第二章

第二章

杉三の家。

蘭「本当にもう、杉ちゃん、変な発言はしないでよ、頼むから。化けの皮がはがれるなんて、学校と言うものは、ある意味そういうところでもあるんだよ。特に高校というところはそうなんだから。それは覚えておいて!」

杉三「だって僕は、本当のことを言っただけだよ。」

蘭「本当の事であっても、言ってはいけないこともあるの!」

杉三「だって、隠し事は大嫌いだからね。それに、ああして騙されながら、授業を受けている生徒さんたちが、かわいそうで仕方ないと思うぜ。」

蘭「そうだけど、それだって世の中のルールでもあるんだ。」

杉三「そうか、それじゃあ、余計隠しておいてはいけないなあ。そのトリックに気が付いたときのショックを少しでも和らげるためにもねえ。」

蘭「おいおい、どうしてそういう発想になるんだ?」

杉三「馬鹿だからだ。」

蘭「答えになってない。」

杉三「でも、大人がいい学校へ行かせたいからっていうだけで、生徒が傷つくのはいかがなものかと思うけど?それに、世の中へ出ていくのは、大人じゃなくて、生徒なんだぜ。それを、傷つけちゃいけないと思う。それに、支援学校っていうのは、そういう傷ついた子を助けるためのところなのなら、おんなじことやってたら、そこに来ている生徒さんたちをだますことになるよ。それじゃあ、単に金をとって、儲けているだけでしょうが。僕は、そういう制度には反対だ。それよりも、生徒が、どう世の中と付き合っていくか。これをしっかり伝授できるかということのほうが大事だと思う。」

蘭「あのね杉ちゃん。」

藤吉郎「僕も。」

蘭「何!」

藤吉郎「同じ。」

蘭「だから、そういわれてもわからない。」

藤吉郎「同じ。」

蘭「だから、何と同じなの?」

藤吉郎「同じ、、、。」

蘭「何を言っていいのかわからないんだったら、はじめっから発言しないでくれ!ほんとに君という人は、もう少し、文章を組み立てるように努力しないとだめだよ。」

杉三「ちょっと、厳しすぎるんじゃないの?」

蘭「いや、これくらい言わないとさ。わかってくれないじゃないか。」

杉三「まあ、これで、馬鹿吉も僕と同じ意見であることは、はっきりした。現に馬鹿吉も、恩寵園とか、不動塾とか、風の子学園とか、そういう悪質な学校をたくさん知っていたんだもんな。じゃあ、あの学校だって、心配になるよな。」

藤吉郎「そうだね、、、。」

杉三「まあ、言葉ってのは、ちょっとずつ獲得していけばいいことだし、言いたいことは大体わかった。蘭のさっきのセリフはあんまり気にかけるなよ。まあ、いずれにしても、あの学校も、化けの皮がはがれたら、瞬く間につぶれるんじゃないの。」

