第十話 音ゲーとUFOキャッチャー

 ほんとに疲れた。

 こんなに連れ回されるなんて思ってなかった。

 てか、女子と2人きりで遊ぶの、これが初めてな気がする……

 もうこれ以上着せ替え人形にされたくない。

 だけど……


「すっごい楽しいですね! まだあと何軒かありますし、この休憩終わったら行きましょ!」


 この千春の楽しそうな笑顔を見ると、断るに断れなくなる。

 どうしてコイツはこんなに可愛いはずなのに初対面だとパッとしない印象を与えるのだろう。


「私の顔じっと見て何考えてるんですか?」

「いや、なんでもない」


 こんな事を本人に言うのも失礼だろう。

 初めて会った時言ってしまったが……


「ふーん。まぁいいや。あとどれ位休憩しますか?」

「あと30分」

「長くないですか?」

「着せ替え人形にされてる俺の身になれ」

「私も同じくらい着替えてますよ?」


 事実、涼啓だけが沢山試着した訳ではなく、同じかそれ以上の服を千春も試着していた。


「服にほとんど興味ない俺に毎回意見求めてたけどな!」

「私だってどう思われてるか気になりますし」

「どう思われてるかって言い方おかしくねぇか?」

「?? おかしくないですよ?」

「そ、そうか……」


 その言い方だと、マンガとかによくある主人公に好感を持ってるヒロインみたいな台詞に聞こえるんだが。

 いや、こいつに限ってないよな。

 いくらこんなに楽しそうな笑顔を俺に向けてくれてるからって。

 うん……ないないない…………きっと…………


「顔赤いですよ? なんかにやけてますよ? 何考えてるんですか?」

「それはもういいんじゃないのかよ」

「さっきと違うこと考えてましたよね? さっきそんな顔赤くなかったですし」

「だからってもういいだろ」

「気になります」


 こいつ、妙なところで勘が鋭いんだよな。

 俺も俺で意識しすぎていたようだ。

 うん、こいつに限って俺に惚れるなんてねぇな。


「うん、今結論出たから」

「いや、答えになってませんから」

「服屋以外にも行こうぜ」

「ちょっと話変えないでくださいよ」

「ゲーセン行こ」

「無視しないでください!」

「よーし! ゲームセンターにレッツゴー!」

「え、ほんとにゲームセンター行くんですか?」

「嫌なのか?」

「嫌じゃないんですけど……前言ってた音楽ゲームをするんですよね?」

「まぁ、そうだな」

「私……前も言いましたができませんし……」

「まぁ少しやってみようぜ? な?」

「うぅぅ……はい……」


 何やかんやでゲーセンの少し奥の方に行き、ドラム型洗濯機のような音ゲーを一緒にする事にした。

 因みに俺はボタンを押さず、画面だけでプレイする派だ。


「後ろに人いないかとか気になりません?」

「いや、気にならないと言ったら嘘にはなるけどそこまで気にしないな」

「自分の下手なプレイが見られてるって自意識過剰になって、さらに下手になるんですよ……」

「初めたての頃は確かにそうなるかもな。まぁ気にせず楽しめばいいさ」

「うぅぅ……」


 やたら後ろを気にする千春をよそに、200円を投入する。

 自分のデータが入ったカードをかざし、自分だけログインした後、千春の方も曲セレクト画面まで操作してやる。


