杉三長編 メサイア

増田朋美

第一章

メサイア

第一章

富士駅近辺の食堂。食事をし終えて、杉三たちが外へ出てくる。

杉三「はあ、うまかった。この食堂、来たの何年振りだけど、変わらない味であるのがうれしいな。ここの板長がうまい証拠だぜ。」

蘭「正確に言ったら、三年ぶりだ。」

藤吉郎「初めて。」

蘭「確かに、君は初めてだよな。」

杉三「おい、蘭。若い奴らがあの建物に入っていくけどなんだろうね。」

蘭「え?」

声「すみません。ちょっとどいていただけないでしょうか。」

蘭「へ、ああ、ごめんなさい。確かに僕たちみたいなものがいると邪魔ですよね。ほら、杉ちゃん、どいてやれ。」

後を振り向くと、一人の少女が、母親に付き添われて立っている。

杉三「ああ、すまんすまん。で、でもちょっと待って。君は高校生だよね?」

母親「そうですけど、何か?」

杉三「おかしいなあ。」

蘭「杉ちゃん、あんまり根掘り葉掘り聞くなよ。」

杉三「だって、おかしいだろ。今高校生であれば、学校で勉強している時間だぜ。それか、給食を食べているだろう。それがなんでここで、しかもお母さんと一緒に?」

蘭「事情があるんだろうよ。」

杉三「事情ってなんだ?」

蘭「それを聞いちゃダメだろう。」

杉三「いや、僕は、答えを得ないと、納得できないので。」

母親「ええ、この子、今の学校では、ちょっと合わないので、新しい学校に行かせようと思ってるんです。」

杉三「新しい学校?」

藤吉郎「フリースクール?」

母親「大方そんなところですね。」

杉三「そんなもん、ここにあったっけ?」

母親「ええ、ありますよ。この食堂の目の前にある建物。」

杉三「これ?」

と、建物を指さす。一般のオフィスビルと変わらない、学校とは遠いイメージの建物である。

蘭「ああ、確かに東駿河高等学校と看板に書いてありますね。」

杉三「こんなもん、いつできたんだ?」

蘭「そういえば、新聞で見たことありますよ。新入生募集中って。確か、高校中退者とか、不登校の中学生とかを受け入れるって書いてあった。」

少女「はい、そうなんです。今日はそこのオープンスクールの日なんです。」

杉三「オープンスクールってなんだ?僕は、横文字はわからないんだ。」

蘭「公開授業の事だよ。学校の中、見せてくれるんだよ。」

杉三「そういうのは、夏休み中なんかにやるもんじゃないの?」

蘭「ここは特殊学校だからね。こういう一般的な平日にもやるんだよ、杉ちゃん。」

母親「もういいですか?約束の時間に、間に合わなくなりますから。」

蘭「すみません。時間を無駄にさせてしまって。」

杉三「大丈夫かな。」

蘭「大丈夫って何が。」

杉三「ちゃんと、彼女を矯正してくれるかなって。」

蘭「大丈夫だよ。そういうところは、僕らが、考えてる以上にしっかりしているから。」

杉三「でも、学校は、百害あって一利なしだぞ。それに、支援学校だって、悪質なところはいっぱいあるでしょ。例えば、」

藤吉郎「恩寵園。」

杉三「ほかにもあるぞ。」

藤吉郎「不動塾。」

杉三「まだあるだろ。」

藤吉郎「風の子学園。」

蘭「二人とも!縁起の悪いところばかり言うなよ。ああ、もう、この二人のいうことは、本当に気にしないでくださいね。」

杉三「だって、僕らは心配だからそういっているんだよ。本当にさ、そういう弱い子をカモにして、いろんな事件も多いんだから。やっぱり学校は、百害あって一利なしなんだからね!」

そこへ一人の中年の男性が、建物の中から現れて、杉三たちの前にやってくる。

男性「ご心配なく。うちの学校は、そのようなおかしな施設とは全く関係ないですし、虐待も何もありません。確かに、今あげてくれたところのように、悪質なところは、最近では師友塾のようなところがありますけれども、うちはそのようなことは一切してはいませんから!」

杉三「本当かなあ。」

男性「もちろんですとも。そのようなところは一切ないって、うちの生徒たちも言ってますよ。」

杉三「うちの生徒ってことは、先生なんだね。」

男性「はい。校長の土屋正美です」

杉三「じゃあ、僕も名乗るよ。僕は影山杉三。こっちは、伊能蘭と、木本藤吉郎。」

蘭「校長先生!すみません、杉ちゃんが、本当にへんなことばっかり言って!ほら、謝れよ、杉ちゃん!」

土屋校長「いえいえ、いいんですよ。お兄さん。そうやって誤解も出てきてしまうのは仕方ないことですからね。どうでしょう、鈴木さん、学校見学してみますか。」

杉三「はい、してみますよ。だって、こういうところは、人を見たら泥棒と思え位に考えておかないと、大変なことになりますからね。そこらへんは、ちゃんと、この目で確かめておかないと、いけませんからなあ。」

