十四本目 仮面の下、心の裏

 快進撃と言うには、あまりに惨い。

 正直、相手にならない。

 車両一両に一人、拳銃を持ったやつが配置されているんだが、そもそも六対一だし、キードはないしで、一方的過ぎた。扉で壁を作ると銃弾は無効化できるし、穴開けたり、軌道を読んだら避けられるし。後は柔術なりなんなりで無力化、拘束して終わり。

「あっけないね」

「僕が出る幕もないです。全然活躍できない」

 四人目をぐるぐる巻きに拘束しながらボヤく。ロープはなにかと重宝するので、いつも持ち歩いている。

 八両編成の八両目からスタートしたのに、もう五両目だ。サクサク進む。

「ほら、油断しないで。今時乗客にキード持ちがいても不思議はないもの。多分相手も何らかの対策を取っているはずよ」

 乗客の誘導を済ませて戻ってきた。

「その通りです!」

 四両目に続く扉から聞こえた。見ると、男が一人仁王立ちしていた。手入れの行き届いた高級そうなスーツに身を包み、長めの髪を後ろに撫でつけている。しかし顔には、なんとなく嫌な感じのデザインの仮面を付けている。キッチリした身なりに、そんな仮面なので、一層気味が悪い。得意げに真っ黒のステッキを振り回している。

「誰!?」

 分かりきっているが一応理香さんが聞いた。

「これはこれは、ご挨拶が遅れました。私、今回お騒がせしております、キャトルミューティレーションの、僭越ながらナンバーズ、有り体に言いますと幹部のようなものです、の一人、シータと申します。不作法で恐縮ですが、本名の方はすみません、お教えすることはできません、申し訳ございません」

 部下が慇懃無礼なら、上司も慇懃無礼だ。

「えーい、長々とまどろっこしい!ようは敵でしょ!なら答えは決まってる。今すぐ反省するか、私達に反省させられるか、好きな方を選びなさい!」

「圧倒的な上から目線ね。まあでも、私達の総意はそんなところかしら」

 宣戦布告と呼ぶには、酷く一方的な文句だが、シータは(多分)眉一つ動かさない。

「申し訳ございません、我々も本気ですので、それはできません。そして恐らく、このお話は平行線を辿る一方です。ですので、この辺りで退散していただきます」

「そりゃそうなのです。最初から分かっていたのです。でも、一人でいいのですか?こちらは六人ですよ」

「私一人で十分です。それでは」

 瞬間、シータの雰囲気が一変する。先程までの過剰な腰の低さは無くなった。代わりに迸るのは、黒く染まった嫌悪感と、滴るような殺意だ。

「地獄に堕ちろゴミムシ共が!」

 …………?

「えぇ…」

「いや変わりすぎでしょ」

「もしかして洗脳とかクスリの類でしょうか」

 あまりの人の変わりように、六人ともドン引きだ。

「うるせぇ!来ねーならコッチから行くぞ!」

 叫ぶやいなや、懐からキードを取り出し、右太ももに深々と突き立てた。

「理香姉さん、あれは?」

「えっと………『傘』ね。傘を強化できる能力だって。シンプルなだけに、汎用性も高い能力よ」

「なっ?!なぜバレて?」

「あ、あれ傘だったんですか。細いからステッキかと思ってました」

「まあいいさ、バレてもそんなに変わらない。それが俺の能力のいい所だ。さあ、どっからでもこい、全員まとめて相手してやらぁ!」

 グッと腰を入れ、戦闘態勢をとるシータ。今にも飛びかかってきそうだ。

「僕に、やらせてください」

 犬斗君が声を上げた。

「え、多分めちゃくちゃ相性悪いと思うよ。そんなに活躍の場面に飢えなくても…」

「それもあります。けど、なんとなく思うんですよ、絶対これ僕への試練です。どう考えても不利な、この組み合わせに勝てれば僕は、きっとレベルアップできると、そんな気がするんです」