「3曲プレイ出来るから1曲目と3曲目、選びなよ」

「え、あ、ありがとうございます」


 千春は操作に戸惑いつつもすぐにシステムを理解したらしくアニソンを選んだ。


「あ、これ知ってますか? 確認せずに選択してすみません」

「大丈夫。知ってるよ」

「よかった……」

「もう始まるぞ」

「あ……」


 俺の方を向いていた千春は出だしから失敗したようだったが、1曲目が終わると楽しそうにしていた。

 難易度を1番低くしていたおかげもあってスコアも良さげだ。


「楽しかったろ?」

「は、はい!」

「次、俺選んでもいいか?」

「どうぞどうぞ」


 俺はアニソンからオリジナル楽曲へとジャンルを変更し、曲を選んだ。


「知らない曲だろうが許してくれ。この曲好きなんだ」

「確かに知らないですけど全然いいですよ。この曲調私も好きそうですし」


 俺の個人的意見だが、オリジナル楽曲は神曲が多い。

 もっと知られるべきだ。

 もっとプレイされるべきだ。

 だからこそ、千春のこの反応は素直に嬉しかった。

 2曲目が終わった頃、千春は慣れていないためか、楽しそうではあるが疲れているようにも見えた。


「大丈夫か? 慣れないことしてると疲れやすいからな。無理してプレイすんなよ?」

「このくらい大丈夫ですよ。でもこの3曲目が終わったら音ゲーはやめましょ」

「お、おう」


 普段から、音ゲーをしに来る度に最低3回はプレイしている俺からしたら少しばかり躊躇いがあったが仕方ない。

 千春は3曲目も安定でアニソンを選んだ。

 今度は始める前に知ってるか確認を入れて。

 3曲目プレイ中、俺はふとあることを考えた。

 こんな楽しく音ゲーをしてていいのだろうか。

 楽しさで忘れていた、否、頭の隅に追いやっていた。

 自分達は今、殺し合いの最中だということを。

 今背後から襲われるかもしれない。

 音ゲーの後にぶらついてたら敵に出くわすかもしれない。

 頭を振って嫌な考えを追い払う。

 こんな事を考えながらも俺の手は目から受け取った情報を頼りに、脳からの指示でなく、目からの指示を受けるが如く動いていく。

 不意に視界の隅に映る千春の姿を見、敵が来たらこいつだけでも守ろう、などという考えが脳裏をかすめた。

 全く俺らしくもない考えだ。

 そんな考え、フラグにしか思えない。

 そんな時、思考が停止した。

 尚も動き続ける手とは別に、耳がある声を拾ったのだ。


「あいつら以外に能力者なんていなかったんじゃねぇのか?」

「そんなことないだろ」


 2人目の声はおまけ程度で記憶に残っていただけだが、1人目、あの不気味な程寒気を感じさせる声はハッキリと記憶に残っていた。

 あの時間を止めるサイコパスの声だ。

 明らかに声の大きさ的にまだ遠い。

 そんな遠くの声を、音ゲーの音だけでなくゲーセン内のガヤガヤとした騒音を無視して聞き取った俺は、この危機的状況をどうしようか悩み始めた。

 神の遊戯について考えていたがために聞き取れたであろうその声が、徐々に近づいてくるのを感じつつ、手のみを動かし続け、熟考した。

 3曲目開始からもう結構経った。

 そろそろ3曲目が終わるはずだ。

 だが、彼らが近づくスピードを考えると、間に合わない。

 意地でも音ゲーを中断しないのか?