蘭「君に言っているんじゃないよ。」

杉三「似たようなもんさ。それに、蘭は僕のお兄さんじゃなくて、親友だからね!」

蘭「杉ちゃん、僕らは邪魔しないで帰ろうよ!」

杉三「邪魔じゃなくて、人助けじゃないか。」

蘭「人助けじゃないよ。せっかく、いいところを見つけて入ろうとしている人に、こうして邪魔をしては、いけないじゃないか。」

藤吉郎「僕も。」

蘭「は?」

藤吉郎「正直。」

蘭「何!」

藤吉郎「心配。」

蘭「なんで君までそんなこと!」

藤吉郎「心配。」

蘭「ああ、もう!君も、単語だけじゃなくて、しっかり文書を作ってから発言してくれ!もう、そうやって、五月雨うちのような言い方をされると、こっちはいらいらしてくる!」

藤吉郎「できない。」

少女「かわいそうな人ね。」

藤吉郎「できない。」

土屋校長「ほうほう、彼は、きちんとした文が作れないのですか。それはなぜですかな?」

藤吉郎「できない。」

少女「あたしよりも、ずっと不幸な人かもしれないわね。」

杉三「こいつは、まあ、かいつまんでいえば、電車に飛び込んで頭をきつく打ったの。理由はちょっと、ここでは、彼女もいるから、話せないかなあ。あんまり、、、。」

土屋校長「なるほど、皆さん、義務教育は受けていますかな?」

杉三「受けてない。僕は、小学校に行ったことないので。蘭と、馬鹿吉は大学まで行ったみたいだけど。」

土屋校長「杉三さんは受けてないんですか。それでは、生活していくのに困るでしょう。」

杉三「困らない。だって、文字が書けなかったら、誰かに書いてもらえばいい。」

土屋校長「かけない?」

杉三「うん、僕、書けない。でも、不幸だと思ったこともないし、困ったこともない。」

土屋校長「そんなことを言っていたら、現実は甘くありませんよ、杉三さん。将来自立していくためには、文字くらい書けるようになりませんと。」

杉三「へ!出ました出ました校長先生の十八番!自立とか、将来とか、そういう単語!僕はそれほど役に立たない言葉はないと思ってる。だって、一生懸命勉強しても、大地震でもおこったら、一生役に立たないしねえ。それよりも、今日ただいまの自分自身がどう生きていることであるか、でしょ。」

土屋校長「それなら、いっそのこと、杉三さんも、鈴木さんと一緒に体験入学してみたらどうですか!うちの生徒は、本当に訳ありの生徒ばっかりですから、すぐに勉強が必要だなあとわかりますよ!」

杉三「生憎ですが、お断りします!そんなところいったって百害あって一利なしなことは、僕はよく知っていますから!それよりも、明るくのびのびと生きること。そして、困難に負けないこと。これを教えるほうがよっぽど先だ!」

土屋校長「ですけどね、そのための手段として、高校というものがあると、解釈してください。」

杉三「そうかなあ。」

蘭「杉ちゃん、行ってみたら。僕は、校長先生の言う通りだと思うので。それに鈴木さんの、せっかくの学校見学を邪魔しては、、、。」

杉三「でも、蘭のお客さんだって、学校で失敗した人は本当に多いじゃないか。それを作った元凶に、わざわざ足を入れるの?」

蘭「それとは話が違うよ。」

藤吉郎「僕は。」

杉三「なに?」

藤吉郎「心配で。」

杉三「そうそう、馬鹿吉、お前だって、今でいう師友塾のようにならないか、心配なんだよね。」

蘭「その二言で、よくわかるな。」

土屋校長「わかりました!杉三さん、鈴木さんと一緒に校内へきてみてください。ここは、大卒者の方は入れませんので、後のお二方は入れませんが、杉三さんには、その目で確かめてもらわないといけないなというのははっきりしましたので!」

