第四章

第四章

東駿河高校、教室。

いつも通り、紫穂が登校してくる。

鞄の中から教科書を取り出して、机の上に置くが、その教科書は、水にぬれていて、まるで使い物にならなくなっている。そして、紫穂の服の袖や、足さきは水に濡れている。

誰も、それについて声をかけたりする者はない。

授業開始時間、教師が、教材をもって、やってきた。

教師「はい、じゃあ授業始めます。あれ、どうしたの佐藤君、その教科書!びしょ濡れじゃない!」

紫穂「いや、雨に濡れてしまって。」

繭子がくすりと笑う。

教師「だって今日雨は降ってないわよ。」

紫穂「川に落としてきて。」

教師「川なんてどこにあるの?」

紫穂「自宅の近所に。」

教師「よっぽど慌ててたの?遅刻もしてないじゃない。」

紫穂「はい、急いで、家から飛び出したものですから、その拍子に転んでしまいまして。」

教師「それで転んでしまうなんて、本当に慌ててたのね。誰か教科書かしてあげて。」

誰も、その通りにはしなかった。

祐太郎が、彼のほうを見たが、すぐに目を背けた。伝心は、それよりも、予備校の教科書に向かっている。

教師「じゃあ、繭子さん、教科書、貸してあげてよ。」

紫穂「どうもすみません。」

繭子は、嫌そうに教科書を差し出す。

教師「繭子さん、少し不便だけどごめんなさいね。」

繭子「でも、今はインターネットですぐに注文できますよね。」

紫穂「僕、スマートフォンをもっていないので。」

繭子「じゃあどうするの?」

紫穂「出版社に電話するしかないです。」

繭子「全く!それじゃあ、納期まで、時間が、、、。」

教師「仕方ないわね。じゃあ繭子さん、しばらく佐藤君に教科書を貸してあげて。」

繭子「一人ずつ、まわして貸し出すようにしたらどうですか?」

教師「そうね。」

繭子「私だけ貸し出すのは不公平だと思います。」

伝心「勘弁してくれよ。こっちは、大事な勉強をしなければならないのに、余分な教材を持ってこなければならないなんて。」

繭子「だって、私だけじゃ不公平だもん!だったら、本橋君が教科書をかしてあげれば?だって、予備校の教科書のほうが大事で、学校の教科書はいらないんでしょう?」

伝心「余分なことはしたくないね。」

教師「ほらほら、余分なことしていると、時間が無くなるわよ。とりあえず今日は、繭子さんが、教科書を貸してあげてちょうだい。」

紫穂「ごめんなさい。なるべくはやく、電話するようにしますから。」

教師「教科書が注文できたら、納期も教えてね。それまでは、みんなから教科書を借りてね。」

紫穂「はい、すみません。」

伝心「なんでそんな余分なことばかりするんですか。」

教師「いい、本橋君、学校はただ勉強するところじゃないのよ。たまには、こういう助け合いをすることも必要になるの。それだって、社会に出て、必要な技術なんだから、覚えなさい。学歴だけが、社会にでるのに必要なことじゃないのよ。」

伝心「僕は信じませんね。そんなこと、まだまだ学歴社会ですし。」

教師「まあ、そうなのかもしれないけどね、それが能力を発揮する場所もあるけど、そうじゃない場所もかなりあるから、それは覚えておいて。」

伝心「でも、他人に、良いことをしても報われることはありません!」

教師「それじゃあ、幸せにはなれないわよ。本橋君。」

伝心「それは、こちらで決めることですから、変な手出しはしないでください。」

繭子「いつまでも変な話をしていないで、早く授業をしてください!」

伝心「そうですよ、そっちが先でしょ、先生。」

教師「わかったわ!じゃあ、教科書の160ページ!」

紫穂を除き、再び彼女のほうへ向く人はいなくなった。


授業終了後。昼休み。

繭子が、紫穂のほうへ近づいてくる。

繭子「あんたさ、明日からこの学校、来ないでくれる?そうやって、何でもいいほうにもっていってもらってるけど、いい顔しないでちょうだいよ!あんたがいると、かえって勉強もしづらくなるのよ。」

