第十一話 異世界転移の現実
「言ったからにゃ、キリキリ働いてもらうぞ」
この世界の常識を教えてもらうこと、住まわせてもらうことを対価とし、鍛治師見習いになった朧。
見習いではなく、ただ雑用をしようと思っていただけなのだが、朧の手先が器用なことに気づいたイグニスが鍛治師見習いじゃないと雇わないと言い出したのだ。
結果、今は雑用をこなしつつ、イグニスの仕事が落ち着く夜に朧の鍛治修行。そして一般常識の勉強と、かなりハードワークとなった。
教えを請う相手を間違えたと錯覚したのも、一度や二度ではない。
「じゃ、お前もそろそろ一振り打ってみるか」
「そろそろって、そんな簡単に……」
世界の常識や魔法についてなどの一般常識を叩き込まれ、すでにこの場所にきて、半月になろうとしていた。
魔物に関してだけは、外に出る機会がなかったことからまだ詳しいことは習っていない。イグニスは、「覚悟がたりない」と言って、朧に詳細を教えてくれないのだ。
「形はお前の好きでいい。自由に打ってみろ」
「……わかりましたよ」
たまに鉄も打たせてはもらってはいたが、一本を一人で完成させるのはもちろん初めてだ。
朧はまずは準備をさせてほしいと完成図のスケッチを描いたり、素材となる鉱石を選んだりして数日を過ごした。
なお、この世界にある鉱石は、鉄や鋼、銀の他に、地球にはなかったものが二種類ある。
それが、ミスリルとアダマンタイトという鉱石だ。
ミスリルは、銀色に輝き、鋼よりも硬い希少素材。防具にも武器にも使え、適度に軽いことから女性にも扱いやすい。
アダマンタイトは最上位の鉱石で、透明感のある黒という不思議な色をしている。ミスリルより希少で、この世界にある鉱物で一番硬いと言われている。
イグニスは一流の鍛治師であるため、この二つの鉱石ももちろん工房にはある。だが、朧は当然その鉱石を扱える域には至っていない。
目の前に置いてある二つの鉱石を利用する鉱石の候補から外し、鋼を手に取った。
「ほう、鋼は今のお前にゃちょと難しいぞ?」
「作ってみたいものが、あるんですよ」
作業台に座り、スケッチを脇の見えるところに置いた朧を覗き込むイグニスが、楽しそうに笑ってヒゲをいじる。その様子にため息をつきながら、燃え盛る炉と向かい合った。
炉に入れ柔らかくした鋼を打ち、少しずつ形を変えてはまた熱で柔らかくする。そうして、ゆっくりゆっくり四角く加工されていた鋼は、細く、長く形を変えていく。
「……また失敗か」
ひたいに浮かぶ汗をぬぐい、何度も失敗を繰り返しながら思い通りの形に近づけていく。
「でき、た」
「初めてみる形だとは思ってたが、なんだこりゃ」
形ができるようになってもなかなか満足のいく出来にはならず、思考覚悟の末一ヶ月。ようやく、朧が作った初めての武器が完成した。
「日本刀。刀って言うんですよ」
「お前の世界のもんか」
「そうです。まあ、今ではそんなにメジャーなものでもないんですけどね」
たくさんのゲームをして、たくさんの小説も読んでいた朧は、いろんな武器に憧れを抱いていた。
双剣や大剣、斧や槍。思いつく武器は色々あったが、一番最初に作りたいと思ったのは、なぜか日本刀だった。
「まだまだ未熟だな」
「そうですね」
まじまじと完成した刀を眺めていたイグニスは、素直な評価を告げた。
朧としても、イグニスの腕前を知っているので噛みついたりはせず素直にうなづく。それでも、自分で何かを最後まで作ったという達成感に満ち足りていた。
「持ち手の部分はどうすんだ」
「さすがに作りかた知らないんですよね……」
ぽりぽりと頬をかく。
刀はなんとなくの形を思い出しなんとか作り上げることはできたが、絵の部分には布が巻かれたり紐が巻かれたりなどしてさらに複雑なのだ。
正確な作り方は、朧には検討もつかない。
「トレント素材でいいなら、贔屓にしてるとこに頼んでやるぞ」
「あ、じゃあお願いしても?」
「おう。んじゃ、片付け頼んだぞ」
トレントは木の魔物だと教えてもらっていた朧は、初めての自分の作品を完成させるためにイグニスの提案に乗らせてもらった。手をひらひらと振りながら工房を出ていく後ろ姿を見送って、イグニスと自分の分の後片付けをする。
「僕は、なんのためにここに……」
簡単に掃除をしつつ、朧の口から音が漏れた。
ずっと感じていた疑問。だが、覚えることが多くなかなか集中して考えずにすんでいたその疑問。
異世界転移、異世界転生。いろんな種類の小説や漫画を読んだことのある朧は、自分がその立場になりたいと思ったこともある。
だがそれは全て、神様や他の誰かに力を与えてもらったり、実は特殊なスキルがあったりと、新しい世界の中で強者になれるのであればだ。
この世界に来て多少力が強くなった気はするが、それでも、元の自分が限りなく無力だと理解している朧は、強くあることに憧れが強かった。
しかし実際起きてみれば、当たり前だが強くなれるなんて都合のいいことが起こるはずもなく。なんの説明もされずに、身一つで人混みに落とされる始末。
「なんで、僕が」
掃除道具を片付けて、ただただ力のない声を落とす。
冒険者になって、魔物を倒したりすれば強くなる可能性も全て聞いていたが、怖くて手が震えてしまってできそうもない。
「せめて、弱虫なところぐらいは……消して欲しかったよ」
自分が大嫌いな自分自身。
叶わない願いを呟いて、居候しているイグニスの家に帰るために工房を出たのだった。
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