タイミングを伺っていた目を潰す。

 床に倒れ込み、残った目で理香さんを見上げる。

「こんなの、卑怯だ!!こんなの」

「卑怯も何もあるか!これは私の力。あなたのその継ぎ接ぎと、浮力と、腕力と、潤滑と、釘と同じ。それを、自分の力を賭して戦った、その結果」

 ここまで言い終わって、理香さんは膝から崩れ落ちて、へたり込んでしまった。

 駆け寄ろうとする周りを手で制すが、目から、耳から、口から、鼻から、身体中から血が滲む。それでもまだその眼光だけは、その先にあるものを射殺さんと光り続けている。

「なんで、そんなになるまで」

 そう問われて、少し黙って、

「大切な友達を、かわいい妹を助けるためだもの、そのためなら、悪魔に売る魂なんて、安いものよ」




「ふふ、ははは、あーははははは」

 突然ボスが笑いだした。

「なに?こっちは早くぶっ倒れたくてしかたないの。それとも、もう一本行っとく?」

「素晴らしい、何人もの刺客を超え、幹部を下し、私の元まで辿り着き、そして私を倒した。素晴らしい。が、遅かった」

 不敵な笑みを浮かべるボスに、

「負け惜しみより、妹の左腕返しなさい。継ぎ接ぎできるでしょ」

 しかし、理香さんは淡々と告げる。

「気付かないか?外を見てみろ」

 なんと!外の景色は、高層ビルの窓からのような!

「浮かんでるんでしょ、知ってるわよそんなの。シータから聞き出したもの。この後国会議事堂に突っ込むつもりなのも」

 汚ねぇ花火だ、ってことらしい。

「そう!つまり、ここまで来れば私の!」

「それよりも、あなたの方も何か気付かない?例えば、電車が思ったより軽いとか」

「え」

「実は既に、先頭車両より後ろは連結器を外しているわ」

 犬斗君のアイデアで、切り離して万が一に備えていた。

「それでも、一両でも、いい。喰らえ、クソ国家に反逆の狼煙だぁあああ!!!!!!」

 バシャァァァアアアアア

 その瞬間、大量の水が窓を、扉を、車両全体を包む。

「な、なんだ?何が起こって」

「ざーんねん」

 ずずーん

 そのまま、ゆっくりと着地。水の幕が晴れていく。

 ギガッ

 扉がこじ開けられる。

「……………あ、皆さん。よかった、所長に手配してもらった消防車のおかげで、電車一両持ち上げられる程の水が用意できました、って、理香さん血まみれじゃないですか!それに榠樝さんもボロボロに、うわ!美浜さんその腕!!」

「落ち着きなさいな。とりあえず救急車呼んできて」

「はいー!」

「な、なんで」

「ああ、気づかなかったのね、私たちが一人減ってること」

「は!?」

「切り離した車両に犬斗君に残ってもらって、国会議事堂に先回り。消防車を呼んで大量の水を用意。彼の『水』のキードでこの電車を受け止めてもらった、というわけよ。さ、もう野望も潰れたし、腕返して」

「クソ………」

 ぶちっ

「わかった、負けた」

「はぁ、やれや………」

 ドサッ

「ああ、由良ちゃん」

 緊張の糸が切れたようで、ようやく倒れ込んだ理香さんを、優しく受け止めた。

「ありがとう、理香姉さん」

「ん」

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