紫穂「ごめんなさい。」

繭子「だったらもう、授業で手を上げたり、先生を追っかけまわしたりするのはやめて!私、明子から聞いたけど、校長を呼び出して、補習までしてもらってるらしいわね。それの何が役に立つの!どうせ、わからないところをほじくりだして、質問ばっかりして、校長に偉い迷惑をかけてるんじゃないの?校長だって日ごろから忙しいのに、そんなことしていいと思ってるんじゃないわよ!逆に、校長が、嫌がっていることを感じ取ってもらいたいものよね。もう少し、あんたって人は、立場ってものをよく考えて!」

紫穂「でも、校長先生は、喜んで見てあげるって、、、。」

繭子「補習というのは、頭が悪い人が、頭をよくしてもらうためにやるものよ!そのくらいわかっておきなさいよ。あんたが、ただ、自分が納得するまで勉強したいっていう、わがままをかなえてくれるところじゃないわよ!」

伝心「繭子さん、静かにしてくれ!気が散るよ!」

繭子「わかったわ、じゃあ、こうしてあげる!」

と、机に置いてあった、紫穂の教科書を取り上げて、窓の外へ放り投げてしまった。続いて、ノートも、鉛筆も、カバンも、すべて放り投げてしまう。

繭子「取ってくるまで帰ってこないで頂戴ね!ほら、取りに行きなさいよ。大好きな勉強が何にもできないでしょう。」

紫穂は教室から外へ出る。そこで繭子は、教室のドアをピシャンと閉めてしまう。

廊下を歩いて、紫穂は、校舎の外へ出る。カバンは、側溝に落ちていて、中に入っていた教科書はヘドロで真っ黒、弁当も無残な姿になっていた。空っぽになった弁当箱と、汚れてしまった教科書を救出した紫穂は、手早くカバンに詰め込んで、校舎に戻っていった。


廊下を歩いていると、土屋校長がいた。

土屋校長「大変だったね。で、損傷した教科書は、なんの科目だったのかな?」

紫穂「ご、ごめんなさい。すぐに家に帰ったら出版社に電話を。」

土屋校長「いや、学校の名目で買ってあげるよ。君はうちの学校の宝だよ。」

紫穂「そんなことありません。」

土屋校長「いやいや、ここまで勉強に精を出す生徒は、見たことがなかったから、素晴らしいと思ってる。あの、芦澤繭子には、もう少し見習ってもらいたい。まあ、無理だろうが、、、。彼女は、このままだと、もうすぐ退学になるからね。」

紫穂「た、退学ですか?」

土屋校長「そうだよ。出席日数こそあるが、授業はまるで聞かないし、試験の点数も悪いし、何よりも、そうやって君にひどいことを平気でするようでは、まるでだめさ。」

紫穂「待ってください。彼女は、勉強したい気持ちはあるんじゃないですか?だって、僕がいると、勉強ができないと言っていました、、、。」

土屋校長「佐藤君、君はそうやって誰かの言葉を信じてしまう癖があるが、そんなことは口実にすぎないさ。彼女はもともとやる気なんてないんだよ。事実、そうやって君の教科書を放り投げたりすることを見ればわかるだろ。本当のことを言ってごらん。君の教科書がびしょ濡れになっていたと、前の授業が終わった後に聞いたのだが、それはどこで拾ったのかね?」

紫穂「だから、川に落としただけで。」

土屋校長「それ、違うね。本当に川に落としたのではないだろう?」

紫穂「でも、本当のことを言ったら、繭子さんは退学になりませんか?」

土屋校長「当り前だけど、そうして、他の生徒の勉強を妨げたのだから、間違いなく退学になるよ。」

紫穂「それはやめてほしいんです。」

土屋校長「なぜだね?」

紫穂「繭子さんもかわいそうです。だ、だって、きっと、勉強ができなくて、否定ばかりされてきたことに恨みを持っていると思います。この学校は、その受け皿でしょう。もし、彼女を退学にしたら、その役割をしていないことになります。」