杉三「わかったわかった。じゃあ、五分だけだぞ。それに、このように歩けないから、ちゃんと、段差のないところを選んでね。」

土屋校長「わかりました。そういたしますので、こちらにいらしてください。鈴木さんもこちらにいらしてください。」

少女「はい、わかりました。」

母親「本当にすみません。」

土屋校長に連れられて、建物に入っていく三人。

建物の中。一般的な学校とは違い、狭い廊下と、小さなドアがあるのみである。

少女「これが教室ですか?」

土屋校長「ええ、そうです。教室は、三つしかありません。何しろ、一回の募集で、五人しかとりませんから。」

少女「じゃあ、一年生から三年生まで合わせると、15人ですか。」

土屋校長「ええ、そうです。在校生は、15人です。でも、単位制ですから、学年の区別はありません。それに、高校を中退した方の中には、前の学校でとった単位が有効になる場合もありますので、入学していきなり三年生の科目を始める方もおります。」

母親「逆に、小学生くらいの勉強からさせることもあり得ると聞きましたが?」

土屋校長「はい、そういう方もおられます。中には、戦争で、女学校に行くことができなくて、歳をとってから勉強したいと言ってやってくる高齢の方もおられます。それに、毎日こちらへ来る生徒も入れば、そうでない生徒もいます。週一回だったり、月一回だったり。時には、教師が生徒の自宅を訪問して授業をする場合もございます。」

杉三「僕、思うんだけど、そういう子に、無理やり勉強させて何になるんだろうね。単に上級学校へ行くための道具じゃないの?」

土屋校長「杉三さん、それは間違いで、勉強は、社会に出て恥ずかしくないようにするためにするもんですよ。」

杉三「でも、役に立つこともないじゃない。そりゃね、大学は、自分の本当に勉強したいところを学ぶためのシステムがあると思うけど、それ以外は、ただの、学校とか学習塾の、メンツを上げるための道具として使ってるだけじゃないの!」

土屋校長「だったら杉三さん、教室に入ってみますか?」

杉三「ああいいよ。入ってみる。」

土屋校長「ではどうぞ、鈴木さんもどうぞ。」

杉三「はい、わかりました。」

土屋校長「ここには、何年何組という組み分けがないのです。もともと、単位制ですからね。」

杉三「制度の事なんかどうでもいい。」

土屋校長「ハイどうぞ。中で何をしているか、確かめてください!」

と、教室のドアを開ける。

土屋校長「今日は、授業を見学したいという方が見えているぞ、君たちも、しっかりやってくれ。」

杉三「きっと、化粧して、スマートフォンいじって、どうせろくに勉強には興味を示さないんだろうよ。」

土屋校長「どうですかな。」

杉三「あ、あれ?」

中でやっていることは、杉三が言った言葉とは全くの正反対である。みな、しっかりと鉛筆をもって、ノートに先生が板書したことを写している。私語をしたり、居眠りをしている生徒はいない。

土屋校長「どうですか、これでもまだ、何もないと言えますか?」

杉三「言えないねえ。」

土屋校長「それでは、先ほどの発言、撤回していただけますかな?」

杉三「いや、どうかな。だって、勉強はできても、ほかのことが何もできないんじゃ困るでしょ。」

土屋校長「例えば?」

杉三「料理とか、洗濯とか、掃除とか。」

土屋校長「はい、そういう授業もありますよ。」

杉三「へ、ある?」

土屋校長「はい、時に講師の先生を招いて、料理の授業をしていただいています。」

杉三「じゃあ、洗濯とか、掃除は?そういうのは、大体受験生は親にやらして、自分は何もしないで王様になっているのが、普通でしょ。でも、それじゃいけないのにね!」

土屋校長「それは、、、。」

杉三「ほらだめだ!そうやって、余分なことばっかり押し付けて、一番大事なことを教えないんじゃ、ダメな学校と、大して変わらないよ!やっぱり、支援学校といっても、そういう事を教えないんじゃ、何も支援にならないよ!いいか、みんな、学校の勉強も確かに大事だけど、食べること、着るもの、住むところをどうやって確保するかを学ぶことに重点をおきな!それを教えない学校に毎日通うようじゃ、百害あって一利なしだ!いいか、そのことを援助してくれるのは、学校にいるときの間だけで、大人になったらみんな自分でやるんだからね!何もできなくて、わからなくて、結局躓いたらどうするの?学力を上げることよりも、それを求める能力を上げることに重点をおきな!だって、人間、この三つができなきゃ、生きていかれないんだからね!」