「へぇー」

「ということで、最初の相手は僕だ!」

 キードを鎖骨に差し込む。

「お?まとめて相手してやるっつってんだろ。ふん、いいさ。それじゃあテメェからぶっ潰してやる」

 犬斗君はリュックから水で満たしたペットボトルを取り出した。

「最初に言っておくけど、僕はすーごーく、強いぞ!」

 言い終わるやいなや、ペットボトルを投げる。と思うと、手を離れた瞬間見えなくなった。

 バコンッ

 それと同時に、展開していたシータの傘に何かが直撃し、鈍い音を出す。きっとキードがなければ骨ごと爆散していたであろうその傘は、しっかりと後ろの主人を守った。

「へ、この程度か。さっきの威勢が聞いて呆れるなぁ。どんな強い能力かと思えば、物を高速で投げられるだけか。『投』げるとか『速』いとかか?ほら、どんどんこい」

「言われなくても!」

 リュックをひっくり返して十本ほど取り出すと、次々に投げた。

 しかし、そのどれもが的に当たることなく、畳まれた傘に切り伏せられた。虚しく飛び散る水は、ただシータの靴を濡らすだけだ。

「とーてーも、弱いぜ!」

 シータが駆け出す。あっという間にその距離は縮められ、間合いに入られた。

 ブンブンと振り回される黒い刀を、すんでのところで避け続ける。

「お、上手い上手い。あと何回避けられるかな?」

 犬斗君はジリジリと後ずさる。ジリ貧だ、いつかは当たる。

 ドサッ

 ついに、足を引っ掛けて尻もちを着いてしまった。トドメの一撃を入れようと、大きく傘を振りかぶった。

 が、勝ったと思っていたのはシータだけだった。

 最期の一撃は入らなかった。傘が下がらない。何事かと頭上を見上げると、何か透明なものが傘にまとわりついていた。

「なんだこれ?!」

 必死に振りほどこうと、力いっぱい傘を引くが、外れない。

「クソっ外れろ!何だこれ!他のやつのか!」

 犬斗君の奥の待機組を睨みつける。

「違う、僕のだ。僕のキードだ」

 ゆっくりと立ち上がって、シータの視界に割って入る。射殺すように睨みつけるその目には、すでに数分前の彼は居ない。

「はぁ?!お前のは『投』げるだろうが!」

「そもそもそこから違う。僕のキードは『水』だ。ペットボトルが高速で飛んだのは、中の水を動かしていたからだ。水を自在に操れるんだ。今その傘には振り下ろすのと同じ力で、水をぶつけ続けてる。だから止まったようになっているんだ。これでお前のキードは封じた」

「グッ。だが、まだだ!」

 そう叫んで、傘から手を離し、懐に

 バシャッ、バシャーッ

「ガボガボガ」

 シータの顔に先程飛び散った十リットルほどの水が一気にかかり、怯んでしまう。仮面は吹き飛び、シータは水をほとんどを飲んでしまった。

「ゲホッゲホッ、何しやがる!」

 へたり込んでしまったシータが見上げる。可愛げのない顔だ。

「分からないかなあ、これだからバカは」

 ガバッと胸ぐらを掴んで、自身の目の高さまで持ち上げる。

「お前の負けなんだよ」

「あぐ、なん、だと、ま、ぐぼぁ!」

 口答えしようとしたシータは、しかし言葉を詰まらせた。

「腹がっ!こ、これはもしかして」

「そうだ、水を操ってるんだ。今、お前の中には水がたんまり入っている。自分が絶対の自信を持っていた傘を止めた、あの水が」

「ひ、い、」

 自分の未来が容易に想像できたのだろう、顔色が真っ青になる。脂汗がダラダラと流れ落ちる。

「今からお前を内側から破り殺してやる。安心しろ、皮膚は破らないでおいてやる」

「い、いやああああああああ!!!」

「黙れ!自分が地獄に堕ちないで、人を落とすなんて言ってんじゃねえ!」

「許してぇええええ、死にたくないえ!!!」

 ポンッ

「犬斗君、その辺にしておいたら?」

 紫さんが肩に手を置く。

「あ?……………………ああ、ああ、しまったつい」

 ドサッ

 離されたシータはもはや廃人のようだった。ヘラヘラと緩んだ口からヨダレを垂らして、死ななかったのを笑ってる。

「すごい活躍だったね!」

「え、えぇ、久しぶりにどうでした?」

「カッコよかったよ!特に、胸ぐら掴んだところなんて、痺れちゃった」

「見直したのですよ。普段からは考えられないのです」

「あはは、ははは、」

 チームに暖かく迎えられた犬斗君だが、少し悲しそうな目をしていた。

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