土屋校長「高校生のいうセリフではないな。」

紫穂「年齢などどうでもいいです。彼女は、きっと、そういう人生だったから、もう生きようとも思えないんでしょう。確かに、教科書を川に流したのは、彼女です。でも、もともとは悪女ではないと思います。だから、退学にはしないであげてください。」

土屋校長「じゃあ、君のほうから伝えてくれ。近いうちに特別にテストをする。少なくとも二けた以上の点数を取らないと退学になると。」

紫穂「点数で、人を見るんですか?」

土屋校長「まあ、そればかりではよくないが、たまには荒療治が必要になるんだよ。なんせ、この前の定期テストで、彼女は5点しかとっていないのだから。」

紫穂「わかりました、、、。」

土屋校長「たぶん、私が言うよりも、君が宣言してくれたほうが、彼女には効果的になるだろう。」

紫穂「はい、、、。」

土屋校長「教科書は、今からメールで注文しておくから。なるべく早く届くように、速達で送ってもらうようにするよ。その代わりというとなんだけれども、君も、繭子さんにしっかり宣告してやってくれよ。」

紫穂「はい、、、。わかりました。」

土屋校長「じゃあ、とりあえず教室へ戻ってくれ。しばらく、汚い教科書で我慢してもらうことになるが、なるべく早く届けてもらうようにするから。」

紫穂「はい、ありがとうございます。それでは。」

軽く敬礼して、教室に戻っていく。


教室。

紫穂は、ドアを開けて、教室に入ってくる。

教師「佐藤君どうしたの!どこへ行ってたの!」

紫穂「いや、何でもありません。ただ、カバンを落としてしまっただけです。」

教師「落としたって、故意に落とさなかったら、落ちはしないわよ。」

紫穂「それよりも、繭子さんに校長先生から伝言が。」

繭子「へえ、校長が?どうせ、ろくなことじゃないわ。」

紫穂「はい、今度、特別に試験をして、二けた以上点が取れなかったら、校長先生は、繭子さんを退学にするつもりの様です。」

繭子「いいわ!退学したほうが、かえって清々する!あんたの顔を見なくて済むようになるしね!」

教師「繭子さん、それはいいのかもしれないけど、あなたが今までやってきた、佐藤君に対するいじめも、ご家族に露呈してしまうのよ!」

繭子「いいわよ、それだって!どうせ、私なんて、生きている必要なんてないのよ!」

教師「じゃあ、今日、本当にそうなのか、確かめてきてご覧!」

繭子「わかったわ!答えは見えてるけどね!」

他の生徒は、彼女に見向きもしなかった。明子が心配そうに顔を見たが、すぐに背けてしまった。


繭子の自宅。すぐに壊れそうな市営住宅である。

学校から、帰ってきて、カバンをドスンと床に置く。

繭子「まあ、このかばんとももうすぐお別れかあ。」

母親が、台所から出てくる。

母親「何ともうすぐお別れだって?」

繭子「ああ、もう私学校には行かないわ。だって、本当に無意味なんですもの!」

母親は、血相を変えて、居間に飛び込んでいく。

母親「お父さん!繭子が、、、。」

父親が、今から出てくる。いかにも日雇いの労働者らしく、髪はぼさぼさ、着ている服もボロボロの状態で、ところどころに穴が開いている。

父親「どういうつもりなんだ!」

繭子「だって、うちにはお金がないでしょう!それなら、退学になったほうがよほど合理的じゃないの!」

父親「お前のために、さんざん苦労をしてきて、それがお前がくれる礼か!お父さんは、お前をどうしても高校に行かせてやりたくて、こんな姿になっても仕事しているのに!」

繭子「そういうエゴが一番嫌なの!だったら、あんなきつい空間に行かせた、責任とってよ!」

母親「私たちは、繭子には同じ思いをしてほしくないの!だから、高校には行ってほしかったのよ!」