藤吉郎「そうだね。」

杉三「まあ、悪質なところは、さっさと撤退するのが落ちさ!」

蘭「少しもわかってない。」


一方、東駿河高校では。

そのクラスには、五人の生徒がいた。男子生徒が三人、女子生徒が二人いた。

教師「出席を取ります。芦沢繭子。」

女子生徒「はい。」

その女子生徒は、ふくよかで、かなりの美少女であるが、いかにもふてぶてしい表情が見られた。

教師「大杉祐太郎。」

男子生徒「はい。」

背が小さく、ひ弱そうな男子生徒だった。一見すると頼りなさそうだ。

教師「佐藤紫穂。」

男子生徒「はい。」

杉三が、例の、色男と言った生徒だ。繭子たちが、クスリと笑った。

教師「中島明子。」

女子生徒「はい。」

おとなしそうな女子生徒である。

教師「本橋伝心。」

男子生徒「はい。」

教科書から目を離さないで、その男子生徒は答えた。伝心なんて、かなりのきらきらネームである。その名前に合わない、地味な生徒だった。

教師「よし、今日も全員揃ったな。では、授業始める。」

生徒たちは教科書を開いたが、これまでと同じように教科書を広げたのは紫穂だけであった。ほかのものは、理由こそ言わなかったが、それまでのような覇気は見られなかった。

教師も、先日起きた「化けの皮がはがれた」事件を知っていたから、それ以上のことは、言及しなかったが、やはり生徒に、変化が出たことを悔やんでいた。

教師「この問題を解けるひと!」

と、黒板に書いた方程式を指さすが、誰も手を上げない。

教師「おい、本当に誰も解ける人はいないのか?だって、先日教えたばっかりのことじゃないか!」

紫穂「じゃあ、僕がやってみます。」

他の生徒は嫌な顔をする。

教師「わかった、じゃあ、やってみろ。」

と、チョークを紫穂に渡す。

席を立ち上がって、黒板の前に行き、問題を解き始める紫穂であったが、はじめは順調に書いていたものの、途中で止まってしまった。

繭子「先生、もうおしまいにしてあげたらどうですか。」

教師「待ってろ。今一生懸命考えているようだし。」

伝心「それに、そういうところは、予備校の教材ならとっくに終わってますよ。」

教師「学校と予備校は違うぞ。学校は、単に勉強するだけではないんだ。こうして、最後まで、しっかり見届けてやるのも、学校と言うもんだ。もう少し待ってやれ。」

伝心「待ってるだけ、時間が無駄だと思うんですがね。」

教師「そんなことはない。こうして、他人を待ってやることも、必要なんだよ。」

伝心「でも、やっぱり、僕は、こういう学校よりも、偉い高校に行っていたほうがよかったのではないかという気がしてきました。」

教師「いや、そんなことはないさ。うちはうちのよさがある。とにかく、待っててやれ。」

伝心「よさって何ですかね。」

紫穂「あ、先生!わかりました。こうすればよかったんだ。」

教師「お、わかったか。」

紫穂「はい、Xをこういう風に持ってくれば、、、。」

と、黒板にチョークで書き込みを始める。

教師「そうそう。よくわかったじゃないか。じゃあ、次はどうなるか、考えられるかな。」

紫穂「はい、こうすればいいのでしょうか。」

教師「おお、よく思いついたね。それでいい。じゃあ、その次は?」

紫穂「はい、こうしたら、、、?」

教師「そうそう。君にしては、思いついたのは早かったね。」

紫穂「じゃあ、答えはこうして、、、。これでいいんでしょうか?」

教師「うん、正解正解!よくできた。ほかのみんなも、拍手してあげて。では、佐藤君は席に戻って。」

紫穂「わかりました。」

と、席に戻る。

繭子「先生、その間にわたしたちは、どうしたらいいんですかね。伝心君は、予備校の教材があるからいいけれど、何もない私は、ただ退屈に待っているだけなんですか?」

教師「待っていることも大切さ。誰かが、できるようになるまでずっと待っていることも大切だよ。それは、社会に出て、役に立つこともあるからね。」

繭子「でも、社会に出たって、どうせ、意味ないんでしょ。私たちは。まあ、みんなは大学受験するからいいけどさ、私は、本当にいくとこともないんですから。」

教師「それを言うなら、繭子さんも、本当に行きたいところを見つけたらどうだね。」

繭子「だっていけないもん。私知ってるもん。あるものができても、あるものができなきゃ、行かせてもらえないもん。それじゃあ、意味ないもん。あたしなんか。」

教師「繭子さん、そんなに簡単にあきらめるもんじゃないよ。勉強していけば何か見つかるかもしれないじゃないか。」

繭子「結構です!私は、そういうセリフを何回も聞きましたが、その通りになったことは一回もありません!」

祐太郎「それに、紫穂さんが、そうやって問題を解いても、僕たちは何も通じないと思う。」

教師「みんなどうしたんだ?いつからそんなやる気がなくなっちゃって、、、。」

伝心「事実、そうだからですよ、先生!」

言葉に詰まってしまう教師。

と、授業終了を知らせるチャイムが鳴ったので、

教師「今日はここでしまいにします。」

すごすごと帰っていく。


繭子「悪いんだけどさあ、佐藤君。」

紫穂に詰め寄る繭子。

繭子「二度と、発言しないでくれる?あんたがそこにいると、かえって授業が受けづらくなるわ。はっきり言っちゃえば、あんたなんか、授業の邪魔よ!」

紫穂は黙っていて答えない。

繭子「せめて謝ってくれたっていいでしょう!あんたが授業を邪魔したせいで、あたしたちが、どれくらい、迷惑を被ったと思ってるの?」

紫穂「僕は、授業に出たかっただけで。」

繭子「出たいだけなら、発言しなくたっていいじゃない!あんたが発言すると、自動的に授業が長くなって、帰る時間も遅くなるし。それにあたし、学校だけじゃなくて家で家事もしなきゃならないんだから、ほとんど宿題をやる暇もないのよね!だから、学校にいるときしか、勉強できないわけ!それを、あんたの長ったらしい発言でじゃまされるのは困るわ。」

