十五本目 運がない、戦略はある
ロープが無くなったので、乗客の一人が持っていたガムテープを貰った。それでシータを拘束した。傘はデザインが気に入ったので、理香さんが貰った。
「よし、一丁上がり。中ボス撃破って感じですかね?」
「そうね。でもさっきの放送から察するに、あと三大天みたいなのがいて、主犯のボスがいると思う」
「なんかボスラッシュみたいだね」
「全員を簀巻きにしてやれば、何ら問題は無いのです。先を急ぎましょう」
「ええ、早く買い物行きたいですしね」
ガラッ
「お待ちしておりました。私」
「あの、前口上はいいんで」
「………規則でして。では、手短に。私、ファイと申します。お急ぎのようですので、では」
髪をかきあげて、作り笑いを浮かべていた目がギラリと光る。
「ぶっ殺してやる!」
「口悪いのは同じか。もしかして皆そうなの?」
キードは手首に突き立てた。
「理香姉さん、能力は?」
「ちょっとまっ、痛っ!」
いきなり理香さんがしゃがみ込んだ。
「えっ!?どうしたの?何されたの理香お姉ちゃん!」
「こ、」
「こ?」
「コンタクトが割れた」
「なーんだ、攻撃かと思った。それじゃ、早くメガネにかけ変えて」
「うん、ごめんなさい。時間稼いで」
「それなら、僕の柔術で!」
榠樝さんが飛び出した。が、一歩目でコケた。
「うびゅっ」
「あーあ、何してるんですか。ここは僕の水で」
言いながらペットボトルを取り出す。が、水は出ない。
「あ、あれ?おかしいな」
ペットボトルをのぞき込むと、その時水が吹き出した。
「ぎゃーー」
「ちょっと、犬斗さんしっかりしてくださいよ。とりあえずバリア」
紫さんがドアを呼び出す。しかし、さっき犬斗君が放り投げたペットボトルの上に着地してしまい、バタバタと倒れてしまった。
「あうぇっ?!」
「ちょっと、なんかおかしくない?理香お姉ちゃんまだ?」
「………よし!おまたせ、っとあ!」
ガタンッと電車が揺れた拍子に、メガネを取り落としてそのまま踏んずけてしまった。
「きゃぁぁあああ!!!新調したばっかりなのにー!」
「流石にこれはおかしいでしょ!皆、運が悪すぎる。まさか」
「そうさ!これこそ我が『凶』の能力!対象の、俺への敵意による全ての行動が裏目に出る能力だ!選べる対象は一つだけだから、今はお前ら探偵事務所を対象にしている。バレるのかと思って待ってたが、埒が明かないからサービスだ」
「よく喋るのですね。おかげでよくわかりました」
「でも、そんなのどう対処したら」
「任せて欲しいのです。押してダメなら、さらに押す!」
「引かないのか…」
「ダメだったのです~」
「「「「「でしょうね」」」」」
何度転んでも立ち上がり続けるその姿勢は評価に値するが、ことごとく失敗に終わった。
「………!」
「ん?どうしたの美浜?」
「たぶん、勝てないんだよ」
「え?!美浜ちゃん何を言ってるの!諦めちゃダメよ、ここで私たちが諦めちゃ、誰がこの花火大会を止めるのよ!」
「こんな能力、勝てるわけがないよ。それでも私は、糸玉異能力探偵事務所の所員だから逃げない。お姉ちゃんも理香お姉ちゃんも犬斗君も逃げちゃダメだよ。所長に怒られちゃう。けど、榠樝さんと紫さんは?いつも助けてくれるのは、二人が優しいからで所員だからじゃないし、そもそも今日は休日だもん。二人には逃げる権利がある。何にでも首を突っ込むバカ事務所に関わるのなんて、辞めて放って逃げていいんだ」
チラッ
「?…………!」
「ちょっと、そんな寂しいこと言わないでください。僕だって、遊びでここに立ってるわけじゃない。あなたに助けてもらって、僕は恐怖から救われたんだ。そんなあなたのお手伝いを、微力ながらさせてもらいたいと思ったんだ。少し強い敵だからって逃げたりなん」