繭子「へ!そんなきれいごとのために、つまらない勉強をして、ただ数字しかものを言わない世界に追いやってほしくないわね!私がどれだけ苦労したと思ってるの?笑わせないでよ!あんたたちが、私に生きてほしくて、私を勝手に学校に行かせて、そのせいで、私がどれだけ苦しんだか知らないでしょう!それなら、あの時、はじめっから行かせなければよかったじゃない!あんたたちは、学校に行けたからと言ってすごく喜んでいたけど、実際に行っている私が、どれだけつらかったか気が付くはずもないわよね!もともとうちにはお金がないんだったら、はじめからやめればよかったのよ!こんな無意味なことのために、そうやってみずぼらしいかっこうして、日雇いになんか行く必要なんてないわよ!」

母親「だって、学校に入ったばっかりの時は、すごく楽しいって、毎日毎日言ってたでしょう。」

繭子「うるさいわね!そんなの遠い昔の幻よ!それは、正しい年齢で学校に行っていればの話!周りの人が七歳なのに、私だけ十二歳で、どれだけつらかったと思ってるのよ!」

母親「あたしたちは、あんたが学校で楽しそうにしてたから、退院した時、もう一回行かせてあげようと思ったのよ!」

繭子「それが余計なお世話なのよ!あたしのほうから言わせてもらえば、今思えば、入院した時、なんで死なせてくれなかったの?そうすれば、いじめなんかにあうこともなかったのよ!大体ね、五年も入院して回復しないのなら、もう死んでもよかったのと違う?なんで私をわざわざ生かそうとしたわけ?その後の人生、いじめられるしか得られなかったわ!楽しいなんて大嘘よ!私の人生は、そういう物しか用意されてないんなら、私はここでピリオドを打ってもいいんじゃない?邪魔するんだったら、私の人生を返して!」

父親「馬鹿野郎!死のうなんて、絶対に許さないからな!何があったとしても、高校までは行っておけ!どんなことがあってもな、人間というもんは、生きていかなきゃダメなんだ。繭子、それはお前も大病してよくわかったんじゃなかったのか!」

繭子「ええ、わかりましたとも!この国では、一度レールから外れると、二度と帰ることはできないのよ!ただ嫌がらせと、陰口と、一人ぼっちになるだけよ!そんなことしか用意されていないのなら、もうリタイアしてもいいんじゃない?いや、終わりにさせてちょうだい!もう、毎日毎日、からかわれる日々はもうごめんだわ!楽にさせて!」

父親「どんなことがあってもな、人間、生きることを放棄してはいけない!繭子、お前は退学になるのではなく、必ず高校を出なければだめだ!人間にはな、どうもがいてもダメな時ってあるんだよ!そういう時は、苦しいかもしれないが、生きることを放棄するほうがもっと悪いことになるぞ!誰も手を出せないでな、今自分の手で何とかするしかないときは必ずある。生きていればいいことがあるから頑張れとは言いたくはないが、与えられたものを捨ててしまうのは、一番悪い!」

繭子「わかったわ。そういうんなら、今ここで死なせてもらう!そういう変な励ましは、なんの解決にもならないわよ!そんなきれいごとに従えるほど、人間は綺麗な動物ではありませんから!」

と、そばにあった、裁ちばさみを手に取った。

母親「やめて!」

繭子「うるさい!邪魔しないで死なせて!」

父親「ああ、もう逝ってしまえ!それがお前が出した答えなのなら、そうすればいい!」

母親「お父さん、何を言っているの!」

父親「いや、俺たちも、こういう答えしか導き出せないように育ててしまったんだ。一生懸命やってきたつもりだったけど、何一つ伝わってはいなかったんだ!おい、お前、ろうそくを出して火をつけろ。そして、それを床の上におけ!」

母親「お父さん、しっかりして、おかしくならないでよ!」

父親「いや、親の責任でもあるんだよ。」

繭子「そうよ!私たちはもともと、こうなるように生まれてきたんじゃないの!きっと、世の中には、必要のない命のほうが多いわよ!本当にほしがっている人なんて、もうすでに多すぎるほどたくさんいるわよ!生きていても意味がない人間は、さっさと退散すべきじゃない?早くこの家を丸焼きにして、この世に別れを告げましょうよ!」