紫穂「僕も、勉強したかっただけなんだ。」

繭子「だったら、効率の良い勉強ってもんを考えてよ。あんたが、何十分も黒板の前で考えているあいだ、本橋君だって、うんと迷惑だったと思うわよ!本橋君みたいな子は、あんたみたいに、レベルの低い問題で、苦労なんかしないだろうし。きっともっと、レベルの高いところを求めてるんじゃないの?」

紫穂「ごめんなさい。」

繭子「謝って済む問題じゃないわよ!これでは、何も解決できないわ。大事なのは、どう行動に移すかだから!だからもう発言なんかしないで頂戴ね。」

紫穂は、困った顔をする。

繭子「何よ、その生意気な顔!素直にはいって言いなさいよ!それでいい子になったつもり?いい、授業で発言するのがいい子じゃなくて、授業では黙っているほうがいい子だと思ってよ!」

紫穂「でも、僕はわからないから。」

繭子「わからないって何が!」

紫穂「問題の解き方とか、言葉の意味とか、そういう事は、聞かないとついていけない。」

繭子「予習とか、復習はしないの?」

紫穂「してるけど、、、。」

繭子「それでも、わからないんじゃ、頭の悪いのも相当だわね!それでも高校生になったつもり?きっと内申が足りなくてやむを得ずこっちに来たとか、そういう事なんでしょうけど、せめて、あたしたちのことも考えてよね!ただ自分がわからないからと言って手を挙げて、問題を解いて見せたり、先生に何十回も質問したり。ここは、あんたの独壇場ではないのよ!」

紫穂「はい、ごめんなさい、、、。」

繭子「ごめんなさいじゃないわ!謝るんだったら、次の授業から、実行に移して!次は確か数学じゃなくて、国語だったよね。もう二度と、手を上げないでね!」

紫穂「はい、、、。」

繭子「きっとよ!」

紫穂「はい、、、。」

昭子「繭子さん、もうすぐ授業がはじまるわ。」

時計を見ると、授業が始まる三分前をさしていた。

繭子「おお嫌だ!また授業準備ができてないって、叱られるのはごめんだわ!」

急いで席に戻っていく繭子。

紫穂も席に戻り、急いで教科書とノート机に出した。


次の授業は国語で、古典の授業だった。教師は中年の女性だった。

教師「えーと、この言葉の意味が分かる人いるかな。」

誰も発言はしない。

教師「じゃあ、本橋君に答えてもらおうかな?」

伝心「はい、男もすなる日記というものを、女もしてみむとてするなり。これは、男の人がしていると聞いている日記というものを、女である私もしてみようと思ってやってみた。と訳せばいいでしょうか。」

教師「正解よ。えーと、すなるのなるは、伝聞の助動詞で、さいごのなりは、断定の助動詞ね。これを同時に理解できないとこの文書は訳せないから、この違いをよく見ておいてね。」

紫穂「先生。」

教師「どうしたの佐藤君。」

紫穂「そのなるとなりは、どうやって区別すればいいのですか?」

繭子がにらみつけるように彼を見るが、教師は目を細める。

教師「ふんふん。佐藤君変わったところを突いているね。」

紫穂「だって、目で見ただけではわかりません。同じ文字で表記されているからです。同じなりという字で表記されているからです。」

教師「まあ、普通の学校であれば、暗記してしまえで決着がつくけど、佐藤君の場合はそうはいかないわよね。じゃあ、識別を教えてあげる。佐藤君ね、男もすなる、のなりの下には何という言葉が付いてくる?」

紫穂「日記です。」

教師「そうそう。つまりさ、男もすなる、を、断定の助動詞だと考えると、男もするのだ日記、となっちゃうでしょ。それじゃあ、おかしいわよね。じゃあ、男もしているだろうと聞いている日記、と伝聞の助動詞として訳してみると、自然に当てはまると思うんだけどどうかな?」

紫穂「そっちのほうが、うまく通じると思いますね。」

教師「そうそう。もしね、佐藤君、同じ名前や同じ単語で、意味が二通りあって訳すのに困ってしまったら、どっちか一つをあてはめてみて、自然か不自然か比べてみて考えるといいよ。必ず片方が自然で、もう片方は不自然になるから。それで考えると意外に翻訳はうまくいく。古典だけじゃなくて、英語なんかにも当てはまるかな。」

紫穂「ありがとうございます。普通の学校ではそういう事は教えてくれないので、助かります。」

教師「お世辞は、いらないわよ。じゃあ、授業に戻ろうか。えーと、土佐日記の作者は、前回お伝えしたと思うけど、、、。」

紫穂は、にこにこしていたが、他の生徒はがっかりしたり、恨めしそうな表情で彼を見ている。そのまま授業は進められたが、少しでも納得しない箇所があると、紫穂は手を上げてしまうので、スピードは亀よりも遅い状態だった。