と、生徒たちから拍手が起こる。

杉三「そうそう。それでいいの。そして、学校でいい成績修めた人よりも、この三つを持っている人のほうがえらいっていうことも覚えておけ!だって、考えてみな、例えばだよ、いい学校を出て、いい会社にいけて、仕事ではものすごくいい地位を得られたとしても、食べ物が作れないんじゃ、まず自分の体を維持することも困難になるだろうし、家族をもったときに、家族みんなが離れていくことになるよ!食べ物や、服や、家は家族任せになったら、なんだあいつって、ばかにされるだけで、何も幸せにはなれないから!それを頭の中に叩き込んでおきな!それからね、学校へ行って、称号をもらってというのが理想的な人生だと教わっているのかもしれないが、それは、今の三つができなければ、何も意味がないってことも伝えておく。だって、人間、それがなかったら、ただの機械になってしまう。それだったら、求める人は寄り付かない。ただ、持っているだけでは、人間の道具として使われる、コンピューターのアプリケーションと同じなだけ!」

生徒「すごいですね。実は俺もそう思っていたんだ。」

生徒「私も。なんか今の一言ではっとしたわ。」

生徒「待って下さい。」

生徒「なんだお前。」

生徒「それでも僕は、勉強するのに意味があると思うんです。」

土屋校長「いいぞ、佐藤君。本来、学生はそうあるべきだからね。」

杉三「へえ、佐藤君か。なかなか、色っぽいな。」

確かにほかの生徒とは違う、印象的な顔をしている、男子生徒である。

生徒「紫穂みたいに、がり勉だったら、そう思うかもしれない。」

杉三「なんだか、君は、明治か大正の時代にタイムスリップしたほうが幸せになったかもしれないよ。」

その紫穂と呼ばれた生徒は、すぐに落胆したようだった。

紫穂「そんなことありません。いつの時代だって、新しいことが分かったときの喜びは、うれしいもんだと思うんですが。」

生徒「紫穂、理想を追いすぎだよ。」

紫穂「僕は、その通りのことを言っただけで、」

杉三「佐藤紫穂ね。名前と言い、その色っぽさと言い、その発言の内容と言い、本当に、明治か大正の、古き良き時代にいたほうが、きっと楽になれるような気がする。それか、カンボジアの辺境の、教育が普及していないところに行ったほうが楽な気がする。」

生徒「そうよ。いい成績だって、取ったことないくせに。」

生徒「紫穂はどっかずれてるの。」

杉三「それならなおさらだ。」

悔しそうな表情をして、土屋校長はため息をつく。

土屋校長「杉三さんは、とてもこのようなところには向きませんな。」

杉三「うん、馬鹿は明るいよ。」

生徒「へえ、名文句だ。」

土屋校長「今日のところは、、、。」

杉三「言われなくても退散するよ。」

母親「私たちも、今日はこれで失礼させていただきます。」

少女「ありがとうございました。」

杉三「まあ、これが教育機関ってもんさね。いい子に見えても、一皮むけば、こうやって、ただのたらたらした人に過ぎないんだ。支援学校と言っても化けの皮がはがれれば、ただ、勉強させて、上級学校に進ませようと企むだけなの!それを見抜けないから、風の子学園とか、師友塾みたいなところが出てくるの。まあねえ、明治とかだったら、みんなまじめに勉強っていう施設もあり得たと思うよ。でも、今は、そういうところは一つもない。もし、本当に勉強したくて学校に行けなくなったなら、もしかしたら、国を変えるしか方法はないかもしれないね!ま、日本の教育界では、メサイアが現れることは永久にないでしょ!」

少女「そうですね。私もそう思います。」

杉三「でも、一番大切なものは、もぎ取らせちゃだめだぞ。それは、肝に銘じときな。誰も助けてくれる人はいないけどさ、生まれたからには生きてやる!くらいの強い気持ちで生きなくちゃ。まあ、きっと、不真面目な人が比較的少ない施設を当たるだけで精いっぱいだと思うけど、これも日本の一部だと思って、頑張ってくれ。」

母親「わかりました。私たち親の側にも、反省しなければならない箇所があったと思います。杉三さんが、化けの皮をはがしてくれたおかげで、私たちも腹をくくることができましたわ。」

杉三「そう、学校で苦しくなったら、まず第一に考えることは逃げるが勝ちさ!そして、今の教育に求められている生徒像とは、正反対の人間になっていくつもりで生きな!」

少女「杉三さん、ありがとう。あたしたち、だまされずに済みました。」

杉三「じゃあ、僕は、退散するね。こういうところに長くいると、疲れちゃうから。どうも、こういうたっぱみたいな密閉された空間は嫌いだよ。じゃあ、きっとまたどっかで会おう!」

少女「はい、ありがとうございます。」

母親「ありがとうございます。」

土屋校長「お送りいたしますよ。」

というが、二人は、校長のほうには耳を貸さず、すぐに出て行ってしまう。杉三もそのあとをついていく。










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