と、

その時。

玄関のドアをたたく音。

繭子「な、なに?」

母親「私が出るわ。」

と、ドアを開ける。外はものすごい風と雨で、まるでたたきつけるように雨が降っている。

母親「どなたです?」

そこには、全身びしょ濡れになった、紫穂がいる。

繭子「佐藤君!」

紫穂「すみません、呼び鈴押しても出なかったので。あの、この辞書、繭子さんが忘れて行ったのです。きっと今頃、試験に向けて一生懸命勉強しているだろうから、辞書なしでは不便だろうなと思って、届けに参りました。」

両手で国語辞典をしっかり抱えている。

父親「試験?この間、定期試験が終わったばかりだったのでは?」

紫穂「あれ、繭子さんから聞かなかったのですか?」

父親「繭子!」

繭子「はい。」

父親「どういうつもりなんだ!」

繭子「いいじゃない!どうせ私なんか、試験を受けたって、退学になるのが落ちよ!」

紫穂「だからそうなってはかわいそうだと思って、持ってきました。」

父親「繭子。」

繭子「何!」

父親「さっきのことがもし本当だとするならば、彼のような人の気持ちはどう解釈したらいいのだろうか。生きていても意味がない人間に、こうして気を使ってくれたんだぞ!」

繭子「それとは、話しが別よ!私、あんたといると、息が詰まりそうになるわ。あんたが授業中に質問ばかりするのを見て、本当に憎たらしくてたまんなかった。私だって、勉強はしたかったわよ!でも、みんな、大きな一年生とか言って馬鹿にして、そうしたくても、できなくするのよ!だからね、あんたが、校長にかわいがられて、補習とかまでしてもらってると、私は我慢できないわ!12歳で一年生って名乗るのは、そんなにおかしなことかしら!私は、見世物なんかじゃない!それなのに、みんな面白がって、馬鹿にして!もうやめて頂戴!みんな私の前から消えて頂戴!それが許されないのなら、私を死なせて頂戴!」

紫穂「ご、ごめんなさい。繭子さんがそんなつらい思いしてきたの、知らなかったんです。だけど、僕は繭子さんには、退学にはなってほしくありません。だ、だって、繭子さんだって、本当は勉強したいってよくわかりますもの。だから、また学校に来ていただきたいです!」

繭子「嘘っぱち!誰もね、私なんか、必要としてくれる人はいないわよ!そんなひと、いるんだったら、誰か連れてくれば!」

紫穂「ここにもいるじゃないですか!」

繭子「へ!先に逝ける人に、そんなこと言ってほしくないわ!私を残して、何も手出しできなくなると、馬鹿な私でもわかりますよ!どうせ、私より先に死んでいく人たちに、必要だって言われたって、なんの役にも立たないわよ!」

紫穂「違います!」

父親「繭子!」

繭子「うるさい!」

父親「玄関に立っている人の顔をよく見ろ!お前の頭がよくなくとも、それだけはわかるだろう!」

繭子は、紫穂の顔を見ると、涙を流している。

紫穂「僕だけじゃ、ありませんよ。明子さんも、本橋君も、祐太郎君も、みんないるじゃないですか!それに、先生方だっているんです。」

母親「繭子は、いい人に巡り合ったね。普通なら、退学寸前の人に、辞書なんか持ってきてくれる人なんかいないわよ。あんた、退学寸前ときたら、普通の人だったらどうするか、想像できるでしょう。」

繭子の表情が変わる。

紫穂「これ、お渡しします。雨で、びしょ濡れなので、文字が消えているかもしれないですけど、そうしたら、責任とって、新しいのを買いますよ。それは運搬した僕の責任ですからね。そういうことはしっかり弁償しますから。じゃあ、僕、家に用事があるので、これで帰りますが、くれぐれも退学にはなりませんよう、、、。」

と、玄関に辞書を置いて、最敬礼し、大雨の中へ去っていった。

しばらく、芦澤家の居間は、水を打ったように静かだった。






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