 そういう疑問を抱く者もいるだろう。

 しかし、音ゲーマーとして、死んでもいいからとまでは言わないが、死にそうになるギリギリまでは音ゲーを続けたい、いや、続けなければならない気がするのだ。

 実に愚かだろう。

 だがしかし、言葉だけでは言い表せない義務感を感じるのだ。

 奴らに見つかるその時までは、やめられない。

 そして、彼らの近づくスピードから察するに、3曲目、最後まではプレイできない。

 この状況を打破する方法は……

 そんなことを1人で考えていると、背後から彼らの声がした。

 しかし、それはこちらを見て発したものでは無かった。


「このUFOキャッチャー、取れそうじゃねぇか?」

「UFOキャッチャーなんて大体そんなもんだろ」

「いやいや。これは取れる」

「ならやってみたら?」

「おう!見とけよー」


 まだバレてはいない。

 だが、少しでもこちらを見られればバレるこの状況に、あと数秒で終わるはずの3曲目が何分もかかるように感じた。

 体感時間10分、実時間20秒という錯覚を感じつつ、3曲目は無事終わった。

 背後では500円を入れ、6回プレイをしているらしい声が聞こえてくる。

 が、今の俺達には関係ない。

 ただ、6回プレイにしてくれてありがとう、というだけだ。

 設定等の画面をすぐに終えるように、また、無駄に音を出しすぎないようにボタンを連打する俺を見て、千春は何かを察したのか、こっそり俺に質問してきた。


「どうしたんですか? 友達の声でも聞こえましたか?」

「それの方が断然マシだった」

「???」


 状況が理解できない様子の千春に説明をしている暇はない。

 彼らがいつこちらを見るか分からない。

 彼らから見てこちら側には俺と千春以外人がいない。

 この状況でこちらを見れば、あの緊張感を感じた彼らは俺達が能力者だとすぐに理解するだろう。

 すぐさま音ゲーを終え、千春の腕を手に取ってその場を離れる。


「わっ!? ほんとにどうしたんですか!」


 千春の大きな声に一瞬焦る。

 が、彼らの声を聞くに全く気にしていない様だ。


「公園で見たサイコパス、覚えてるだろ?」

「まぁ、はい。あの人がどうかしたんですか?」

「ここに来てる」

「へ!?」

「とりあえず見られれば即終了のチート使いかもしれん。見つかる前にゲーセンから出るぞ」

「は、はい!」


 彼らが本当に来ているのか気になるのであろう千春は、俺が注意を向ける方を向いてキョロキョロ見回す。

 そんなことをしているとバレやすくなると思い、即座にキョロキョロするのを止めさせる。

 幸い、彼らは壁に接しているUFOキャッチャーをしているために、反対側の通路を見ることはないだろう。

 だが、万が一を考え、様子を伺ってから、背後を通り抜ける。

 千春も彼らの姿を見たようで、顔色が悪い。

 あの緊張感にはまだ慣れなさそうだ。

 運良く彼らにバレずにゲーセンを出た俺達だったが、安堵などする暇はなかった。

 いつ彼らがゲーセンを出てくるか、皆目見当もつかない。

 即座にショッピングモールを出るべきだと千春も判断したのだろう。

 互いに頷き、ショッピングモールの出口へと向かった。

 出口から外に出た俺たちは、とりあえずショッピングモールから離れることにした。

 少しずつ遠ざかっていくショッピングモールを背後に、俺と千春の顔には少しばかり笑みが浮かんだ。

 一般人からしたら普通のショッピングモール。

 それが、能力者が2組集まっただけで殺し合いの戦場へと姿を変える。

 今の自分達には安息の地など無いのだと痛感させられたが、それ以上に俺達は、今まだ生きているという、普通に生きているならば極当たり前な事で喜んでいた。

 もし、彼らがUFOキャッチャーをしなかったら死んでいたかもしれない。

 もし、俺が彼らに気づいていなければ死んでいたかもしれない。

 そんな、実際に起こり得た『もし』があるために、生きる喜びを感じずにはいられなかった。


「ははははは」

「ふふふふふ」

「ははははははは」

「ふふふふふふふ」


 なんだか、今の状況におかしくなって、2人して笑った。

 千春がどう考えているかなど、ハッキリは分からない。

 だが、きっと、俺と同じで、生きている喜びを感じている自分に笑ったのだろう。

 次第に笑いは収まり、2人して無言で歩いた。

 2人とも無言で歩き続け、もうショッピングモールが親指で隠れるほどにまで離れた頃。

 よかった、俺のあの考えがこの程度のフラグで。

 よかった、死亡フラグでなくて。

 そんなことを考え、安堵していた自分に、お疲れ様と言うかのごとく、1台の車が横を通り、急に止まった。

 そこから出てきたのは…………


「やったねぇ。2組目発見したよー」

「まさかショッピングモールの帰りに見つけるなんてな」


 両手にぬいぐるみを持ったサイコパスと、運転していた様子の男だった。

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