教師が、上機嫌で出ていくと。生徒たちはそれぞれため息をついた。

伝心「これでいいのかな。授業の進め方が、本当に遅すぎるよ。ほかの高校ではもう、受験勉強に専念しているところだってあるのに。これでは、他に追いつかないような気がする。」

繭子「まあ、本橋君は優等生だから、そういうこと感じるのかもしれないわね。」

伝心「こないだ、個人参加で代ゼミの模試を受けさせてもらったんだ。結果はさんざんだった。」

明子「えっ、本橋君でさんざん?」

伝心「そうだよ。あの時は家族全員から怒られてしまったよ。なんかいも大学の受験対策やってほしいと先生に言っても、通じないからなあ。家族も怒ってるんじゃないの。」

明子「まあねえ、伝心君みたいに、大掛かりな受験をするわけじゃないけど、こっちも何かしてほしいなとは思うわね。」

繭子「まあ、他の学校に負けるとか、そういうことはいらなくても。でも、あいつがいるとさ、本当にイライラしない?」

明子「繭子さんそれはやりすぎよ。」

繭子「いえ、私は、うるさい邪魔者だと思う!」

明子「そこまで言わなくてもいいとは思うけど、確かにあいつは、いてもいなくてもどっちでもいいわ。それは、私も思う。」

繭子「あたし、いい案を思いついたよ。」

明子「何?」

繭子「こういうこと。」

数分後。職員室から戻ってきた紫穂。

机の上が何か異変があるのに気が付く。

落書きされている。しかも、油性ペンで。

仕方なく消すことができないので、そのまま座る。隠すように教科書を広げる。

つぎは、また別の授業があった。

教師が入ってくる。

教師「あらどうしたの、佐藤君。」

紫穂「どうしたって何がです?」

教師「机が汚れてるじゃない。」

紫穂「いえ、これは自分でまちがって書いてしまっただけで。」

教師「だって、間違いで書いてしまう人っていないでしょう。これは、故意に書いたものでしょうが!」

紫穂「そうなんですが、」

教師「誰です?佐藤君の机に落書きをしたのは!」

誰も手を上げなかった。

教師「あなたたちのほかに、やる人はいないでしょう。他に、誰がやるの。正直に言いなさい!」

誰も答えを出さない。

教師「白状しなさいよ!いつまでも白を切るのは、いけないことよ!」

繭子「紫穂にばっかりひいきして。」

教師「今なんて言った?」

繭子「だから、紫穂にばっかりひいきしてと。」

教師「それなら書いたの、繭子さん?」

繭子「あ、そういうわけじゃ、、、。」

教師「そういうなら、認めたという事かしらね。」

繭子「もうなんでこうなるの!」

教師「いいえ、やってはいけないことは、大人としてしっかり教えておかなければだめなの。そして、あなたたちも、それを理解していかなければいけないのよ!」

繭子「だって、、、。」

教師「だってではないわ!人に対してこうして嫌がらせをして、された人はどう思うか、考えてみなさい!」

繭子「もう、、、。」

教師「ほら、謝りなさい。悪いことをしたら、謝るのは当たり前の事よ!謝れない人間は最低よ!」

繭子「ごめんなさい。」

紫穂「いえ、かまいません。」

教師「佐藤君も、もう少し自己主張していいわよ。そのほうが、あなたも生きやすくなるんじゃないかしらね。あなたは、嫌だとか、やめてとかそういう事を全く言わないから、かえってつらくなるだけじゃないかしら?」

紫穂「いえ、そんなことありません。」

教師「でも、自己主張しないのも悪いわよ。」

繭子「全く、紫穂にばっかり。」

教師「今なんて言った?」

繭子「あ、すみません、何でもありません!」

教師「とにかくね、口は災いのもとでもあるし、行動も災いのもとなるってことをよく覚えておきなさいね!」

祐太郎「先生、早くしないと授業が終わってしまいます。」

教師「まあ、仕方ないわね。あとはあなた達で何とかしなさいよ。こういうことはね、大学受験をするよりもはるかに大事なことなのよ!それをなんとかしようとしないって、私もそれは職務怠業になるし。勉強ができても、こういうことができないと、何も人間としてッ通用しないんだから!」

祐太郎「そういう話はもういいです、先生。」

教師「わかったわ。もうしないから、あなたたちも、この騒ぎで得た教訓をしっかり叩きつけておいておいてね!」

生徒たちは、黙っている。

教師「じゃあ、授業を再開します!教科書を開いて!教科書の95ページ!」







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