「僕は、辞めさせてもらうのです。今まで、ご協力ありがとうございました」
「え、そんな、榠樝さん!」
「榠樝!それでいいの?!私はあなたにずっと期待していたのに!それを裏切るの?!」
「だって!…怖いものは、怖いのです。全く歯が立たない。私の柔術どころか、皆さんのキードさえ、あの能力の前には無力なのです。期待も夢も何もないのです。嫌なのです、死ぬのは」
「っ!ガッカリだよ!!!………早く行きなよ」
「理香姉さん…」
「…………どうかご無事で」
ガラッ
「おいおい、仲間割れかぁ?別に逃げたっていいんだぜ、止めも追いもしないさ。まあ残っても、お前らには俺は倒せないがな!はっはっはっはっ!さあ、逃げないならかかってこいよぉ!」
「おーい、さすがに暇なんだが………」
攻撃が全く当たらない。投擲武器はことごとく外れる。近接攻撃は近付く前にコケるし、なんとか接近できても外れる。精神攻撃は効かない。穴は目測を誤って違うところに開く。理香さんはコンタクトレンズもメガネも無くて見えないから読めない。結果ファイは棒立ちのまま全員をボコボコにした。
「お前らもう少し考えろ。そんな頭から突っ込んでくるな。飽きたよそれはもう」
「どうしよう。今回はホントにやばい」
「はぁ、シータの野郎をやったって聞いたから期待していたのに、この程度かよ、はぁぁ」
その時だった。この時を待っていたのだ。ファイが油断したその一瞬のためだった。
事務所メンバーの背後にあるドアを、開けられなくて困っていた人がいたので、その人への善意で穴を開けて通れるようにした。でも、少しばかり距離が伸びてしまって、ファイの目の前まで穴が伸びてしまったみたいだ。
隣の車両との扉から伸びた銃身を駆け抜けた弾丸が、一気にファイの懐に飛び込み、完璧な大外刈を決めた。
「ぐぼぁあ」
「どーです!百人抜き3分20秒、『刈り取る者』と恐れられた内海榠樝の大外刈は!」
後頭部はぶつけないように引っ張りあげたけど、背中をしたたかに打ち付けたので、しばらくは呼吸もままならないだろう。さすが刈り取る者、鎌の幻影が見えた気がした。
「どうしてファイに攻撃が当たったんですか?!さっきまでスケート初心者みたいにコケてたのに」
「ふふふ、気付かなかったのです?ファイは言ったのです。対象は一つだけ、今は糸玉異能力探偵事務所が対象、そして、辞めて逃げていいと」
「あ、そうか!辞めたら、対象である事務所から外れるから、能力の対象外になるんだ!」
「そういうことなのです。ま、こうしてドヤ顔してる僕も、美浜さんに教えて貰っていなければ気付けなかったでしょうがね」
「え、そうなの?美浜」
「えへへー、気付いちゃったんだよね。だからわざとキツく言って、印象付けたんだ。でも、私のアイコンタクトだけで伝わるか心配しちゃった」
「じゃあ、美浜ちゃんはどうしてキードを正確に使えたのかな」
「あれはファイへの敵意じゃなくて、ドアが開けられずに困っている他人への善意だっだからだよ。それにしても、我ながら素晴らしい作戦だったなぁ。ね、そう思うでしょ?お姉ちゃん!」
「わかる」
「やったー!」
「榠樝、ごめんなさい。作戦とも知らずに酷いこといっぱい言っちゃって」
「あはは、別にいいのですよ。それこそが狙いだったのですから。この作戦は、敵が私が事務所を抜けたと認識させなければならなかったのですから、むしろよかったのです。何はともあれ、結果オーライなのです。もちろんまだまだ辞めるつもりはありませんので、これからも捜査へのご協力よろしくお願いしますね」
「こちらこそ!」
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